鈍い獣
ツイッターの王入版深夜の60分一本勝負
「添い寝」からお題をお借りしました。ツイッターには上げていません。

育成計画軸
王馬君が全然王馬君らしくないです

 最近よく怖い夢を見ると言うから、呪われてるんじゃない?と茶化したら泣かれてしまった。目尻にじわじわと涙が滲み、葉先から伝う雫のようにぽたりと垂れた。オレはどうしたらいいのか分からなくて、涙袋を見ていた気がする。ぷくりと膨れた涙袋。笑うと余計に目立って可愛いんだ。なんてことは絶対言わないけれど。
どうしたいの と尋ねると、今夜一緒に寝てほしいと答えた。要は添い寝ってやつだね。それで夢を見なくなるのかはまったく分からないけれど、そうしたいと言うのならオレは応えよう。
オレはキミの恋人だから。

入間美兎とは希望ヶ峰学園で出会った。超高校級ばかりが集まるというこの学校の中でも、彼女は異彩を放っていた。勿論悪い意味で。
美貌を台無しにするほど捻じ曲がった性格。耳を塞ぎたくなるような暴言の嵐。才能を無駄にするくらい下品な発想。 とにかく全てが最悪と言って良かった。しかし、腐っても超高校級。オレは彼女の発明家としての手腕を見込んで様々な発明品を作らせた。他の人に比べたら(あのロボットは除くけれど)研究室を訪れることも多くなり、必然的に会話も増える。友達百人どころか、一人もいないんじゃないかと疑われる入間ちゃんは毎日のように話しかけてくれるオレに好意を抱いたらしい。
入学式から半年過ぎた、秋の日のことだった。放課後、いつもと同じように研究室へ向かうといきなり肩を掴まれて告白を受けた。あの時の言葉は今でもはっきりと思い出せる。
──好きだ、付き合ってほしい、付き合え
早口言葉でも言うような勢いで、それも噛みながら彼女はそう叫んだ。
デートなんてしたことない。友達かどうかも定かじゃない。それなのに入間ちゃんは、オレに好意を伝えてきたんだ。友達を通り越して恋人になりたいなんて、あまりにも猪突猛進すぎて笑ってしまうけれどオレはその純粋さが興味深かった。
相手が自分に向ける感情の判別がつかない状態で勝負をかけるのは馬鹿だ。それが悪意でも、好意でも。だからオレは相手の気持ちを引き出して、確かめてから取引をする。告白だって一種の取引だろう。
でも入間ちゃんは違った。ただ自分の感情に従い、打算的なものなんて一切なく告白した。
不覚にもそんなところを可愛いと思ってしまった。だから、友達から始めようと答えたんだ。デートを重ねて、業を煮やした入間ちゃんがもう一度告白をしてきて、晴れてオレたちは恋人になった。

まぁ、馴れ初めなんて思い出してもどうしようもないよね。その日の夜オレは約束通り入間ちゃんの部屋を訪ねた。ノックをするとふわふわとしたピンク色のルームウェアに身を包んだ入間ちゃんが顔を出す。
「遅かったじゃねーか」
「いやー。色々準備してたら遅くなっちゃった」
「準備?ま、まさかオメー……オレ様とエロエロするつもりで?!仕方ねー野郎だな!!」
オレは抱えた荷物を持って部屋へと足を踏み入れる。無視したところで、放置プレイがどうのって勘違いして勝手に悶えてくれるからね。予想通り入間ちゃんはドアを開け放したまま、体をくねらせている。まさに歩く公害だ。オレは持ってきたものをベッドの上に並べていく。
「ほら、入間ちゃん来て。……早く来いよ家畜!!」
荒い息を吐き、頬を上気させながらオレの元へと来た入間ちゃんに並べたものを指差してみせる。
「まずヒーリング音楽でしょ。そんでプラネタリウムに抱き枕。どうよこの完璧な布陣」
「はぁ?」
「はぁ?じゃないよ!!キミのために用意したんだから感謝してよね。王馬様ありがとうございますって足舐めてほしいくらいだよ」
「舐め……いくらオレ様がテクニシャンだからって全身舐め回してほしいなんてオメーは欲張りだな!!」
「気持ち悪いこと言わないで。じゃあ察しの悪い入間ちゃんに説明してあげよう。これは全部、快眠グッズだよ」
俺が用意したものは全て良き睡眠のために開発された商品だ。音楽プレーヤーには心を落ち着けるヒーリング音楽を入れた。プラネタリウムは寝つきが良くなると科学的に証明されている。抱き枕は安心感を高めるらしい。怖い夢を見る原因の多くは本人の精神状態、もしく体調が優れないことにある。用意したものを使えば少しはリラックスできるかもしれない。しかし説明も虚しく、入間ちゃんは眉をひそめる。
「快便グッズだぁ?」
「話聞いてた?快眠グッズだよ。キミそんなんでよく今まで生きてこれたね」
鋭い指摘を受け、露骨に気落ちしている彼女を横目にオレは自前のスピーカーと繋げた音楽プレーヤーのスイッチを入れた。ゆったりとした音楽とかすかな波の音が流れ始める。東条ちゃんが勧めるだけあって、今すぐにでも眠ってしまいそうな心地よい曲だ。
「怖い夢を見るのってストレスとか体調不良とかが関係してるらしいよ。あと、眠りが浅いせいとか。だからリラクゼーション効果がある道具を使えばぐっすり眠れるんじゃない?」
「そ、そうなのか。よく知ってんな」
キミのために調べたんだよと言いたい気持ちを押し込めてベッドへと上がる。
「ほら。一緒に寝るんでしょ?」
「お、おう」
「おいで」
 オレの微笑みに入間ちゃんは小さく頷き、電気を消して隣へと横たわった。プラネタリウムの電源を入れると天の川が天井へと投影される。家庭用とはいえ、鮮やかな星空に入間ちゃんははしゃいでいたから買って良かったと思った。日周運動を再現してゆっくりと回転する星々を眺めながら、イルカの抱き枕を手渡した。
「それで、怖い夢ってのは何なの?」
 入間ちゃんは胸元でイルカをぎゅっと抱きしめる。昼間は泣かせてしまったせいで聞きそびれたから。悩まし気な声を上げた後、入間ちゃんは信じてくれる?と尋ねてきた。夢なんて対外信じがたいものだろうとは思うけれど、信じるよと答えてあげると安心したかのように夢について語り始めた。
「なんかさ、気づいたら雪山みてーな場所にいるんだよ。それで目の前に誰かが立ってるんだ」
「へー。それでその人と地獄の追いかけっこを始めるってわけだね」
「ちゃんと聞けよ!!」
「はいはい」
 よっぽど不安なのかイルカをより強い力で抱きしめる。かわいそうに、イルカは内臓が飛び出そうなほどに潰れている。続きを促すと入間ちゃんはうー、という子犬のような唸り声を上げた。
「そいつに近づくと、いつも首を絞められて殺されるんだ。抵抗もできないまま目の前が真っ暗になって、苦しくて、それで目が覚める」
 そんな夢を頻繁に見るなんて確かに参ってしまいそうだ。入間ちゃんの声はわずかに震えていて精神的に追い詰められていることが感じ取れる。
「そっか……。そんな夢を見る理由に何か心当たりある?ホラー映画を見たとかさ」
「ねーよ。夢占いでは現状に不満があるとか書いてあったけど、何にもねーしな」
 そうは言っても入間ちゃんはかなり鈍感だ。もしかしたら気づかない内に不満やストレスをため込んでいるのかもしれない。それにしても毎回同じ夢を見るなんて、まるで本当に呪われているみたいだ。予想していたよりも恐ろしい夢を見る彼女が可哀そうになり、優しく頭を撫でてあげるとそっと目を細めた。
「……あいつ誰なんだよ。顔も声も分からないのに、怖くて、憎たらしくて、目が覚めてからもずっとあいつのことを考えちまうんだ」
「へぇ。なんだか恋してるみたいだね」
「馬鹿言うな!!呪いみてーなもんだろうが。……もし、本当に呪いか何かだったらオレ様はあいつに殺されんのか?どこの誰かもわからねー奴に」
 声が震えている。科学者だっていうのに、呪いなんて非科学的なものを信じてしまうほどにはダメージを受けているんだろう。可哀そうだと思うと同時に、オレの中には名状しがたいもやもやとした感情が沸き上がってきた。夢の中に現れて彼女の心を奪っていく誰かに対する怒り、あるいは嫉妬?それよりももっと醜いものかもしれない。名前すらないそいつが、恋人の頭の中をいっぱいにしているという事実が許せなかった。穏やかな音楽も、美しい星空もオレの濁った感情にはまるで作用しない。
 オレは彼女の手に優しく触れた。滑らかで、気持ちのいい肌。そのまま手を繋いで指を絡めると入間ちゃんは強く握り返してきた。
「入間ちゃん。大丈夫だよ」
「な、なにが大丈夫なんだよ」
「呪いなんかじゃない。それはただの夢だ」
 不安を抱えたまま過ごしていると、それが更なる不安を呼ぶ。いわば恐怖のスパイラルだ。一度見た悪夢が強烈な記憶として残り、入間ちゃんが不安を覚える度に条件反射的に呼び起されているだけに違いない。記憶と感情は密接な関係にあるってよく聞くしね。
「でも……」
「……オレが守ってあげるから」
 さすがに夢の中に侵入することは不可能だ。でも、嘘でもこういった言葉をかけてあげることで不安感は払拭されるかもしれない。やさしい嘘なんてオレらしくないんだろうけどさ。
「オレは悪の総統なんだよ?この世に存在するあらゆる悪意を向けられたって勝てる自信がある。悪夢なんかどうってことないね」
「うん……」
「その夢を見なくなるまで、オレが一緒に寝てあげるからさ。お守り代わりじゃないけど、一緒に寝てれば少しは安心するでしょ?ていうか、そう思ったからオレを今日呼んだんだよね?」
 入間ちゃんを見るとおずおずと頷いた。プラネタリウムの灯りに照らされて、泣くのを堪えているような複雑な表情をたたえた横顔が浮かび上がる。睫毛が長くて、鼻が高くて、本当に綺麗な人だってこういう時に実感する。黙っていれば完璧だって思うけど、こんな形で彼女の言葉が奪われるのは嫌だった。入間ちゃんの手をぎゅっと握る。少し話題を変えようと思って、天井を見上げた。
「オレさぁ、プラネタリウムとか行くと眠くなっちゃうんだよねぇ。入間ちゃんはどう?」
「……行ったことねーから分かんねーよ」
「じゃあ今度一緒に行こうか。でも、これだって家庭用にしては綺麗じゃない?」
 入間ちゃんは返事をしない。このまま何も会話がなければ眠ってしまいそうだ。しばらくの間無言でいたけれど、入間ちゃんが突然オレを呼んだ。
「王馬……」
「うん?」
「……ぎゅってして」
 繋いでいた手を解いて、彼女を優しく抱きしめる。ふわふわのルームウェアに包まれた柔らかい体。ほんのりとシャンプーの香りがした。背中を撫でながら耳元で、怖かったねと囁くとまた子犬のような声が聞こえた。
「大丈夫だよ。ぎゅってしてあげるから、このまま寝ちゃおうね」
「じゃあよく眠れるようにおまじないして」
 案外かわいいことを言うんだなと思って、オレはおでこにキスをしてあげる。入間ちゃんはプレゼントをもらった子供みたいにはにかんで、オレの胸元に顔をうずめた。
音楽より、星空より、オレに抱きしめられる方が安心するんだろうか。入間ちゃんは何も言わないけれど、オレが背中を撫でている内に寝息を立て始めた。眠ること自体怖かったのだろう。腕の中で等速で聞こえる呼吸も、上下する背中も、何もかもが安堵しているように感じられた。
 この無防備な恋人を、夢の中で悩ませる誰かのことを考えるとはらわたが煮えくり返る思いだった。所詮夢だなんて理解しているけれど、会えるものならば殺してやりたい。どうやって殺そうか?入間ちゃんが苦しんだのと同じように絞殺がいいだろうか。全身めった刺しにして苦しませるのもいいかもしれない。一番恐ろしい死に方は何だろう。溺死、焼死、毒死……。穏やかな音楽の中でそんな物騒なことを考えているなんて、馬鹿みたいだと思った。夢の中の誰かに殺意を抱くなんて、これほど無意味なことはない。それでも考えざるを得なかった。
 ありとあらゆる殺し方を考えてオレがたどり着いたのは圧死だった。生きたままプレス機に押し潰されるなんて、想像を絶する恐怖や苦痛を感じるに違いないから。頭の中で、入間ちゃんを苦しめる誰かを殺す過程を想像していると、彼女がんんと声を上げた。良い夢を見ているだろうか。見ていてほしい。
 祈るような思いで彼女の体を抱きしめる。興味深いから、好きに変わって、今はきっと愛していると言っていい。どうか愛する人が夢の中でも幸せでありますように。悪の総統には決して似合わない願いをかける。でも、そう願うくらい別に構わないだろう。オレは悪人であると同時に、入間ちゃんの恋人なんだから。オレは手を伸ばしてプラネタリウムの電源を落とす。そして、音楽と波の音に包まれながら目を閉じた。




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おまえだよ




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