姫は魔法使いと踊る
ツイッターの王入版深夜の60分一本勝負
お題「水族館」「いつもと違う君」に向けて

鮮やかな色の熱帯魚が目の前を通り過ぎていく。入間はそれを目で追っては楽しそうに笑みを浮かべる。
休日の昼間だからか館内は混みあっていて、背の低い王馬はなかなかガラスの向こう側を見ることができない。それでも王馬は構わなかった。水族館に行きたいという恋人の望みは叶えられたし、こうして嬉しそうな顔も見られているし、何よりも今日の彼女はまた一段と可愛らしいのだ。薄い青色の花柄のワンピースに、淡い金色の髪は珍しく編み込みの入ったハーフアップ。学校帰りに会う時に見る派手な制服姿とのギャップに王馬の胸は躍っていた。
「王馬見れるか?」
「え、オレはいいよー」
「そんなこと言うなって。ほら」
入間が手を伸ばし、王馬はその手を取る。そして彼女はすみません、弟を入れてもらってもいいですかと傍にいるカップルに声をかけた。カップルは王馬を見て微笑んで場所を開けてくれたのだが、弟扱いされた王馬はたまったものではない。入間の顔を見上げて小声で抗議すると、特に悪びれている様子もなくいいだろ別にと返してきた。
「そう拗ねるなよ。わ、すごい。綺麗……」
うっとりと熱帯魚を見つめる彼女の様子に更に追及してやろうという気も削がれてしまう。しかし確かに目を奪われる光景が広がっていた。赤や黄が目立つ複雑な形のサンゴ礁の中を、大小様々な熱帯魚が縦横無尽に泳ぐ様子は非現実的で、先日見たクマノミが主役のアニメ映画を彷彿とさせた。
「あっちも見たい」
「うん。行こうか」
入間が王馬の手を引いて先へと進む。そこには巨大な水槽がスペースいっぱいに広がっていた。先ほどとは打って変わって水と生物だけの、薄暗い深海のような空間。名前も分からない巨大な生き物がぬったりと横たわり、銀色の魚は群れをなして水中を動き回る。マンタが入間の目の前をゆっくりと通り過ぎ、入間はうっとりとした口調で言った。
「人魚姫になったみたい」
「……ふふ」
「え?!なんか変なこと言ったか?」
「いや、可愛いこと言うんだなぁって思って」
「そ、そうか」
「うん。確かにお姫様みたいだね」
そう王馬が言うと、入間は頬を染めて王馬の肩を叩いた。王馬は顔をしかめて反論する。
「いった。何すんの。褒めてあげたのに」
「うるさいっ。その、こういうところで言うなよ。恥ずかしいだろ!!」
「誰も聞いてないよ」
「そういうことじゃない!!まったく、テメーは本当に恥ずかしい奴だな」
怒ったような口調であるにも関わらず入間の表情は嬉しそうで、王馬は二人きりになったらまた言ってあげようと心の中で決意する。そして、入間がマンタが泳ぐのに合わせるようにして巨大な水槽の前を歩いていくのをじっと見る。家族以外で来るのは初めてなのだと言っていた彼女は実に楽しそうに歩き、本当にお姫様を見ている気分だと王馬は思う。突然館内に軽快なアナウンスが響いた。イルカのショーがあるのだという。そのアナウンスに入間は早く行こうと言って再び王馬の手を握った。
ショーの最中、二人は子供のようにはしゃいでいた。イルカが跳ねるたびに瞳を輝かせ、飼育員の言うことをきちんと聞く優秀な姿に拍手を送った。すごい、すごいと言って笑い合ってまた一つ二人の思い出を増やしていく。
余すところなくスペースを巡り、揃ってイルカのぬいぐるみまで買って二人は水族館を後にした。初夏だからか、夕方と言ってもまだ空は明るく空気はじっとりと熱い。
「楽しかったな!!」
「そうだね」
「オメーちゃんと見てたのかよ。なんかずっとぼんやりしてなかったか?」
「あー。魚より、入間ちゃんを見てた方が多かったかも」
「はぁ?!」
「にしし。嘘だよー。ちゃんと見てたって!」
嘘じゃないけどと心の中で付け加える。少しだけがっかりしたような顔でうなだれている入間の頭を撫でると、ぱっと表情が明るくなって王馬はこういうところが好きだなぁと思う。
「ご飯食べてこうか?」
「うん。あのさ」
「ん?」
「今日、家に来ねーか?なんか作ってやるからさ。ほら、オレ様の家ならここから近いしさ」
慌ただしく述べる入間に王馬は吹き出してしまい、その反応に入間は困惑した声を上げる。
「えっ。ダメ?」
「いや、ダメじゃないよ。じゃあ、お邪魔させてもらおうかな」
「あ、あぁ!!オレ様の手料理が食えるなんてテメーはマジで運がいいぜ!!」
「そうだねぇ。ついでに入間ちゃんも食べられたら嬉しいんだけど」
「なっ?!」
「嘘だよー。えー、何照れてんの?本気にしちゃった?」
「死ね」
王馬が笑っている間に入間は足早に歩きだす。王馬はそれを追って、空いている手で入間の手を握った。それに応えて入間も握り返してくる。入間はふと後ろを振り返って水族館を見た。
「ありがとう。連れてきてくれて」
「うん。喜んでもらえたなら良かった」
王馬と付き合ってから、入間は色々な場所に連れてきてもらった。遊園地、動物園、プラネタリウム、海……ずっと誰かと行きたいと思っていた場所だ。王馬は嫌がることなくどんな場所にも入間を連れて行った。その度に、喜んでもらえてよかったと言って笑うのだった。思い出がいくつも増えていく。これからも二人で作っていくのだと思うと、入間は楽しみでたまらなかった。ふと先ほど言われたことを思い出して、立ち止まる。
「なぁ」
「何?」
「その、お姫様みたいって本当?」
「……嘘」
「えっ」
「ごめん、それは本当」
王馬は快活な笑顔を入間に向ける。その屈託のない笑みに入間はドキリとした。入間は王馬の笑顔が好きだった。悲しい時も、嬉しい時も、その笑顔一つで入間の心は動かされてしまうのだ。それはまるで魔法のように。
「入間ちゃんはお姫様だよ」
「そうかよ。まぁオレ様は超絶美人だしなぁ、姫って言われるのも仕方ねーよな」
「いやー。本当にすごい自信だよね。キミがお姫様なら、オレは王子様なのかな」
「ケッ。そんなガラじゃねーだろ。……王馬はさ、魔法使いなんだよ」
「またファンタジックなこと言いだして。それってどういう意味―?」
「王馬がいろんなところに連れてってくれて、そうやって笑ってくれるから、アタシは幸せになれるんだよ」
「……やだー。入間ちゃん本当恥ずかしい」
「はぁ?!テメーに言われたくねーし!!」
「じゃあ恥ずかしい者同士せいぜい仲良くしようか。こういう風にさ」
王馬は入間に向かい合う。その意図に気付いて入間は少し屈んで、目をつむった。数秒間の、でも愛を込めたキス。目を開けると王馬はやっぱり笑っていて、入間も笑い返す。
「これからもいろんな場所に行こうね。いつだってオレが魔法をかけてあげるからさ」
「……うん。楽しみにしてる」
そうして二人は手を繋いで歩き出した。ひとまずは今日という日を、めいっぱい楽しむために。