恋とは不思議なモノで。
絶対しないと思っていたのに、いつもより少し早く起きる事ができた今日は、髪の毛先を軽く巻いたりして、可愛いって言ってくれないかな、なんて。
あぁ、馬鹿みたい。


「あれ?なまえ、珍しい」

「うん、早く起きれたから」


可愛いじゃん、って言いながら髪を触り出す友達。
彼もこんなふうに触ってくれないかな。
こんな気持ち誰にも、特に彼には絶対バレたくないから、バレてしまったらもう友達ですらいられなくなってしまうから、今日も私は隣の席のクラスメイトとして正しく距離を守る。


「でも今日一限体育だよ」

「あ、忘れた!!」


折角巻いてふわふわにした髪も体育で結んだら後付いてしまうから下ろせないし、巻いたのは取れてしまうかもしれない。
可愛くない、一層の事誰かからアイロン借りて真っ直ぐにしてしまおうか。
あぁ、もう何で今日に限って早起き出来てしまったのか。


「おはよう、みょうじさん」

「おはよう」


悶々と考えながら席に着くと、悩みの根源とも言える彼が挨拶をくれた。
新学期早々の席替えで彼の隣になれた時は、嬉しさと緊張であまり話せなかったけれど、今はだいぶ慣れた、と思う。
朝のこの時間が幸せで、隣にいられるだけで良いと思える瞬間。


「上手いもんだね」

「…え?」


今日は髪巻いてるんだね、とニッコリしながら疑問符に応える言葉はすごく優しい。
彼の半分はきっと優しさで出来てるんだ。
彼の優しさにキュンとして、一瞬後に彼は誰にでも同じなんだと思い出してチクリと痛くなった。


「でも今日体育あるの忘れてて…」


終わったら崩れてるよ、と言いながら苦笑いしか出ない。
折角彼が気付いてくれたのに、話題にしてくれたのに、可愛いって言ってくれたわけじゃないけれど、でもこの無駄とも言えるような努力を認めてくれたのに。


「似合ってるのに、勿体ないね」


え?という声すら出なかった。
聞き違いだろうか、と自分の耳を疑ってみるけれど、どうやら聞き違いではないらしい。
ニッコリしたまま手を伸ばした彼は、ゆるりと私の髪に触れて、流れるように離れていった。
呼吸をするのも忘れるってこの事か、なんて呑気な思考と忙しない心臓が混在していて、彼はそんな私に笑みを深めるばかり。


「またやって来なね」


彼にとってはなんて事ない、席が隣のクラスメイトとの一幕なんだから、と自分を律して、人一人通れるだけの距離を保ったまま私は笑ってみせた。
くだらないかな、嗤ってくれたっていいよ。
でもね、この隣の席にいる事は許してね。
それだけでいいから、それだけで私は明日も学校に来るのが楽しみになるから。


「…早起きできて、気が向いたらやってくるよ」


本当は、嘘だよ。
隣の席じゃなくてもっと近くにいたいし、巻いた髪を触れるだけじゃなくて頭を撫でてほしい。
明日も頑張って早起きして巻いて来るから、そしたらまた褒めてくれる?
私ね、我儘だから期待しちゃうよ。
出来る事なら、抱きしめてほしいな、なんて。
あぁ、馬鹿みたい。


BGM :「かわいい」/藤原さくら