人生は上々だ 誕生日に遊園地へ行くことを計画していた王馬と入間。 しかし当日は豪雨で、急遽おうちデートをすることに……。 ・紅鮭団の後の話 ・王馬君の過去をねつ造しています ・DICEの人たちが出てきます |
六月といえば何を思い浮かべる?紫陽花、ジューンブライド、蛙、そして梅雨。最初の三つはいい。風情があるしね。紫陽花なんか見ていて心が穏やかになる。 ただし梅雨、テメーはダメだ。部屋は湿っぽくなるし、雨が続けば気分は落ち込むし何より予定が潰れる。今日だってそうだ。六月二十一日、土曜日、午前六時。オレの十八歳の誕生日は土砂降りの雨によって台無しになった。 「なんだよ。予報では晴れって言ってたのに」 まだ目覚め切らないまま外を見て発した声と舌打ちで、自分が相当イラついていることが分かった。総統だけにね。なんて笑えない冗談を心の中で言ってから、オレはため息をついた。 「雨、ヤバいですねー」 ハッとして振り返るとそこには部下が立っていた。髪はタオルで拭いているけど、左目を隠すように流した前髪の先から雫がぽたぽたと垂れている。床が濡れるだろと言いかけたのをやめて、今日この時間に何故ここに来たのか尋ねようとした途端、向こうが先に口を開いた。 「今日はデートだと聞いたので。寝坊しないか心配で来たんですよ。杞憂だったみたいですけど」 「気持ち悪い。お前のそういうところ嫌いだよ。あと床が濡れてるから拭いて帰れ。さよなら」 「ひどいなぁ」 「うるさい」 自分でも随分とげのある言い方になってしまったなとは思いつつも、怒りを収めることができなかった。何故なら今日は入間ちゃんと二人で遊園地に行く予定だったんだから。 年に一度の誕生日特典を駆使して二人で一日中遊ぶ計画を立てていたのに。なんて言ったら鼻歌を歌いながら床を拭いているそいつに、子供っぽいとかなんとか笑われるかもしれない。 「どうされますか。出かけるようでしたら送っていきますよ」 「この雨じゃなぁ。入間ちゃんに連絡……っと、電話だ」 けたたましく鳴り響く携帯を取ると、彼女には珍しくしゃっきりとした声が聞こえた。おはよう、ちゃんと起きてるか。そんな問いかけだけでも、オレは頬が緩んでしまった。 地面を打つ音が聞こえそうなほどに激しい雨の中じゃ、外で会おうなんてさすがに入間ちゃんも言い出さなかった。その代わりにと提示してきた行先はオレの自宅だった。一泊するついでに手料理を振舞ってくれるらしい。それは確かに嬉しいプレゼントだ。勿論、髪の毛が入っていなければの話だけど。 「入間ちゃん、家に泊まりたいんだって。ご飯作ってくれるみたい」 「いいじゃないですか、おうちデート」 「お前は帰れよな」 「当たり前じゃないですか!!入間さんを迎えに行ったら帰りますよ。雨の中来てもらうのも悪いですからね」 「……それを見越してきたわけ?」 「まさかぁ。俺は浮かれたあなたを見に来ただけですよ」 「あっそ。十時に迎えに行くから」 へらへらと笑う部下を睨みつけてみるけど、どうも効果はないらしかった。でも、起き抜けは最低だった心が少し軽くなっていることに気が付いた。恋人がもたらすものの一つとして、癒しがあるのかもしれない。……嘘だけどね。 *** 入間ちゃんの家は、オレのマンションから車で三十分。結構近くて、電車での行き来も楽だから土日のデートの時は困ることはない。でも学校は正反対の場所にあるから、平日になかなか会えないのは難点だ。 入間ちゃんの通う「神明工業高校」は文字通り工業高校だ。本人曰く偏差値はあまり高くないけど、生徒の自主性を重んじる学校で入間ちゃんみたいな変人も自由に活動できているらしい。その校風のおかげか、毎年行われる全国ロボットコンテストでは優秀な結果を収めている。超高校級の発明家にはぴったりの学校じゃないかなってオレは思う。自称天才のくせして試験の点数にはかなり偏りがあるし(歴史と国語が壊滅的だった)好きなことを突き詰められる学校の方が合っているはずだ。 それに対してオレの通う学校は、自分で言うのもなんだけど国内有数の進学校。帝都大学の付属高校で、エスカレーター式に上がった大学を卒業すれば将来は安泰なんて言われてる。しかしその実態は点数至上主義の超スパルタ高校。生徒は試験の点数によってクラス分けされて、上位の五十名以外はみんなまとめて落ちこぼれなんて呼ばれる。 要するに、試験の結果さえよければ本人の人格は関係ないってわけ。まぁ学校なんかに超高校級の総統の人格を掌握できるわけないんだけどね。 そんな真逆の高校に通うオレ達が出会ったのは、あるバラエティ番組だった。誘拐に近い形で集められた、十六人の高校生に恋愛をさせてネット配信する。悪趣味に悪趣味を重ねた最低の番組だったけど、入間ちゃんと出会えたんだから参加した意味もあるってものだよ。 彼女との思い出を振り返っていたら、車は一軒の家の前で止まった。おとぎ話に出てきそうなほど可愛らしい南欧風の家が入間ちゃんの自宅だ。この外観からなんとなくご両親の性格が想像できるけど、どうして入間ちゃんみたいな下品で低俗で奇抜な女の子が育ったのかはいつまで経っても分からない。もしかしたら永遠の謎かもしれないね。 連絡をすると、入間ちゃんはすぐに出て来てくれた。白地にドット柄のワンピース、髪型もいつもと違ってサイドで三つ編みにしている。ビビットピンクの制服も少しずつ慣れてきたけど、こうして普通の恰好をされると彼女がいわゆる美少女に分類されることを強く意識してしまう。一泊するだけだというのに妙に膨らんだボストンバッグを抱えているのが気になったけど、オレは何も聞かなかった。 「……お願いします」 ぎこちなく部下に挨拶をして車に乗り込んだ入間ちゃんは、にまにましながらオレの方へと席を詰めてきた。香水をつけているのだろうか、甘酸っぱいフルーツのような香りがして少しだけドキドキした。部下にバレたくなくてそっぽを向いてみたけど入間ちゃんは全然気にしてないみたいだ。オレにぴったりと寄り添って、腕を絡ませてきた。 「去年も思ったけど、オメーみてーな嘘つきにも誕生日があるんだな」 「あるよ。ただし今日が本当の誕生日とは限らないけどね」 「はぁー?去年もこの日だったじゃねーか」 「去年からずっと嘘をついてる可能性もあるよ?」 入間ちゃんは怪訝な顔をしてオレを見つめていたが、グロスでつやつやと輝く唇をゆっくりと開いた。 「……嘘でもいいけどよ。誕生日おめでとう」 「わぁ、入間ちゃんの脳内におめでとうなんて単語があったんだね!!下ネタしか喋らないのかと思ってたよ!」 「な、なんだよぉ。オレ様が言ったんじゃ嬉しくねーのか?」 眉根を下げて悲痛な声を上げる。嬉しいに決まってるのに。こういう時、素直に嬉しいって言えたら入間ちゃんを悲しませたりしないんだろうな。オレの左腕を抱きしめていた力がどんどん緩んでいく。ついにはこのまま泣き出してしまうんじゃないかと不安になるほど意気消沈してしまった。こうなってしまえばもう意地なんて張っていられない。オレはすっかり俯いてしまった彼女の頭を優しく撫でて、精一杯優しい声を出した。 「嘘だよ。……すごく嬉しい。ありがとう」 目の端に映った部下の肩が震えている。笑えばいいさ。むしろ笑ってくれ。オレだって自分がこんな風に恋人に対して接するなんて思ってもいなかったんだから。 俯いたままの入間ちゃんの耳がほんのりと赤くなる。オレと違って分かりやすいから、こういう時はすごくありがたいし……正直可愛い。顔を上げたかと思えばキッとオレを睨みつけて、自信に満ちた表情を見せてくれた。 「やっぱりな!オレ様に祝ってもらえて光栄だろ!オラッ、土下座しろ!」 「前言撤回。キミに祝ってもらうなんて汚名以外での何でもないね」 「なんだとぉ?!」 掴みかかられた勢いで頭をぶつけたのに入間ちゃんはお構いなしにオレを組み伏せようとしてくる。背が高いと有利だよなぁなんて顔をしかめていたら、今度は入間ちゃんが天井に頭をぶつけていた。 「俺がいるのによくそんないちゃいちゃできますね」 「「してない!!」」 「そういうのをしてるって言うんですよ。ま、いいや。スーパー寄りますね。家に何もないですから」 「なんでお前がうちの冷蔵庫事情を知ってんだよ」 「ふーん。自炊とかしねータイプなんだな。今日はオレ様が手料理を振舞ってやるから覚悟しとけ!」 ヒーローと対峙した悪役みたいなこと言ってるけど、入間ちゃんの料理の腕はなかなかのものだ。楽しみだけど、それはそれとして早くどいてほしい。こんなに近いと香水の匂いだけじゃなくて、肌の柔らかさとか睫毛がとても長いことだとか、いろんなことを感じてしまって余計にドキドキしてしまう。 「何食いたいんだよ」 「うーん……何でもいいよ。ていうかどいてよ」 「はぁ?!オメーには意志ってもんがねーのか?!」 「あるよ。意志、全然あるよね。だからどいて」 「だったら食いてーもんくらいあるだろ。オレ様にかかればどんな料理もお茶の子さいさいだぜ!」 悩ましい声を出してみるけど、本当のところなんだって良かった。入間ちゃんが作ってくれるものなら、どんなものでも嬉しい。髪の毛が入ってるのはさすがに遠慮したいけど、それだけ愛情を込めてくれるなんて愛おしくなるよね。 「まさか……女体盛りか?!さすがにオレ様もそれは……いや、このヴィーナスボディーごと食いてーのは分かるけどよぉ」 「誰もそんなこと言ってないんですけど」 「ひゃっひゃっひゃ!!隠さなくていいぜ。オメーの性癖を受け入れるくらいオレ様は器が広いからな!」 「話聞けよ!」 オレ達の言い争いに業を煮やしたのか、車は強めのブレーキをかけて止まった。その衝撃で入間ちゃんはオレに抱き着くように前のめりになる。胸を押し付けられてむしろ得をした気分だ。絶対に言わないけど。 「危ないだろ」 「失礼しました。着きましたよ」 「怒ってんの。ねぇねぇ、怒ってんの?」 「怒ってないです」 「最近彼女にフラれたらしいけど、センチメンタルな気分になっちゃった?」 「うるさいな。あなただけ置いて帰りますよ。……入間さん、申し訳ないです。お怪我はないですか」 入間ちゃんはこくこくと頷いているけど、頬に赤みがさしている。もしかして、ぎゅってしたかったのかな。 「ごめんね、入間ちゃん」 「だ、大丈夫。それより早く行こうぜ!」 「どうぞごゆっくり。……そうだ、お金。一万あれば足りますよね?」 「え?いいって」 「高校生に出させるわけにはいかないですから」 「はぁ?オレの方が稼いでるんだけど」 「うっ。まぁいいじゃないですか」 「そう?……ありがとう」 勝手に帰るなよと言いつけて、オレ達はスーパーへと足を踏み入れた。豪雨の日のスーパーは驚くほど空いていた。気温も低いせいか、店内はいつもより寒く感じる。 「寒くない?車の中にいても大丈夫だよ」 「平気だって。ほら行くぞ」 入間ちゃんはカートを押してオレの隣を歩く。同棲とか、結婚をしたらこんな風に一緒に買い物に来ることも多くなるんだろうな。 一緒に献立を考えて、隣同士でキッチンに立って、向かい合ってご飯を食べる。それはとても幸せな生活だ。考えてるだけで、心臓のところがあったかくなってくる。入間ちゃんを見上げると、目を細めて笑ってくれた。 「そろそろ思いついたか?遅漏すぎても嫌われんだぞ!」 「そうだなぁ……。あ、お昼は粉ものにしようか。うちにホットプレートとたこ焼き器があるから」 「……オメーがそれでいいなら」 「じゃあそうしよっか。せっかく家でデートするんだもん。それに、楽しみは夜まで取っておきたいしね」 楽しみと言われて入間ちゃんは照れ臭そうにはにかむ。でも肝心の手料理は思いつかない。嫌いなものならすぐに言えるけど、好きな食べ物ってなんだろう。昔から、生きていくだけの食べ物があれば十分だと思っていた。嫌いなものができたのだって割と最近のことだ。 ただ、憧れている料理なら一つある。この年になったら外ではもう食べられない。それはオレにとって手に届かないものであると同時に、幸福を証明するような料理だった。口を開きかけて、オレはやっぱり言い淀んだ。これが食べたいなんて言ったら子供っぽいって笑われるかもしれない。 オレは結局、入間ちゃんに任せることに決めた。 「ホントになんでもいいんだ。入間ちゃんが得意なものとか」 わざわざ作ってくれるっていうのにこんな言い草は本当に失礼だって分かってる。案の定入間ちゃんは眉をひそめて、考え込むように口元に手を当てた。ごめんというのも何か違うような気がして、オレはつい黙り込む。 「トイレ行ってくる」 「分かった。小麦粉見てるね」 入間ちゃんはひらひらと手を振って、歩いて行ってしまった。冗談の一つでも言えばこの場の空気が緩和されただろうか。オレは後悔しながら深いため息をついた。 小麦粉を吟味していると入間ちゃんが足早に戻ってきた。よく見ると髪が濡れている。トイレは店内にあるはずなのに、どうしてだろう。 「あれ?トイレに行ったんじゃなかったの?」 「あー……間違えて外に出ちまってさ。言っとくけど漏らさなかったからな!!どうせオレ様の失禁を期待してたんだろ!このド変態やろうが!」 「はいはい」 オレは軽くあしらって、鞄の中からハンカチを取り出した。髪だけじゃなくて体も濡れている。まるで長い間外にいたみたいだ。 「良かったらこれ使って」 「う、うん……。ありがとう」 綺麗に結われた髪が少し乱れてしまっている。髪に触れようと近づくと、香水に混じってかすかにタバコの匂いがした。喫煙所のそばまで行ったんだろうか。でもこれ、どこかで嗅いだことがあるような気がする。 「な、なんだよ」 「いや。今日はいつもと違って、可愛いなぁと思って」 「はぁ?!いつも可愛いだろうが!!」 「はいはい、そうですねー」 あしらいながらも入間ちゃんをじっと見つめていると、一瞬困ったように笑った。 「……夕飯なんだけどよ、オレ様の得意料理でいいか?」 「うん。嬉しいな。何を作ってくれるの?」 「そんなもんできるまで秘密に決まってんだろ!!よーし、そうと決まれば買い物だ!!さっさと行くぞクソ短小野郎!」 入間ちゃんはオレを先導するようにして歩き出した。嬉しさと罪悪感が同時にオレの心の中を占拠していくのを振り切るように、オレも彼女の後を追った。 *** 海老、ひき肉、卵、小麦粉、パスタ、チーズ、牛乳……お菓子とジュースをいっぱい。それから名前のプレート付きのホールケーキ。山ほどの荷物を抱えてオレ達は自宅にたどり着いた。買ったものを冷蔵庫に入れ終わると、突然髪の毛をくしゃくしゃと撫でられ。その手つきで目の前にいるこの男の寂しさが感じ取れてしまって、オレまで寂しくなる。 「俺は帰りますね」 「もう?昼飯ぐらい食ってけよ」 入間ちゃんは戸惑い気味にそう答えた。 「いえ。お二人の邪魔になりますから」 弧を描いた右目をじっと見つめていると、優しい声でお祝いの言葉を投げかけてくれる。 「誕生日おめでとうございます」 「……ありがとう」 八歳の時に出会って以来オレの親代わりをしてくれていた。親であり、兄であり、総統の右腕としてずっとそばにいてくれたから、オレに恋人ができたのが寂しいのかもしれない。入間ちゃんに出会うまでの誕生日はみんなで祝ってくれていたから余計に。 「じゃあ、帰ります」 「気を付けてね」 適当な返事をしてあいつは帰っていった。 「いい奴だな」 「そうかな?今日だって勝手に家に入ってきたのに?」 「ケケッ。オメーの部下らしいじゃねーか」 そう言って笑う入間ちゃんを見上げる。キミが本当にそう思ってくれてるならオレはすごく嬉しいな。 付き合始めて半年が経った頃だったと思う。部下達は入間ちゃんへの接触を望んだ。オレが好きになった相手がどんな人物か確かめたかったらしい。 ――外見は認める ――髪の毛がふわふわで犬みたい!! ――下ネタきつくない? ――あれはどう見ても処女だろ ――発明要員でうちに入れちゃえばいいじゃん ――ずっと一緒にやっていくのは無理だよぉ 彼女と会った部下達は口々に感想を言い合った。どれもこれもオレが一度は考えたことがあるものばかりで頷くことしかできなかった。家族同然の彼らが入間ちゃんのことを受け入れなかったとしても、別れるわけじゃない。でも好きな人が家族に拒まれるのはとてもつらいことだから、オレはみんなが入間ちゃんについて話している間は気が気じゃなかった。 ――でも、悪い人じゃなかった それが、みんなが最終的に出した結論だった。 悪い人じゃない。それは性格的な意味でも、価値観的な意味でも。 オレ達は他人を傷つけない、笑える犯罪をモットーとしている。だから他人を傷つけることで快感を得たり、それを生業とするような悪党と長く付き合うことはできない。ビジネスならまた別だけどね。 それに悪い人じゃなかったということは、いい人でもなかったということだ。他人を疑うことを知らない根っからの善人と付き合っていくことだってきっと上手くいかない。 入間ちゃんはすごくいい人でも、すごく悪い人でもない。基本的に人のことを見下してばかりいるし、よく罵倒するし、一年以上一緒にいるオレのことだって疑う(これはオレが嘘つきだから仕方のないことだけど)それでも自分の才能を誰かのために使おうと思ったり、言葉にはあまり出さないけど優しかったり……。 少しだけいい人で、少しだけ悪い人。天国にも地獄にも行けないようなキミのことをオレも、オレが大好きな人たちもすごく気に入っているんだよ。だからキミがオレの部下のことを、家族のことを否定しないでいてくれることが心の底から嬉しいんだ。 入間ちゃんはオレに微笑みかけたかと思うと、優しく抱きしめてくれた。身長差があるから胸のところに顔を埋めるみたいになって、お母さんにあやされてるような気持ちになる。 「誕生日おめでとう」 「ん……」 入間ちゃんの体はこのままずっと抱き着いていたいくらい心地いい。あったかくて、柔らかくて、極上の抱き枕みたいだ。安心してしまうのかうとうとしがちなのは難点だけど。 「いつまで抱いてるの!お金取るよ!」 「ひぐぅっ?!な、なんでだよぉ!」 「にしし。嘘だよ!それよりお腹空かない?早くたこ焼き作ろうよー」 「嘘かよ!!オメーたこ焼きとか作れんのかよ。オレ様は天才だから失敗したりしねーけどな!!」 「オレは上手いよ。西のたこ焼き職人と呼ばれたくらい上手いからね。お昼ご飯をおいしく食べられるかどうかはオレにかかってるんだから、もっと敬意を払った方がいいよ!」 「嘘だろ」 「たはー。バレたかー」 わざとらしく頭を掻いてみると、入間ちゃんは顔をしかめてキッチンへと行ってしまった。 普段から料理をし慣れているんだろう。エプロンをつけて、手際よく準備していく姿はなかなか様になっている。結婚したらこれが日常になるのかな。だったら、フリルの付いた白いエプロンをつけて欲しいなぁ……。 「何にやにやしてんだ?」 「なんでもなーい」 「どうせ。オレ様の裸エプロンでも想像してたんだろ。仕方ねーからシコって来てもいいぜ!!」 「はぁ?キミの裸エプロンなんかわざわざ想像するわけないじゃん。脳みそが腐っちゃうよ」 「うぅぅ……そこまで言うことねーだろぉ」 「ほら、ぐずぐず言ってないで手を動かす!!」 「オメーのせいだろうが!!」 「うるさいなぁ」 入間ちゃんはぶつぶつと文句を言いながらも素早い手つきでたこを切っている。本当のところ裸エプロンはかなり魅力的だ。想像するだけで喉を鳴らしてしまうくらいには。勿論、からかわれたくないから秘密にしておくけど。 一緒にご飯を作ることって仲を深めるのには最適だと思う。コミュニケーションも取れるし、自分たちで作ったものって美味しく感じるから。それに、好きな人と好きなものを食べるのって性欲まで満たされていくような気がする。セックスをした後のような充足感でいっぱいになって、幸せな気持ちになれるんだ。 たこ焼きはたこ以外にチーズや、チョコレートを入れたりホットケーキミックスでアメリカンドッグを作ってみたり、二人で色々アレンジしてみた。段々どこに何を入れたのか分からなくなってロシアンルーレット見たくなっていったのは楽しかったな。 その後は最原ちゃんに勧められたサスペンスドラマを見たり、旅行の計画を立ててみたりと二人きりの時間を満喫した。ドラマにはシャーロックホームズを模した探偵が出てきたから、ロンドンでホームズにちなんだ場所を回ろうなんて話になったけど入間ちゃんって結構ミーハーなところがあるよね。そういうところも、好きだけどさ。 時間は楽しさに比例して早く感じるものだってオレは思ってる。だって総統として世界中を駆け回っているときや、好きなゲームに夢中になっているときは一日があっという間に終わってしまうんだから。そして入間ちゃんと一緒にいる時だって、時間はぐんぐん過ぎていく。 気が付いたら時計はもう十八時過ぎを指していて、豪雨のせいで外は薄暗かった。お昼だって苦しくなるくらい食べたのに、もうお腹が空き始めている。オレの体ってどうなってるんだろう。これで身長が伸びるなら育ちざかりなんて言うんだろうけど、生憎そんな気配すら感じられない。成長痛ってやつを一度でいいから味わってみたかったね! 「腹減ってるか?」 「うん」 「オメー、背低いくせによく食うよなぁ」 入間ちゃんはどことなく嬉しそうに呟いて、再びキッチンへと立った。 「何か手伝おうか?」 「馬鹿野郎!!それじゃ誕生日の意味がねーだろうが!!」 「はぁい」 飛んできた怒号に肩をすくめて、オレはほとんど見ていなかった携帯を開いた。画面にはメールや、チャットアプリを通じてのお祝いの言葉の通知がいくつも表示されている。 学校の友達や、紅鮭団で会ったメンバー。部下達からは帰ってきたらまたお祝いをしようとメッセージが来ていた。愛されている?愛されているのかな。そういう風に自惚れてもいいのかな。 背後で調理に勤しむ入間ちゃんを見つめる。朝からずっと一緒にいてくれて、こうしてオレのためにご飯まで作ってくれて……これってすごく愛されてると思う。 それでも不安になってしまうのはちゃんと理由がある。両親が幼い頃に離婚したからだ。ネグレクト気味の母親と、癇癪持ちの父親。幼いながらどちらに行っても後悔すると思ったオレは家出をした。二人とも探しには来なかった。捜索願を出していて、運よくオレが見つからなかっただけかもしれないけど。 紆余曲折あって今は高校にも通えているし、食べていくには困らないお金だってある。ただ愛という、形のないものがいまいち分からない。愛されているという確証が持てない。 DICEのみんなだって信頼するのには時間を要した。最初は技術を提供してもらって、利益を与える。そんな取引関係に過ぎなかったけど、段々と仲間意識が強くなり今では家族同然だと思っている。そういう風になれたのは、親の代わりとして支えてくれたあいつのおかげなのかもしれない。 でも入間ちゃんは? 入間ちゃんとは取引関係とか、そういう形のあるもので繋がっているわけじゃない。勿論こういう風にご飯を作ってもらったり、時には発明品を提供してもらうこともある。セックスだって快感を与えあうという点でじゃ取引関係に過ぎないのかもしれないけど……。 でも、オレ達はもっと目に見えない深いつながりがあるって信じたいんだ。悪の総統がそんなものを信じているなんて、部下達は笑うかもしれないけど。 一緒にいる時の安心感とか、全ての災厄から守ってあげたいと思う庇護欲だとか、子供みたいに甘えたいって思うのも入間ちゃんだけなんだ。 確かにそう思うのに、思っているはずなのに、その思いを形にすることができないから不安なんだ。たとえば結婚とか……そこまではいかなくてもペアリングを買うとか、そんなことができたらいいのにな。 そんなことをぼんやりと考えながら、オレは自分に宛てられたお祝いのメッセージに返信をしていた。 「王馬」 入間ちゃんに声をかけられて、オレはハッと振り向く。食欲をそそるような香りがオレの鼻孔をくすぐった。この匂いは何だろう。ハンバーグ?オムライス?もしかして何種類も作ってくれたのかな。 「き、気に入ってくれたら嬉しいんだけど……」 上ずった声で誘われて席につくと、予想外の物が現れた。 「これ……」 目の前に置かれたのは、いわゆるお子様ランチだった。ハンバーグ。ホワイトソースがかかったオムレツ。大きなエビフライ。その下にはナポリタンが隠れている。ウィンナーはタコの形で、可愛らしい旗が刺さっていた。その上ご飯はうさぎさん風に盛られている。紛れもないお子様ランチだ。 手当たり次第にかごに入れていたから、どっちが何を買ったのかいまいち把握できていなかったけどこれを作るために色々考えてくれてたんだろうな。 「あ……」 スーパーで入間ちゃんが雨に濡れていた理由が分かった。あいつにオレが食べたいものを聞きに行ったのか。 入間ちゃんは車まで探しに行ったけどあいつは店先か、喫煙所で煙草を吸っていたんだろう。そのせいで濡れてしまったんだ。煙草の銘柄は彼女にフラれたと言って最近変えたばかりだから気づけなかった。 「前から準備してたわけじゃねーから、形とか歪だけど……味は保証するからな!ハンバーグもオムレツも得意だし!」 向かいの椅子に座って、少し俯き気味にそう語る。確かにどれもこれもおいしそうだ。これは、オレがずっと求めていたものだ。ずっと欲しかった幸福だ。 お皿と一緒に置かれたフォークを手に取って、デミグラスソースがたっぷりかかったハンバーグを口に運んだ。 おいしい。入間ちゃんの料理がおいしいことは十分知っているつもりだったけど、今日はいつもと違う気がする。 「ごめん。あの人に聞いたんだ。オメーが好きなものとか知らないかなって」 「……そっか」 「きっと王馬はお子様ランチが食べたいだろうから作ってあげてって言われた」 お子様ランチは、オレにとって幸福の証だった。デパートやファミレスに家族で行ける人たちが食べられる、平穏の証明。オレが過ごした家庭では絶対に叶わなかったもの。 「……どうしてこれが食いてーのか、理由までは聞いてねーけど」 別に言わなくても大丈夫だよ、と続けてくれたけどオレは自然と話し始めていた。 「オレの両親はね、小さい頃に離婚してるの」 「うん」 「でも離婚が決まる少し前に三人でデパートに行ったことがあってね。……確か、最上階にあるレストランだったと思うんだ。家族で出かけることなんて滅多になかったから、オレはすっごく嬉しくて……」 今でもはっきりと思い出す。あの時の情景、感情。デパートだってほとんど行ったことがなくて本当に興奮していた。 「それで、お子様ランチを頼んだんだ。うちは親戚とも縁を切ってたから、葬式とか結婚式とかも出たことなくて……。ほら、ああいう場所って子供は別メニューでしょ?まぁ、そんな感じだから一回も食べたことなかったんだよね」 「そうなんだ……」 「でも、何かの拍子に父さんが癇癪を起して帰らなきゃいけなくなって……結局食べれずじまいだったな」 そうだ。店員さんが持ってきてくれたのに、お父さんは怒ってオレの手を無理やり引っ張って店から出たんだ。お父さんの人でも殺しそうな眼つきが怖くて何も言えなかった。お母さんはずっと俯いていて、ただただ泣きそうになった。 その時からお子様ランチはオレの人生から最も遠い場所にあるものとして存在していたんだ。 「このことをあいつに話した記憶はないけど、オレの視線とかで気づいてたのかもしれないな。……そういうところあるから」 入間ちゃんは真剣な顔で頷いてくれる。キミのご両親はとても優しいみたいだし、こんな話をされても困ると思うんだけどちゃんと聞いてくれるんだね。 「こういうのって、幸せな家族しか食べられないんだと思ってた」 いつもよりおいしく感じるのは、ずっとお子様ランチに焦がれていたからだ。愛しい恋人が作ってくれたこともおいしさに拍車をかけているに違いない。入間ちゃんは薄く微笑んで、オレの目を見つめた。 「食べたいものとか、行きたいところとか……アタシは彼女なんだから遠慮しないで言ってよ。言いたくないことは無理に聞かないけど」 「入間ちゃん……」 「アタシは王馬のママにはなれないけど、王馬が欲しいものは全部あげたい。幸せにしたい。一緒に、幸せになりたいの」 力強いその言葉に心臓が震えた。有り余るほどの愛。オレがもらうにはもったいないくらいの優しさ。そんな風に言われたらもっと好きになっちゃうのに。 入間ちゃんは照れたように咳ばらいをして、オレの皿を見やった。 「ごめん、冷めちゃうね」 「あ、いや……」 「食べさせてあげよっか?」 「は、恥ずかしいからいいよ!!」 「えー。誰も見てないんだからいいでしょ?」 今日の入間ちゃんはなんだか積極的だ。隣に座って、スプーンにオムレツをよそっている。 「あーんして」 子供みたいで恥ずかしいけど、こんな風に甘やかされるのも嫌じゃないな。得意と言っていたようにオムレツはふわふわで、すごくおいしい。 「おいしい?」 「うん。おいしいよ」 入間ちゃんは嬉しそうに目を細めた。母性的な表情。ほんのり香る香水。聞こえてしまうんじゃないかってくらい、心臓がドキドキしてる。もっとドキドキしたい。もっと入間ちゃんに甘やかしてほしい。心に浮かんだその思いに従って、 入間ちゃんに向かってあーんしてとお願いした。 ケチャップが苦手なことを気遣ってくれたのか、オムレツはホワイトソース。ナポリタンだってケチャップの味はそんなにきつくない。自宅でのデートは急遽決まったことなのに、オレのことをいっぱい考えてくれるんだってはっきりと分かる。入間ちゃんのことがもっともっと愛おしくなってしまう。 「入間ちゃんは食べないの?」 「あんまりお腹空いてない」 「そっか。ケーキは?」 「ケーキは食べる」 変なのと言うと入間ちゃんはくすくすと笑った。甘いものは別腹ってやつか。何種類ものフルーツがトッピングされた上品なデコレーションケーキ。予約をしていたわけじゃなないけど、有名店のケーキだからきっとおいしいはずだ。 その期待はやっぱり裏切られることはなかった。 生クリームで綺麗にデコレートされているのに甘すぎなくて、お腹がいっぱいなのにいくらでも食べられそうだ。薄暗闇でロウソクを消して、大きなホールケーキを切り分けて食べるのって誕生日限定の特別なイベントらしくてすごく好きだ。 「紅茶でも淹れようか」 「あ、ありがとう」 ケーキを食べた後って、どうしてか紅茶が飲みたくなる。いくら炭酸ジュースが好きなオレでもね。天海ちゃんがお土産でくれた紅茶があったはずだとキッチンに立つと、背後からがさごそと音が聞こえた。あの大きなボストンバッグの整理をしているらしい。 紅茶を淹れてテーブルへ戻ると、入間ちゃんはそわそわとした様子でオレを待っていた。向かいに座っていても、やたらともじもじしているから何か気がかりがあることが分かってしまう。 「ん?どうしたの?トイレでも我慢してる?漏らさないでよね」 「ちげーよ!!」 膝元からラッピングされた二つの箱を出してテーブルの上に置いた。小さな正方形の箱と、細長い箱。 「これ、やるよ」 「何?もしかして時限爆弾?!わー、入間ちゃんって実はオレを狙うテロリストだったんだ!!」 「この低能が!誕生日プレゼントに決まってんだろ!」 「え?ホントに?疑わしいなぁ」 「いいから開けろって!」 入間ちゃんに催促されつつ、オレは包みを開ける。正方形の箱にはライトブルーのボトルに入った香水。細長い方にはブランド物のネクタイが入っていた。 「これが最新式の暗殺グッズか……」 「おい!!」 入間ちゃんがテーブルを叩いた勢いでマグカップに入った紅茶が揺れる。落ち着いてと紅茶を勧めると、入間ちゃんは渋い顔をしながらも飲んでくれた。これおいしいんだよね。さすがは天海ちゃんだ。 「……ごめん。嬉しいよ。どっちも欲しいと思ってたんだ」 「ほ、本当かよぉ」 この二つは帝都大帝都高校の王馬小吉ではなく、超高校級の総統であるオレに対して贈られたものだろう。 ネクタイはどんな場にも使えそうなシンプルなストライプデザイン。その上オレが好んで使っているブランドだ。 香水が入っていた箱には『自由を謳歌するあなたへ』というメッセージが刻まれている。試しに手首に吹きかけてみると、爽やかな香りがその場に広がった。これからの季節にぴったりの、海を感じさせる匂いだ。 「これいいね」 「そうだろ!やっぱオレ様のセンスは最高だな!」 「ふふ。女の子にモテそうだなー」 冗談だと分かるように言ってみたのに入間ちゃんは本気にしたらしい。唇を噛んで、泣きそうな声を上げた。 「それは、嫌だけどぉ……」 「にしし。嘘だよ。入間ちゃん以外の女の子に好かれても困っちゃうもん」 「だ、だよな!!」 「っていうのが嘘かもしれないけどねー」 オレの言葉で一喜一憂する入間ちゃんは可愛いけど、嬉しいって気持ちはちゃんと伝えないといけないよね。 「入間ちゃんすごいね。オレが欲しいもの、全部分かっちゃうんだ」 「あ、う……」 「悪の総統は接待されることも多いからねー。あんまりだらしない格好してるとなめられちゃうから……。大事に使うね」 「う、うん……っ」 入間ちゃんは何度も頷きながら、嬉しそうに顔を綻ばせる。落胆した姿もぞくぞくするけど、やっぱり笑ってる方が可愛いな。香水とかネクタイって、身に着けるものだからいつも入間ちゃんのことを思い出せるし……。そういうことも考えて選んでくれたのかな。 「今日は貰ってばっかりだね」 「た、誕生日だからな!ありがたく受け取りやがれ!!……アタシだって誕生日は王馬に色々してもらったし。嬉しかったし」 入間ちゃんの誕生日は、お姫様みたいに扱ってほしいっていう希望通りに過ごした。ホテルを取って朝から晩まで望むように尽くしてあげたんだよね。人に命令されるのは嫌だけど、入間ちゃんのお願いは可愛らしいものばかりだったから何だって叶えてあげられた。 出かける時はエスコートされたい、いい子だねって頭を撫でられたい、眠るまでずっと抱きしめていて欲しい……。お姫様というよりは幼い子供のようなお願いだった。 そんなに嬉しかったんだね。入間ちゃんは頬を赤らめながら、何度も瞬きをしている。そして、オレの目をじっと見つめて再び口を開いた。 「それから、もう一つ貰って欲しいものがあるの」 「わー。入間ちゃんって恋人に貢ぐタイプなんだね。ホストとかに捕まらないようにしなよ?」 「うるさい!でも、これはアタシへのプレゼントでもあるから」 そう言ってテーブルの上に黒い箱を置いた。 「開けてみて」 促されるままに箱を開けると、そこには銀色に輝く二つの指輪が入っていた。 「ペアリング……?」 「い、嫌なら受け取らなくていいから!!」 「もう……嫌なんて言ってないでしょ?」 入間ちゃんはなぜか泣きそうな顔をしている。こういうものは嫌いだと思っていたのかな。キミがくれるものは何でも嬉しいのに。オレの問いかけに対して、まるでいいわけでもするかのように入間ちゃんは語り始めた。 「今年、三年生でしょ?アタシは大学へ行くつもりだけど王馬はきっと違うんだろうなって思って」 「……そうだね。少なくとも進学はしないかな」 「遠くに行っちゃうの?」 「まだ分からないけど、海外に行くことは多くなると思う」 入間ちゃんはやっぱり、と呟いた。今までは学校を優先して制限をかけていたけど卒業してしまえば今までより忙しくなるだろう。長い間海外に滞在することもあるかもしれない。 「だからね、……離れても大丈夫なように安心できるものが欲しかったの」 入間ちゃんの視線は照明の下で光る指輪へと向けられている。恋や愛は目に見えないからこそ美しいけど、形あるものじゃないと不安な時だってある。 「ごめん。これはアタシのわがままだから」 俯いて、声を震わせる。わがままなんかじゃない。だって、オレだって安心できる何かが欲しかったから。 「そんなことないよ」 「……王馬」 「ペアリング、オレも欲しかったんだ」 「そう、なの?」 「ごめん。もっと早く言えばよかったね。そうしたら一緒に買いに行けたのに」 入間ちゃんは首を振って、柔く唇を噛む。離れればきっと不安は増えていく。どれだけ技術が発達して、場所を問わずコミュニケーションが取れるようになっても、直接顔を見て話さないと伝わらないこともあるだろう。 「オレも不安だったんだ」 入間ちゃんはオレの告白に目を見開いた。 「入間ちゃんのことを信じてないとか、愛してないとかじゃなくて。ただ……キミは綺麗だし、才能もあるし、結構優しいでしょ?」 「結構って何だよ」 「ごめん。……すごく優しいから。オレ以外の人と付き合った方がいいんじゃないかって思ったこともあるんだよね。オレは悪人だし、キミの人生の邪魔をするんじゃないかって」 「そんなことない!!」 はっきりと否定されてオレは思わず黙り込んでしまった。 「アタシには王馬しかいないもん……」 その言葉に絶対的な安心感が沸き上がる。入間ちゃんはオレの瞳を捉えて、控えめな笑みを見せてくれた。 「……プレゼントもね、ずっと前から考えてたの。遊園地に行くのも楽しみだったけど。身に着けるものをあげたいなって思ってて。指輪のサイズも、寝てる時にこっそり測ったの」 「そうだったんだ。オレの寝こみを襲うなんて入間ちゃんやるじゃん!」 「お、襲ってない!!……離れてても、ちゃんとアタシのこと思い出してほしいの」 「……うん。安心して」 どこに行っても、入間ちゃんのことを想うだろう。会いたくて、触りたくて、キミの高飛車な笑い声が聞きたくて仕方なくなるってオレは確信しているんだ。 「じゃあ、これ受け取ってくれる?」 「勿論。…手出して」 入間ちゃんの右手が差し出された。真っ白だけど、指にはところどころ小さな傷がついている。工具を使うから怪我も多いって前に言ってたっけ。オレが大好きな、頑張ってる人の手だ。 「結婚式みたいだね」 「……うん」 「十八歳になったからもう結婚できるんだよ。……結婚してみる?」 「なっ?!そういうのはもっとこう、なんかさぁ……」 「ロマンチックに言って欲しかった?」 オレがからかうと入間ちゃんはむっつりとした顔で頷いた。本番は百万ドルの夜景の前でプロポーズしようかな。キミはそういうの好きだもんね。 「じゃあ、そこに立って」 おずおずと席から立った入間ちゃんの前でオレ微笑んだ。 「えーと……汝を妻とし、今日よりいかなる時も共にあることを誓います」 「は、はい……」 「幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も……あとはなんだっけ。まぁ、いいや死がふたりを分かつまで、愛すことを誓います」 「テキトーだな」 「それぐらいがいいんだよ。それで、キミは? 死がふたりを分かつまで愛することを誓ってくれる?」 オレの問いかけに入間ちゃんは力強く頷いた。 「誓います」 「では、指輪交換を」 自分でも驚くほど厳かな声だった。今度は左手を差し出した彼女の目を見つめ、指輪をはめてあげる。細くて骨ばった指に銀色の指輪はよく似合っていた。 「王馬も、手出して」 入間ちゃんも同じようにオレの薬指に指輪をはめてくれる。お揃いの指輪。どんなに遠くに離れてもお互いを思い出せるように、不安にならないように。指輪の輝きがそんな思いを背負ってくれているような気がした。 「……誓いのキス、だったっけ?」 「う、うん……」 キスなんて何度もしたことがあるのに、今日はなんだかいつもと違う。幸せで、満たされていて、すごくドキドキする。オレは入間ちゃんに歩み寄って、肩を掴んだ。 夫婦なら苗字じゃなくて名前で呼びたいな。その思いのままに彼女の名前を口にする。 「……美兎ちゃん」 「小吉……」 背伸びをして、彼女の唇を奪った。目を閉じて、柔らかい体をぎゅっと抱きしめながら熱い唇を押し付ける。こんなに幸福で、愛おしいキスは初めてだった。 唇を離すと、今度は入間ちゃんの方から抱き着いてきた。 「どうしたの?」 「う、嬉しくて……」 「にしし。オレも嬉しいよ」 背骨が折れるんじゃないかと思うほど強い力で抱きしめられる。痛いけどとても幸せだった。 「美兎ちゃん」 「あ、ぅ……」 名前を呼ぶと、まるで必殺の呪文をかけられたように力が緩んでいく。美兎ちゃん、美兎ちゃん、オレは甘えた声で何度もその名前を呼んだ。 「ねぇ、美兎ちゃんが大学を卒業したら結婚しようか」 「ほ、本当?」 「うん。ずっと先の話だけど……その時もオレを好きでいてくれたら結婚しよう」 「そんなの、好きに決まってる」 はっきりとした返事にオレは泣きそうになって、美兎ちゃんの胸に顔を埋めた。外はまだ豪雨だ。世界が沈むんじゃないかってくらいの雨音がする。この調子だと明日もきっと雨だろう。 でも、雨で良かったな。こんな風に幸せな時間を過ごせたんだから。オレは強く、強く、彼女を抱きしめた。 「……ね、ねぇ」 「ん?」 妙に上ずった声にオレは腕の中から彼女を見上げる。 「えっと、その……」 「どうしたの?」 「今日は小吉に喜んでもらおうと思って、色々持ってきたんだよ」 「え。何の話?もしかしてまだ貢ぐ気?」 これ以上何かを貰うのはさすがに申し訳ない。美兎ちゃんはにやにやとしながら、その「色々」について話し始めた。 「えへへ。エッチなコスプレ衣装、いっぱい買っちゃった」 「バカじゃないの?!」 「バカじゃないもん。……嬉しくない?」 「う、嬉しいけど……」 「メイドさんとか、小吉が好きそうなスクール水着だってあるんだよ」 「いや別に好きじゃないけど!!」 勝手に人のことを変態扱いしないでほしい。とはいえ美兎ちゃんのスクール水着姿は見たくないわけじゃないけど。 「アタシのことも貰ってくれる?」 「……仕方ないなぁ」 彼女が恥ずかしそうに頬を赤らめながら舌なめずりをしたのを見逃さなかった。可愛くて、性格が悪くて、打たれ弱くて、エッチなキミのことをもっともっと愛したい。オレは確かにそう思ったんだ。 *** 「……あの」 「あれ、買い物してたんじゃないんですか?」 店内にいたはずの入間さんが小走りで俺の元にやって来た。探していたのか、大分濡れている。タオルでも持ってればよかったが生憎手元には傘しかない。煙草を消そうとしたら、いいからと言って制止された。 「どうしたんですか」 「……あいつが好きなもの知らねーか?あ、いや、知りませんか?」 俺のことをじっと見つめて答えを待つ様子は、拾われるのを期待する子犬みたいだ。あの人が好きなもの。甘ったるい炭酸ジュース。スナック菓子。思いつくのはどう考えても誕生日向きではないものばかりだ。 「偉いですね。わざわざ好物を作ってあげたいなんて」 「こういう時じゃないと、作ってあげられねーから」 その凛とした物言いに俺は目を細めた。まっすぐだ。総統とは真逆のように感じる。どうしてこの人が、あんなひねくれものを好きになったんだろうか。 「好きなんですか。あの人のこと」 「……好き」 俺の問いかけに臆面もなく答える。こんな人が一生総統のそばにいてくれたら安心だろうな。あの人が八歳の時に出会って、親代わりとして見守ってきたけど入間さんがそばにいてくれたら、「あの子」はどんなに幸福だろう。 「……お子様ランチ」 「え?」 「多分、それが一番食べたいものだと思います」 俺がそう微笑むと、分かったと頷いてまた店内へと駆けて行った。傘を貸せばよかったと後から思い出して、髪をくしゃくしゃと掻き乱す。 あの子の十歳の誕生日だったと思う。ちょうどDICEの面子が集まり始めて、多忙な日々に追われていたころ。何か欲しいものはあるかと聞いても何も答えないので、とりあえずデパートに連れて行ってやった。結局何も欲しがらないから、昼飯だけでも食って帰ろうとレストランに入ったんだ。 家族連れが多くて、隣の席の子供がお子様ランチを食べているのをうらやましそうに見つめながら別の物を頼んでいた。あの子は覚えていないかもしれないけど、俺は今でもはっきりと思い出す。あの寂しそうな目。うらやましいのを必死にこらえようとしているような表情。 「……大人になったら食えないもんなぁ」 俺はそう言って、短くなってしまった煙草を揉み消した。 ところで、今まで一緒に誕生日を祝っていた友人や家族が突然恋人と祝うようになってしまった経験はないか?その寂しさと言ったら、耐えがたいものがある。特に家族の場合は。 二人を家に送り届けた後、俺は大量の酒を買ってアジトへと戻った。こんな豪雨の日だ、予想通りみんなアジトにこもっていた。 ずぶ濡れを俺を見て何かを察したのか、何も聞かずに買った酒を片っ端から開けて一緒に酒盛りをしてくれた。犯罪者集団のくせにこういうところは優しくて腹立つよ。 しこたま飲んで酔いが回ってきたせいか、寂しさが募ってその場に突っ伏してしまう。 「う、うぅー……」 「泣いてる」 「泣いてない!!」 誰かが背中をさすってくれていた。あの子が幸福な感情を知ることは嬉しい。でも、俺の知らないところに行ってしまうのは寂しいし、これから先の人生で俺がどんどん必要とされなくなっていくのはとても苦しい。 嬉しいのに寂しくて、苦しくて、つらかった。 「なんで泣いてんだよ」 「総統のことでしょ?」 「仕方ないじゃん。彼女いるんだもん」 「去年も入間さんと一緒に祝ってなかったっけ」 「ほらぁ、総統と出会って十年だから一緒に祝いたかったんでしょ」 みんな勝手なことを言っているけど俺は否定する気力がなかった。ふらふらして、頭がぼうっとする。何も考えられない。 「寂しくなっちゃったんだよねぇ」 急に抱き起されたかと思うと、目の前に水が入ったグラスが差し出された。俺の二倍はあろうかという、横に広がった体に支えられて俺は水を飲み干す。 「僕もネット友達が彼女できた途端にアニメを見なくなっちゃって。長い間友達だったんだけど、全然離さなくなっちゃったんだ。……そういうの寂しいよねぇ」 「お前のはなんか違くないか?」 「そうかなぁ」 寂しい。あの子との関係が長かったからこそ、俺の手を離れていくのが心底寂しかった。 「うん……寂しい」 「あんたが一番付き合い長いもんね」 「こないだフラれたのだって、総統を優先しすぎた結果ですよね?女の子を蔑ろにするなんて最低ですよ」 「分かってるよ……」 「ほら、泣かないの。……総統が帰ってきたらまたお祝いしましょう?それが私たち、家族の役目でしょ?」 細い指先で涙を拭われる。金色の髪がさらさらと揺れるのが、神様の光のようだと思った。部下である前に家族だから、俺たちはあの子の歩んでいく道を応援してあげることしかできない。家族だから恋人にはなれない。恋人としか築いていけない関係や幸福を享受することを、見守ることしかできない。 だから俺は、心の中で神様に向かって言った。 どうかあなたの人生が素晴らしいものでありますように。俺は確かに、そう祈ったんだ。 -------------------------------------------------- このあと王馬君はちゃんと入間ちゃんに色々お返しをしました。貢がれてるだけの男じゃないんだ…! |