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電話が鳴った。それで目が覚めた。煩わしいな、なんて煩わしい。さっきの夢に戻るには今瞼を持ち上げてはいけないのに。久しぶりに見た夢は何だか随分適当で至極穏やかな夢だったと記憶するが、もうその殆どが薄らんでしまった。

「今日は何にもしない日なの」

私が瞼の開閉について悩む間に電話が後四回鳴り、次いでピンポンが鳴った。ピンポンは三回。一度目がピン、と言ってから忘れた頃にポーンと弾けるやつで、二度目が足早にピポーンとすっとぼけて鳴いた。三度目は戸を叩く音と共にピンポン、と催促する。

「昨日も一昨日も確かそうじゃなかったか?」
「じゃあね、毎日そういう日にする」

由孝はいつでも煩わしいやつで、いつでも穏やかなやつ。文句は初めにそれだけ、後は不思議とにこにこする。彼は起き抜けの私が好きだと言った。寝起きの顔がかわいい、寝癖がかわいい、寝巻きがかわいい、思いついたのを片端から並べて褒めちぎってゆく。私はおだてに弱いやつだから、これで大層満足をする。

「映画館に行こう」私の好きな俳優の名前を挙げた。私が見たいね、と言った映画の名前を幾つか並べた。
「水族館はどうだ」クラゲのアーチ、アシカのショー、カワウソのお散歩があると言う。なまえはカワウソが好きだろ、と言う。
「あそこのケーキ屋は昨日から新作が出てるぞ!」大抵いつも二つに一つで悩む私のために由孝は私が選ばなかったもう片方を自分の分で頼むのだ。半分ずつ食べようと言って、頬杖を付いて笑うのが上手。

「由孝は素晴らしい彼氏だね」
「なんだ急に」

由孝はベッドの端に腰をかけて煩わしく、穏やかにしている。彼のせいで幸せに充ち満ちる。彼はあまり鋭くない、何でもかんでも私を見透かすことができない。そういう所が良いと思う。愛おしいと思う。

「でも今日は何もしない日がいい」

欲を言えば二人で延々、ぼうっとしていたい。飽きたら由孝には勝手にローマの休日を見ていてもらおう。カーテンを閉めているから映画館みたいでいいじゃないか。コーヒーだって飲み放題だし。それでも退屈だったら、寝てしまえばいい。

「さっき見た夢の話聞きたい?」聞きたいと言うだろうから、そう聞いた。聞きたいと案の定言った。
「由孝の夢」
ぼんやりと、さっきの夢は私一人ではなかったような気がしてきたのだ。だって物凄く穏やかだと思ったから。

「映画、一緒に見ないか」

扉の先の、暗い部屋を指差す。テレビのある部屋だ。眠たい頭で適当に頷いた。由孝は昨晩私がその辺に脱ぎ散らかしたのを拾い、それから布団を剥がす。次いで私にカーディガンを被せたら、一度しゃがんで、私をうっとりするほどスムーズに抱き上げた。
私は何にもしたくなかったはずなのに、今は由孝と映画を見ようとしている。横抱きにされて、初恋のような気持ちを密やかに弾ませている。

「由孝といるとたまにお姫さまになれるんじゃないかって気がしちゃう」
「それはいい!」

けれど白黒のくせに本物のお姫さまはくらくらするほど美しい。「相変わらず綺麗だなあ」いつも言う台詞に相変わらず、ムッとしている。


160318 tex by らみさま
BGM:TheLazySong /BrunoMars