※審神者、にわか知識注意

 何だか儚そうな人が来たな、というのが鶴丸国永という刀剣に対する私の第一印象だった。
 細い腕、日焼けを知らないような肌、白い服。
 確かに鶴を体現したような外見だ。
「よ、急に俺みたいなのが来て驚いたか?」
 まあ、その印象はその一言と共に崩れ去った訳だが。

「わっ」
「え。あ、きゃぁ!?」
 ばさ、と手に持っていた書類の束が廊下に落ちる。咄嗟に突然現れた顔を睨むように見ると、予想の通りと言うか何と言うか、鶴丸国永が満足そうに顔を緩めた。
「大成功だな」
「大失敗です。タイミングを見て声をかけて下さいよ」
「たいみんぐ」
 覚束ない発音で復唱されて、私は廊下に散らばった書類を集めながら「機会を見て話しかけて下さい、って事です」と日本語に言い換えて返す。
「ほう、タイミングというのはそんな意味の言葉か」
 そんな私の苦言はスルーで、鶴丸国永は興味深そうに目を瞬かせた。
「ええ。何か持ってる時に驚かせるのは止めて下さいね」
「それは無理だ」
 まさかの即答に「鶴丸国永さん?」と笑顔で凄んで見せても、彼はどこ吹く風。すまし顔で「何だ?」とのたまった。
 この野郎。
「困るんですよ。持っている物が散らばってしまうし、野菜だったら傷んでしまいますから」
「その辺は考えて悪戯するさ」
 確かにそういった時の悪戯は野菜を落とさないように気を遣われたものだが、驚かせられるのが困ると言っているのだ。
 思わず疲れた息が口から漏れる。
「どうしてそんなに鶴丸国永さんは驚きが好きなんですか」
「適度な刺激は必要だろう?」
 それは答えになっていない。
 拾い上げた書類を軽く足の上で整えてから、立ち上がる。そして、鶴丸国永の目を真っ直ぐに見返した。
「鶴丸国永さんが必要としていても、私が必要としているとは限らないでしょう」
「いや、誰だって必要さ。そうじゃないと心が腐ってしまうからね」
「私は寿命が縮みそうです」
「そんな風に言い返せる人間がそう柔な神経をしている筈がないだろう」
「女性に対して言う台詞ではないですね」
「しかし、女性である前に俺達の主だ。そうであって貰わなきゃ困る」
 確かにその通りだ。私は目の前の鶴丸国永をはじめ、我が本丸にいる刀剣たちの命運を握っていると言っても過言ではない。
 私には才能がない、もっと頭がいい人がやった方がいい、私よりも他の人の方がうまくやれるんじゃないか。
 そんな弱音に負けていられないのだ。
 ここ、数日で私の貧弱なメンタルは以前よりもマシになったと自負している。
 ……まあ、当然。最初は全くダメダメで、審神者になったばかりの頃からいる刀剣には殊更迷惑をかけた自覚もあるけれど。
「……そうですね」
 頷いた私に、満足そうに鶴丸国永が笑う。
「そうだろう。やはり人生に驚きは必要不可欠だ」
「それには賛同しかねますけど」
「おや、手厳しい」
 台詞と裏腹にどこか楽しそうな鶴丸国永の横に並ぶ。
 私と鶴丸国永の足が並ぶのを見て笑う私に、鶴丸国永は首を傾げた。
「足元に何かあるのか?」
「いいえ。……刀剣の皆を引っ張って行くにはまだまだ頼りないですが、せめて、隣で肩を並べられるようになれるように頑張りますのでお願いしますね」
 そう改めて言って、頭を下げた私に鶴丸国永が瞳を瞬かせてから、楽しそうに声を上げた。
「律儀だな、主は」
 そして、鶴丸国永が私の頭を撫でる。まるで子供にするようなそれは、とても優しかった。