アイロニーに笑う


 蹲ったその背中を見つけてしまって、どうしようもないまま踵を返そうとした。
なのに、気丈にふるまっているような声が俺を留めた。

「国見ちゃん」
「……先輩」

 へらりと花が咲くように笑う。
その顔には涙の筋が残っていて痛々しかった。
結局そのまま帰る事は出来なくて、先輩の顔を見ないように、背中を向けて先輩の後ろに座った。
直後に来る重みに吐息する。
なんで俺はこの人の重さを覚えてしまったんだろう。辛いだけなのに。

「また泣いてんですか」
「いつものことだよ」

 きゃらきゃら笑って振動で俺を震わせる。
心の中に黄色い花が咲いたみたいだった。
悲しさと、あの人への愛しさと、眩いくらいの嫉妬の花を咲かせる。
それなのにこの人はいつだって、かすかに蕾をほころばせた瞬間に、はらはら散らしてしまうのだ。

「泣いても仕方ないのにね」

 じゃあ先輩のその行為にも意味がないんじゃないか、となじる。
全部、理解しているくせに愚かにも分からないふりをする、先輩のその行為。
その二面性にいつだって俺はぐらつく。

「あの人の為になんか泣かないでくださいよ」

 俺の為に泣いてください。
なんて言えやしない俺だけど、その綺麗な花は必ず咲かせてあげられるのに。

「それは無理だよ」

 だってね、と笑う。
アンタのだって、でも、やっぱり、とか全部嫌いなんですよ。
俺に良い事がひとつもないって知ってますからね。

「好きで泣いてるわけじゃないもの」

 それならいっそ俺の知らないところでそうしてくださいよ。
泣かないでください、と言いながら、とろけるような黄色に眩む。
ビークイーンでさえ沈まざるを得ないような、どこまでも純粋で醜いジェラシーの花。
その一番強い感情を俺に向けてくれればいいのに。

「先輩」

 なぁに、と少し間延びさせて完璧に微笑んでいるのだろう。
なんて甘美で憂鬱な微笑み方。

「なにも、泣きたいのは先輩だけじゃないんですからね」

 アンタは知らないでしょうけど。
知らないふりでも別に構いはしないんですけど、俺のこの行為にも意味なんてありはしませんから。
心の底でアイロニーの花が咲く。