真夜中に溶け合う
希望ヶ峰学園を卒業してから数年後
様々な幸せの形を探そうとする二人の話です

・大筋に関係ないですが名前のないモブが出ます
・成人向け注意



細い指先で淀みなくキーを叩く。演奏をしているかのようになだらかな音は入間の士気をより高めていった。この調子だと一時間後には目標のラインまで達するだろうと踏んで、入間は高揚したため息を吐きながら作業に没頭していく。
数か月前に発足されたロボットプロジェクトチームの仕事がようやく軌道に乗ってきた。メンバーは入間を含む科学者以外にも多岐に渡る分野のスペシャリストが揃っている。関わる人間の数に比例して肌が合わない者も増え、開始当初は企画倒れが懸念されたほどだ。
 資料とディスプレイを交互に見比べながら、無事に持ち直したことに改めて安心する。プロや一流と呼ばれる者が性格の不一致程度で投げ出すわけがないと信じていた甲斐があったと柔く微笑んだ。
超高校級が集まる希望ヶ峰学園を卒業して五年。元・超高級の発明家として活動する中で、チーム単位での仕事にも誘われることが増えてきた。関わるプロジェクトごとに大小の差異はあるが、入間は発明そのものに対しては真摯に接することを心掛けていた。それが多くの「凡人」から寄せられる期待に報いる唯一の方法だと自負しているのだ。
高校生という立場でありながらも国や未来を背負っていた彼らと共に生きたことは美しい思い出である。あの、青春と呼ぶべきなのかもしれない日々が入間の人生を肯定しているからだ。
超高校級はある分野に関しては一流であるが、同時にそれ以外は欠点が目立つ生徒が多かった。入間もその一人だ。中には完全無欠に近い者もいたが、今後の人生でもそれを強いられ続ける特殊な立場を目指す人種には違いなかった。
 天才だ、奇跡的だと賞賛される一方で自分の不器用さが浮き彫りになり、浮世離れしていく。普通ではいられない苦悩が入間を襲うこともあった。しかし、希望ヶ峰学園はそれを許したのだ。
 普通でいなくてもいい。たった一つに関して秀でていればいい。それこそがあなたの人生である。教育としては破綻してたのかもしれないが、それは生徒たちにとって救済に近かったのかもしれないと今になって思う。
 入間は発明以外では不得手なものが多い。ことにコミュニケーションにおいては壊滅的であり、以前に通っていた高校では孤立したものだ。学園に入学してからも大きく改善することはなかったが、周りはそれを個性として扱ってくれた。才能が主体であり、性格は必ずしもそれに付き従うものではないのだと理解している者が多かったのだ。
 このプロジェクトに携わる者の多くも、学園の生徒のような思考の持ち主だった。各々の技術や才能を認め、性格は二の次とする。勿論不和もあったが結局はプロジェクトを完遂を目指せる人材が集められたのだ。
 実際問題、メンバーの技術には目を見張るものがあった。入間は自分以外を天才と認めたくはなかったが、ここにいるのは確かに皆天才と呼ばれるべき人物ばかりだ。単純に毎日が楽しかった。科学の進歩を間近で観察できる日々は理想の環境だ。
ふと目の霞みを覚えて入間は眉間を軽く抑える。想定以上の進み具合に満足げな笑みを浮かべ、作業を切り上げることにした。
 帰宅前に進捗を報告しようと休憩室へ向かう。お気に入りのコーヒーも忘れない。明日から連休のため少しぐらい話し込んでも問題はないと踏んだのだ。
 休憩室では数名のメンバーがテレビを囲んでいた。お疲れ様と言葉を投げかけられて笑みを返す。空いたソファに体を沈み込ませると今すぐにでも眠ってしまいそうなほどの疲労感に襲われた。目の前にチョコレートの箱を差し出され、熱いコーヒーで溶かすようにして飲み込んだ。すり切れた脳が回復していく感覚に小さくため息をつく。察しのいい同僚が入間の顔を覗き込んだ。
「最近ずっと残業してんだろ。さっさと帰れっての」
「でも、早く進めておきたいしさー」
「それで体壊されたらこっちが困るんだよ」
 不満げに顔をしかめる彼はまだ十代だ。入間もこのチーム内では若手扱いだが、彼はそれよりも若い。子供らしい口調で大人に意見する姿はかつての自分に重なるため、彼の話にはつい耳を傾けてしまう。
「でも本当にちゃんと休んだ方がいいわ。研究者は体が資本よ」
「うん。ありがと」
 話に加わってきた女性はたどたどしい口調でミウ、と入間の名前を呼んだ。ミュウにも近い発音と優しい声色に入間は頷く。
 ふとテレビを見ると画面にくぎ付けになっていた老人がこちらを振り向いた。目を輝かせているところを見ると、彼が追いかけている集団がまた何かやらかしたらしい。体を寄せて画面に顎をしゃくる。
「またDICEかよ」
 皺が刻まれた顔に笑みを浮かべて彼は今回の事件を語ってくれた。何でも資産家が所蔵していた希少な絵画が盗まれたらしい。予告状を送り付けた上で警備を突破し盗みを働く姿が、かの有名な怪盗小説によく似ているのが好ましいと言っていた。
「でも面白いよねぇ」
「毎回新しいことをやろうとする試みは好きだな」
「そういう視点でしか見れないのか?ひねくれてるなーお前は」
「うるさいジジイだ」
「あの人も追ってるんでしょ?ミウの同級生の」
 サイハラという名前を出されて苦笑する。
最原終一。かつて同じ学び舎で過ごした彼は今や世界的に有名な探偵だ。ついでにテレビを騒がす悪党も自分の同級生だったのだと言ったら彼らは驚くだろうかと考える。
実際は同級生という枠には収まりきらず、彼の名前も秘密も知っていることを伝えたら同僚たちはどんな顔をするのだろう。そこまで想像してみたところで、休憩室の扉が開き、実験チームが疲れ切った声を上げながら入ってきた。お疲れ様と声をかけて少し冷めたコーヒーを飲む。口の中に広がる苦みは、入間が隠している寂しさを増長させた。
そのうちに彼らも一緒になってDICEが使う技術で話は持ち切りとなった。警備の目をかいくぐるスキルは研究者にとっては興味深いものだ。原始的なものから最新鋭の科学技術まで、それらを駆使して盗みを働く彼らはある種のエンターテイナーだろう。
 事件があったのはイタリアだ。現在入間が働くアメリカから遠く離れたその場所で、彼らは今頃逃走劇を披露しているのかもしれない。入間は柔らかなソファに身を任せながら、DICEのトップにいる男の姿を思い浮かべる。希望ヶ峰学園で出会い、同級生から恋人にまで発展した王馬小吉という男のことを。
 会いたい。ただ純粋にそう思う。
王馬の小さな体を抱きしめたかった。世界中を駆け回る彼を独占したくて、入間の疲れた身体の奥底に火がともる。耳に届く英語がBGMのように流れていく中で明確に入間に向けられた言葉を捉えた。
「ミウ、顔色悪いよ」
 心配そうな表情を向けられ慌てて笑顔を取り繕う。
「え……?あぁ、大丈夫!今日はもう帰るよ」
「送って行こうか?」
「ううん、一人で帰れる。良い週末を」
 そんな、少し気取ったような言葉にもすっかり慣れた。実際入間は同僚たちが素晴らしい週末を過ごせれば良いと考えているのだ。入間の体を気遣う言葉を背に受け、マグカップを片付けて帰路に立つ。
研究所から車で三十分ほどの場所に借りた小さなアパートが入間の自宅だ。住み始めた当初は手狭に感じていたものの、一人で暮らすうちに空間の小ささが寂しさを軽減してくれることに気が付いた。もう少し広い部屋に引っ越すこともできるが今は慣れ親しんだこの部屋が愛おしい。
部屋の前まで来て電気がついていることに気が付き、思わず身構える。警察を呼んだ方がいいのかと携帯を開いた時、知らないアドレスからメールが届いていることに気が付いた。そこには意味のなさそうな文字列が並んでおり、一見するとウイルスメールのようだ。しかし入間の脳は文字列の中に規則性を見出した。これは暗号であり、送り主に該当するのは一人しかいない。
慌てて扉を開けると部屋の中は暖かな空気と香ばしい料理の匂いで満たされていた。それだけで分かる、恋人の気配。安堵したせいか体から力が抜けて荷物を取り落とした。
「遅いよー。定時退社って言葉知らないの?とんだブラック企業だね」
 エプロンをつけた王馬が玄関まで出迎えてくれる。前に会った時よりは少し痩せた気がするが、あどけなさを残した少年のような顔は以前と変わらず入間の心を満たしてくれる。それだけで疲労感など吹き飛んでしまいそうだった。嬉しさのあまり言葉を詰まらせると、王馬は訝しげな表情を見せる。
「あれ?携帯見てない?せっかくオレが三日三晩寝ないで考えた暗号を送ってあげたんだけどな」
 どうせ十分程度で考えたのだろうと苦笑すると、そのまま涙が頬を伝った。入間がそうする前に彼が近づいてきて拭ってくれる。その、細くてあたたかい指先が自分に触れているのだと思うと余計に涙が溢れてしまうのだ。
「どうしたの?嫌だった?」
「だって、今イタリアにいるんじゃ……」
 どうにか絞り出した声に王馬は意地の悪い笑みを浮かべる。
「囮を置いてきたから」
「囮……?」
「うん。あいつらもそれでいいって言ってくれてたし、出来るだけ早く向こうを離れたかったからね」
 追手の心配もないよと王馬は再び笑う。信頼が築かれた彼らの事情に関しては深く追求しないことに決めていた。
「でも、いいのか。こんなところまで来て色々大変じゃねーのかよ」
 何も分からないからこそ不安を感じてしまう。彼が無理をしてこの土地までやって来ているのならば入間としても心苦しい。しかし王馬は優しく入間を抱きしめて囁いた。
「何も心配ないよ。オレの仲間は優秀だし、正直なところオレさえ逃げ続けることができれば問題ない。悪の総統はどんな監獄にだって助けに行けちゃうんだから」
 そんな夢物語のような話でも入間は信じられた。きっとこの人が言うことに不可能はなく、全て意味があるのだと感じられる。王馬小吉もまた希望ヶ峰学園に呼ばれた一人なのだから。
「それに、そろそろオレのことが恋しくなる時期じゃないかと思ったんだよね。入間ちゃんは会えて嬉しくないの?あーあ、悲しいなー」
「う、嬉しい……!!嬉しいです……」
「よしよし、いい子だね」
 縋り付くような思いで敬語を発したが、背中を撫でられてとろけそうになる。今まで我慢していた分甘えたくて仕方なかった。
「ご飯まだでしょ?一緒に食べようよ」
「うん。ありがとう……」
 自宅での食事も久しぶりだった。食事は研究所で摂ることが大半で、作業に集中できるような簡易的なものが多い。同僚に言われた研究者は体が資本という言葉が頭をよぎった。
きっと自分も良い週末を送れるだろう。小さな体を抱きしめながら入間はそう確信していた。

***
 小さめのソファは寄り添うのには最適だ。至近距離で感じる同じシャンプーの香りにさえ些細な幸福を感じる。
チャンネルは人気のトークバラエティに合わせているもののほとんど耳に入ってこない。もたれかかるようにして体を寄せ、ぽつぽつと近況を話した。プロジェクトが軌道に乗ってきたことや、同僚の話、今の仕事の楽しさも王馬は冗談を交えつつ聞いてくれる。彼もこれまでに回ってきた国の話をしてくれるが、DICEに関する詳細を漏らすことはほとんどない。その内容に関わらず王馬小吉が悪人であることには変わりなく、自身の暗い部分を入間に背負わせないようにしているのだろう。
「コミュニケーション能力が皆無といっていい入間ちゃんを受け入れてくれる人がいて良かったねぇ」
「な、なんだよそれ。オレ様は別にコミュニケーションが苦手なわけじゃねーからな。凡人共がついてこれなかっただけだ!」
「苦手な人はみんなそう言うんだよ」
 痛いところを突かれて黙り込む。それでも昔よりは多少人に寄り添えるようになったはずだ。しゅんと首を垂れると頭を撫でられた。
「傷ついちゃった?ごめんね、事実しか言えなくて」
「う、うるさい!いつも嘘ばっかついてるくせにこういう時ばっかり……」
 俯いたまま王馬の体を叩く。しかし彼は普段のようにおちゃらけた様子を見せず、入間を抱き寄せた。いつもは折れちゃうだの、暴力反対だの、冗談で返してくるというのに。王馬の顔を見ると、愛おしそうな微笑みを向けられた。屈託のない少年のような顔は今や恋人を相手にした男のそれへと変貌している。背筋がわずかに震え、全身が熱くなっていく。抱かれたいという本能が入間の中で首をもたげた。
「だって、入間ちゃんのそういう顔可愛いんだもん」
「か、かわ……」
「ホントだよ。事実しか言えないってさっき言ったでしょ?」
 この男はずるいのだ。嘘と真実を使い分けて、入間の気持ちを引き寄せる。可愛いと言われたくて彼にしがみつきながら問いを投げかける。
「ホントに?か、かわいい?」
「うん。すぐに赤くなるところなんか、特に」
 髪をかき分ける指が熱くなった耳に触れる。ぞわぞわとした感覚に入間は小さく声を漏らした。
「あっ……」
「くすぐったい?耳弱いもんね」
 そのまま手のひらで頬を撫でられ、心地よさに目を閉じる。耳、頬、肉体全てが熱くなっていくのを彼に全て知られたいと思った。
「もっと、触って」
 か細い声でねだると髪をくしゃりと乱される。王馬の胸元に額を擦りつけるようにして甘えながら、その手が首筋や喉元に触れていく感覚に劣情を覚えた。
「触られるの好き?」
 囁かれた言葉に頷くと顔を上げるように促された。自分が今欲情していることを知られてしまう。そう理解した瞬間火が付いたように芯が熱くなる。知られたい、知って欲しい。
王馬の瞳が月のように弧を描く。次に言われる言葉を待って生唾を飲み込んだ。
「入間ちゃんが好きなこともっと教えて」
「もうしってる、でしょ」
「キミの口から聞きたいな」
 甘えていると同時に責め立てるような口調。体が疼き、自然と太ももを擦り合わせてしまう。
「な、名前呼ばれるの……好き……」
 王馬は耳元に顔を近づけて秘密でも話すように囁く。
「美兎」
たったそれだけで、簡単に幸せになってしまえるのだ。王馬は歌うように名前を呼んだ。その度に脳みそがとろかされていくような錯覚を抱き、彼に尋ねられるままに自分の欲求を吐き出していた。
ついばむようなキスはすぐに舌を絡め合う情欲に塗れたものへと変わり、お互いの体を密着させて興奮を高めていく。自分はそうすることが好きなのだと言わされることで、支配されている感覚が強まり余計に心が昂ぶった。
膝に座らされて抱き寄せられてしまえばすっかりその気になってしまう。疼くそこを太ももに擦りつけるように腰を揺すると意地の悪い声が耳に届いた。
「一人でしたいの?」
「やだぁ。一緒がいい……」
 紫色の瞳をじっと見つめてねだる。その言葉を待っていたかのように彼は唇を舐めた。
「ベッド行こっか」
 これからすることを想像して内側の深いところが強く疼いた。
***
 ベッドに押し倒されて、視界に彼と天井が映る。それがとても使い慣れた部屋での光景とは思えなくて美兎は思わず涙ぐむ。小さなころに読んだ漫画に会えない分だけその人が好きになると、書いてあったが、それはきっと事実なのだろうと思った。
「どうしてそんな顔するの」
「や……ごめん。だって、」
 会いに来てくれるなんて思ってもいなかったから。夢を見ているようだと、途切れ途切れに話す。彼と付き合い始めて七年。その内離れて過ごした期間が五年。最後に会ったのは半年以上前だったような気がする。その間、彼が何をしているのかは具体的に知らない。ニュースで見ていてもそれは彼の表面的な部分で実際に何を考えているのか美兎が読み取ることはできない。
 だから、こうして自分の元へ来てくれることが奇跡のように感じられる。遠く離れていても愛し合っていると分かることがただ嬉しくて仕方ないのだ。
「勝手に夢にしないで。オレはちゃんとここにいるでしょ」
 首筋に軽くキスをされる。唇の熱さが愛おしい。
「分かるまで愛してあげるから。一緒に気持ちよくなろうね」
 こくこくと頷く姿を見て、彼は灯りを絞ろうと手を伸ばす。しかし、今日は全てを見て欲しかった。彼の全てを目に焼き付けたかった。
「小吉……。アタシのこと、全部見て」
 その言葉だけで小吉は優しく微笑んだ。為すがままにスウェットを脱がされ、下着姿をさらす。久しぶりに着けた黒い下着。自分の体が一番扇情的に見えるように選んだそれは、小吉の情欲を煽ったらしい。
 唇を奪われて貪るようなキスをされる。自分から舌を絡め、息苦しさを感じるほど口内をまさぐった。
キスは前戯だといつからかはっきりと感じるようになった。舌の動き一つで自分の体が反応するのが気持よくて、角度を変えながらその快感に酔いしれる。
 唇を離した小吉は物欲しそうに呼吸を荒げ、首筋から腹部にかけて何度も口づけをした。美兎の肌の感触を確かめるように、丁寧に撫でまわし、自分の証だと確かめるように痕をつける。その行為に美兎は熱い吐息を漏らした。
「下着、かわいいね」 
 太ももを撫で回されて美兎はわずかに脚を開く。体中に注がれる熱い視線が美兎の奥を疼かせた。早く触って欲しい、早く自分のすべてを暴いて欲しい。小吉は胸元にキスを落としながら下着越しに美兎の秘部を触った。濡れそぼったそこが淫猥な水音を立てる。
「あ、ぅ」
「キスだけでこんなに濡らしてるの?」
 叱りつけるような言葉に腰を揺らす。下着が取り払われ裸体をさらした途端に羞恥心がぐんぐん高まっていった。触って、蔑んで、そんな願望を反映するように乳首は硬さを帯び彼の愛撫を待ちわびている。
 小吉の細い指が美兎の乳房を揉みしだく。真っ白で柔らかいそこを堪能するような手つきに、美兎は心臓の高鳴りを感じた。
「あー……しあわせ……」
 彼が漏らした甘やかな声。豊満な乳を弄ぶようにたぷたぷと揺らされ思わず視線を外す。自分の武器の一つであった美しい体は、小吉の前ではただの淫猥な肉と化してしまう。
「ひゃうっ」
突然、胸に電流のような刺激が走った。簡単な刺激だけでも感じてしまうほどに尖った乳首を何度も弾かれる。
「んっうぅ」
「ふふ。すごい敏感になってる。早く触って欲しかったんだ?」
 頷くことしかできない美兎を小吉はじっくりと責め立てる。根元から乳頭まで優しく扱き上げられる、ピリピリとした微弱な快感。より刺激を求めて胸を突き出すと強く擦り潰されてはしたない声を上げてしまう。 快楽に慣れないように触れ方を変えながら、美兎の反応を楽しんでいるのだ。体中が敏感になり、溢れ出た愛液が伝っていく感覚さえ分かる。指先一つで雌の体に作り替えられていくのが嬉しくて、気持ちよかった。
「ふあぁ…っ!ふ、う…それ…ッ好きぃ…」
爪先で乳頭をくすぐられて背筋をのけぞらせる。そんな些細な快楽ですら絶頂に繋がりそうなほど、神経が張り詰めている。しかし、小吉は触れるか触れないかギリギリのラインで美兎を焦らした。
「もっと、もっとして…!意地悪しないでぇ」
その懇願に小吉はほくそ笑む。表情から彼の興奮が伝わってきて、美兎の心は満たされていく。
「おねだり上手になったね。……もっと気持ちよくしてあげるから乳首だけでイってごらん」
「や、ぁあっ。そんにゃの、ぁあ…ッ!!」
 彼は両胸を寄せて尖り切った二つの乳首を口に含んだ。熱い舌で転がされただけで目の前がスパークする。 
大好きな人に絶頂へと導かれる多幸感と胸だけでイかされる羞恥心でいっぱいになり、美兎は髪を掻き乱した。甘噛みをされ、舌で激しく弾かれて、美兎の体が跳ねる。
「ん、っく…イくぅッ!!」
直接触れられていないというのに、子宮のあたりから快感が込み上げてきて絶頂を迎えた。全身から力が抜けて脚はだらしなく開いてしまっている。こんな醜態を見られてたまらなく恥ずかしいのに、もっと辱めて欲しいと望んでしまう。
「気持ちよかったね。いい子だよ」
 そっと、頭を撫でられて美兎は薄く微笑んだ。小吉もすっかり昂ぶってしまっているのだろう、服を脱ぎ捨てて熱い吐息を漏らす。
 快楽に満たされて霞みがかった脳が、彼の肉体的な変化を捉える。確かに痩せてはいたが以前よりも筋肉がついたようだ。子供のような顔とその体つきのギャップが美兎の情欲をより掻き立てた。彼の腰元にしなだれかかり、押し上げられた下着に鼻を擦りつけた。ツンとした匂い。美兎だけが知っている雄の部分。
「美兎……」
 鼻先で下着をずらすと彼のものが頬を打った。熱くて、どくどくと脈打つグロテスクなそれが愛おしくて恍惚の表情を浮かべる。先走りを垂らす亀頭にキスをして浮き出た血管に沿うように舌を這わせた。手で、口で、胸で、全身で、彼に奉仕をしたい。そんな気持ちで視線を向けるが小吉は目を細めて言った。
「今日は一緒にしたいな」
「ん……」
 一緒に。その言葉が嬉しくて促されるままに彼に覆いかぶさった。シックスナインと呼ばれるその姿勢は必然的に秘部を晒すことになり、羞恥心で飲まれそうになる。しかし、昂ぶったものを咥えて奉仕に夢中になれば、その羞恥心すら快楽を得るスパイスだった。
「美兎の匂い…興奮しちゃう……」
 秘部を広げられて愛液が滴り落ちる。口の中で固さを増すそれが彼の興奮を物語っていた。唾液をたっぷりと絡めながら根元まで咥え込み、余すところなく味わうように顎を上下させる。その動きに反応するように陰茎は脈を打ち、口内には唾液と先走りが入り混じった複雑な味が広がる。同時に、秘部に熱いものを感じて体が震えた。ざらついた舌は美兎の弱いところを的確に責める。軟体動物が蠢いているような刺激に美兎はぐっと腰を落とした。
 愛撫。肌のふれあい。漏れ聞こえる吐息。その全てが美兎に幸福感をもたらす。二人で一緒に、快楽という海の中で溶け合ってしまいたい。つい数時間前まで研究のことでいっぱいだった脳は、もはや快感を追い求めることしか考えなくなっていた。
「ふ、うぅ…ッ」
 小吉から施される愛撫に美兎はただそれを受け入れることしかできなくなる。一番敏感な陰核をしつこく責められ、嬌声を上げるだけの獣と成り下がってしまう。
「ん……っ、いいよ…お口疲れちゃったでしょ」
その言葉を受け、献身的な奉仕を放り出して快感を貪る。秘部を舐られ、豊満な尻を振って喜ぶ姿はあまりにも滑稽だろう。それでも全部見て欲しいと、全部欲しいと思ったのだ。隆起した陰茎に頬ずりしながら美兎は甘えた声でねだる。
「こきち…も、入れて……っ」
 そんな単純なおねだりで、小吉のそれはびくんと震えた。早く自分の中で吐き出してほしくて、美兎は枕元に置いたゴムに手を伸ばす。口でつけてあげると、彼が喜ぶことを知っているのだ。
 美兎はベッドに体を横たえて自ら彼を誘い込む。両脚を開き、愛液でぬらぬらと光る秘部を広げた。
「アタシのここ……犯してください……」
「あぁ、もう……っ」
 小吉は荒い息を吐いて髪をかき上げた。困ったような、嬉しいような、複雑な表情を浮かべながら秘部に陰茎をあてがう。
「煽り上手になっちゃってさぁ」
「だって……一緒がいいもん……」
 その答えに小吉は目を細めて美兎の中に自身を突き入れる。愛液で濡れそぼったそこはすんなりと咥え込んだ。怒張した陰茎が肉ひだをかき分けるようにして中を擦る、その圧倒的な刺激に美兎はとろけそうになる。亀頭が奥にあたり、腹の底がほのかに疼いた。小吉は深いストロークで中を擦り上げ、互いが一番感じる場所を探し当てるように腰を振る。肉のぶつかり合う音が耳を犯した。
「ぁ、ぁあッ…きもち、い…っ、あ、ぅ」
「はっ、ぁ……美兎……」
 名前を呼ばれるだけで美兎の中はひくついてしまう。小吉はうわ言のように、何度も美兎の名前を呼んだ。ちゃんとここにいるのを確かめるように何度も、何度も。そして美兎を抱きしめるように覆い被さり、怒張したそれを最奥まで差し入れた。
「ひ、ぐっ…そこ、……っ」
腰が少しばかり浮いて美兎の中は彼のものをしっかりと受け入れる。一番深い場所に亀頭が擦った瞬間、美兎の子宮は強く収縮した。
「ここ…?きもちいい?」
 今までのような激しい動きではなく、とん、とんと同じ場所を突くような緩慢なものに変わる。自分の芯から伝わるじわじわとした快感が体中に広がっていく。 全身の感度が一段階引き上げられたように鋭敏になってしまう。彼の動作一つ一つ、背中でシーツが乱れる感覚すら拾い上げるほど美兎の神経は研ぎ澄まされていた。それに反比例するように意識はぼんやりとしていく。
 自分と彼の間の境界線が不明瞭になる。快楽が最高潮まで達して、溶け合ってしまうのだと思った。文字通り一緒になるのだと上手く働かない頭で考える。
肌に落ちた彼の汗がやけに鮮明に映る。目が合った彼は慈しむような微笑みを見せ、美兎にキスをした。
それは決して獰猛なキスではなかった。ぎこちなく舌を絡めるだけの、付き合い始めのようなものだというのに確かに気持ちいい。きっと小吉も同じ感覚を共有しているのだと、瞬間的に感じた。
「夢じゃないって、分かるでしょ」
 子供じみたキスの後に彼はそう囁いた。
「オレがここにいるの…、夢みたいって……」
 途切れ途切れに吐き出される言葉に美兎は小さく頷いた。
「わかる。小吉が、ちゃんと……っいるの、わ…かる、からぁ……っ」
 自分の言葉だって途切れ途切れだった。これは夢なんかではなく、紛れもない現実だ。現実で溶け合う、一緒になる。小吉は幸せそうによかったと呟いて、再度キスをした。同時に美兎の奥を擦り上げる。
 絶頂の波が一気に押し寄せてくる。小吉の腕の中で美兎の体が大きく跳ねた。脳みそまで犯されているような、全身がびりびりと震えるほどの絶頂は初めてで、このまま意識を手放したくなるほど気持ちよかった。
心も体も満たされながら美兎は幸福を享受する。彼もそうであってほしいと思った。

***
 脱力したまま天井を見上げる。後処理を小吉に全て任せてしまった罪悪感があり、美兎は唇を噛んだ。瞬きをする度にまどろんでいきそうなのを必死にこらえる。彼と過ごす時間を一秒でも大切にしたかった。
「お水飲める?」
「飲む」
 小吉に抱き起され、水を口にした。彼は安堵のため息をついて隣に潜り込んでくる。こうして見ていると子供のようで、先ほどまでの姿とは上手くマッチしない。もたれかかるとそのまま重さに負けるように体が沈んでいき、潰れちゃうよと笑った。その冗談交じりの笑い声が少し寂しそうで、美兎は彼がそう長くここにはいられないことを察する。随分と、人の機微に敏感になったものだ。
「行くの?」
「……朝には」
 数時間後には彼がいない日常が始まるのかと思うと心が締め付けられそうになる。しかし、美兎にはそれを止められないのだった。
「やだなー。まるでセックスしに来たみたいじゃん」
「それでいいよ」
 本心から言ったのだが小吉の気に障ったらしい。眉間に皺を寄せて叱りつけるような目つきになる。
「よくないよ」
「そうかな」
「そういうのはよくないし、オレが嫌だ。言葉に行動が伴ってないけど……嫌だな」
「でも、会いに来てくれたし。それだけで十分だよ」
 自分でも存外に無欲だなと思う。ただ、危険を冒してまで自分に会いに来てくれたその愛はきちんと伝わっている。朝には発つのも美兎の安全を考えてだろうということも、理解していた。だからこそ止められないのだ。それが彼なりの愛なのだから。
「欲がないねぇ。学生時代とは大違いだ」
「大人になりましたから」
 小吉はなんだよとぼやく。駄々をこねる子供みたいに美兎にしがみついて、なんだよぉともう一度言った。
「勝手に大人にならないでほしいなぁ。……オレはずっと子供のままなのに」
「小吉はそれでいいんだよ」
「うわ、それ大人が子供に言うやつじゃん。ホントやめて」
 美兎は彼の髪を撫でる。紫色のよく目立つ髪。どんな場所にいたってすぐに見つけられた。王馬小吉はそういう男だ。それが雑踏の中でも、暗闇であっても、国を飛び越えてもちゃんと見つけられる人間だ。
「欲しいものは全部手に入れたいし、何も諦めたくないし、それができると思ってるんだよ」
「できるよ」
 美兎の言葉に小吉は唸り声をあげる。こんな風に感情を露わにするのは珍しく、美兎はなだめるように抱きしめる。
「じゃあ、一緒に来てって言ったらどうする?」
「……そういうこと聞くのはズルいよ」
 もう少しだけ早かったら一緒に行くと言ったのだろう。高校生の頃なら即答できた。その時はそばにいることが全てだった。そばにいることだけが愛なのだと思っていた。しかし、今なら分かる。離れていても、目に見えなくても流れている愛がある。
何よりも美兎は今、投げ出せないものがあるのだった。携わっている研究もそこにいる人たちも手放せない。自分の仕事を最後まで全うすることが、選ばれた人間としての責務だからだ。
「……嘘だよ!一緒に来てとかそんなわがまま言わないよ。それこそホントに子供みたいじゃん」
 半ばまくしたてるように言った小吉を愛おしいと思う。わがままで、全てを欲しがる子供のような彼だからきっと世界中の人間を魅了できるのだ。しばらくの間小吉は黙っていたが、ふと思いついたように口を開いた。
「美兎が今やってる研究って国家的なプロジェクトだったよね」
「うん」
「全部終わった時にはキミの名前もクレジットされる?」
「多分……。わざわざアタシのこと呼んだんだから、名前ぐらいは載せてもらわないと」
 その強気な発言に小吉が笑う。
「じゃあ、オレがどこにいてもキミの功績を知ることができるかな」
「……できるよ。どんな場所にいたって、届くと思う」
「天才だもんね」
「まぁなー」
 茶番のようなやり取りに今度は二人で笑いあった。
 欲しいものを全部手に入れることも、諦めないこともできると思うのだ。ただそれが自分のそばにいなくてもいいと認めるだけでいい。そばにいられないなら、届くようにすればいい。お互いがお互いのことを見つけられるようになれば、きっと大丈夫だと美兎は思う。
 小吉は腕の中から抜け出して、がっくりとうなだれた。
「あー、ままならねぇ。キミは全然思い通りになってくれくて、飼い主としては困っちゃうよ」
「なってたまるか」
「でも、だからキミだったのかなぁ」
 思い通りにならなくて、ままならないから、小吉の特別な人になれたのだとしたらやはり自分を肯定してくれるあの学園に入った意味があったと信じられる。
「また会いに来るね」
「うん。その時はさ、またこうやってエッチしようね」
「……ホントにそんなんでいいの?欲がないっていうかむしろ色欲の化身なの?」
 からかうような口調の彼を叩く。今はそれで十分だった。
「今はいいの」
「今は」
「このプロジェクトが終わったらデートしてもらうから。それまでにどこに連れてってもらうか考えておくし、小吉も考えといて。分かった?」
「はーい」
「真面目に言ってんだよ」
 分かってますと冗談めいた口調で言った。彼なりに分かっているのだろう。何か国か周遊するのもいい。日本に帰ってもいいだろう。海辺で過ごすのだって、きっと楽しい。想像するだけで美兎は彼がそばにいない寂しさも埋められる気がした。
「美兎」
「なに?」
「先があるっていいね」
 自分たちには未来がある。別々の場所にいても、同じ未来を見ていると確信できる。そういう形の幸福を掴むことができたのだ。
 美兎はもう一度小吉を抱きしめて、背骨をゆっくりとなぞった。筋肉の付き方も、肌についた傷も、彼を構成する何もかもを覚えておきたい。ちゃんとここにいるという現実を噛みしめるように、丁寧に触った。
 ふと、幸福の輪郭に触れた気がした。王馬小吉という人間自身が幸福そのものなのだ。だから夢のようであり、それでも確かに現実で、こうして細部まで触れて覚えておきたいと望むのに違いない。
「……キスしたい」
 ぽつりと呟くと、小吉は肩を抱いた。耳元で、たった五文字の言葉を囁かれる。このタイミングでそれを言うのかと美兎は泣き出しそうになったがそれはキスでせき止められた。それは多分、世界で一番幸せなキスだった。