爽やか君。
 ろくに話した事もない他校生にそうあだ名を付けられるくらい、菅原孝支という男が浮かべる表情は清廉である。
 そんな彼と隣の席になり、好意を抱くようになったのは自然の摂理である気がした。

 けれど、だからと言って、何か行動を起こせるだけの勇気がなく、菅原君とありきたりな日常会話を少し交わすだけで心をときめかせて報告する私を哀れに思ったのか、はたまた、進展のなさをつまらなく思ったのか、友人が行動を起こした。

「菅原ってどういう子が好きなの? 例えばこの中から選ぶとしてさ」

 ぽんぽんとテンポ良く変わる会話の中に、とても自然に紛れ込ませられたその話が友人の聞きたい質問だったらしい。菅原君にそう問いかけながら、友人が菅原君の隣に座る私に意味ありげな目配せをしてきた。

 けど、雑誌に載っている綺麗、もしくは、可愛い女の子達を目標にするなんて私には目標が高過ぎる。そうは思うものの、菅原君が一体どの女の子を指差すのか気になって、反応を見入るように見てしまう私の顔へ向けて、不意に菅原君の指先が向けられた。

「えっと……?」

 その行動の意味が分からなくて、私は首を傾げて曖昧に笑ってみる。

「なまえ」
「うん?」

 名前を呼ばれた。そう思って、聞き返した私に「だから、なまえ」と呆れたような、けれど、どこか楽しんでいるような、そんな笑顔で菅原君が私の名前を繰り返した。

「う、うん? 私がどうしたの?」
「この中なら、俺はなまえがいい」
「は、ぁ……?」

 予想外の言葉に間抜けな顔で短い言葉を吐き出したきり、ぽかんと見つめてしまう私と、さすがに驚いたのか目を瞬く友人の視線を受けて、どこか悪戯っぽく、にしし、と笑う菅原君の顔を見た瞬間、駄目だ、と思った。

 ギリギリと締め付けられるような鋭さを持つ痛みに胸を押さえる。
きっと私は、今、この恋を諦めたり、引き返したり出来ないところへ引き摺り込まれてしまったのだ。この一瞬の間で。

 菅原君を、爽やか、とか、清廉な人間、とか言った奴は表に出るべきだ。こんな狡い事をあんな表情でしてしまうなんて、彼はノミの心臓を持つ恋愛初心者である私にとっては毒でしかない。
 そう考えてから、そう思っていたのは自分で、私が菅原孝支という人間を正しく理解できていなかっただけなのだ、という事を突き付けられた気がして、私は授業開始のチャイムに席を離れて行く友人の背中を見送ってから、いたたまれなさに俯くしかない。

 菅原君の顔も反応も、見られる筈がなかった。


BGM:whiteout/八王子Pfeat.初音ミク