ビューティフルドリーマー (或いは)ボーイミーツガール 王入版深夜の60分一本勝負 「新年」「君だけの、」に向けたものです 紅鮭団の後 初詣に行く王入の話です |
眠い目を擦る子供。赤ら顔の酔っ払い。着飾った若い女性の集団。抜けるような青空の下、一つの目的のために集まった多様な人々を王馬は見回した。 初詣。一年の成功を祈る伝統行事であり、大本を辿れば神道の儀式に基づいている。物心がついた頃より神様の存在を疑い、今となっては否定している王馬にとっては別段重要な行事でもない。 しかし、数年前に部下に連れられて以来元旦には初詣と決めているのだ。老若男女、国籍問わず人間が集まり多くの願いが生まれる。そこに宗教の有無や信仰心の深さは関係ないのだ。ただ、初詣という儀式に参加して何かを祈れば心地よい気持ちになる。そういった大雑把さと、賑々しい雰囲気を王馬は好ましく思ったからだ。ただ一点、去年までと違うことがある。一緒にいるのは部下ではなく恋人なのだった。 この中で信仰心を持っている者の方が珍しいだろうと口走りそうになったが、野暮なことを言ってせっかくのお祭り気分を壊すことは自分の主義に反する。ぐっと我慢して隣にいる着物姿の入間を見た。 「オレ達も並ぼうか。ほら、あれが最後尾じゃない?」 「そうだな!」 「何かテンション高くない?」 「正月だからなぁ!!」 会話をする度に白い息が舞う。快晴ではあるが、気温はそれなりに低く防寒着はまだまだ手放せそうにない。白いマフラーに顔を埋めながら彼女を見る。自分とは対照的に華やかな装いであり、首元にはファーのついたストールが巻かれている。淡いピンクの着物に、冬を越す動物を思わせるようなふわふわとしたストール。可愛らしいコーディネートがよく似合っていて、王馬は心をくすぐられた。 転ばないように手を差し出すと、彼女は繊細な手つきで握り返してくる。壊れ物でも扱うような力加減は内面を表しているようだ。交際を始めてまもなく一年経つというのに手を繋ぐことすら恥ずかしがる、少女のような入間が愛おしくて王馬は力強く手を握った。 参拝の列がゆっくりと進む中、他愛もない会話が弾む。冬休みの課題やテレビ番組などの学生らしい話題や、超高校級同士でしか共有できない話題など多岐に渡った。クリスマスは王馬が個人的な用事もといDICEでの活動があったために会えず、一ヶ月ぶりのデートなのだ。ようやく本殿が見え始めた時、入間が王馬のコートを軽く引っ張った。 「ん?」 「……な、何か言うことねーのかよ」 「あけましておめでとうございます」 「それはさっき言ったろ!!オレ様の恰好見て、色々……むしろエロエロ思うことがあるだろうが」 彼女の言葉に王馬は思わず申し訳なさそうな声を漏らす。 可愛いと思っていても、それを口に出さなければ意味がない。しかしそれを理解してもなお彼女を素直に褒められないのだ。そういう生き方をしてきたし、これからもそう簡単に本心を口にするつもりはない。しかし、彼女の期待に満ちた視線を受けてしまうとその信念すら揺らいでしまう。 「動物みたい」 思考の果てに絞り出した言葉がそれで、我ながら嫌気がさす。 「は?豚?今豚って言ったのか?」 「いや、そんなことは言ってないけど……でも豚っぽいかもね。ピンクだし。入間ちゃんも自発的にそんなこと言うなんて奴隷精神が板についてきたね!」 ただ一言、可愛いと言ってしまえば済む話だというのにこんな言い方しかできない自分が愚かだと思う。その罵倒に、入間はわずかに頬を紅潮させながらも不満気な表情を見せた。 「……よく似合ってると思うよ。ピンクって入間ちゃんのイメージカラーだし。これとか、大きい犬みたいだし」 「犬だの豚だのオメーは語彙力ねーのかよ。どうせ貧相な脳みそしてんだろうな」 ストールに触れようとすると軽くかわされる。豚と言いだしたのはそっちだと言いかけたがこれ以上機嫌を損ねたくないと口を噤んだ。しかし、入間もそこで黙り込んだかと思うと先ほどよりも赤く染まった顔を王馬へと向けてきた。 「似合うってことは、可愛いってこと?」 「……そう捉えてもらっても構わないよ」 「じゃあ、可愛いってことだろ。まぁ当然だよな!天才美人発明家のオレ様に着こなせないもんなんてねーからなぁ!」 いつものように高笑いをする彼女を見て王馬は安堵する。手だって満足に繋げないのに、王馬の性格を理解して自分なりの言葉で補完してくれる。きっと自分はそういう部分が好きなのだと思った。彼女の優しさに甘えているのだと自覚はしているが、もう少しだけ天邪鬼なままの自分でいさせてほしいと考えてしまうのだ。 本殿に辿り着く頃には気温も少しばかりは上がり、寒さもやわらいできた。言を担ぐわけではないが他の人々に倣い、二人で五円玉を投げ込む。王馬は何を祈るわけでもなく手を合わせた。神様も、仏様も、キリストだって信じない。欲しいものは自分で手に入れてこそ意味があるから神様に祈る必要なんてない。それでも、隣で祈る彼女が幸福であるようにと考えてしまうのはきっと正しく愛しているからに違いないのだ。 満足そうに微笑んだ彼女を連れてその場から離れる。遠目から見る参拝の列は、自分たちが並んだ時よりも伸びているようだ。 「甘酒もらいに行く?あっちで配ってるみたいだよ」 「おう。行こうぜ」 入間の歩調に合わせてゆったりと歩みを進める。この後の予定は特に決めていないが、彼女は疲れていないだろうか。この混雑の中着物で歩くのは負担がかかるだろう。表情を伺いながらこの後のことを考えていると、先ほど彼女が真剣に手を合わせている姿をふと思い出した。 「入間ちゃん、真剣にお願いしてたね」 「ま、まぁな」 「自分じゃ叶えられないお願いなの?」 「え?」 「……キミが本気出せば出来ないことなさそうなのになーって思って。自称天才発明家なんだからさ」 「自称じゃねーっての!事実だろうが!」 「はいはい」 自称とは言ったものの王馬は彼女の才能を評価している。その気になればこの世界の在り方そのものを変えられるような発明さえ可能だろう。そんな入間がわざわざ目に見えない神に祈るようなことがあるのだろうか。 何の気もなしに投げかけた質問だったが、入間は神妙な顔つきで王馬を見つめてきた。 「そうだな。……自分じゃ叶えられねーかも」 「そこまで壮大な野望を?!まさか入間ちゃんも世界征服を目論んでるなんて…。これからはライバル同士だね」 「ちげーよ!!」 鋭い舌打ちが聞こえ、王馬は苦笑してしまう。プライドの高入間がそこまで言うとはよほど大層な願いなのかもしれない。聞いてみたいという好奇心はあるが、願いを人に話すと叶わないという言説がある。それを彼女が信じるか信じないかは自由だが、悩みの一つや二つあるのだろうと王馬はそこで話題を変えようとした。 「オメーがいねーと叶えられないことだから」 「……え?」 予想していなかった言葉が続き、王馬はつい目を見開く。自分がいないと叶えられないこと。まさか本当に手を組んで世界征服をしようというわけではあるまい。どういうことかなと首を傾げると、入間は耳まで赤くなった。CMでこういうおもちゃを見たことがあるような気がする。 「あのね。王馬と、ずっと一緒にいられますようにってお願いしたの」 その純粋すぎるまでの願いに王馬は息を呑んだ。甘えたような口調も、ストールで顔を隠す姿も、それが心からの本心だと言うことを表している。 「そうなんだ」 「重いよね。ごめん。忘れて」 「いやー、忘れられないでしょ。そんなこと聞いたら」 困ったように眉根を下げて謝る彼女に王馬は寄り添った。 「別に謝らなくていいけど。そう願うことはキミの自由だし」 「それは、そうだけど」 「……ずっと一緒にいたいんだ?」 ストールの中で小さく頷くのが分かった。愛おしい願いだが、神様に向けて祈ったのならば自力で叶える自信がないということに他ならない。 王馬小吉はいつか離れて行ってしまう。遠くへ行ってしまう。きっと、そう感じているのだろう。ストールの下に隠された表情は、今にも泣き出してしまいそうなのかもしれない。 「無理かもしれないけど、王馬とずっと一緒にいたい。アタシだけのものでいてほしいの」 「うん。無理かな」 震える声で紡がれた願いを一蹴する。彼女の声がより弱弱しいものへと変わった。 「……今のところはね」 入間が顔を上げる。泣くのを堪えているのだろう。瞳が赤みを帯びていた。恋人を泣かせるなんてどうしようもない男だ。最低で、非道で、彼女にとって相応しいとは到底思えない。 それでもなお、自分を愛するのだろうか。追い求めてくれるのだろうか。悪の総統としてしか生きられない自分を許してくれるだろうか。 「オレは悪の総統だから誰の物にもならないつもりでいるんだよ。悪人は悪を為すために、いつだって自由でいなきゃいけないから」 入間は黙りこくったまま頷いた。そんなものは王馬の勝手な理想であって、他人にましてや恋人に押し付けるものではない。自分がわがままだと理解している。だったら最初から恋人も友達も作らず孤独に生きた方が合理的だ。しかし、好きになってしまった。追いかけて欲しいと、自分のことを繋ぎとめていてほしいと望んでしまった。だから彼女に希望を託す。神様ではない、人間の可能性を信じてみる。 「だから、入間ちゃんにゲームを挑むよ」 「ゲーム?」 「そう。オレはキミの物になるつもりはないけど、一緒にいたら気が変わるかもしれない。悪の総統でありながら入間美兎だけの王馬小吉になる可能性だってゼロじゃないんだよ」 「うん」 入間の目に、声に、力が戻ってくる。打たれ弱くて、言葉とは裏腹に気弱で、子供のように甘えん坊な彼女が時折見せる凛とした表情。ここ一番の勝負に強いところだって確かに好きで、だから余計に信じてみたくなる。 「キミの力で、オレの生き方を変えて見せてよ。神様に祈るんじゃなくてキミの人生を賭けてさ。……どうかな。人生を賭けたゲームなんて、つまらなくなさそうじゃない?」 入間は一瞬面食らったような顔をしたが、ストールからすっかり顔を出して晴れやかに破顔した。 「おもしれーじゃねーか。絶対、絶対絶対絶対!!オレ様が勝って見せるからな!!」 「そうこなくっちゃね。やっぱりオレの恋人だけあるなぁ。キミってホントにつまらなくない人!」 入間が自信に満ち溢れた声を上げる。そんな人だから自分を選んでくれたのだろう。王馬は自分がすっかり幸福な気持ちになっていることを実感していた。 「まぁ頑張ってよ。期待はしてないけど」 そう言い放って歩き出そうとした時、彼女の方から腕を組んで来た。ドキリとして見上げると赤く彩られた唇が薄く開かれる。 「小吉」 「……は、はぁ?!」 「なんだよ。名前で呼んだだけだろ」 「いや、だって急に」 「ゲームはもう始まってるんだろ?先手必勝ってやつだろうが!オレ様は負ける気なんて一切ねーからな」 もう一度、彼女が名前を呼ぶ。その響きだけで王馬の心は満たされていく。頭の片隅に敗北の予感がよぎって、慌ててかき消した。 「オメーも名前ぐらい呼べよ」 「……美兎ちゃん」 たったそれだけで彼女もまた幸せそうに笑う。普通の幸せ。 普通の恋愛。本当のところ、王馬はそういったものを手放したくないのかもしれない。 「アタシ、小吉の好きだから」 「うん」 「愛してるから」 「……うん」 「むしろオメーの方から離れたくないって言わせてみせっからな!!」 「あー、はいはい。諦めずに頑張ってね。さっさと甘酒貰いに行こうよ」 王馬は彼女の愛を一身に感じながら、歩き出す。 大勢の人の祈りがここにある。ささやかなもの、真摯なもの、あらゆる祈りがあってその果てに幸福が存在する。神様は信じないけれど全て叶えばいいと思えてしまうほどには幸せだった。 人生を賭けたゲームはまだ始まったばかりだ。悪の総統として逃げ続けるか、彼女に捕まるか。一生追いかけっこをするのかもしれない。まだ見えない自分たちの行く末が、どうかお互いにとって幸せであればいい。王馬はそう思って少しだけ微笑んだ。 |