王馬とキーボと入間がワカサギ釣りに行く話
タイトル通りです
少しだけBLっぽい表現がありますがCP要素はありません
続きはいつか


校生活の中で、冬休みというものは夏休みに次いで貴重な期間である。ある者は旅に出て、ある者は才能を磨くことに費やし、またある者は意中の人との青春を求めてアプローチをかける。しかし我々が真に興じるべきはなにか?遊びだ。希望ヶ峰学園の生徒たるもの冬を遊び尽くすべきだ。
スキー、スノーボード、スケート…数ある冬季の娯楽の中でも、特に注目すべきものがある。わかるか?ワカサギ釣りだよ。ワカサギ釣りといえば手軽に、労力をかけずに、かつ愉快な気持ちになれる冬の風物詩であって――
冬休みに入る前日、入間とキーボはそんな仰々しい演説を聞かされた。王馬曰く、北の方面にある村でワカサギ釣りに興じようというのである。なにやら胡散臭い話だと渋っていた2人だったが、旅費は全額王馬持ちという提案を受けついに首を縦に振った。そして12月の末、3人は北の大地を訪れていた。

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「……釣れた人」
ぴくりとも動かない釣り竿を睨みながら王馬が尋ねる。入間とキーボは無言で自分たちのバケツを一瞥し、釣り竿をぎゅっと握りしめる。
「……誰か手挙げなよ」
「誰も釣れてないから手を挙げないんですよ。ていうかずっと見てたでしょう」
「分かってるよ
「じゃあなんで聞いたんですか
「うるさいな。気分だよ」
どういう気分ですかとキーボがこぼし、沈黙が訪れた。釣り針を垂らしてひたすら待ち、釣り竿が引かれれば今度こそはと期待を込めてリールを巻き上げる。しかしそこには餌だけがなくなってしまった釣り針がある。そんな光景を3人は飽きるほど見た。ついには釣り竿が動くこともなくなり、早くも30分が経過していた。入間は丸く切り取られた氷の穴を覗き込み顔をしかめる。
「なぁ、もうやめようぜ」
「もう少し頑張りましょうよ」
「穴に竿を突っ込んでんのに反応ナシとか不感症にもほどがあるぜ」
「地味に上手くてムカつくなー」
ぽつりぽつりと話を続けていた3人だったが突然入間が立ち上がった。
「さみーんだよ
「オレだって寒いよ
「テメーそれだけ着込んで何がさみーんだよなんだそのダセー帽子は。亀頭かよ
「綺麗な空気がドブ臭くなるから喋らないでくれる?」
服を着込みすぎて着ぶくれしているにも関わらず、2人は寒さにその身を震わせながら言い争う。しばらく睨み合っていた2人だがしばらくすると入間はカバンからカイロを2つ取り出し、片方を王馬に手渡した。王馬は冗談を言う気力もないのか素直に礼を言い、重ねた服をかき分けて腰のあたりに貼った。
「ふっふっふー。人間は本当に寒さに弱いですね」
「なんだその魔王みてーなセリフは」
入間の言葉を無視し、キーボは自分に酔いしれるような声色で言った。
「ボクはロボットですから。寒さなんて平気ですよ。まったく、お二人はいつもボクのことを馬鹿にしていますが今日ばかりはボクの有能さに感服すべきです」
「じゃあそれ脱ぎなよ」
「な、なんでですか
キーボは釣り竿を手放し自分の体を抱きしめる。王馬と入間に比べれば薄着ではあるものの、彼もコートと手袋を着用していた。それはキーボを動かすためのコアが寒さにより稼働不能になることを防ぐためのもので、脱いでしまえば動作効率の低下は避けられない。それどころか稼働停止に陥る可能性もあった。
「いや、今寒いの平気って言ったじゃん」
「体感温度の話ですよ
「ふーん。じゃあ嘘ついたんだ。オレ他人の嘘は嫌いなんだよね。特にロボットが嘘つくなんてぜっったい許せないんだ
王馬も釣り竿を放り出しキーボへとにじり寄る。キーボは相変わらず自らを抱きしめるような手つきのまま立ち上がり後ずさった。一瞬にして王馬の丸く大きな瞳は三日月のような曲線を描き、真一文字に結ばれていた口角はつり上がった。キーボはそれを見て悪魔の笑顔と呟く。まるで獲物を見つけた獰猛な獣のように王馬はキーボに飛びかかった。
「あっぶな危ないじゃないですか
「何で避けるんだよー避けたらオレがケガするじゃん。ひどいよキー坊…」
「キミの方がよっぽどひどいですよ
コートを脱がそうと、王馬は足元の雪を踏みしめるように一歩一歩キーボに近づいていく。時折、裾を掴もうと素早く手を伸ばしているがその度にキーボが妙に俊敏な動きで避けるため届かないままでいた。 王馬が舌打ちをして再度飛びかかろうと体勢を低くした瞬間、キーボはその身を翻して走り出した。王馬も慌ててそれを追いかける。ある程度整備されているとはいえ雪深い地面を走るのは容易ではなく、キーボは必死の形相で王馬から遠ざかろうとしていた。
「し、しつこいですよ!!キミは追い剥ぎですか?!」
「にしし。バレちゃった??実はオレは超高校級の追い剥ぎだったんだよね」
「あーあ、マジで釣れねーなー」
「ちょっと入間さん助けてくださいよ!!」
「喧嘩売ったのはテメーだろ。ひゃっひゃっひゃっ。有象無象がバカやってやがる」
椅子に座り込んだままで2人を指さして笑う入間にキーボは落胆したが、助けてほしい一心で彼女に向かって叫んだ。
「このコートは飯田橋博士が適温を保てるように作ってくれた特注品なんですよ
「何?!おい、見せやがれ!!」
入間は立ち上がり2人を追いかけ始めた。王馬はその情報を聞いた途端にますます楽し気な表情へと変わり、懸命に地面を蹴ってキーボへと近づいていく。キーボは自身の発言により窮地に陥ってしまったことに気が付き、思わず空を仰いだ。入間は王馬を牽制するような罵声を浴びせながら走っているが、普段運動をし慣れていないせいか2人との距離は開いていくばかりだった。
「王馬クン!!もう諦め……あれ、いない」
走り続けたキーボが後ろを振り返るとそこに王馬の姿はなく、諦めたのかと安堵の溜息をつく。遠くに入間の姿が見え、彼女の足の遅さに思わず微笑んだ。そして安心しきったキーボが正面に向き直った途端、キーボの視界に青空が飛び込んできた。
「えっ。うわーーーっ!!!」
「にしし。つかまえた!」
どこに隠れていたのか正面に回り込んでいた王馬はキーボの腰の辺りに飛びつき転倒させた。キーボを下にする形で2人は雪の中に倒れ込み、キーボは勢いよく転倒したせいか思いのほか深く雪の中に埋まっている。王馬はキーボに馬乗りになり、キーボに顔を近づけた。
「キー坊は馬鹿だなぁ。オレが諦めるわけないじゃん」
「ど、どこに隠れていたんですか」
「魔法で姿を消してたんだよ!なんて嘘だけど。ほらこれ、保護色だから」
王馬は上着を見せつけるように手を広げた。彼の上着も帽子も真っ白で、地面に倒れて込んでいたのか顔に雪がついていた。まさかこんなかくれんぼじみたことをするためにわざと白で揃えたのかとキーボは一瞬考えたが、すぐにそれは頭から消え去った。王馬の手がコートのボタンに触れたのである。
「さ、触らないでください。本当にダメなんですって。訴えますよ?!」
「ロボが訴えられる機関なんてこの世に存在するのかなー」
「ロボット差別まで!!あの、本当に、どいてください」
抗議の意味を込めて力強く言うキーボだったがその表情はすっかり怯えきっていた。王馬はそれを眺めながら子供のような笑みを浮かべる。
「じゃあごめんなさいって言って。そうしたら許してあげる」
「嫌ですよ!なんでボクが謝らないといけないんですか!」
「あらら。さすがに入間ちゃんみたいにいかないかー」
「あっ。入間さーん!!入間さん助けてくださーい!!!」
キーボが大声で叫び始めた途端、王馬はキーボの口を塞いだ。狼狽するキーボに顔を近づけて彼の耳元で囁く。
「ダメだよ。せっかく2人きりになれたんだから……」
その言葉にキーボは目を見開く。顔の位置の関係上王馬の表情は見えず、それが冗談なのか本気なのかキーボには分からなかった。塞がれたままの口では何を喋ってもくぐもった音しか出ない。そして王馬が聞いたこともないような優しい声で囁いた。
「ね……お前の初めて、オレにくれない?」
自分がもし人間だったら鳥肌が立っていただろうとキーボは思った。王馬をどかそうと彼の体に触れようとした時、王馬が本気だったら傷つけるのではないかという考えが浮かび、その手は行き場をなくしてしまう。互いに無言のまま、どれくらいの時間が経ったのだろうか。入間が息を切らせながら走ってきた。その顔には玉のような汗が浮かんでいる。2人の状況を見て入間は絶望的な表情を浮かべた。
「ゲッ。男同士……つーか種族を越えてヤッちまったのか?!このヴィーナスボディーのオレ様がいるのに?!」
「うん。キー坊の初めて奪っちゃった」
「奪われてません!!な、な、何なんですか今の」
王馬は立ち上がって膝から下についた雪を払い落としている。そしてキーボの問いに答えるでもなく、両手で口元を隠し目を伏せて泣き始めた。
「キー坊って意外と、激しくて……もうオレ、お嫁にっ、い、いけ、な……うわああああああん!!!!お嫁にいけないよおおおおおおおおお!!!!!」
「あ、テメーまたやりやがったな。キーボで遊ぶなよ」
「……また?」
「もー!入間ちゃんナイショだよって言ったじゃん!」
「萌え萌えシチュエーション選手権だったよな?よくそんなくだらねー妄想なんかで時間を無駄にできるぜ」
「燃え燃えシチュエーション……まさか、放火の計画を立てていたんですか?!やっぱりキミは悪の総統なんですね。もしかしてボクも殺すつもりで…‥?ここなら人気も少なくて目立たないからわざと連れてきたんですね?!」
上半身だけを起こし、目をむいてまくしたて始めたキーボに2人は顔を見合わせて怪訝な顔をする。キーボの声を無視をして王馬は話し始めた。
「何を勘違いしてるのか知らないけど、オレと白銀ちゃんでどんなシチュエーションが一番萌えるか考えてたの。でも考えるだけじゃつまらないから、いろんな人に仕掛けて反応を見てるんだよ。キー坊は人じゃないけど」
入間は先日校内でそれを実行している王馬に遭遇したのだという。放課後の廊下で赤松に抱き着き、自分の気持ちに気が付かない彼女を責めるような言葉を繰り返していた。入間がそれを物陰から見ていると、ちょうど対角線上にある柱の陰から白銀がビデオを回しているのが見えてしまった。察しの悪い入間でも、これが2人によって作られた状況であることをすぐに理解し息をひそめて観察していた。そこに赤松を探していたらしい最原が現れ、王馬を𠮟りつけた後に赤松の手を引いてどこかへ行ってしまったのだ。そして残された王馬と、合流した白銀から計画を聞き出したという次第だった。それを聞いたキーボは理解不能ですと言ってため息をついた。
「つまり、ボクで遊んでいたということですね?」
「うん。でもキー坊はつまらなかったなー。何にもしてこないんだもん」
「するわけないじゃないですか!」
「オメーは据え膳を食わねータイプなんだな。ケケッ女に嫌われるぞ?」
2人の言葉にキーボはうんざりした表情を見せる。2人に更にからかうような言葉を畳みかけられ、雪を投げつけて反撃していたキーボだったがふと自分が追われていた目的を思い出した。コートを脱がされまいと再び自分の体を抱きしめると王馬がキーボの横に寝転び、もう何もしないよと言った。入間にもコテージに戻ったら見せることを約束し、キーボのロボット生命は無事に保たれることとなった。
「空がすごく高い」
王馬の言葉にキーボも横になり空を見上げた。2人に促されて入間も雪の上に寝転ぶ。自分たちが住んでいる帝都から見る空と続いてるはずなのに、まるで別物のような青だった。雲一つない群青が木々を越え、山を越え、地平線の向こう側まで延々と広がって、この場所を包み込んで新しい世界を作り出しているようだった。12月の優しい日差しも、それを受けて光る雪も、しんとした木立もキーボと入間の心をぐんと惹きつけた。2人とも北の土地を訪れることなど初めてだったからだ。
澄み切った空気を吸い込んで入間は小さな声で来てよかったかもと呟くと、王馬はただただ笑っていた。しばらく黙って空を眺めているとキーボが口を開いた。
「まだ釣ります?」
「帰ろうぜ」
「そうだねー。まあ釣れなくても、オーナーに頼めば食べさせてくれるって言ってたし」
3人は立ち上がり雪を払い合う。少し離れた場所にワカサギ釣りをしているカップルを見つけてじっと眺める。どうやら3人とは違い、物凄い勢いで釣っているようだった。
「入れ食い」
「入れ食いですね」
「入れ食いまくってるなー」
「日本語めちゃくちゃですよ」
3人は笑い合い、元いた場所の道具を片付けてコテージへ戻って行った。
王馬は用事があると言ってそのままどこかへ行ってしまい、残された2人は着替えてリビングのソファに座り暖を取っていた。古めかしい暖炉があるその部屋は暖かく、家具や装飾品もいわゆるアンティーク調のもので揃えられていた。入間はキーボと隣り合い、コートと手袋を見ながらその構造をキーボに尋ねている。
「は?これ充電式か?」
「そうなんですよ。中に電気式のカイロみたいなものが入ってるんですけど、外気温やボクのボディーの温度とかに合わせて適温を保ってくれるんですよ」
入間は飯田橋博士の技術に感服しながら次の発明品に応用できないかと考える。楽し気に語り合う2人の元に若い男が近づいていき、声をかけた。
「あのー。もしかして、希望ヶ峰学園の生徒さんですか」
「そうですが……何故知ってるんですか?」
「突然すみません。僕は高橋と申します。ここでバイトしてるんです。ええと、ネットで今年の入学者にロボットがいるって見て、もしかしたらって」
その言葉にキーボは目を輝かせて高橋の手を握った。高橋は思わずのけぞったがキーボの全身を眺め、その精巧な体つきや動きの滑らかさを褒めたたえた。キーボは満面の笑みを浮かべ高橋に抱き着かんとすると彼はそれを嬉しそうに受け入れた。高橋はキーボに抱き着かれたまま入間に話しかける。
「あなたは?」
「あ?オレ様は超高校級の発明家だよ。見りゃわかんだろ!!全身から天才美人発明家のオーラが出てんだろうが!この童貞が!」
「えっ、あっ、すみません」
「この人はいつもこんな感じなんで気にしないでください」
褒められた挙句抱き着いてすっかり満足したのか、キーボは慈愛に満ちたような表情をしていた。
「ああ、はい。2人で来られたんですか?」
「いえ、3人です。もう1人は用事があるってどこかへ行ってしまって」
「へー。その人はどんな才能があるんですか?」
「ケッ。……あいつはな、超高校級の追い剥ぎだ」
「追い剥ぎ?!」
「ああ。伝説の追い剥ぎといえばあいつ以外にいねーだろうが!!」
入間が指さした先には未だ上着を着たままの王馬が立っていた。王馬は可愛らしい微笑みを作りひらひらと手を振って近づいてきた。王馬の姿を見た高橋は声を上げた。
「ええ?!こんな小柄なのに追い剥ぎなんてできるんですか?!」
高橋の言葉に王馬は首を傾げたがすぐに現状を理解して言葉巧みに嘘八百を語りだした。
「体格はあんまり関係ないんですよー。これ、秘密にしておいてほしいんですけど……実はオレ、伝説の追い剥ぎ一族の末裔なんです。門外不出の技があって、それを使えばどんな人間でもあっと言う間に……ね。あなたも追い剥がれてみます?今なら無料でやってますよ?」
「いやいや、いいです」
残念だなぁと笑う王馬を見て入間とキーボはそれぞれ心の中で拍手を送っていた。外面の良さに加え、瞬間的に嘘をつけるその頭の回転の速さに2人は目を見張った。王馬の本質を知らない高橋は純粋な眼差しで3人の顔を眺めて、興奮気味に言った。
「でも超高校級に3人も会えるなんて光栄だなぁ。皆さんなら、村の謎も解けるかもしれませんね」
「村の謎?」
「あれ。そのために来たんじゃないんですか?ここに来る人はみんなそれが目当てだと思ってたんですが」
「あ!!そういえば外でオーナーが呼んでましたよ」
それを聞いた高橋はまた後でと言い残してオーナーを探しに行ってしまった。王馬は一瞬にしてその微笑みを解き、2人を睨み付ける。しかし別段怒っているというわけでもなさそうだった。
「キミたち勝手にオレのこと追い剥ぎにしないでよ」
「それより、今の話はなんですか?村?」
「そんな話してたっけ?聞き間違いじゃない?ほら、キー坊の耳は老人並みだから」
「そんなことありません!!」
問いかけに応じようとしない王馬と、しつこく問い詰めるキーボのやり取りを黙って聞いていた入間だったが静かに口を開いた。
「……テメー、オレ様たちを騙しやがったな」
「なんのこと?」
「とぼけるな。テメーの本当の目的はその村の謎を解くことだな?クソッこの虚言癖の童貞が」
王馬は2人と向かい合うようにソファに座り、バレちゃった?と笑った。その笑顔は王馬がいたずらを仕掛ける時に見せるそれであり、2人は何十回目その笑顔を見たのだろうか。がっくりと肩を落としてこんなことだろうと思ったと嘆く2人に王馬は嬉しそうな声を上げる。
「後で本当のことを言うつもりだったんだよー。これは嘘じゃないからね?」
冬休みという貴重な時間を使った上に、壮大な計画に巻き込まれてしまった2人はその事実を受け入れられずに呆然としていた。しかしこの1年間散々王馬につき合わされて耐性がついてきたのか、しばらくすると徐々に気力が戻ってきて、王馬に村のことを尋ね始めた。王馬が言うには近くに「きおい村」という小さな村があり、ここのコテージもその村の住人が経営しているとのことだった。
「氷鬼って遊び知ってる?鬼ごっこなんだけど、鬼に触られると凍っちゃうってやつ。その村には出るらしいんだよねー。氷鬼が」
「嘘ですよね?」
「だと思うでしょ?それが本当なんだなー」
「見た奴でもいるのかよ」
「あはは。見た、程度なら良かったんだけどねぇ。氷鬼に触られて凍死しちゃった人がいるんだよ」
凍死と言われて震えあがった2人を見ながら王馬は声色を低くして言葉を続ける。
「あのね、その村には財宝が隠されてるらしいんだ。その村に伝わる歌、氷鬼が残したという巻物、一度足を踏み入れると出られない洞窟。その3つの謎を解くと財宝に辿りつくんだって。でも、謎に近づいた人間はみんな氷鬼に触られて殺される……。怖いよねー。怖すぎて泣いちゃうよー」
「つーかそれ真宮寺の専門じゃねーか。あの粗チン野郎を誘えよ!!」
「そんなのとっくにやってるよー。でも超高校級の総統と旅するなんて恐れ多いって言われちゃってさー」
「断られたんだな」
「断られたんですね」
「とにかく。いいか!!オレ達でこの謎を解いてその財宝とやらを手に入れようよ。そしてベガスで豪遊するんだ!!」
身を乗り出して宣言する王馬の誘いを入間は間髪入れずに断った。キーボも遠慮しておきますと続ける。そして2人は帰ると言って立ち上がった。王馬はじっとりとした目つきで2人を睨み、恩知らずな人たちだなぁと呟く。
「忘れたの?キミ達の旅費はオレが出してるんだよ?」
「あー。とりあえず帰りの旅費は自分で出す。で、残りは帰ったらテメーの銀行に振り込んでやるよ」
「ふーん。でも帰れないよ?」
その揶揄するような口調が癇に障ったのか、入間は威圧するような目つきで王馬を見下ろす。王馬はにやつきながら上着をまさぐって何かを取りだした。それを見た2人は驚愕の表情を浮かべる。
「これ、なーんだ」
王馬が手にしていたのは2人の財布だった。慌てて2人は財布を奪い取ろうと手を伸ばしたが、王馬は器用な動きでそれをかわす。入間が王馬の背後に回り、キーボが正面に立ち同時に飛びかかれば王馬はその場でしゃがみこみ、2人は漫画の様に額をぶつけ合っていた。何度もそんなことを繰り返し、入間がすっかり疲弊してその場にへたり込み、キーボの気力が折れてげんなりとし始めると王馬は言った。
「これはオレが預かっておくね」
「ま、待てよ」
「だーめ。大体オレの提案に乗ったのは2人なんだから、その責任はキミ達にあるんだよ?」
王馬の正論に2人は言葉を詰まらせる。息をするように嘘をつく王馬の行動などすべて疑ってかからなければならないことは、心に留めているつもりだった。しかし2人は旅費全額無料という言葉に踊らされ王馬の計画に組み込まれてしまったのだった。
「2人ともさぁ。こんな言葉知ってる?」
王馬の目が三日月を描き、口角が上がる。それはキーボが先ほどの雪の中で悪魔の笑顔と呼んだものだった。
「タダより高いものはない、ってね!!」
静かなコテージに2人の悲鳴と王馬の笑い声が響き渡る。こうして、3人の奇妙な冬休みは始まりを告げたのだった。