お隣の家に住む、4つ下の幼馴染みである翔陽君が最近、私の頭を悩ませる存在となっている。
「みょうじのお姉ちゃん!」
 ドタバタと足音を響かせながら私の部屋へと入ってくる相手は一人しか思い当たらない。
 小さく息を整えてから振り返る。ちょうど翔陽君が扉を開けたところだ。
「翔陽君、落ち着いて」
「あ、ごめん!」
 開けっぱなしの扉をそっと閉め、それから、教科書とノートを私に押し付けるように渡してきた。
「どうしても暗記できなくて! 助けて!」
 言われて見てみると課題は古文だった。
「これ、まずは歌で覚えるといいんだよ」
「歌?」
「そう、例えば――」
 言いながら、助動詞をリズムに合わせて口にする。すると、翔陽君も楽しそうに合わせてきた。
 その楽しそうな顔に、心臓がきゅっとしたのを感じて僅かに視線を下げる。
「……楽しいけど、これって何か意味あるの?」
「え」
 一通り歌い終え、翔陽君が口にした内容に視線を上げる事になった。
「あ、ごめん。説明してなかったね。これは助動詞」
「助動詞?」
「そう、ここのね――」
 言いながら、教科書を覗き込んだ距離の近さに息が詰まる。途端に暴れ出した心臓を沈めようと距離を取った。
 それ以上に、ズイ、と身を寄せられて悲鳴を上げたい気分になる。
「ここの、何?」
「あ、待って、翔陽君。ちょっと近い……かも」
「え?」
 至近距離で翔陽君の瞳が私の瞳を捉えた。バクバクと暴れる心臓の音がうるさい。
「みょうじのお姉ちゃん、顔が真っ赤! 大丈夫!?」
「う、ん。大丈夫だから……ちょっと離れて」
「おばさん呼んで来る?」
「ううん、いい! 大丈夫だから!」
 言いながら、今にも下に叫びながら降りていきそうな翔陽君の服を掴む。それから、その行動の大胆さに気付いて慌てて手を離した。
「わ、ごめん!」
「別にいいけど。でも、本当に大丈夫?」
「う、うん。大丈夫。だから、とりあえず離れて……」
「あ!」
「な、に……」
 離れる、というたったそれだけの事が出来なくて泣きたくなってきた。何とか奥歯を噛み締めて耐える私の目を見て、不思議そうに目を瞬いた。
「睫毛、長い」
「あ。そ、そう……ありがとう?」
「うん、女の人って感じ」
 そう言って、ちょっと照れ臭そうに笑って離れた翔陽君に今度こそちょっと涙が出た。

 私は、ずっと隣の家で暮らしている年下の可愛い幼馴染みが怖い。
 驚く速度で成長を遂げ、私の頑丈と言えない心臓を止めようとする。彼は見た目がどうあれ、立派な男の子なのだ。
 そして、そんな彼に、きっと私は淡い恋をしている。だから、翔陽君をもう弟みたいなんて思えないし、頭を撫でる事すら息苦しくてかなわない。