だれもしらない
ツイッターの王入版深夜の60分一本勝負
お題「ひとりじめ」に向けて

同棲している王入の話

 テレビ画面から溢れ出すまばゆいフラッシュに王馬はつい目をすがめた。画面下方に映し出されたフラッシュの点滅にご注意下さいという文字を一瞥して、カメラとインタビュアーに囲まれている女性へと視線を移す。
入間美兎。元超高校級の発明家であり、学生時代から交際を続けている王馬の恋人でもあった。
一ヶ月ほど前、彼女の発明品に対し国際的な賞が授与された。不気味なアダルトグッズや使用者に偏りがあるものではなく、万人に受け入れられるような発明品。数年がかりでようやく完成までこぎつけたそれは、彼女が最高傑作と謳う通り瞬く間に評判が広がり政治家や海外のメディアの耳に入るまでそう時間はかからなかった。大勢の支持を受け、名のある賞を獲得した美人発明家のニュースは凶悪犯罪や収賄事件ばかりが目立つこの時世にとって太陽のごとく世間を照らしていた。
 二人が出会った恋愛バラエティ番組以降も入間は時折テレビに出演していたが、そのほとんどが深夜番組だった。発明家としてスポットが当たるのではなく、その美貌や酔狂な性格が一部でカルト的な人気を博していたのだ。しかしその受賞以来入間は一転して文化人として扱われるようになった。一躍時の人となった彼女をテレビや紙面で見ない日はない。喜ばしいことだが、内心では恋人としての嫉妬心が疼いていた。今まで彼女に見向きもしなかった人間が、たった一つの出来事によって心を奪われる。だからこそ世界は面白いと思う反面、彼女を称賛する人々の単純さに怒りを感じてしまうのだった。
 入間の功績が認められるのは嬉しい。しかし、側面だけを見て彼女を理解した気にならないで欲しいと考えてしまう。自分だけが入間美兎という人間の本質に触れることができる。自分だけが彼女の本心を引き出すことができる。そんな思いばかりが王馬の心の中に生まれては消えていく。子供じみた独占欲に嫌気がさし、王馬はクリーム色の天井を見上げた。
 昨日海外から帰ってきたばかりの入間はまもなく昼時だというのにまだ眠っている。テレビから聞こえてくる街頭インタビューの声と、スタジオにいる芸能人の感想が王馬を苛立たせた。チャンネルを変えてみるが別段面白そうな番組はない。むしろ今の精神状態では全てがつまらなく感じるのだった。彼女が起きてきたときのために何か作ろうかと席を立った時、ゆるやかに階段を下りてくる足音が聞こえた。
「おはよぉ」
「おはよ。もうお昼だけどね」
 少しだけ開いたリビングの扉から顔を出して、目を閉じたまま彼女は微笑んだ。
「顔酷いよ」
「んー」
 生返事をしたかと思ったらそのまま姿を消してしまった。洗面所にでも行ったのだろう。王馬はキッチンに立ち食事を用意し始めた。トーストにスクランブルエッグ、特売で買ったパックの冷製スープ。王馬は凝ったものは作れない。どっちかといえば買って済ませてしまうタイプだ。入間は王馬と真逆で、手料理に凝る気質である。ひねくれものの王馬が素直に料理上手と称するほどには。
 性格以外は完璧なのだ。だからこそ、世間が彼女の魅力に気づくのが怖かった。きっかけさえあればきっと多くの人間を魅了してしまうのが嫌だった。
 リビングへと戻ってきた入間は手伝うと言ってくれたが、その眠そうな表情を見て王馬は首を振った。
「座ってて。大したもの作れるわけじゃないけど」
 その言葉を素直に受け入れソファへと腰掛けた彼女は自分の特集ニュースを見て嬉々とした声を上げる。
「おっ。オレ様のニュースじゃん」
「もう見飽きちゃった」
「はぁー?足りないぐらいだろ」
 もう他人にちやほやされる彼女を見るのはうんざりだ。なんて酷いことをはっきり言えるわけがない。
「すごい人気だね」
「へへ」
 照れ臭そうに頭を掻く彼女を一瞥して卵を割った。心の中に生まれてくる嫉妬心と独占欲を消したくて卵をかき混ぜる。王馬にとって料理は決して楽しいことではないが、心の拠り所にするのはいいかもしれないと思った。
 同テレビ局で放送するドキュメンタリー番組にも出演するらしく、番宣が聴こえてきて王馬は聞こえないようにため息をついた。
 テーブルまで持っていくともう入間に関するニュースは終わっており、カルチャーというコーナーへと切り替わっている。
「先日、政治家のI氏の自宅からブルーダイヤモンドが盗まれていたことが判明しました。しかし警察の調べによりこのダイヤモンドは盗品であることが発覚。家宅捜索及びI氏の取り調べが行われることとなっています。また盗まれたものは既に元の持ち主へ返還されていると報告があったそうです。現場にはDと書かれたカードがあり、警察は怪盗Dの仕業で間違いないと見ています」
 怪盗D。その名前を王馬は鼻で笑った。DICEの頭文字をわざわざ現場に残してやっているのに未だ正体を掴めず、Dという雑多な名称で呼び続ける彼らの無能さに王馬はほとほと呆れてしまったのだ。超高校級の探偵である最原は多忙でなかなか怪盗Dによる窃盗事件に関与できないらしく、王馬としてはつまらなかった。
「怪盗D。未だ正体は不明ですが、その鮮やかな手口に魅了される人々は多いようです」
 ファンだという大学生らが映し出され、何やら熱く語っている。入間はトーストを齧りながらその様子をじっと見ていた。興味深そうな、つまらなさそうなどっちつかずの表情をしていると思ったが可愛らしい女性がインタビューに答え始めた途端に露骨に顔をしかめた。
「犯罪者をカルチャーとして扱うなっての。馬鹿どもが!!」
 なぁ、と入間は王馬に意味深な視線を送ってくる。そこに込められた意味を汲み取って王馬は目を細めた。
「はいはい。犯罪者ですみませんね」
「しっかしオメーも色々やってんなぁ。向こうでもよく特集組まれてたぜ。日本人なら怪盗Dのこと知ってるだろなんて聞いてきやがってよぉ。もっとオレ様に注目しろよな!!」
 入間は強い口調でそう言ってチャンネルを変えてしまった。大きな犬が遊んでいる映像が映っているがそれには興味がないらしく、隣にいる王馬の手を握ってきた。
「どうしたの」
 入間は何も答えないまま王馬の方を向いた。困ったような表情。何か言いたいことがあるのに、我慢しているときに見せるその顔は王馬の心を締め付ける。
「ご飯、冷めちゃうよ」
 ね、と微笑んでみても入間は手を離さなかった。ただじっと王馬の目を見つめて瞬きを繰り返す。王馬がどうしたのともう一度訪ねると、今度は目を反らしてゆっくりと口を開いた。
「……本当の小吉を知ってるのは、アタシだけだよね?」
 本当の自分。そんな漠然とした言葉で人間の性格を表すことは不可能だと知っているけれど、王馬だって同じことを思ったのだ。彼女も世間を騒がせる王馬の姿を見て嫉妬心を覚えたのかもしれない。
 しかしここで素直に答えるのは自分らしくなかった。嘘つきで、天邪鬼で、歪んでいて、ひねくれものの自分こそがきっと『本当の王馬小吉』だから。王馬はトーストをちぎって彼女の口元に運んだ。
「あーんして」
 入間は戸惑いながらもその小さな口を開けて王馬からの施しを受ける。複雑な顔をしてパンの欠片を咀嚼する彼女は鳥の雛のようで可愛いと思ったものの何も言わなかった。その代わりに、王馬は冗談めいた言葉を吐き出す。
「ホントのオレかどうかは分からないけど。こんなことするのは入間ちゃんだけだから安心してよ」
「そ、そうかよ」
「……キミは?」
「え?」
「キミがオレに見せてくれてるのは本当の姿?本心?」
 自分が答えなかったのだから入間も答える義理はないのだが、彼女は小さく頷いてくれた。
「本当のアタシを見せるのは小吉だけだよ」
「……そっか」
 ねじ曲がった自分とは正反対に、想いをはっきりと告げる彼女がまぶしくて王馬は「フラッシュの点滅にご注意ください」という文字列を思い出す。そんな人工的な、野次馬根性で当てられた光よりももっと柔らかくて美しくてまぶしい。入間美兎という人間が放つ光が王馬の眼を焼いた。
 握られた手を優しく振り払い、王馬は冷めかけた朝食が載った皿を彼女の方に引き寄せる。
「せっかくオレが作ったんだから食べてよ」
「お、おう。そうだな」
 ぶっきらぼうな返事をして食べ進める彼女を親のような気持ちで王馬は見つめる。そして、はた、と思いついたことを彼女の耳元で囁いた。
「ねぇ。食べ終わったらエッチしようよ」
「はぁ?!」
 王馬の言葉を受けて食べこぼした彼女を鋭い眼つきで睨みつける。
「うわ……汚い。最悪ぅ」
「オメーのせいだろ!!」
「知らなーい」
 王馬は彼女の怒号を無視してもうすっかり冷めてしまったスクランブルエッグを口に運んだ。自分で作ったものも悪くない。頬を染めて手を止めてしまった入間に、王馬は微笑みかけた。
「他の誰も知らないオレのこと、独占させてあげる」
「だれも、しらない……」
「そうだよ。だから――」
 キミのことも独り占めさせてね。秘密を打ち明けるような小さな声で王馬はそう告げたのだった。