不幸中のなんとやら
ツイッターの王入版深夜の60分一本勝負
お題「授業中」 に向けて
・育成計画の世界
・王→入 王馬が入間に翻弄され気味

昨日まで動いていたはずのめざましが壊れて寝坊をした時点で嫌な予感はしていた。朝食を食べる間もなく身支度を整えて部屋を出たところで、同じく寝坊したらしい苗木にぶつかられた。謝り倒す苗木に笑顔を向け、二人で教室に向かって走れば先を走っていた苗木が転び、それをよけ切れずに転んだ挙句膝をしたたかに打った。とは言え苗木は転んだ先にあった観葉植物の植木の隅に昨日落としたという財布を見つけたらしく、逆にラッキーだったねと声をかけて膝の痛みから意識を反らすように努めた。
必死に走り始業ベルが鳴る直前に教室に足を踏み入れたものの、何故かそこに倒れ込んでいた百田に躓いて今度は額を打ち付けた。聞けば春川に殴られたそうで、普段は可愛らしく思える彼女の不器用さを恨みかけた。痛む額をさすりながらカバンを開くと教科書が全て昨日の教科のままだった。
王馬はため息をつきながら頭を抱える。ついてない日はとことんついていない、と。

一限目は数学で、王馬は教科書を見せて貰おうと右隣を見た。そこには不機嫌オーラ全開の春川が鎮座している。左を見れば早くも机に突っ伏して寝ている入間がいた。流石の王馬も今の春川に話しかけるのはためらわれたらしく、入間の方に机を近づけて彼女を揺り起こした。不機嫌そうなうめき声を上げて目を覚ました彼女に頼むと、無言で教科書を二つの机の真ん中に置いた。
必然的に距離が近くなり、王馬の胸は高鳴っていた。なにせ想い人が近い場所にいるのだ。心臓の音が聞こえてしまわないかとひやひやしながら王馬は小声での名を呼んだ。
「…入間ちゃん」
「なんだよ。気安く話しかけてんじゃねーぞ」
「この問題教えてくれない?オレ今日当たるんだ」
既に頭の中で答えは出ているのにも関わらず、王馬は嘘をついた。入間は舌打ちをしたものの、ノートに解法を書き始めた。彼女の細い指先を間近で見たのは初めてで、滑らかな肌や綺麗に切りそろえられた爪は王馬の恋心を刺激した。そして入間はより体を寄せ、ほとんど耳打ちに近い形で王馬に解き方を教え始めた。普段の怒声のようなものではなく、優しい声色に王馬は思わず頬が緩みそうになる。教師の目を気にしながら行われるそれは、秘密めいた逢瀬のようだった。入間から説明を受けながら、王馬は彼女から果実のような匂いがすることに気が付いた。近づかないと分からないその甘い香りを知って、王馬はどこか気恥ずかしくなる。同時に自分だけが彼女に翻弄されていることを悔しく思った。
「っつーわけだから答えはこうなんだよ。わかったか?」
「あ、うん。わかった、かも」
「かも、じゃねーんだよ。わざわざオレ様が説明してやったんだぞ?まぁテメーは凡人だから仕方ねーか」
そう言って笑う入間に、王馬のいたずら心が顔を出した。
「入間ちゃんさぁ」
「あ?今度はなんだよ?」
「なんかドブ臭くない?」
「はああああぁぁ?!」
突然教室内に響き渡った叫び声に一同は騒然とし、入間の方を向く。その視線にたじろぐ彼女に、眉間に皺を寄せた教師が言った。
「入間ー。うるせーぞ」
「だ、だってこいつが急にオレ様のことをドブくせーとか言いやがるから!!」
「オレそんなこと言ってないもーん」
子供のような口調でそっぽを向く王馬に教室全体が、ああ始まったという空気になる。王馬がからかい、それを受けた入間が怒りだすというのは定番の流れになってしまっていた。教師も呆れたようにため息をついた。
「はいはい、今授業中だから後でやれ。じゃあ赤松ー、この問題解いてみろ」
赤松が立ち上がったのを横目で見ながら入間は王馬を問い詰める。
「なんなんだよテメーは」
「ごめんね?」
「ごめんねじゃねーんだよ。えっ、もしかして本当にドブ臭い?ちゃんと毎日お風呂入ってるのに……」
「にしし。嘘だよー」
その言葉にほっとしたような表情になる入間を見て、王馬は目を細める。
「や、やっぱりな。大体なぁ、天才美人発明家の入間美兎様は匂いだって最高に決まってんだろ」
「……そうだね、入間ちゃんってなんか甘い匂いするよね」
「ひぇっ。な、なんだよ急に」
「香水でもつけてるの?」
「リップだよ。香り付きの使ってるから」
王馬は入間の唇をじっと見つめ、ふーんと呟く。王馬の視線から逃れるように入間は教科書へと視線を落とした。王馬は教師の目を盗み、入間の耳元で囁く。
「さっきはごめんね?オレは入間ちゃんの匂い、好きだよ」
その言葉を聞くまいとしているのか顔を赤くして教科書を凝視する入間に、王馬は優越感を覚え意地の悪い笑みを浮かべた。
「王馬と入間、いちゃいちゃするなら外出てやれー」
背中に目でもついているのか、黒板に公式を書きながら注意を飛ばす教師と再び注がれた視線に王馬は肩をすくめてノートを取り始めた。入間は相変わらず無言で教科書を見つめている。その姿に、王馬は今朝からの不運のことなどすっかりどうでもよくなってしまったのだが、入間は知る由もなかった。