一年ほど前にコラソンに拾われたわたしは、どうやら彼に飼われているペットのような存在であると、ドンキホーテ海賊団の面々からは認識されているらしい。
 あの子ども嫌いなコラソンが、少女というには幼い子どもを連れ帰ってきて【ひろった そだてる】と宣言した件(彼は喋ることができないのでメモ書きで)に関しては流石に物議を醸したようだったが。
 伝聞系なのはどこに行くにもコラソンがわたしを連れ出すため、一部の幹部以外との接触は滅多にないからだ。今だって、コラソンはわたしを連れて行けない任務がありベビー5やバッファロー、最近加入したばかりのローの側を離れるなと書き置きを残し、出掛けてしまった。
 置いてけぼりにされるときは大抵、年の近そうな子どもと一緒にされる。時間を持て余してしまうと、どうしても何かしでかしたくなるのは子どもの性だと思う。それはそうと、今日はわたし、ベビー5、ローとちいさなお茶会を開いていた。普段付き合ってくれない彼に「たまには息抜きしようよ」とお願いをしたら渋々参加してくれたから、案外面倒見はいいのかもしれない。
「ねぇねぇなまえ、若様が言ってたんだけど、なまえはコラさんのこいびとなの?」
「…ベビー5、年の差考えよう? よくて年の離れすぎた兄妹じゃない?」
 わたしの見た目はどう見積もってもベビー5よりひとつふたつくらい年上に見えるくらいだ。そんな子どもが恋人だなんて犯罪にもほどがある。…海賊の時点で犯罪者なのはこの際置いておくとして。
 悪魔の実の影響で身体の成長は止まってしまっているから、実年齢は二人より一回りくらいは違うのだけど。その事は、若様しか知らない事だ。
「……あいつ、ロリコンなのか」
「それコラソンに言ったら蹴り飛ばされちゃうぞ〜」
 元々悪い目つきを鋭くするローに、わたしは言葉を重ねる。
「それに、ロリコンなら、こーんなに可愛いベビー5を放っておかないって」
「もうなまえったら……」
 ベビー5の淹れてくれた紅茶を味わって、テーブルのクッキーを手に取る。一口でぱくり。咀嚼して、飲み込む。自分には甘すぎる味に、口直しをかねて紅茶を一口飲んだ。
「……」
 否定も、肯定も、何も口にせずにローは手元の書物に視線を戻してしまう。納得してくれたのかは知らないが、恐らく誤解自体は解けることはないだろう。
 ローの手元を覗き込む。人体の構造についての書物のようだ。
「おいページがめくれないだろ」
「あ、ごめん。ロー、読み終わったらその本貸して?」
「ああ」
  思わず覗き込み過ぎてしまった。
 目を眇めて頷いた彼の顔には初めて会った時よりも、白斑の範囲は広がっている。
 白鉛病を煩うローは、顔を含め全身の皮膚を特徴的な白斑にだんだん冒されて、全身が真っ白になってやがて死んでしまう。
 危険な伝染病と誤報を出した政府が病を撲滅するためにフレバンスの街ごと焼き払った。街に住む人々は罹患の有無を問わず、問答無用で殺された。ただひとり生き残った子どもはすべてを壊したいと切望して、ここへ来た。
「ローは、コラソンのこと嫌い?」
「……別に。おまえにはやさしいんだろ」
「わたしはコラさん好きだよ」
 きゃははと歯を見せて笑うベビー5は「コラさんには内緒だけどね」だなんて屈託無く笑う。
 ローを含めて他の子たちに、コラソンは躊躇いなく手を上げる。しかし、彼は持ち前のドジっぷりを披露して目的は達していないし、本気で痛めつけたり傷つけたくてしていることではないとわたしは密かに思っている。だって、ローもベビー5も、動けなくなるまで痛めつけられたことなんてないし、子どもが一緒の任務の時にはさりげなく庇うように気遣って彼が動いていることをわたしは知っている。
「コラさんのやさしさ、ローにも伝わるといいんだけど」
 ふと零れた言葉に何か感じることがあったのか、ローはぎょっとした顔でわたしを見てくる。不思議に思って理由を聞くと、
「おまえそれよ、っうわああっ!?」
「わ! コラさんおかえりなさい!」
 何か言いかけたローが大きな手に首根っこを掴まれ、宙を舞った。きれいな放物線だなと妙に関心しながら見送る。いつの間にか帰ってきたらしいコラソンが、ローが何かを言う前に投げてしまったのだ。着地点にはちゃんとクッションがある。
 ベビー5は黄色い悲鳴を上げてローに駆け寄る。
「おかえりなさい!」
 口遊むように動いた口唇の形で、何となく【ただいま】と言ったのだと思う。スプリングのよく効いたソファーに立ち上がり、勢いよく抱きつこうと突撃する。
コラソンは勢いのまま飛びつくと予想していたのか受け止めてくれる、が何故か足を滑らせて背中から倒れ込んだ。
 落下の衝撃から守るように抱き締めてくれる腕に抗わず、横目でクッションの上に投げ飛ばされたローを見遣った。ベビー5の手を振り払ってクッションから跳ね起き、まるで鬼のような形相をしてこちらを睨んでくるローは、しかし唇をきゅっと引き結び部屋を飛び出していく。ベビー5が震える声で名前を呼びながらローの後を追っていった。
 捨て台詞がないのはきっとわたしが部屋にいるからだろうかと推測してしまうが、後で何を言いかけたのか聞いてみよう。
 わたしはしたたかに頭を打ちつけたらしく、低く唸るコラソンの顔を覗き込んだ。
「ごめんなさい」
 きっとローを逃したことなんてお見通しだろう。それを含めての謝罪に、コラソンは黙って頭を撫でてくれる。多分、気にするなとか大丈夫とでも言いたいのだろう。
 それでも、危ないことは危ないと、きっとあなたは叱ってくれてあやまったらちゃんとゆるしてくれるって知っているから、何にも怖くはないのだけど。
「ちちんぷいぷい、いたいのいたいの、とんでけー」
 コラソンのおでこに手のひらを当て、 幼い頃に聞いたおまじないを口遊む。痛みなんてどこかへ飛んで行ってしまえばいいのにと思いながら明後日の方向に、とんでけーっと念じた。どうせなら若様にとんでいけーっと口には出さずに思う。
 数回繰り返し満足してコラソンの顔を覗くと何故か真顔のまま固まっている。「痛い? お医者さん、行く?」打ち所がかなり悪かったのか。さすがに心配して問いかけると彼ははっと気が付いたようにぶんぶんと頭を横に振った後に咳払いを二回して、私を片手で抱き上げて立ち上がる。どうやら痛みはひどくなかったらしい。いつものように頭を撫でてくれるから、きっと大丈夫なのだろう。後になってその時の微妙な反応がどうしてだったのか知ることになるのだが、今はまだ知らないままでいい。