透明色の春の匂い


ねぇ、忠んち行ってもいい?困ったように眉を下げて、こちらの顔を窺うように上目遣いで見つめられてNOと答える奴はいるだろうか。というか、こちらに断る理由はないのだから、そんなことやる必要はないんだよなまえさん、御馳走様です。
すぐ近くに住んでいるなまえさんは烏野高校に通っていて、今年の春から三年生になる。優しくていつもにこにこしていて、少しだけ勉強が嫌いななまえさんはこうして時々ウチに遊びに来る。自分の部屋ではまるで集中出来ない、とよく泣き言を零してはやってくるのだが、こっそりそれを待ち望んでいたりもするのだ。俺が中三になってから、受験生の邪魔しちゃいけないよねと言って少し疎遠になっていたんだけれど、「自分の部屋でも集中するぞ作戦」は失敗に終わったようだった。数ヶ月前、志望校に悩んでいたときに、「忠は学ラン似合うし、烏野来てくれたら私も嬉しいなぁ。」そんななまえさんの言葉一つで俺の心は揺れ動き、ツッキーも烏野を志望していると言っていたから第一志望は揺らがないものとなった。それをなまえさんに伝えるととても喜んでくれて、その笑顔を見ながらようやく自分の中の恋心とやらに気付いた。
「来年せっかく忠が烏野に来るのに、私が今度は受験生になるんだもんなぁ、ちぇ」
「まだ烏野に受かるとは決まってないよ…」
「だーいじょうぶだって!忠なら進学組にも受かるんじゃないかなぁ」
そしたら忠に勉強教えて貰おっかな。そう言って笑う彼女を見ていると、好きってもう言ってしまおうか、なんてあらぬことを考えてしまう。まだ、駄目だ。俺の思い描く未来図としては、ツッキーと合格発表を見に行ったらとりあえず母さんに連絡して、そのあとなまえさんに報告するんだ。俺のことだから入学式の日は寝坊して、でもきっとなまえさんは笑って相変わらずだねって言いながら一緒に登校する。ふわふわした暖かい気持ちになって、周りの草木も無機質な校舎さえもきらきら眩しく輝いて見えて、夢見ているみたいだ。
「ねぇ忠!聞いてる!?」
「えっ、あ、あああごめんなまえさん、ぼーっとしてた」
「もー、ここの数式間違ってるよって教えてあげたのに、忠ったら上の空なんだもん。」
「本当だ、ありがと。烏野に行く想像してたらなんか止まんなくなっちゃって」
「ふーん、どんな想像してたの?そこに私も入ってる?」
「どんなって…ちゃんとなまえさんも入ってるよ、一緒に学校行けたりなんか出来たらいいなぁ、とか、さ」
ぼそぼそと呟くように答えたそれは、もちろんだよ!と陽気な声が返ってきたことでちゃんと聞こえていたことが分かった。本人にはまだ言えないけど、ちゃんと男らしく告白して見せるからさ、そしたら、もちろん、ってはにかんだ笑顔と一緒に返してくれると嬉しいよ。心の中で唱えただけなのに顔が赤らめてきてしまって、別のことを考えても邪念が思考を邪魔するから、思わず外に逃げ出したくなった。