並び立つ日々
深夜のコンビニに行く詐欺師と御手洗の話

御手洗を「御手洗」、詐欺師を「彼」で統一しています


スピーカーから流れる新商品の宣伝の声に御手洗は耳を傾け、陳列棚を眺める。数える程しかない商品の名前を端から確認するが軽快な声が謳う商品は見当たらず、この時間だもんねぇと隣にいた彼に声をかける。
真剣な顔でパック飲料を吟味していた彼は、そうだなとだけ返し、また黙ってしまった。
御手洗が残っていた小さめの弁当を1つ手に取り、床に置いてあった買い物カゴに入れると続けざまに野菜ジュースがいくつか放り込まれた。
「珍しい。健康増進?」
「ふん。それはお前が飲むんだ」
「えーっ。いやだ。嫌いだもん」
御手洗は野菜ジュースを棚に戻そうとするが、彼に手をはたかれた。
「健康に気を使ったほうがいい」
こういった形であっても自分の健康を気遣ってくれた彼の気持ちを嬉しく感じたが、それを見せるのはどこか気恥ずかしく、ぶっきらぼうな口調でありがとうと言った。しかし、その直後にでもさぁ…と続ける。
「君に言われたくないな」
御手洗はカゴの中にある彼が選んだ大量のカップ麺や弁当を見つめ、呆れた声を上げる。
「俺の健康診断の結果を忘れたのか?」
得意げな彼の言葉を聞き、御手洗は先日見せられた紙を思い出した。4月に行われたらしい健康診断で、体重以外概ね良好という結果が彼の元へ送られてきたのだ。御手洗はため息をつき、わかったよと言った。

2人がレジに向かうと商品を陳列していた若い女の店員が慌てて、カウンターの中に入ってきてレジを打ち始めた。
「おでんがある」
そう言って御手洗が指す先には少し前まではなかった蓋付きの保温器があった。
「もうそんな時期か。食うか?」
「食べる」
彼が店員にいいですか?と尋ねると、彼女はレジを打つ手を止めて快活な声でどうぞと言った。
「何にしようか」
蓋が開かれた保温器の中を覗き込んで悩む御手洗をよそに、彼は店員に言った。
「全種類2つずつください」
「ちょっと!そんなに食べられるわけないだろ」
それ以外に選択肢はないといった表情の彼に御手洗は思わず食ってかかる。彼は御手洗をやや馬鹿にするように笑った。
「そんなんだからお前は痩せてるんだ」
「そんなんだから太るんだろ
彼の言葉を受けた御手洗は先ほどより激しい口調で言葉を返す。店員が困り果て、あのう…と声をかけるまでの約10秒間、2人は睨み合っていた。
「あっあっ、すみません。えーと…じゃあ全部1つずつください」
店員の反応に慌てた御手洗は彼の意見を聞かずにさっさと決めてしまう。おいとか待てとかいった声を、御手洗は2人で分ければいいだろと一蹴し、それでお会計お願いしますと言い切った。

「ご兄弟なんですか?」
会計を済ませ、商品を袋に入れている店員がどちらに尋ねるでもなく声をかけた。
「えっ ああ…双子なんですよ。僕が兄で、こっちが弟」
咄嗟に御手洗が答える。弟と呼ばれた彼は店員に見えないように御手洗の脚を蹴った。
「突然すみません。よく似ていらっしゃるので」
「体格は全然違いますけどね」
御手洗は微笑みながらも、負けじと彼を蹴り返す。見えざる攻防戦を知らずに店員は微笑んだ。
「仲がよろしいんですね」
2人は顔を見合わせた。その動きは店員には微笑ましく見えたのだろう。口を押さえて笑いをこぼしていた。


「こちら商品になります。ありがとうございました」
頭を下げる店員に礼を言い、2人はコンビニを出た。自動ドアが閉じるなり御手洗は彼の脇腹に軽くパンチを繰り出した。
「なんで蹴ったんだよ
「お前もだろ待て、腹を殴るな。おい落としたらどうするんだ」
彼は袋を抱え、御手洗のパンチを避けるように距離を取りながら歩く。
「大体なんで俺が弟なんだ」
露骨に不機嫌そうな彼に、御手洗はにやつきながら答えた。
「えー。そんなこと気にしてるの。いいじゃん双子なんだし」
「気にするぞ。俺が兄だろう」
その言葉に御手洗は余計ににやにやとした笑みを浮かべ、からかいを加えた口調で彼に反論する。
「めんどくさいなー。お兄ちゃんならもっと大らかにならないと。こんなこと気にしないくらいさ」
「なっ……。いや、確かにそうかもしれん」
思いの外動揺する彼に御手洗は笑った。そしてふと店員に言われた言葉を思い出す。
「双子かぁ…。あ、仲良いんですねって言われたね」
彼はそれに答えなかった。
薄暗い街灯が並ぶ道を黙って歩く。御手洗はちらちらと照らされる彼の顔を見たが、何を考えているのか読み取れず、嫌な気持ちにさせただろうかと不安になる。
先ほどまでは気にならなかった風の音が急に気になりだし、御手洗の心をざわつかせる。1つ、強い風が2人の間をすり抜けた時彼がくぐもった声でつぶやいた。
「…お前が、本当に兄弟だったらよかったのにな」
「え…」
「はは。なんてな。…気にするな」
眉根を下げて困ったように笑う彼を見て、御手洗は彼が出会った時に語った生い立ちを思い出す。兄弟。家族。彼と無縁のもの。彼が欲するものは、誰も…少なくとも今は誰も与えることができない。無力という2文字が御手洗の心に重くのしかかる。
しかし。それでも。と御手洗は自分の手をグッと握った。

「でもさ」
「ん?」
御手洗は街灯が並び立つ道路の向こう側を見据えた。弱々しい光でもそれをまとうものが並べば道を照らしてくれる。歩いていける。自分がその1つになることができたらという気持ちが、御手洗に言葉を続けさせた。
「今、家族みたいなものでしょ」
息を飲む彼に、御手洗は二の句を紡いだ。
「同じ屋根の下で暮らして、一緒にご飯を食べてるんだから。家族と言ってもいいだろ。…君が嫌じゃなければ」
「御手洗…」
震える彼の声を御手洗は初めて聞いた。こんな声も出すのかという気持ちと、彼が隠しがちな柔い場所に触れた事実が御手洗の心を先ほどとは別の波動でざわつかせた。
「だからさ」
少しだけ明るく、強い声でそう言って御手洗は彼の方を向き、再びにやにやとした笑みをたたえた。
「僕のことお兄ちゃんって呼んでくれて構わないからね」
御手洗から見た彼の表情は、相変わらず上手く読み取れなかったが、今の言葉に目を丸くしていた。それを見て御手洗は思わず吹き出す。
彼は一度穏やかに微笑み、御手洗の脇腹を小突こうと距離を詰めて言った。
「絶対呼ばん

もう一度強い風が吹いたが、風の音はもう気にならなかった。