溺死寸前
王入版深夜の60分一本勝負 お題「氷上」に向けて

王入がトイレでセックスする話 
特に付き合ってません

※成人向けなので注意してください

目が痛いほど鮮やかな扉に焦点を合わせ、入間は浅く息を吐いた。トイレという場所柄、深く呼吸する気にはなれず少しばかり息苦しい。腰を揺さぶられる度に背骨が冷たい便器の蓋に押し付けられて痛いのだが、用途を違えているのは自分たちの方である。文句など言えるはずもなく、自分を責める王馬を見ないように扉をきつく睨みつけた。
しかし、覆い被さられているために嫌でも視界に入ってしまう。目の端で外側にカールした髪がちらついている。観念したように視線をスライドさせて彼の顔を見ると、安心したように頬を緩ませた。
「ちゃんとこっち見て」
 鼻先がくっつくほどの距離でそう囁かれ、簡単にほだされてしまう。セックスの最中なんてそんなものだろうか。頭の中に浮かんだ疑問は、深海に似た瞳を見つめているだけで消え失せていく。
「いい子……」
 掠れた声が鼓膜に届き、入間は自然と腰を揺らした。それに反応したのか入間の中で彼のものが脈を打つ。王馬は密着させるように肩を抱き、腰をグラインドさせた。制服から解放されていた胸が柔く形を変え、熱いものが中を擦り上げる快感に吐息が漏れる。
「は、ぁ……っ」
 狭い場所だからなのか、ベッドでするような荒々しいそれではない。ねっとりとした抽送で的確に入間の快楽を引き出し、絶頂まで押し上げていく。薄いゴム一つに隔たれただけの、純度の高い熱さが入間の中を埋め尽くす。狭い膣内を広げるように押し入ってきたかと思えば、奥を優しく突かれる。彼の動きに合わせて爪先がぴくぴくと跳ねた。
 静まり返った空間にたん、たん、と肉がぶつかる音が響く。
放課後とはいえ、いつ人が来てもおかしくない状況だ。入間は耳をそばだててみるが二人の息遣いと、生々しい肌の音しか聞こえない。王馬の表情を見ようとしても彼は入間の首筋に顔を埋めるようにしているため読み取れなかった。
この場所での行為を提案してきたのは王馬だ。学生という立場を存分に利用して背徳感を味わいたいという、俗物らしい理由を告げられた。
理由だとか、場所だとか、そういったものはどうでもよかった。入間はただ彼に抱かれたいという一心で受け入れたのだ。 
首筋を軽く噛まれて我に返る。王馬は背中に手を回し、時折耳元で甘い言葉を囁く。それが反射的なものか最低限の礼儀として考えているのかさっぱり分からなかった。対照的に入間の両手はだらりと垂れさがっている。自分も彼の腰を抱き、恋人のように振舞えばもっと楽になれるだろうかと夢想する。しかし、両手はまるで力が入らなかった。
「何考えてるの」
「べつに……」
 内緒話でもするような笑い声がこそばゆい。くすくす笑いから逃れたくて首を動かすと、咎めるように耳たぶを舐められた。ぬるい唇に食まれて入間の中はひくひくと蠢く。王馬は小さく声を上げて、奥を責めた。
「オレとしてる時に考えることなんてあるんだ」
「あるよ…、んッ、んぅ……っ!やめ、あ、あぁっ!!」
 彼のつまらなさそうな相槌と、激しい動きからわずかな怒りを感じる。入間はそれが嬉しかった。本当はお前のことを考えていたと言えば満足するかもしれないが、隠しておきたかった。嫉妬。独占欲。そういったものを少しでも感じたいから。
 快感と恍惚で満たされていく中で、入間は初めて彼と体を重ねた時のことを思い出す。確か一年生の冬だったと記憶していた。
 当時は同じクラスにはなったもののそこまで親しい間柄でもなく、発明に関する依頼を受けるだけの事務的な関係だった。
ただ友人が多くなかった入間からすれば彼は比較的会話が弾む方で。彼の冗談や、ふとした瞬間に見せる屈託のない笑みなど惹かれるものがあったのは確かだ。
超高校級のみが集うこの学園では、王馬の興味をそそる「つまらなくない誰か」などより取り見取りだ。だから自分が特別になれるはずもないと思っていた。だから入間は期待をしないように、王馬と一定の距離を保った。恋に至るまでもない、憧憬に近い感情。そこで留めていたはずなのにリミッターを外したのはほかならぬ王馬だった。
誘い文句はもうおぼろげだが、場所は研究室だった。硬いソファに押し倒されて情事に及んだのだ。王馬はその意地の悪い性格とは裏腹に、極めて優しく「初めて」を奪ってくれた。
 もっとロマンチックなものだと思っていた。両想いの相手とするのだと信じていた。そんな幻想を抱いていたものの、入間は決して後悔をしていたわけではない。
恋人ではないが、少なくとも自分は他の生徒たちと一線を画したのだという事実が入間の心を震わせた。しかしあれから一年余りが経つが、セックスをするという項目が加わっただけで、二人の関係性はさして変わっていない。友人でもなければ恋人でもない、ただのクラスメイトの範疇を出ないままだ。
 王馬とのセックスは学園内でしか行われない。初めはお互いの部屋だったが、マンネリだと思ったのか王馬は頻繁に新しいシチュエーションを提案してきた。夜の教室、授業後の体育倉庫、保険医不在の保健室。そしてついには男子トイレだ。
 別段重要視しないが、背徳感を味わいたいという理由は実に彼らしいと思った。つまり王馬は入間とのセックスを日常における興奮材料程度にしか考えていない。飽きたら簡単に消去できるアプリゲームあたりの位置づけだろう。場所を変えるのは興奮を掻きてたるためのスパイス。あくまでもゲームだから入れ込むなんてもってのほか。
だからキスもしない。デートもしない。恋人になんてならない。
入間はそれで良かった。いつか王馬が飽きるのだとしても、今この瞬間繋がっていることが幸せだった。我ながら被虐趣味が過ぎると唇を噛む。すると王馬が背中を抱く力を強めた。彼の細い指から肌に伝わる熱が心地いい。
「ほら、また何か……っ、考えてる……」
「うるさ……っ、ひゃうっ」
「オレの……っ、ことだけ、考えてろよ。オレで、いっぱいになって……」
 ラストスパートをかけようと抽送が激しくなった時、ギィと軋んだ音の後に足音が聞こえて二人はそろって息をひそめる。
 出来るだけ人気のないトイレを選んだが、タイミングだけは選べない。続いてもう一度扉が開く音が聞こえてまた誰かが入ってきた。聞き覚えのない声であることから他学年だと伺えるが、二人は知り合いのようでぼそぼそと会話が聞こえる。
 張り詰めたものが何度も脈を打つ。射精したくてたまらないと言わんばかりに怒張しているが、わずかに刺激が足りないのだろう。王馬は静かに息を吐いて、ひどく小さな声で囁いた。
「……もし気づかれたら俺たち変態だと思われちゃうね」
 入間はそれに返事をしなかった。リスキーなことをするほど脳は蕩けていない。
「でも、キミはそっちの方が嬉しいのかな。男子生徒に肉便器扱いしてもらえるかもよ」
 蔑みを含んだ低い声が入間を責め立てる。ぞわぞわとした電流が腰のあたりから駆けあがってきて、入間は思わず背筋を反らす。
「嬉しいの?変態なんだね」
 そう言われれば今度は中がきゅんと疼く。今、王馬は確実に自分のことを考えている。自分に対して感情を向けている。こみ上げる幸せを隠し通そうと唇を真一文字に結んだ。
 ほどなくして足音と気配が遠ざかっていく。扉が閉まりきる音を聞き、二人はため息をついた。
「にしし。バレなくて良かったね」
 どの口が言うかと彼の太ももを引っかいてやる。無駄な肉のついていない、意外にも筋肉質な脚が好きだった。王馬は不満をぼやきながら、入間の胸へと手を伸ばした。王馬は乳房を揉みしだき、甘く勃ち上がった乳首を指先で弾く。これまでに何度も繰り返された刺激ではあるが入間には毎回新鮮に感じられる。乳頭を小刻みに引っかかれ、押し潰しながら扱き上げられる。物理的な刺激だけでなく、弱いところを全て掌握されているという精神的な快感が入間を襲う。膣内はすっかり愛液で潤い、自ら腰を振り始めた。そがれかけた興に再び火が付き、二人は絶頂へと上り詰めていく。
 荒い息を吐き、王馬は一心不乱に中を突き上げる。片手を腰へ這わせ、腰を引き寄せては深いところを責め立てた。離したくないと言わんばかりに収縮する膣内から屹立したものを引き抜き、再び奥を突く。激しい抽送を何度も繰り返し、入間が一際高い嬌声を上げた場所をぐりぐりと刺激した。
「入間ちゃ、あ、ぅ、ぎゅってしていいよ……」
 それは神による施しのような甘美な響き。死体のようにぐったりと垂れていた手は救済を求めるように王馬の背に回される。お互いの汗が混じり合うほどに密着している今、入間はこの幸福を覚えておこうと懸命に脳へ指令を送る。
「そう、いい子だね……。きもちいい?」
「き、もちいぃ……っ!あ、んっくぅ……ッ!!」
 可愛いよと囁かれ、入間の鼓動は高鳴った。そんな風に言われたら期待してしまう。求めてしまう。もっと深く、特別な関係になりたいと願ってしまう。
入間は彼の名前を呼ぶのを必死に堪えた。好きだと、愛していると言ってしまいそうだから。
 溢れんばかりの愛液が王馬のものに絡みつき、いやらしい水音を立てる。狭い空間のため反響して、鼓膜さえ犯されている気分だ。呼吸をするごとにだらしない声が漏れ、自分の絶頂が近いことを知る。王馬も同じなのか、深いストロークから最奥だけを擦るような緩慢な動きへと変わっていく。
 自分の一番弱い部分だけをしつこく責められ、入間は意識が飛びそうだった。これまでは乱暴とまではいかないまでも、お互いに絶頂だけを求めるような一種の動物的なセックスだったというのに。
 射精寸前のそれは中から溶かされそうなほど熱い。同じ場所を擦り続けられるのはもはや拷問にも近かった。一突きごとに絶頂の訪れがはっきりとしてくる。腰ががくがくと震え、口元からは涎が垂れているのに舐めとることすらできない。自分が自分ではなくなるような感覚。入間は恐ろしさのあまり、懸命に首を振った。
「やらぁ……っ!なんか、きちゃうぅ……っ」
「大丈夫、だから。一緒にイこうね……っ」
 聞いたこともないくらい優しい声が届いた瞬間、入間は激しい絶頂を迎えた。
「あ、ああぁぁっ!!おうまぁ……ッ!!」
堪えようとしても、王馬の名前が零れ落ちていく。四肢が痙攣し、満足に体も動かせない。しかしどうしても離したくなくて、入間は両足を王馬の腰に絡ませた。
「い、るまちゃん……っ!」
お互いに腰を引き寄せる形になり、収縮を繰り返す膣の中で王馬は射精した。薄いゴム越しに彼の精子が解き放たれていく感覚が分かる。もはや言葉もなく、呼吸をするのが精いっぱいだった。しかし、入間は幸福感で満たされているのだった。
それは大いなる海に抱かれているような絶対的な安心感と心地よさ。このまま眠りに落ちることが出来たらどれだけ気持ちいいだろうか。入間はそう思い、静かに目を閉じる。
王馬は射精した後もしばらく入間を抱きしめていた。その際に彼が何を考えていたかは分からない。どうか彼も幸福感を抱いてほしいと入間は願った。

 ***

 気だるい体を引きずって、二人はトイレ付近のベンチまでたどり着いた。乱れた制服を整える気力もなく入間は茫然と壁を見つめる。王馬は疲労を感じさせる歩みで自販機の前に立ち、飲料を選び始めた。
戻ってきた王馬は両手にペットボトルを持っていた。どっちがいいと聞かれたので、左手にあったお茶を選ぶ。こんな時に甘ったるい炭酸なんて飲みたくはなかった。王馬は隣に腰かけ、脚をぶらぶらと揺らしながら好物であるという炭酸飲料を飲んでいる。
 髪の隙間から見える彼の瞳を見据える。紫と群青が混ざったような不思議な色合いのそれに入間は釘付けになった。
これはやはり海だと思う。果てのない海。一度落ちれば、二度と戻って来られない大海。岸からただ見ているだけで十分だったのに、触れたいと思ってしまった。
 これまでの入間は薄い氷上に立っているようなものだった。氷が割れないように慎重に脚を運び、少しずつ位置を変えていく。落ちないように、溺れないように、そう覚悟していたはずなのだ。
 何故なら、王馬は一度溺れたら手を差し伸べてなんてくれないから。あいつはそういう男だ。これはあいつにとってゲームの一つでしかない。そう言い聞かせることによって、王馬小吉に――恋に落ちないようにしていたはずなのに。
 足元にあった氷は割れ、入間は海へと放り出された。もはや深い深い海の底へと落ちていくしかない。底すらないのかもしれないと、隣で鼻歌を歌う彼を見つめて思う。
「……どうしたの」
「別に」
 王馬はどうでもよさそうに返事をして、立ち上がった。底なしの海と目が合うと彼はへらへらと微笑んだ。先ほどまで情熱的なセックスをしていた男とは到底思えない。
「じゃあ、オレは行くけど一人で戻れる?」
「あぁ」
「そっか」
 王馬は淡々と答えて、ゆっくりと歩き出す。しかしすぐに振り向いてまた微笑みかけた。
「……またしよーね」
「……気が向いたらな」
「そんなこと言ってぇ。どうせしちゃう癖に」
「何で分かる」
 きっと、してしまうのだろう。しかしとりあえずは強がってみたかった。この気持ちが伝われば、面倒がって抱いてくれないかもしれないのだ。王馬はあの変わった笑い声を響かせる。
「だってキミは……。いや、これは言わないでおこうかな」
「は?何だよ。言えって」
「オレが言うべきことじゃないよ。むしろ入間ちゃんの口から聞きたいから、やっぱり言わないことにする」
 そう言い切った王馬はバイバーイと手を振って駆けて行ってしまった。小学生のような振る舞いに脱力しつつ、入間はもらったお茶で喉を潤す。上手く回らない頭で、彼が残した意味深な言葉を考えてみる。
「だって、オレ様は……」
 その先に繋がる言葉は一つしかない。
「王馬のことが、好き……」
 そう呟いて、入間はやれやれと頭を振った。王馬がそれに気づいた上でこんな行為を繰り返しているとは考え難い。また彼のきまぐれだろうという結論を出したところで、入間も立ち上がり寄宿舎へ向かって歩き出した。