参ったなあ、と思う。
断ればよかったなんてのは今更で、しかもあれだけ元気で彼氏だとか恋愛だとかに縁のない後輩の乙女のように恥じらう姿を見せられては、結局私はノーとは言えないのだ。

部活終わりってお腹空きますよね、なんて唐突に言われて、お菓子とか持ってこようかなとか言って。それから暫く、料理なんて調理実習以外でやったこともないしやろうとも思わないと笑っていた後輩が可愛い袋を持ってきた。
明らかに市販のものではないそれを「先輩って黒尾先輩と仲良いですよね?」とやけに真剣な顔で渡され、悩みの縁に立たされたのである。


仲が良い。あの子はいったい、何を見てそんな風に思ったのだろう。私と黒尾は、運動部の主将で同じクラスというだけで特別親しいわけではない。話しはするけど。あ、ちょっと前の席替えで隣になった、という縁もあったか。本当にそれだけの、まあ、帰りに偶然顔を会わせたら労いとともに挨拶もする、けど。


「え、誰かにもらったの。モテますね、オハヨウゴザイマス」
「そっちの発想?」
「どっちとかあんの?」
「誰かに作ってきたの、とかさ」
「誰かに作ってきたんデスカー」
「…違うけど」
「俺かと思った」
「何で」


顔をしかめたところで黒尾はただ笑うだけ。座るまでの流れを睨むように見ていると、何だか楽しそうに目を細めた。

黒尾って、よくわからないんだよなあ。まあ黒尾に限った話じゃないけどバレー部って近づきにくい見た目の人がちらほらいるし、黒尾なんて代表みたいなもんだ。話してみれば意外と話しやすくて面白い人なんだけど。あ、もしかしてあのちょっとした会話で心を奪われた、とか。


「そこはあれデショ。男子の願望」
「…まあ、黒尾には黒尾になんだけど」
「マジか」
「はい」


私が照れることじゃないんだよなあ。それに、黒尾がどんな反応をしたって私が上手いこと言えば可愛い後輩は傷付かないんだし、いやそもそも捏造するまでもなく黒尾は嬉しそうだ。ニヤニヤしてる。


「…嬉しいんですか」
「ん」
「ええー…」
「何だその反応」
「え?いや、ありがたいんだけど。嬉しい」
「ならいいじゃねぇの」
「うん」


この会話は仲が良いのだろうか。友達ではない、私と黒尾は。というか、どうなれば友達なんだろう。知り合いって関係は。友達とか知り合いじゃなくてクラスメイト、あれ。クラスメイトと知り合いって、何が違うんだ。


「――…私と黒尾ってさ、知り合い?」
「は?…知り合いだろうな、うん」
「友達ではないよね」
「まあな」
「夜久って友達?」
「友達ィ?えー、とも…部活仲間?」
「じゃああの、…ケンマくん?」
「幼馴染みだ、ありゃ」
「友達?」
「幼馴染み」
「違いって?」
「はぁ?…んー…え、何だろうな、わからん」


嬉しそうに手作り菓子を見ていた表情はすっかり渋くなっている。まあ、私が原因なんだけどさ。


「仲良いって言われたんだよ、黒尾と」
「へぇ」
「仲良いかな?」
「さて」
「…仲良く見えるんだってさ」
「見えたらメーワク?」
「そういうんじゃないけど、…多分」
「たぶん」


机の中に入れようとして躊躇うと、黒尾は丁寧な動作で鞄に袋をしまう。「潰れるんじゃない」、言えば視線を送って数拍、「動かさない」と返ってきた。時計を見れば食べるには微妙な時間で、取り敢えず渡したことだけでも報告しておこうかとスマホをつつく。食べた感想も聞きたいかな。よし、それも確認しておこう。


「友達になりたいの?」
「へ?」
「やけに聞いてくるから。俺と仲良くしたいのかと」
「いや、そういうんじゃないけど…」
「えー?それはそれで傷つくわー」


黒尾と友達。
ありがとうございますの文字と涙を流すくまのスタンプを見ながらその言葉を反芻するとくすぐったいような気持ちになる。

これは後輩の反応にか、黒尾にか。今度は私が渋い表情を浮かべる番だ。


「…どうすれば友達?」
「どう、…連絡先知ってれば?」
「なら黒尾と夜久って友達じゃん」
「ああ。部活のやつ全員友達だわ――…じゃあ」


差し出される手。何事かと黒尾の顔と手を交互に見れば、「はやく」と促される。これはあれか。握手、とかいう。


「…握手したら友達ってわけじゃなくない?」
「ボクとお友達になりませんかー?」
「なにそれ」


つい笑ってしまった。

これを悪くないと思えるんだから、私はそれなりに黒尾のことが、好きらしい。