1
「今日は寄り道しないで帰った方がいいかもね。」

サイドエフェクト。私がボーダーにいなければ人生の中で一度も聞かなかったであろう言葉のひとつだ。高いトリオン能力を持った人に現れる超感覚で、目の前の男は中でもトップレベルのサイドエフェクトを持っている。未来を視る、なんてまるで映画の中のおはなしみたいだ。

「え〜、スーパー寄ろうと思ってたのにぃ。」
「寄らない方が身のためだよ、そのスーパーで加古さんに会ってチャーハンご馳走になってるなまえが視えた。」
「もしかして、ダメな方?」
「そう、ダメな方。」

加古さんのチャーハンは当たり外れが大きいという評判があって、私はまだ当たりのしか食べたことがないから行くかもしれない。
迅の言う事は百発百中で私は過去に一度迅の忠告を受けていたのにも関わずそれを実行して迅に世話をかけてしまったことがある。それ以来私は迅の予知に逆らったことは無い。

2
迅はきっと私が迅のことを好きなことを知っているのだろう。友人としてではなくて、恋情を抱いていることをとっくに知っているのだろう。過去に私が迅に思いを伝えようとした時必ず迅は私を避けた。いつしか私は現状の維持と心の安寧を求めて迅に思いを伝えることを諦めてしまった。迅はほっとしたようだった。

「寄り道しないで帰ったんだね」
「うわっ迅。背後に立たないでよ…。」
「ごめんごめん。」

昨日忠告(というか未来予知)を受けた私は迅の言う通り寄り道せずに帰った。その代わり今日スーパーへ必要なものを買って帰るつもりだ。迅に惚れてしまってすっかり従順になってしまった私を迅はどう思ってるのだろうか。

3
迅と私の出会いはボーダーだった。たまたまポジションが同じで年が同じだった。ありきたりなものだった。ありきたりなものだったのに私は自由奔放でありながらも自分をしっかり持っている迅に惹かれてしまった。その上優しくしてくれるものだから告白しようと決心するのも早かった。告白しようとした時には避けられて、それでも時々会った時の迅の様子はいつものものと変わらない優しいもので。いつしか私はこの関係を壊すことを恐れるようになってしまった。きっと迅には私が告白を諦めてしまうこの未来が見えていたのだろう。

「もしかして今日の帰りスーパー寄ろうとしてる?」
「うん、昨日買えなかったからね。」
「じゃあ、荷物持ちしてあげる。」

もうこの関係を壊したくないと思ってるはずなのに迅からの優しさをもらう度に期待をしてしまう私はなんて浅ましいのだろう。

4
「結構買うね。」
「今日は荷物持ちがいるからね。」

うわっひどっ。なんて言って笑う迅はどうしても私にとって恋しい人でしかない。いつもは迅といる時はふわふわ夢心地で居られて(そうなるように迅に仕向けられてるのかもしれないけど)幸せな気分なのに今日は何故か気分が沈んでいる。変なことを考えすぎたからだろうか。いつもは迅と別れた後にこんな気持ちになるのにな。なんで今日に限って迅と一緒にいる時になるんだろう。

「風冷たくなってきたな。寒くない?」

目を細めて私を気遣う迅が今どうしょうもなく憎たらしく感じてしまう。こんなにも私は迅を思っているのに何故迅は私の気持ちを無視してしまうのだろう。もしかしたらこれが迅の優しさなのかもしれないけどそれでも私は恋心を踏みにじられていると感じてしまう。きっと、きっと、迅は理性があって世界を正しい方向に向かわせる力がある人だから、迅のやっていることは正しいのだろう。でも燻ってしまった気持ちは消化しきれなくて、迅が優しくする度に燃え上がって、ひどく私は呼吸が困難になってしまう。この気持ちを今もう伝えてしまって、楽になりたい。きっと迅は優しいから手酷くなんて振れないと思うけど、出来ることならもう私の気持ちが迅に向かわないよう思う存分に振って欲しい。これは私の自己満足なのです。

「…なまえ?」
「迅、ごめんなさい。」

多分泣きそうでとんでもなく情けない顔をしているだろう。私の顔を見た迅の顔も情けないことになっている。ごめんね、逃げられない状況にして、いきなりだなんてきっと対処出来ないのに、諦めただろうと思っていただろうにね。

「俺、」
「あなたの事が、どうしょうもなく好きなの。告白しようとすると、迅は私を避けてしまうから、だからずっと友達でいようとしたけど、やっぱりダメみたい。」

迅の顔も見ずに迅の言葉さえも遮って言い切ってしまう。もう抱えるには重すぎた思いをすべて言葉にしてしまって、少しでも楽になりたい。迅は悲しむかもしれないけど、私ももっと悲しいことになるかもしれないけど、それでも、私は後悔しない。

「私もう我慢はできないの。迅の友達ではいられないの。ダメなら、」
「そんな事言われたら、」

ダメなら振って。そう俯いて言おうとした時ガサッとビニール袋が地面に落ちる音がした。途端に夜風で冷たくなった私の体が温もりに包まれる。背中まで回した手でぎゅうぎゅうと迅に力いっぱい抱き締められる。

「そんな事言われたら、もう見ない振り出来なくなるだろ…。」
「な、にそれ…どういうこと。」
「なまえが言ってる通りだよ。俺はサイドエフェクトを使ってずっと告白を避けてた。」

少し腕の力が緩められて目が合わされる。迅の黒目に私の泣きそうな顔が映っている。なんで迅も泣きそうなの。どうしてそんなに辛そうな顔をしているの。

「きっと付き合えばずっとサイドエフェクトでなまえを縛ってしまう。なまえには普通の人生を歩んで欲しいと思っていたから、ずっと避け続けた。でも、無理だった。」
「意味が、分からない、ちゃんと説明して。」
「昨日なまえがスーパーに行ったらきっと嵐山と付き合っていることになってたよ。その前だって、俺がなまえが付き合いそうな人との未来を全部潰した。」
「え、」

迅は眉間に皺を寄せて下手くそな辛そうな顔で笑った。馬鹿だろうこんな男、嫌いになったろうと言いながら。そんなの、そんなことしているの、

「迅が、私のことを好きみたい。」

ポツリと私がそうこぼすと迅は驚いたような顔をしてからまた困ったような顔をして私の手を握った。手が、熱い。

「好きだよ。」

ぎゅうっと手を握られて、それでもさっきみたいに抱き締めたりはして来なかった。まだ困ったような悲しそうな笑顔を浮かべている。何故。じゃあ何故私の告白をそんなにも避けたの。どうして友達の存在を望んだの。迅の真意が全然掴めない。迅が分からない。

「好きだから、なまえの未来をずっと縛っていたい。一秒先の未来だって、五十年先の未来だってね。でもそうしたくなくて、告白を避け続けた。
結果、我慢出来なくなったけどね。今日だって告白される未来も見えてたけどなまえといたくて、我慢出来なくて誘った。」

こんな我慢出来ない男嫌だろう?
いつもは優しい顔で笑うのに一等苦しそうな笑顔を作る迅がとんでもなく愛おしく感じてしまった。我慢できなかったなんて私も一緒なのに。

「それでもいいよ、迅がいれば。」

私は迅に抱き着いて力いっぱいに迅を抱き締めた。迅は私の肩に顔を埋めて抱き締め返してくれた。少し痛くなるくらいの強さで、長い時間。やっと話されると少し鼻が赤くなった迅の顔が近づいて、額がくっ付いた。

「愛してるよ。」
「私も、愛してる。」

どうしようもなく不器用で優しいあなたを愛してる。