両成敗A
続きです





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「どうだ?やっぱオレ様は天才だろ?!ひゃっひゃっひゃ!!」

「いや、どうだって言われても。気持ち悪いなとしか言えないよね」

 オレは入間ちゃんから手渡された大量の紙から目を離して答える。

「はぁ?!別に隠さなくてもいいぜ。どうせそれ読んで興奮してんだろ?オレ様は優しいからな、それをオカズにシコることを許可してやるよ」

「嫌だよ」

 げんなりしながら紙の束を机の上に置く。読んだだけでどっと疲れてしまった。

 これは入間ちゃんが先日見た夢の内容を小説化したものだ。夢の内容を箇条書きで記録する『自動夢筆記装置』に文章生成ツールを組み込んで、見た夢を小説として記録できるように改良したらしい。その記念すべき第一作がこれなのだけれど、流石のオレも辟易してしまった。  

「遠慮すんなって。オレ様の天才的発明をネタにシコれるなんてこんな光栄なことはねーんだぞ?!後悔しても知らねーからな!!」

「あのさぁ。キミの発明が素晴らしいことは認めるけど流石に勘弁してよ。明らかに別人の自分に自己投影してそういうことできるほどオレは器用じゃないよ。それに内容がびっくりするほど趣味に合わないし、単純に怖い」

「な、なんでぇ?」

 入間ちゃんの目にオレはどんな風に映っているんだろうか。この小説の中のオレみたいに甘えたい願望を潜めたド変態とでも思っているんだろうか。勘弁してほしい。実際のオレはこんな風に理性を取り払って甘えるほど馬鹿ではないし、何よりも自分の立場や年齢を鑑みてセックスをする責任感だって持ち合わせている。その証拠に、避妊だって安全日だって言われてもちゃんとしてるじゃないか。それに入間ちゃんに屈服するなんておぞましいことは絶対にしたくない。

「なんでって……。色々言いたいことはあるんだけど。あ!!オレの両親勝手に消さないでよ。普通にいるし。会ったことあるでしょ?あとキミにパソコンのメンテナンスは頼まないかなー。勝手に中身見られたら怖いしさー。この学園の防音設備だってたかが知れてるしー」

「うっ。だ、だってそういう夢だったしよぉ。アニメにリアリティがないとかって文句つけるオタクかよ!!うわーっ!!だからそんなに怖い顔すんなってぇ」

 夢。そういえば、夢はその人潜在意識や心理状況が表れるなんてよく言うよね。課題や締め切りに追われる人が何か恐ろしいものに追いかけられる夢を見たって話を聞いたことがある。これが入間ちゃんの潜在的な欲求を表しているとすれば、つまらなくはないよね。オレはベッドに上り、子犬のように震えている入間ちゃんに擦り寄った。まるで夢の再現みたいだ。

「ひっ。わ、悪かったって……」

「ねぇ。夢ってその人の潜在意識を反映するらしいんだけどさぁ。入間ちゃんってもしかしてオレに甘えてほしいの?」

「えっ」

 半袖のTシャツから伸びた不健康なほどに青白い手を撫でながら笑う。こんな夢見るくらい欲求不満なら優秀な恋人としてそれに応えてあげないと。

「違うの?」

「ち、がくはない……けど」

「ふーん。じゃあだっこして」

「え……あ、えっと」

「ほら、早くしろよ!!でないとオレ気が変わっちゃうかもよ?」

 入間ちゃんは慌ててオレのことを抱きしめる。確かに入間ちゃん体からはミルクみたいな匂いがして、嫌いじゃないんだけど、欲情するというよりはむしろ子供を相手にしている気分になる。胸が当たって鼓動がはっきりと分かる。もう付き合って半年も経つのに、抱き合うだけでドキドキしちゃうなんて見た目と違って本当にウブだよね。

「美兎ちゃん」

「ひゃっ。な、何だよ?やめろって」

「えー。名前で呼んでほしいんでしょ?」

「だからあれは夢だって言ってんだろ!!細かいことでいちいちしつけー奴は嫌われんぞ!!」

「悪の総統は嫌われるのが仕事だからねー」

 そういって大騒ぎしてるくせにドキドキしちゃってるの気づいてるのかな。耳まで赤くして、笑えるくらい分かりやすい人。オレは猫のように擦り寄って甘えた声を出した。

「美兎ちゃんも名前で呼んでよー。オレたち恋人同士なんだからさ、これを機に名字で呼び合うのやめない?」

 瞬きを繰り返しているのは焦っている証拠。背中に回された手が少し震えて、緊張しちゃってるのかな。単純なくせに意地っ張りな美兎ちゃんの背中を押すのなんて、キー坊を怒らせるのよりも簡単だけどね。

「できない?」

「う……」

「ドキドキしちゃうの?百戦錬磨のはずなのに、恋人のこと名前で呼んだことないんだ?もしかして結構ドライな付き合いばっかりだったのかなー」

「わ、分かったから」

 まるで何か壮大な告白でもするかのような真剣な表情をして、オレの目を捉えた。百戦錬磨なんて嘘だって勿論理解してる。誰かと付き合うのなんて初めてで、名前を呼ぶことさえこうして覚悟を決めないとできないくらいの奥手っぷりは正直可愛いと思ってしまう。

「小吉……」

「いい子」

 真っ赤に染まった頬を掌ですりすりしてあげると犬を彷彿とさせる微笑みを見せてくれた。大きな目を細めて、ずっと抱えていた懸念が消え失せた時のような安堵感のある笑顔。こんな風に笑ってくれるなら、オレはキミの望みをいくらでも叶えてあげられそうな気がするんだよ。まぁ、言ってあげないけどね。

「ねぇ、オレと結婚したいの?」

 夢の中でオレのお嫁さんになりたいと言っていたことを、オレは信じたいのだけれどこんな嘘つきと結婚するなんて奇特な人はそうそういないだろう。一時的な青春、高校生の思い出として卒業するまで付き合って、そこからはもっと堅実な人を探してくれたって構わない。美兎ちゃんはそっと目を伏せてもごもごと口の中で何か呟く。

「なーんてね!さすがにそれは夢の中だけだよね!オレみたいな怪しい男と結婚したら将来どうなるか分かんないしさー」

「結婚したい……」

 ぎゅっとオレを抱きしめてそう告げる声は真剣そのものだ。オレがどんな人間かなんて理解しているだろうに、そんなこと言うなんて美兎ちゃんはきっとどうしようもない馬鹿に違いない。頭がいいのに馬鹿って、こういう人のことを言うんだろうな。でもオレはこんな馬鹿な彼女を信じたいのだから、もっと馬鹿に違いないのだ。

「したいよぉ。小吉のお嫁さんになりたい」

「……本当に?」

 何度も頷くキミと、美しい未来を生きていくことができたらどれだけ幸福なんだろう。これじゃあまるっきり夢を再現しているみたいだ。結婚したいのなら、子供も欲しいのかな。夢の中でしたいみたいに恥ずかしいセックスを求めているんだろうか。オレは美兎ちゃんの耳元でそっと囁く。

「じゃあ夢の中みたいに恥ずかしいこといっぱいしてほしいの?」

「うん。してほしい」

「へぇ。……どんなことをしてほしいんだっけ?」

 耳元で囁かれただけで美兎ちゃんの肩が跳ね上がる。恥ずかしいこと言わされるのが大好きなキミは、こんな風な質問をされてもドキドキしちゃうのちゃんと知ってるよ。ほら、これだけでもう発情しちゃってる。

「種付けエッチしてほしいの……。いっぱい中出ししてもらって、小吉の赤ちゃん孕みたいの」

「よくできました。じゃあ、キミが満足してあげるまでしてあげるよ。……もう少し先だけどね」

 恋愛関係においては、きちんと段階を踏みたい。まだ高校生という立場だし、組織の関係もあっていつ危険な目に遭うか分からない。だからもう少し先、オレの生活がもっと安定した時に籍を入れて子供を――。

「は?」

 そんなことを考えていたら天井が見えた。オレ、押し倒されたのか。起き上がろうとしてもそのまま上に乗られてしまって体が上手く動かせない。

「ちょ、ちょっと。何?発情しちゃったのかな?うわー、やっぱり美兎ちゃんってどうしようもない色豚だね」

「オレ様が満足するまでしてくれるんだよな?」

「だ、だからもう少し先だって」

「そんなに待てるかよ。今日から毎日オレ様のために尽くしてもらうからな!!ひゃっひゃっひゃ!!」

 ああ、この女は本当に馬鹿だ。そしてそんな女を愛してしまったオレもまた馬鹿なのだ。とりあえずオレは、この学園の防音設備がそこまでいいものではないことを信じて叫んだ。

「うわあああああああああああああんっ!誰か助けてーーーーっ!!入間ちゃんに襲われる――っ!!」

「痴女プレイが好きなのか?仕方ねーな、付き合ってやるよ!!」


 オレの叫び声を聞いた誰かの足音が聞こえる。

 ほら、壊れんばかりの勢いで鍵のかかっていないドアが空く。

 王馬君、という声がしてゴン太がでかい犬みたいに駆け寄ってくる。美兎ちゃんが引きはがされるまであと少し。まぁ、仕方ないからあとでちゃんとフォローしてあげるよ。将来のお嫁さん。