世の中には不思議な力が数多く存在するものだ。

例えば心霊現象!死んだ者が浮世に現れるなどある筈のない事、しかしいつの時代も霊の存在を見たという者が居るという事は事実だ。
例えばUMA!所狭しと張り巡らされたネットワークに情報社会となった今でさえ、解明されていない謎に包まれた宇宙の真理。
例えば超能力!
どんなに小さな細胞も事細かく分析して仕舞うレンズにさえ映らないその力を、一体不思議な力という括り以外でどう説明出来ると云うのだろうか!
実に、実に魅力的である。
世間で名誉あるとされている賞を数多く受賞した世紀の天才も、歴史の教科書に堂々と掲載されている嘗ての偉人でさえ、此れら不思議な力の解明は不可能だったのだ。
人間の範疇を超えた能力、人間の常識など一切通用しない能力。
現実と向き合う事が大嫌いな私にとって、此れに勝る魅力的な物など最早この世に無かった。
そう、無かった。

「進学か…自信ないなぁ…」
言葉の通り、全く自分に自信を持っていないと一見して判る様な溜め息を漏らしてみせる少年。
進学、進路、将来…大人になる迄の過程で誰もが一度は立ち止まるであろう岐路だ。
小学校入学時に書かされた自己紹介カードに「しょうらいのゆめ、すーぱーまん」等と素晴らしく夢のある……そうまさに夢と呼ぶに相応しい内容を書いた子供は小学校卒業時。
卒業証書と共に手渡されたそれを見て懐かしいと嘆く者も少なくは無い筈だ。
そして斯く言う私もその中の一人であり、卒業と共に現実を突きつけられたショックの影響が今の私を作っていると言っても過言ではない。
理想と現実のギャップで脳が多大なるダメージを受けた為に、現実と向き合う事を嫌い、仕舞いにはオカルト好きを極めたのだった。
「モブくん何処の高校に行くの?」
自分に自信がないと纏う空気が語っている少年、改め机を挟んで向き合い座っているモブくんに問う。
通称モブくんこと影山茂夫とは、この中学校で知り合った私の数少ない友人だ。
「正直、何処の高校も受かる気がしない…」
予想の範囲内の答えを返してきたモブくんに対し、思わず肩の力が抜ける。
言っては悪いが、見ている此方まで脱力して仕舞いそうな顔だ。
探せばクラスの中に一人は居るであろう地味な彼は、何てことない進路に悩むただの中学生である。
ただ一つ、超能力者だという事を除けば。
「勉強頑張るしかないね、ところで先日言ってたやつどうなったの?」
不安げなモブくんの言葉を適当に返し、今日一日気になっていた事を聞く。
「あぁ、あれ…除霊してすぐ終わったよ。そんな厄介な霊じゃなかったから」
除霊というワードをさも日常会話の延長線とでもいうように、当然の如く淡々と口にするモブくんに心底がっかりする。
「先日言ってたやつ」というのは、モブくんのバイト先の相談所(胡散臭い)に舞い込んできた或る一件の依頼である。
依頼内容はというと「近所の公園に夜な夜な女性の霊が出て不気味なのでお祓いして欲しい」、とまあ絵に描いたような怪談話だった。
否、ただの怪談話なら一日中気になる程に興味はない。
問題は、実際に霊が居る事、更にはモブくんが実際にお祓いをするという事だ。
「除霊って、具体的に、どう?」
興奮を抑えながらも思わず身を乗り出して聞くと、
「どうって言われても…こう…ぱって…」
…何とも曖昧でふわふわした回答が返ってきた。
身振り手振りで伝えようと、手を握って開いてをするモブくんから真摯な想いは伝わって来るものの内容は全く伝わって来ない。無念である。
「そっか、そう、成る程」
分かりやすく肩を下げた私に対し、モブくんは申し訳なさそうに私より更に肩を下げる。
とはいえ、矢張り先程言っていた進路の事が気掛かりなのか再び溜め息を一つ。
私はといえば、正直進路よりモブくんがバイト先で駆使しているであろう超能力の事の方が余程興味がある。
だが本人にとって超能力など日常の一つにしか過ぎないと思うと、わざわざしつこく聞き出すのも気が引け詳しい話は聞けない。
その為、モブくんとの勉強会(これもあわよくば超能力の話を聞こうと計画したものである)で話す内容の大半は他愛もない世間話が占めている。
「なまえさんは進路表もう出したの?」
「えっ」
唐突としてこちらに振られた質問に思わず情けない声が飛び出す。
不安げに揺れる黒目がこちらをじっと見ていた。
「あ、いや私もまだ…正直したい仕事も特にないし…」
当たり障りのない返事を返しながらも、先々週辺りに配布された進路表について思考を巡らす。
ろくに目も通さず雑に折り曲げた進路表は、恐らく教室の机の中で教科書に挟まれ皺だらけだろう。
一方のモブくんはというと、私の返事に「僕だけじゃないんだ」と心なしかほっとしている様子だ。
不意に使い古され変色しかけのカーテンがばさりと音を立て、開け放たれた窓から生暖かい風が入り込む。
手で押さえていなかったノートがペラペラと軽快なリズムを刻むように何ページか先にめくられた。

「…進路かあ…」
常識を超えた超能力を持つ非凡なモブくんが進路に真剣に悩み、至極普通の何の能力も持っていない平凡な私が進路の事など全く考えていない。
そんな奇妙な状況がなんだか可笑しく思えて、虚しい笑みをこぼす。
モブくんは一旦中断していた課題と再び睨めっこしていた。
無難な職に就きたいかと言われればそうでもない。
私は常に非凡を望む人間でありたい。否、そうでしかあれない。
よって無難な職に就き、無難な結婚をし、無難な家庭を築き…という無難な人生を送る気は更々ない。
そして何と言っても無難な職と言われ真っ先に思いつくのが…
礼儀、時間、上下関係、決まり事、「社会の常識に沿って組み立てられた中での生活」…想像するまでもなく窮屈で退屈で死んで仕舞いそうだ!
いやむしろ此れは死んで仕舞った方がましなのではないだろうか!?
心の中で阿呆らしい議論を組み立てていると、沈黙していた室内に携帯の着信音が鳴り響く。
意識が現実に引き戻され、数回ほど瞬きをすると、モブくんは鞄から携帯を取り出しているところだった。

ピッとボタンを押す音と共に着信音が止むも、ぼーっとしていた頭に堪えたのかそれは耳鳴りの様に反響する。
しかし次の瞬間、耳鳴りはモブくんの言葉で綺麗さっぱり吹き飛んだ。
「もしもし師匠。え、今からですか?…分かりました」
モブくんの言葉の内容からすると、バイト先から依頼が来た為呼び出されたのだろう。
わざわざモブくんを呼び出すというのは、恐らく彼にしかこなせない依頼に違いない。
しかし依頼が何にせよ、今日の勉強会は終わりだ。最後のページまでめくられたノートを閉じ、モブくんより一足先に身支度を始める。
携帯を切ったモブくんは案の定師匠から呼び出されたらしく、これからバイト先に向かうらしい。
明日の勉強会で依頼の内容についてどう聞き出そうか…などと思案していた矢先、扉に手を掛けたままモブくんが振り返る。
そして、意を決した表情で
「も、もしよかったらだけど、なまえさんも来る…?」
全く予想だにしていなかった言葉に、仕舞いかけていたシャープペンシルの先が思わぬ方向に向かいぽきんと音を立てる。
何処かに吹っ飛んだ芯の行方など気にも留めず、驚きの余り黙り込んだ私にモブくんは焦った様に付け加える。
「あ、え、えっと、期待してるみたいな、すごい事とか全然しないと思うけど…」
モブくんと出会ってからというもの、超能力だとか除霊といった単語が何てことない物の様に日常会話に盛り込まれるようになった。
そんな中、分かった事といえば二つで、私の思っている「すごい事」はモブくんにとって「普通の事」だと云う事。
同時にモブくんと居ることで、私の思っていた「すごい事」が段々と「普通の事」として上書きされていくと云う事だ。
「それでも善いなら…」
日々私の中で非常識と定義される何かが侵されている気がしてならないが、断る理由もないので勢い良く頷く。
モブくんは安堵して「よかった」とぎこちなく慣れない笑顔を浮かべた。

目的地へと向かうなまえの足取りは、靴の裏にバネでも付いたんじゃないかと思う程に軽かった。
華麗なスキップを披露しそうになっていると、少し前を歩くモブくんが「あ」と声を上げ立ち止まる。
思わず背中に頭からぶつかるところだったが、微塵もない反射神経が辛うじて働いてくれたようだ。
立ち止まったモブくんが自分の鞄に手を突っ込みがさごそと何かを探す素振りを見せた後、一言。
「進路表忘れた…」

世の中には不思議な力が数多く存在するものだ。
人間の範疇を超えた能力、人間の常識など一切通用しない能力。
その非凡な能力を持っていながら、何故平凡に生きようとするのか、私は不思議でならなかった。
元より平凡な私の脳細胞では到底理解し難い、未知の存在が彼だ。
そして未知とは、ひどく魅力的なものである。
私にとってモブくんは未知の存在且つ魅力的な存在で、まぁ、その、詰まるところ、
私は今そんな彼に夢中なのだ。


BGM:ミス・パラレルワールド/相対性理論