でも、それは永遠じゃない
御手洗と詐欺師が雪の日に鍋をする話
御手洗は御手洗、詐欺師は彼で統一しています

・ドラマCDのネタバレがあります


「御手洗。雪だぞ!」
そんな言葉と共にドアを開き、鼻先を赤くした彼――超高校級の詐欺師がずかずかと御手洗の部屋に入ってきた。御手洗が唖然とした顔で雪?と呟いて、締め切っていたカーテンを開けるが特に変わった様子はなかった。
「降ってないよ」
「これから降るらしい。おい、暖房くらいつけろ。寒すぎるぞ」
コートにマフラー、それに加えて自身の脂肪で防寒対策をしているはずの彼は震えていてそれだけで外がいかに寒いのか御手洗にも理解できた。
「集中してるとよく分かんなくて」
没頭していた作業から現実世界に引き戻され、御手洗もその寒さに身を縮こませた。いつの間にかかじかんでいた手を温めるために息を吐きかけていると彼は呆れた表情で言った。
「お前はいつもそうだな」
その言葉に御手洗は苦笑しつつ、この癖はおそらく直らないのだろうと考えていた。御手洗にとってアニメ製作はまるで呼吸のようなものであり、一度始めてしまえば先程のように外部からの刺激がなければ中断し得ない行為だからだ。勿論彼もそのことは重々承知しているらしく、近頃は出会った頃のように口やかましく注意することはほとんどなくなった。
「雪なのは分かったけど、どうしたの。」
御手洗は長時間同じ体勢でいたために錆びついてしまったかのような身体を解しながら尋ねた。
「鍋だ」
「は」
「雪といったら鍋に決まってる」
「待って、意味わかんないよ。鍋?するの?今日?」
「するぞ」
困惑する御手洗に対して彼はやけに張り切った声で答える。御手洗はこれまでの共同生活の中で彼が食べ物に関して妥協を許さない人間であることを十二分に理解していたし、この口調からして自分が何を言っても受け付けてもらえないことも想定していたが弱弱しい声で反論をした。
「や、やだよぉ。だって鍋って時間かかるし」
「それが鍋の醍醐味だろう」
「それはそうかもしれないけどさ。あ、最近野菜も高いしさぁ」
とにかく彼を諦めさせなければと絶賛高騰中の野菜の話題を出してみると、彼が呟いた。
「火曜の夜は」
「全品2割引き。・・・いや、違うんだよ!!」
「ふふ・・・2割引きはでかいぞ」
何故か満足げな笑みを浮かべる彼に御手洗は真に懸念していたことを尋ねる。
「君の部屋でするんでしょ….」
「ああ」
「やっぱりやだ
「なんでだ」
「だって、こたつあるし。アニメ雑誌いっぱいあるし。しかも知らないうちにアニメ専門チャンネル入れてるし・・・」
「つまり居心地がよくて部屋に戻りたくなくなるということか」
図星をつかれた御手洗は彼の言葉を認めた。アニメを完成させるまではあらゆる誘惑を断ち切ろうと雑誌や新作DVDの購入を控え、テレビさえ置いていない御手洗の部屋に比べて彼の部屋は極楽のようだった。彼の部屋の誘惑をどう振り切ろうかと眉間に皺を寄せて考える御手洗の肩に彼は優しく手を置いた。
「御手洗」
「な、なに」
「時間がないのは分かってる。だが、身体を壊したら元も子もないだろう。たまにはゆっくり休んだ方がいい」
「それは…分かってるけど…」
「今夜は寒い。風邪っていうのは大体こういう日にひくんだ。今日ぐらい、身体を温めてよく休め」
あたたかい言葉に御手洗は小さく頷く。普段と変わらぬ優しさを向ける彼だったが寒さのせいか、妙に心に沁みて嬉しかった。しかし彼は玄関の壁にかけてあったコートとマフラーを取り、御手洗に手渡す。
「というわけで買い物に行くぞ」
「えーっ。今の流れで?!」」
「なんだ。不服か?」
「だって今身体を温めてよく休めって」
「身体を動かすことも大切だからな。さぁ、雪が降り始める前に行くぞ」
彼は意気揚々と部屋を後にし、残された御手洗はまた彼のペースに巻き込まれてしまったと溜息をついた。作業中のデータを保存し、ゆっくりと立ち上がり財布と携帯を持つ。
「まったく、勝手なんだから!」
コートとマフラーを身に着け、言葉とは裏腹に嬉しそうな口調でそう言って御手洗は彼を追いかけた。

**

菊菜・白菜・ねぎ・しいたけ・豆腐・白滝・豚肉・鶏肉その他諸々・・・大量の商品が詰まったスーパーの袋を携えて2人は家路をたどっていた。空気は行きよりも冷たく澄んでいて、ついに雪が舞い始めた。ふわりふわりと白が2人のコートへと舞い落ち、じわりと溶けていく。まだまだ本降りになりそうな気配はしなかったが2人はやや急ぎ足で寄宿舎へと歩を進めた。
「僕も持つよ」
「大丈夫だ。結構重いんだ。万が一手を痛めたらどうするんだ」
「そんなにやわな手じゃないよ。でも、ありがとう」
少し照れながら微笑む御手洗を見て、彼も微笑む。彼の憂慮を素直に受け止める御手洗を見て彼は安心していた。

**

帰宅後、上下スウェットという格好で部屋を訪ねてきた御手洗を見て彼は唖然としていた。
「お前そんな服持ってたのか」
「すっごい久しぶりに着た。ていうか君も同じようなの着てるじゃん」
御手洗に指摘された彼も似たような恰好でキッチンに立っていた。机の上には鍋や食器が準備されている。部屋はトントンという心地の良い包丁の音とテレビから流れるバラエティ番組の楽し気な声で満たされ、まるで幸福な家庭を形作っているようだった。御手洗は顔も服もお揃いだねーと呟きながらこたつに潜り込む。数十秒後、こたつの恩恵を受けた御手洗は幸福そうな顔で横たわった。しかし床に置いてあった(落ちていたとも言える)テレビのチャンネルを発見するやいなや物凄い勢いで起き上がりアニメ専門チャンネルへと合わせた。そんな御手洗を一瞥した彼はやわらかな微笑みを浮かべ、再び包丁を動かし始める。しばらくすると御手洗が突如挙手をしてこう言った。
「僕は手を怪我したら困るので手伝いませーん」
「手伝わせるつもりはないから安心しろ。それに包丁もまともに使えないだろう。しかしお前、随分ふてぶてしくなったな」
「あっ。魔法少女ミラクルマギカ一挙放送始まるから静かにして」
「おい、話を聞け。そこに簡易コンロあるから、鍋の準備だけしとけよ。・・・聞いてるのか?」
御手洗ははいはいと生返事をしながらもコンロに鍋を置き、先ほど買ったよせ鍋の元を入れて火をつけた。
十数分後、次々と具材をを鍋に入れていく彼の姿があった。
「ちょっと入れすぎじゃない?」
「そうか?うん、あとは待つだけだな」
「鍋とか何年ぶりだろう。あ、先に乾杯しようよ」
御手洗は冷蔵庫から緑茶を取りだしてコップに注ぐ。2人はコップを合わせ、乾杯と言った。空腹の状態で鍋を目の前にして、2人はじっと耐えた後にお互いにもういい?もういい?と確認し合って小さな器へとよそい、いただきますと手を合わせた。
市販のつゆとはいえども空腹の2人には十分すぎるほどの味だった。最初の1杯目は美味しいとか美味いとか感想を言いつつ食べていた2人だが、知らぬ間に無言になっていた。小食のはずの御手洗も何度も器によそい、途中で「無限に食べれる」と呟いていた。御手洗はアニメを見ながら食べているし彼は彼でいつも通りのハイペースで食べているので食べる量は異なれど、大量に買い込んだ食材は次々と2人の胃の中に消えていき、彼は再びキッチンに立ちまた食材を切り始めた。
鍋というものは幸福を寄せ集めた食べ物である。あたたかく、食材の組み合わせも豊富で、たとえばちょっと傷ついて帰ってきた日なんかにも元気を与えてくれるような美味しさをたたえている、そんな幸福な
料理だ。それを2人で食べている。変に気を遣うわけでもなく、ちょうどいい距離感でお互いが存在している。あまりにも、あまりにも幸福な空間だと彼は思っていた。彼が食材を持っていくと、御手洗がとろんとした顔で言った。
「あー。食べた。美味しい。しあわせ」
「まだ食えるだろう。さぁ、無限に食え」
「あはは。なんかさ、幸せだね。こたつで美味しいもの食べて、アニメ見て、すごい普通の幸せって感じがする。こんな簡単に幸せになれるんなら実家でもやっておけば良かったかなぁ」
それはどこか淋しそうな「幸せ」だった。御手洗のその言葉を受け、鍋に新しくあけたよせ鍋の元を足しながら彼は尋ねる。
「・・・何かあったのか?」
「んー?何もないよ。本当に幸せだと思っただけ」
「そうか」
アニメの中では可愛らしい服を着た桃色の髪の少女が魔法を駆使して戦っている。御手洗はそれを楽しそうに見ていた。御手洗が気に入っているというそのアニメは彼も以前見たことがあった。しかし御手洗のように何度も繰り返し見る気にはならず、突出して好きなものがある御手洗が少し羨ましくなった。
彼は相変わらずのペースで鍋を食べ、御手洗も時折箸を運んだ。アニメが次の展開に進む度に御手洗はこのシーンの意図はねとか、この作画は・・・と興奮気味に語っていた。
用意した食材もほとんどなくなり彼がコンロの火を消した時、画面の中の桃色の髪の少女が言った。
「ねぇ、本当に?本当に幸せだって思う?」
その言葉を受けた別の少女はわからないと答えている。小さな声で御手洗があのね、と言った。
「幸せだって思う。君は優しくて、いつだって僕のことを真剣に考えてくれる」
「・・・ああ」
「君といるようになって僕はちゃんとご飯を食べるようになった。眠るようにもなった。アニメのことだってたくさん喋って、すごく楽しくて、こんなに簡単に幸せになれるんだって、今までも何回も思ったよ。でも・・・」
「でも?」
「僕が求めている真の幸せは、アニメを作ることでしか手に入れられないって思ってしまうんだよ」
僕はそういう酷い人間なんだと続けた御手洗の言葉に彼は傷つきも、怒りしなかった。ただ平坦な心でその言葉を受け止めた。御手洗が語ったことなど承知の上だったからだ。人間観察に長けている彼がそれに気が付くのに時間はかからなかった。たとえどれだけ優しく接しても、どれだけ楽しそうにしていても御手洗が心の底から欲する幸福は埋められない。もしもアニメ制作を助長する人間がいたとしたら簡単にそちらになびくだろうとも思っていた。それで良かった。そんな部分を尊敬すらしていた。目的を遂行するために全てを投げ打つことも厭わない強さ。たとえ他人が冷徹だと評しても、それは御手洗に見出した「希望ヶ峰学園に通う人間たる理由」だった。
「酷い人間だとは思わない。お前はアニメを作るためにこの学園に来たのだからな」
「そのためにいろんな人を傷つけてきた」
「・・・」
「僕は僕の理想を、幸せを追い続けることで大勢の人を傷つけたんだ。ねぇ、僕が前にいた高校のアニ研の部員は僕のせいで鉛筆が握れなくなったんだよ。僕が理想を押し付けたせいでね。あらゆる人に幸せなアニメを提供するはずが、彼らからはアニメを奪った。本当はアニメを作る資格なんかないんだ」
彼は御手洗に初めて会った日を思い出した。黄桜公一に成り替わりスカウトを行ったあの日、御手洗はそんな部員たちに対して怒りを抱いていた。自分と同じ気持ちを製作に対して向けられない人間は必要ないとまで言い切っていたはずだ。共に生活をし始めて御手洗が変わったのか、それともあれはただの反射的な怒りだったのかよく分からなかった。
「お前は悪くないとは言い切れないが、仕方なかったと割り切ったほうがいい。才能を持つ者は、他の者と同じ道は歩けないんだ。良くも悪くもな」
「君はいつだって僕の味方なんだね」
御手洗は力なく微笑む。
「人を傷つけてもやめられないんだ。まるで麻薬だよ。アニメを作っていないと、僕という人間がからっぽになっていく気がするんだよ。多分、もっと大事にしなくちゃいけないものがあるのに」
同じだと彼は思った。「誰か」として生きることを捨てたら存在をなくしてしまう自分と、アニメを作らなければからっぽになってしまう御手洗は、同じ場所にいるのだと。
「御手洗」
「・・・物心がついてから母さんと一緒にご飯を食べたことないんだ。そんなことに時間を割くくらいならアニメに触れていたいって思って。きっと一緒に食卓を囲むだけで母さんは幸せを感じてくれたはずなのに」
震える声でそう語る御手洗の瞳は涙でいっぱいだった。家族のいない彼には御手洗の気持ちは分からなかったが、御手洗がすべきことを提示してやることは可能だった。
「そう思うなら早くアニメを完成させるんだな」
「なんで?」
「終わるまで実家に帰る気はないんだろ?じゃあさっさと完成させて母親に会いに行って、飯でも食えばいい。・・・お前には会える家族がいるんだからな」
「あ、ごめん・・・」
「いや・・・悪い・・・」
「うん。・・・頑張るよ。そうだよね、世界を変えるためにも早く完成させなきゃね」
涙を拭いた御手洗の瞳には強い意志のようなものが宿っていた。それを見た彼は御手洗に雑炊かうどんどちらが食べたいか聞くと御手洗はうどんと答えた。彼は冷凍庫からうどんを取りだして鍋に入れ、再び火をつけた。
「お前が」
「ん?」
「お前が、俺と過ごす時間をどう思っていても構わない。少なくとも俺の方は幸せだからな」
「・・・」
「だから、お前が良ければこれからも一緒に飯を食いたい」
彼のその言葉に御手洗は顔を赤くして、しどろもどろになりながら別にいいよと答える。そして目を泳がせながら、君が僕を変えちゃったんだよと言った。彼が言葉の意図が掴めず怪訝な顔をすると御手洗は両手で机を叩き、身を乗り出して彼の瞳を見つめながらまくしたてる。
「君があんまりお節介だから僕はこんな風に余計なことばっかり考えるようになっちゃったんだよ!!僕だって別に心がないわけじゃないから。その、僕の言動で君を傷つけないようにとか考えたりして、そうしてたら昔自分がしてきたことにどんどん気がついて。悲しくなって、自分に腹が立って、そんな感情は製作の邪魔にしかならないって知ってるのに。・・・本当はこんな風に一緒にご飯食べて楽しいだなんて思うような奴じゃなくて、なんか、そういうのって必要ないってずっと思ってたのに。君がすごく優しいから僕はどんどん人間らしくなっちゃってさぁ!なんだよ少なくとも俺は方は幸せだからって!そういうのはずるいじゃないか。君はずるい!ずるい人間だ!!僕だってちゃんと幸せだよ!!!・・ああもう自分がなんて言ってるのかよくわかんない」
ほとんど息をつかずにがなりたてた御手洗を見て、彼は思わず笑っていた。アニメに関すること以外で感情を爆発させることがなかった御手洗がこうして自分に気持ちをぶつけてくれた嬉しさと、御手洗の姿がまるで子供が怒っているように見えてしまったからだった。御手洗はなに笑ってんだよぉと言って机をバンバンと叩いている。鍋はもう沸騰し始めていた。
「なんで俺がずるいんだ」
「わかんない。なんか、かっこつけてるから?」
「かっこつけてない」
「かっこつけてるよ。なんだよいつも僕のこと一方的に心配してさ。保護者かよ」
「保護者みたいなもんだろ」
溜息をつく御手洗に彼が心配されるのが嫌なのか聞くと、御手洗は眉間に皺を寄せ悔しそうな口調で、正直嬉しいよと返した。その答えに彼は安堵していた。心配性なのに拒絶をされるのを恐れる彼は御手洗が内心どう思っているのかずっと知りたかった。御手洗の口から嬉しいと言われただけで彼の心はまるで春でも訪れたかのように穏やかな気持ちになった。
「もう何にやにやしてんの?!うどんもう食べれるよ!!貸して!」
御手洗はそう言って器によそい彼に渡す。自分の分もよそい、食べ始めると御手洗の口からは自然とおいしいという声が漏れていた。
「無限に食えるな」
「うん。無限に食べれる」
テレビからはあなたは私の初めての友達だものという声が聞こえてきて、それぞれが心の中で頷いたが勿論お互いに気付くことはなかった。

**

すっかり食べ付くし、後片付けまで終えた2人はぼんやりとアニメを見ていた。ふと彼は雪のことを思い出してカーテンを開ける。大粒の雪がしんしんと降り、道路はすっかり白色に様変わりしていた。予報を聞いた時点では鍋のことを考え、喜ばしさでいっぱいだった彼だが今は明日の登校のことを考えてうめき声を上げた。
「うわ。降ってるねー」
いつの間にか彼の後ろに立っていた御手洗が言った。
「ああ。明日も寒そうだ」
「ね。・・・来年もさぁ、雪降ったらこうして鍋食べようね」
「来年の話をするなんて鬼が笑うぞ」
「はは。確かに。あ!ねぇ!ここからがいいところなんだから見ようよ!」
「おい、分かったから引っ張るな」
変に気を遣うわけでもなく、ちょうどいい距離感でお互いが存在している。あまりにも、あまりにも幸福な空間。その中で2人は笑い合う。
簡単に手に入る、しかしようやく手に入れた幸せを抱きしめながら。
永遠に続くようにと願いながら。