仲良く喧嘩しな!
ツイッターの王入版深夜の60分一本勝負
お題「構ってほしい」に向けて
構ってほしいが言えなかった2人と、最後に出した結論の話

【王馬小吉の話】
恋愛で一番重要なのはタイミングだって、昔見たアニメのキャラクターが言っていた。子供心に納得したオレはそれを心に留めて生きることに決めた。いつか好きな人が出来た時、タイミングだけは見誤らないようにしようって。あれから十年。ああ、あの言葉は真実だったんだなぁと痛感している。

数日前、恋愛観察バラエティなんて突飛なものに巻き込まれてしまったオレたちは、始めは混乱していたもののすぐに順応していった。いくら超高校級とはいっても健全な高校生だなぁと思う。五日もすれば気になる人だって出来始めて、八日も経てば友達以上恋人未満みたいな関係性が各所で出来上がる。
勿論オレだって例に漏れず気になる女の子がいて、多分向こうもこっちに好意を抱いてくれていて、思えば少し浮かれていたのかもしれない。オレの誘いを断るはずがないって思い込んでいたんだ。
発端はオレがその気になる女の子――入間美兎ちゃんを、いつものようにデートに誘おうと彼女の研究室を訪れたことだった。扉の外から声をかけてもノックをしても返事がなくて、オレは勝手にそこに足を踏み入れた。入間ちゃんはオレが入ってきたことに気が付かないまま、机に向かってブツブツと独り言を言っていた。オレがそっと肩を叩くと入間ちゃんはひゃっと悲鳴を上げてオレの方を見た。
「にしし。びっくりした?」
「なんだ、テメーか。驚かすんじゃねーよ」
「ごめんね?ねぇねぇ、今日は一緒に映画見ようよ」
「わりーけど今日は行かねーよ。あ、その辺のもの絶対踏むんじゃねーぞ!!踏んだらぶっ殺すからな」
入間ちゃんは床に置いてある部品の山を指す。オレはそれを踏まないように少し離れながら喋った。
「なんで?あ、もしかしてもう誰かと約束してるとか?いやーそれはさすがにないかー。万年発情期のビチ子ちゃんを誘うような暇人はいないもんねー」
「うっせーな。黙るか、帰るかのどっちかにしろ。この凡人が」
オレを見る目つきも、その口調も明らかにいらついていてこれは本当に帰った方がいいんだろうなと思ったのだけれど、オレもそこで素直に引き下がれるような性格ではなかった。
「えー。なんでそんなトゲトゲしてるの?オレ泣いちゃうなー。それにイライラは美容の大敵だよ?」
「あ?見りゃわかんだろ?オレ様は忙しいんだよ。なんてったって、天才的なアイディアが降ってきたんだ。今形にしねーとダメなんだよ!」
「はぁ?そんなのここから出たらやればいいじゃん」
「テメーの脳はおがくずでも詰まってんのか?この研究室を使えるのも残り二日なんだぞ?!ああーいっそ研究室ごと帰りてー」
その言葉にオレは脳みそを揺さぶられるような感覚に陥った。残り二日という短い時間の中で、オレはキミと過ごしたくてここに来たのにキミは全然オレのことなんて気にしていないんだという事実が、ただつらかった。腹が立った。小さな声で発明の方が大事なんだと呟くと、入間ちゃんはなんとも言えないような表情を見せた。
「オレ様の発明品を世界が待ってんだよ。テメーばっかに構ってられるわけじゃねー」
「は?別にオレ構ってほしいなんて言ってないけど。むしろ毎日構ってあげてるんだから感謝してほしいくらいだよねー」
「いいから今日は帰れよ。明日になったらオレ様の完熟エロボディーを存分に拝ませてやるから!!ひゃっひゃっひゃ!!」
オレの話なんて話半分に、設計図らしきものに集中し始めた入間ちゃんに余計に腹が立った。そんなのまっぴらごめんだねと言って研究室から駆け出す。やっぱり引き留めるような声はなかった。
分かっていた。彼女の性格も才能も、発明のことになるとそれで頭がいっぱいになってしまうことも理解しているつもりだった。そういう、頭がいいのにバカで、真っすぐなところがかわいいと思っていた。
……かわいくて、好きだと思う。
恋愛で一番重要なのはタイミングだと思う。大事に心に留めていたはずなのにそれを見誤ってしまった。見誤るほど、彼女のことを好きになってしまったことにオレはなんだか恥ずかしさを感じた。
明日になってもきっと謝れないのだろう。構ってほしいときちんと言葉にできていればもう少し違ったのだろうかと悔やんで、その言葉を声に出そうとした。けれども全然できなくて、何か知らない言語のように思えた。空を仰ぐと、いつもと変わらない青さが妙に目に沁みた。

【入間美兎の話】
好きなものに夢中になると周りが見えなくなるのは、昔からの癖だった。人でも物でも、何かの行為であっても。自分の中にある才能が開花してからはずっと発明に夢中だった。この天才的な頭脳が生み出す全ての発明品が愛しくて、自分は万能だと思い込み、そういう風に行動をした。その結果誰も自分に近づかなくなった。それを変えたのは突然始まった恋愛観察バラエティだった。それに参加させられたメンバーはみんな一癖も二癖もある人間ばかりで、心にずかずかと踏み込んでくる奴らばかりだった。中でも、王馬小吉という男はそれが顕著だった。
第一印象はクソ野郎。嘘つきで、いじわるで、身長も自分より低くて。全然タイプなんかじゃなかったのに、あんまりしつこく話しかけてくるから、いつの間にか夢中になった。好きになった。自分の中にある、オレ様じゃなくて「アタシ」の部分を暴いてくれるならこいつなんだろうと確信していた。自惚れなのかもしれないけど、向こうもそのつもりなんだと思っていた。それなのに、あいつがこのオレ様の誘いを断るなんて!!!

「よう、王馬。昨日は悪かったな。でも、たまには凡人同士で会話するのも頭の休憩になってよかったろ?オレ様と話してると絶望的な頭脳の差に悲観的になっちまうだろうしな!!」
廊下で王馬を見かけ、話しかける。昨日、突如天才的な発明品を思いついた結果オレ様は王馬からの誘いを袖にした。性格も最高のオレ様は王馬がへこみすぎて自信喪失、ついでに童貞も喪失してねーか心配になったってわけだ。
「昨日?あー。別にいいよー」
「え、怒ってないのか?」
「うん。興味ない人なんかに怒ったりしても時間の無駄だしねー」
「は?興味ないってどういうことだよ。テメーはオレ様に興味津々だろうが!」
その言葉についうろたえてしまったオレ様に、王馬は笑いかける。正直その笑顔に弱いのであまり向けないでほしいとは口が裂けても言えない。
「もう、入間ちゃんは下半身だけじゃなくて脳みそもガバガバになっちゃったの?そのままの意味だよ。オレはもうキミには興味ないんだよねー」
「な、なんだよぉ。怒ってるのぉ?」
自分でも驚くほどに弱弱しい声が出て思わず口を抑える。その姿を見ながら王馬は馬鹿にしたような目つきでオレ様を眺めた。
「怒ってないって言ってるじゃん。オレは忙しいんだよね。これから最原ちゃんに会いに行くんだから」
「なんでだよ!!オレ様と一緒にいろよ!!」
王馬は勢いよくすがりついてしまったオレ様を見ながら何かを思いついたように手を打つ。王馬が思いつくようなことは大体最悪極まりないことに決まっているんだ。多分、土下座とか。
「じゃあ、構ってほしいです王馬様って言って土下座してよ」
「は?な、なんでぇ?」
「それができたらいくらでも相手してあげるよ?何されたい?あ、オレの椅子になってみるとか?それとも一生奴隷宣言しちゃう?たはー!!入間ちゃんも大胆だなー!」
「誰もそんなこと言ってねーだろ!!ぜ、絶対しねーからな!!」
案の定土下座を要求されたオレ様は全力でそれを断る。この天才美人発明家の入間美兎様が土下座するなんて世界中に散らばるオレ様のファンが許さない。というよりもオレ様自身が許せない。王馬はオレ様の反応を見て、落胆の表情を浮かべた。
「ふーん。入間ちゃんにとっては土下座する価値もない人間なんだねー。そっかー。かなしいなー」
「う、う、だって昨日しつこくしてきたのは王馬の方だし……」
「だから昨日のことはいいって言ってるじゃん!!じゃあオレもう行くからね」
そう言って廊下を足早に歩いていく王馬に、何か言うべきなのに何も言えなかった。土下座じゃなくても構ってほしいとお願いすればきっとすぐに戻ってきてくれるはずなのに。そういう、直接的な言葉はあまりに恥ずかしくていまだに口にできないでいた。その遠ざかる背を見つめて小さな声で馬鹿と呟いた。

【二人が出した結論の話】
最終日の朝、険悪という言葉を具現化したような空気を醸し出す二人がいた。王馬小吉と入間美兎だった。食堂に集まった瞬間から二人は目も合わそうとせず、ほとんどの人間が昨日・一昨日辺りに何かあったことを察知していた。そんな険悪ムードの中ゆっくり食事をとりたがる者は百田以外におらず、皆早々と食堂を後にしてしまった。王馬と入間もさっさと出ていけばいいのに、出て行った方が負けと言わんばかりの固い表情で椅子から動かないでいる。最後に残された百田が二人に語り掛けた。
「お前ら、仲直りしろよ?今日で最後なんだぞ?」
「百田ちゃんには関係なくない?」
「はー。めんどくせー奴らがくっついちまったもんだなー」
「くっついてねーから。勘違いしてんじゃねーぞカス脳が!」
「何があったのか知らねーけど、大概のことは謝っちまえば解決するんだ。わかったな?」
そう言い残して出て行った百田に王馬は余計なお世話と言い放った。二人のほかに誰も訪れない食堂はやけに静かで、呼吸や溜息がはっきりと聞こえた。沈黙を破ったのは王馬の方だった。
「ねぇ」
「なんだよ」
「……こないだ、何作ってたの」
「は?別にいいだろ」
「言いなよ。オレのこと追い出したんだから」
「やっぱ怒ってんじゃねーか。しつこい野郎はモテねーぞ」
王馬はバツが悪そうな顔で怒っているという言葉に同意した。入間も自分の態度の冷たさを思い出し、心の中で反省する。そして発明品とその末路を口にした。
「嘘発見器を作ったんだよ。壊しちまったけどな」
「は?なんで?もしかして入間ちゃんって創造と破壊は表裏一体、みたいな思想をかかげてるタイプ?」
「ちげーよ!!壊したのなんて初めてなんだよ」
その言葉に王馬が疑問を投げかけると、入間はしばらく考え込んだのちに静かに言った。
「テメーのことをもっと知りたくて作ったんだよ。でも、そんなことしても意味ないって気づいて。自分の力で知っていきたいって思った。悪いかよ?!このファッキン痰カス野郎!!オレ様のことを笑うか?!ああ?!」
身を乗り出してまくしたてる入間に、王馬は思わず微笑んでいた。彼女があの時王馬のことを考えすぎて、目の前にいる本物の王馬のことすらないがしろにしてしまったことに気が付いたから。その純粋さと、想像を超えるような馬鹿さ加減に王馬の傷ついた心は満たされていた。
「でも、その、悪かったな。テメーを傷つけるようなこと言って。どうしても、時間がほしかったんだよ」
「あはは。入間ちゃんは本当にバカだなー。本当のことが知りたいならオレに聞けばよかったのに。まぁ絶対言わないけどね」
「ぜってー言わねーからあんな発明を……!!ま、いいや。テメーはどうせオレ様のことなんて興味ないんだしな」
昨日の発言を思い出して入間は寂し気に微笑む。王馬はその発言を聞き、微笑むどころか大声を上げて机を叩きながら笑い出した。
「い、入間ちゃんあんな嘘信じてたの?純粋すぎ!!これだからキミに嘘つくのはやめられないんだよねー!」
「は?え?じゃあ」
「興味ないなんて嘘だよ。ただの腹いせ!あー、もう。本当キミはつまらなくないなぁ!」
「な、なんだよぉ。よかったぁ」
王馬は、安堵の表情を浮かべて泣きそうな声をあげている入間の元に近寄ってその手を握った。
「ごめんね?……お詫び、じゃないんだけどさ、昨日言えなかった言葉を言うね」
「え?」
「構ってほしいよ。オレの誘いは絶対断らないでほしいし、もっと一緒にいてほしい」
「……急に、ずるいだろ」
「構って。オレのことで頭いっぱいになるくらいに。あ、これは嘘じゃないよ?」
「…アタシも構ってほしい。もういじわるなんて言わないでね?これからは、その、ちゃんと言葉にするよう頑張るから」
二人で手を握り、見つめ合ってずっと言えなかった言葉をつむぐ。険悪だった食堂は愛に満ちていた。お互いに何度も何度も愛の言葉を囁いて、これから先のことを話す。それは嘘つきな少年と、不器用な少女が踏み出した小さな一歩だった。
二人だけの世界に浸っていると突然扉が開き最原が顔を出した。
「あ、イチャイチャしてる人たちがいる」
「ひぇっ。最原……」
「仲直りしたんだ。よかった。昨日の王馬くん本当に「最原ちゃんジャマしないでよー」
王馬が頬を膨らまして抗議の視線を送る。最原ははいはいとてきとうな返事をして、2人に言った。
「これからは、仲良く喧嘩してよね!!」
扉が閉まり、再び二人きりになった王馬と入間は笑い合う。
「仲良く喧嘩しろ、だってよ」
「あはは。頑張ろうね。それなりに!!」
そうして才囚学園での日々は終わりを告げる。二人が得たものは愛と、恥ずかしくても怖くても本心を言ってみる勇気だった。