私のクラスには芸能人がいる。佐伯希星くん。朝のドラマに出てるらしい。桜島ラプソディ…だったっけ。
そんな希星くんが久しぶりに学校に来るとのことで、クラスのみんなは嬉しそうだった。私もその一部だし、何より私の隣の席は希星くんなのだ。隣に芸能人が座るとなると緊張してしまう。

「おはよう」

希星くんがそう言って教室に入ると、すぐさま彼はみんなに囲まれる。今日も見たよ〜とかあの役者さんかっこいい?とか。質問責めなんかされて大変だろうに、希星くんはそれにちゃんと1つずつ答えてあげていた。そんな希星くんが席に着けたのは、始業のチャイムが鳴る1分前。

「おはよう、希星くん」
「おはよう」

名前の通りキラキラした笑顔は眩しい。やっぱり芸能人は一般人とは違うんだ。そんなことを思いながら、先生が教室に来るのを待っていた。

今日から運動会の練習がある。開会式の入場行進の練習、開会式のあとの退場の練習。1日1時間から2時間体育の時間が入るようになるらしい。
運動が苦手な私からしたら、運動会はあまり好きじゃない。かけっこだって脚が遅いからいつだってビリだし、玉入れも背が高いわけじゃないから1つだって入りもしない。踊りだけが唯一まともに出来るぐらいだ。あとはみんなの応援ぐらい。
練習に参加したくない気持ちを抑えながら体操服に着替えていると、横に座る希星くんが目に入った。着替え終わった人だっているのに、希星くんが体操服に着替える気がないのか、椅子に座って薄っぺらい本を読んでいた。

「希星くん、着替えなくていいの?」

私が声をかけると希星くんは顔をこちらに向けた。さっきみたいな眩しい笑顔じゃない。なんだかすごく寂しそうな、悲しそうな、上手く言い表せない表情をしていた。

「今日は見学なんだ」
「そっか」

全然元気なのに何で見学なんだろう。そう思ったけど、どうしてか聞けなかった。
制服のズボンから覗く希星くんの脚は真っ白で綺麗だ。膝小僧も真っ白。帰り道に友達とかけっこしながら帰って転んだ私の膝とは大違いだ。日焼けを知らないぐらいに白い脚が、女の子として羨ましかった。

「今日も見学なの?」
「うん。ママから言われてるから」
「そっか」

次の日も、また次の日も、希星くんが運動会の練習に参加することはなかった。どうやらお母さんに見学するように言われてるらしい。きっと芸能人だから。

いつも希星くんは登校用の帽子を被って、本部のテントに置かれてあるベンチで、白い脚を揺らしながら運動会の練習をしてる私たちを見る。
運動会の練習なんか嫌い。暑いのにずっと外でやらされるし、苦手なのに走ったりしなきゃいけないし。嫌なことばっかりだ。出来ないから余計につまらない。
つまらないはずなのに、希星くんと目が合うと言っちゃダメな気がした。いつも1人であそこに座ってこちらを見ている希星くんのがよっぽどつまらなそうにしてるからだ。

「なまえちゃん!危ない!」
「え?」

1人考えごとをしていると、男の子にぶつかって前のめりに倒れてしまった。反射的に手をつこうとしたから顔や身体は無事だったものの、脚と腕がジンジンと痛む。起き上がって膝を見たら、砂に混じった小さな石っころのせいで擦り傷を負っていた。こんなことで泣くなんて情けないことは分かってるけど、膝の血を見ると涙が出た。

そのあと先生に連れられて保健室へと向かった。どういうわけか、テントで見学していた希星くんもついてきている。保健室前の流し場で汚れたところを洗って、中に入って処置をすると「ちょっと休んでからテントに来てね!」と言って、先生はグラウンドに戻っていった。

「みょうじさんは戻らないの?」
「希星くんこそ」
「僕はみょうじさんが戻るときに戻るよ。付き添いだから」
「そっか」

正直あんな暑い中、出来もしないことをするのは嫌だった。ここは先生の言葉に甘えて休んでやろう。別に私は悪くない。だって私は怪我人だもん。
ドサリと音を立ててソファーに座れば、希星くんも横に座った。

「羨ましいな」
「え?」
「その傷、羨ましい」
「何で?」
「僕には1つもないから」

希星くんは私の膝を見ながら言った。私は希星くんと自分の膝を交互に見比べる。私の膝なんか汚いだけだ。羨ましいところなんて1つもない。

「私だって希星くんが羨ましいよ。芸能人だからって運動会の練習出なくて済むし。それに脚とか腕だって私なんかより綺麗だし。それも芸能人だから?いいな、私も芸能人になればよかった」

皮肉なんかじゃない。ただ純粋にそう思っただけだった。私も運動会の練習に出たくなかったし、膝に絆創膏なんか貼りたくなかった。

それだけなのに、どうして希星くんは泣きそうな顔をしてるんだろう。

幼い私はそんなことに気付きやしなかった。


ーーーーー


あれから数年経って、私は無事高校生になった。希星くんのことを思い出すことはあったけど、年を重ねるにつれて思い出す頻度は減っていった。思い出したからって私が希星くんに言った言葉は変えれない。どうしようもないことを思い出したところで後悔しかしないんだから、思い出さなくなる方がいいような気がする。でもそれでいいのかな。

「なまえ、見て見て。これ、原宿のアイドルなんだけどさ、イケメン揃いでヤバいの!」

休み時間。友達が私の机に置いたチラシは、アイドルのライブのチラシだった。

「この前ライブ行ったんだけど、みんなかっこよかったな〜。あ、ちなみに私はこの泣きぼくろがある子が好き!私らと同い年なんだって!」

友達が指さすメンバーを見たら、どうも見覚えのある顔だった。

希星くんだ。

久しぶりに見る希星くんはずいぶん男の子らしくなっていた。でも周りのメンバーに比べたらまだ可愛らしい部類の顔かもしれない。

「それでね、今度のライブのチケット2枚取れたんだけど一緒に行かない?」
「うん!」

無意識だった。希星くんにまた会いたいからとか、イケメン揃いのグループだからとか、そんなの分からない。何故か行きたくなった。

ライブに行くのなら、希星くんの脚が見たい。あの綺麗で傷1つない白い脚を。少しでも傷がついていたらいいな。