スイートハートにはほど遠く
ツイッターの王入版深夜の60分一本勝負
お題「スイーツ」に向けて
二人でケーキ屋さんに行く話 付き合ってない

甘いものが好きだ。お腹はあんまり満たしてくれないけれど、心はすっかり満たしてくれる。脳が疲れた時にも活力を与えてくれるし、何よりその可愛らしい見た目が素晴らしい。洋菓子でも和菓子でも、その磨き上げられた宝石みたいな外見の中にいいところだけをぎゅっと詰め込んだ、夢のような食べ物だ。 そしてオレは今日も今日とてそんな夢のような食べ物に囚われている。
「写真撮っていい?」
「ケッ。女子かよ。撮るならオレ様を撮りやがれ」
「嫌だ。これ部下に送りつけて自慢しよー」
向かい側に座っている入間ちゃんはクラスメイトだ。オレの趣味――つまりスイーツ巡りに付き合ってくれる唯一の女の子。部下の女性陣は辛党ばかりで、甘いもの好きの男には男同士でこういう店に入るのははばかれると言って断られた。他のクラスメイトは……悲しいかなオレと二人で出かけようなんていう人はほとんどいなくて、仲良くしてくれる最原ちゃんも甘いものは苦手らしい。結果として、こういうところに来るときには入間ちゃんを誘うようになっていた。勿論一人で来ることが大半なのだけれど。
入間ちゃんのいいところは、一口ちょーだいを許してくれるところだ。できるだけ多くの種類を食べたいオレにとっては本当にありがたい。目の前にある二種類のケーキを写真におさめるとオレは目の前で小さく手を合わせた。入間ちゃんも同じように手を合わせる。こうしていると、なんだか祈りを捧げているようで不思議な気分になる。お菓子の神様にだったら、祈ってやってもいいかな。
先日雑誌に載っていたこの店の新作、オレンジ風味のホワイトチョコレートのムースと定番のショートケーキ。この店のショートケーキは四角くてその断面からイチゴが見えるのがすごく魅力的だ。
「オメーも好きだよなぁ」
「うん。好き。だって甘いものって超幸せになるじゃん」
口に入れるとその美味しさに悶えそうになる。思わず片手をほっぺたにあてると、入間ちゃんがうげぇという声を上げた。こういうあざとさが気に入らないらしいけど、別にわざとやっているわけではないから許してほしい。
入間ちゃんの皿の上にはティラミス風の丸っこいケーキがある。上のチョコレートの飾りが独特で、聞けばその見た目に惹かれたのだという。何かを食べているときの入間ちゃんは、普段よりもずっと大人しくて、少しだけ可愛い。どこか小動物を思い起こさせるような手つきで少しずつ口に含んで食べる。あの汚らしい暴言を聞かなくて済むなら、一生何か食べていてくれとさえ思う。
少し食べた後に、オレの方にケーキを押しやって食べるように勧めてくれた。入間ちゃんはいつもそうだ。少し食べただけで満足するようで、半分以上オレに譲ってくれる。一口ちょーだいレベルではない。甘いものは好きだけれどあまり食べられないから、オレみたいな奴と一緒に来るのは気楽なのだそうだ。利害の一致。素晴らしいね!
「幸せねぇ。そりゃオレ様みてーな美人をオカズに美味いもん食ってりゃ、それ以上の幸せはねーよな!!おい、どうせなら今夜もオレ様をオカズにしていいんだぜ。喜べ童貞!!」
「ちょっと黙ってくれないかな」
入間ちゃんといる時の問題点はこれに尽きる。せっかくの美味しい食べ物も、彼女の会話を聞いているだけでその魅力が半減しそうになるのだ。それでもその下品な問題点さえ抜きにすれば彼女は興味深い話をしてくれるから、つまらなくはないけれど。上手く話を振ってあげるのも総統としての役目だ。オレは先日入間ちゃんが言っていた「寝ながらスポーツをする機械」についての話題を提供した。以前学校のスポーツ大会で使用したところ、小泉ちゃんにめちゃくちゃに怒られて以来改良を続けてきたらしい。
発明品の話をしている彼女を一言で表すならば「まるい」のだ。選ぶ言葉は多少攻撃的だけれど、そこにはきちんと愛がある。心なしか表情も穏やかになり、できるだけ丁寧にその発明品の持つ魅力を説明しようとしてくれる。もしかしたら、他の人はまだ気が付いていないかもしれないと思うと、なんだか心が軽くなるような気がした。それは友達としてとても誇らしい事のような気がするから。
「ねぇ。これ美味しいよ。食べてみて」
彼女の話に相槌を打ちながら、ショートケーキを勧める。入間ちゃんが小さく頷くのを確認して、オレはフォークでそっと掬い取って差し出した。
「はい、あーんして」
「は?」
「ほら、早くー」
入間ちゃんは目をしぱしぱとさせたかと思うと、一瞬顔を強張らせた。少しだけ周りを見回してケーキを口に含む。すると頬に赤みがさして、その美味しさのせいか顔がゆるむのがわかった。うんうん、美味しいよね。分かるよ。ゆっくりと飲み込んで、はにかんだ彼女はやっぱり少しだけ可愛らしかった。永遠に食べ続ける機械を発明すればいいのに。
「ど、童貞の癖に……け、結構大胆なんだな」
「うん。なんか……餌付けしてるみたい。こんなオシャレなところでそんな野生的なことを考えるなんて思いもしなかった」
ふと周りを見回すと同じように女性に食べさせている男性客を見つけた。案外普通のことなのかもしれない。それに、オレの手から何かを食べる入間ちゃんってどこかしおらしくて、支配的な気持ちがそそられる。
「餌付け……」
「ん?何?」
「あ?なんでもねーよ!!」
「それにしてもさー。入間ちゃんの発明って本当につまらなくないよね。今度はオレのために何か作ってよー。ミサイルとかさー」
「はぁ?なんでテメーのために……ミサイルってまさか隠語か?ははーん。オレ様に作らせた挙句、その太くて長いミサイルを使おうって魂胆だろ!!」
一人で勝手に盛り上がって身をくねらせる入間ちゃんは腹立たしいほどに気持ちが悪い。オレは手元にある紅茶をぶっかけてやりたい気持ちに駆られたけれど、もったいないからやめておくことにした。食べ物は粗末にしない主義なので。
「馬鹿すぎて話にならないな。これ食べたらさー。国立科学館に行こうか。近いし」
「えっ。いいのか」
「うん。前に行きたいって言ってなかったっけ?付き合ってもらったし、どうせなら一緒に行こうよ」
そう言うと、入間ちゃんが小さくガッツポーズをしているのが見えた。そうか、そんなに行きたかったのか。これでまた一つ恩を売れたな。あとで何倍にもして返してもらわないとね。あれ、そもそも博物館に連れていくこと自体がお礼なんだっけ。まぁ上手く丸め込めばいいか。
口の中で消えていくケーキは繊細で上品な味で、目の前にいるのはまるでアメリカのお菓子のように毒々しくてパンチの効いた女の子。多分このバランスがいいんだろう、と自分の中で納得する。それでもいつか、その毒々しさに侵蝕されてしまう日が来るのだろうか。たとえば、恋人なんかになったりして。
そんなことを考えて、オレは身震いをした。そんな日が来てたまるか。彼女とは、友人で十分だ。
「楽しみだね」
そう笑ったオレに入間ちゃんが笑い返してくる。あまりに純粋なその微笑みに、心が少しだけ疼いたのはきっと気のせいなんだろう。