彼の不条理な提案
なんでも言うことを聞くと言い出した王馬と、それを受け入れる入間の話

・王馬が女装しています
・一部ですがR-15程度の描写部分有
・マッサージ/くすぐり描写有



彼の不条理な提案


部屋に入った瞬間、目を疑うような光景がそこにあった。襟元だけが白で残りの部分は黒で覆われたワンピースの上にフリルのついたエプロンドレスを着用した――いわゆるメイド服姿の人物が、ベッドの上に座っていた。頭にも可愛らしいカチューシャをつけたその姿は一見少女にしか見えないが、それは男性だ。入間の恋人であり、れっきとした男性である王馬小吉だ。
王馬は入間の姿に目を輝かせて、その少年のようなテノールの声でこう言った。
「おかえりなさいませ!ご主人様!!」
一気に鳥肌が立ち、入間は怪訝な顔をしたまま回れ右をした。王馬と付き合い始めて一年、こんな妙なことをしでかすのには何か理由があるのだ。またとんちきな計画に巻き込まれて神経をすり減らしてはたまらないと、入間はとにかく逃げることを第一に考えた。しかし王馬は素早くベッドから降りて入間の腕を掴む。
「ちょっとー。反応なしってのはひどいんじゃない?こんなに可愛い恰好してあげてるのにさー」
「ふっざけんな!!変なもん着やがって気持ちわりーんだよ! オレ様は忙しいんだ。テメーみてーな暇人女装癖野郎に構ってる時間はねーんだよ」
「えー。入間ちゃん今日もう予定ないじゃん。オレ知ってるよー。ご主人様の予定くらいは把握しておくのがメイドの務めだからね」
自慢げに笑う王馬に、入間の顔が引きつる。
「うっ。抜かりねーな。しかも勝手に部屋入りやがって。それ犯罪だからな!」
「だってー驚かせたかったんだもん。ほら、オレってサプライズが好きでしょ?だから今回も入間ちゃんにとびっきりの驚きをプレゼントしてあげようと思ってずっと待ってたんだよ?」
そのまま入間の手を引いて手近な椅子に座らせる。入間は足を組んで王馬を睨みつけた。
「いらねぇ。そのまま突っ返してやる」
「クーリングオフ制度はありませーん」
「うぜーな!!オレ様はな、テメーの変態性癖に巻き込まれるのはもうごめんなんだよ!!まぁ……メイドらしくオレ様のために働くっていうなら付き合ってやってもいいけど」
「おっ。察しがいいなぁ。そう、これは入間ちゃんのために着てるんだよ」
「は?」
王馬はスカートの裾を掴んで、恭しくお辞儀をした。普段とは違うその清純な姿に、女装をしているとはいえ入間の心はときめいてしまう。しかし心を許してはいけないと即座に自分を戒める。王馬小吉と付き合うということは、軽率に気を抜いてはならないということなのだ。
「今日が終わるまで、入間ちゃん専属のメイドになってあげる。なんでも言うこと聞いてあげるよ」
その言葉に入間は生唾を飲み込み、頷く。そうして数時間だけの主従関係が成立したのだ。

「はい、ご主人様あーんして」
王馬が食事をよそったスプーンを入間の口元へと運ぼうとする。それは花村が作ったオムライスだった。夕飯は任せてよねと意気揚々と宣言したものの、料理などしたことがない王馬ができるはずもなく結局花村の助けを借りたのだった。その上、メイド服を着用し、あの花村の横でキッチンに立っているのを数名に見られ、ついに王馬も気が狂ったか、南無三などと背後から念を送られていたのだが、王馬が気が付いていたかは定かではない。そんな彼の行動に、入間は地獄の底でも見てしまったような形相で首を振った。
「や、やめろ!!馬鹿みてーなことしてんじゃねーよ!!」
「なんで?食べさせてあげるよ?」
「じ、自分で食えるから」
入間は王馬からスプーンを取り自分で食べ始める。流石に花村のお手製ともなると味は素晴らしく、入間は至福の表情で食べ進める。それを眺めながら王馬はつまらなさそうに呟いた。
「もー。なんでもしてあげるって言ってるんだから、遠慮しなくていいのに」
入間は横目でそれを睨み、恥ずかしさ半面怒り半面といった心持ちで王馬に言う。
「いいって言ってんだよ!!あっち行ってろ!!」
「ひどいなぁ。まぁそれが命令だって言うなら部屋の隅っこで埃でも舐めてるよ。最原ちゃんみたいに」
「あいつそんな暗いやつなのかよ」
「そうだよ。最原ちゃんが埃マイスターだって知らなかった?嘘だけど」
「お前、本当最悪だな」
そんな会話をしながら、王馬は入間の言葉を守って入間から遠ざかるように扉に寄りかかる。食事はいらないと言い、先ほどから甲斐甲斐しく入間の世話をする彼はまるで別人のようだ。普段ならば入間を自分の思い通りにしようとあの手この手で脅してくるのだが、そんな素振りはまるでない。彼の不可解な行動に入間は懐疑心を強めるばかりだった。無論、恋人に尽くされて嬉しくないわけではない。しかしそれ以上に王馬の思惑が読めず、入間の脳内では様々な可能性が錯綜していた。彼が単純に入間に尽くしたいだけなのならば、それはそれで構わない。しかしあの王馬のことだ、という疑念が晴れないのだ。後から、労働の対価としてとんでもないことを要求されるかもしれない。そんな考えに至り、入間は身震いをした。どうか杞憂に終わってほしいと思いながら、複雑な表情で王馬を見つめる。
手持無沙汰になり、爪先で床に何かを描いている王馬は少女にしか見えない。どこかの量販店で買ったのかチープな素材のメイド服から覗く手足は細く、腰元でエプロンを結んでいるからかその貧相な体が強調されてまるでサナトリウムに暮らす患者にさえ見えてしまう。しかし存外、筋肉質なことを入間は知っているもののその身には同情心すら湧いてくるほどだ。その上彼は中性的な顔をしているのだ。知らない人間が見たら、性別を間違えても仕方がないほどに。そんな少女的な彼が目を伏せ、どこか物憂げな表情をしているのが目に入り入間はドキリとした。彼女の中に隠された性癖を刺激されたわけではない。ただ単にギャップに弱いのだ。心臓の高鳴りを隠すように入間は呟いた。
「オレ様には敵わねーけどな」
「え?何か言った?」
「なんでもねーよ」
そう言って入間は再び食事に集中し始める。この奇妙な空間において、唯一無二かつ変わらない味を保ち続ける花村の料理だけが救いなような気がしていた。
「ねぇ。掃除は終わったし、洗濯物は乾燥機にかけてるし、ご飯も作っちゃったし。……あとは何しよっか?」
入間が食べ終わり、提供されたコーヒーを飲んでいるのを見ながら王馬が首を傾げる。コーヒーを置き、王馬と同じ動きをしながら入間は思考した。王馬はどこか微笑ましそうな表情でそれを見て、本当になんでもいいんだよと言った。なんでもいい、と言われても咄嗟には思いつかない。しばらく考えていた入間だったが、ふと最良のアイディアが降ってきたようで目を見開いた。
「あ」
「なに?!なんかいいこと思いついた?!」
「いいか、言うぞ」
「よし!!なんでもこい!!」
王馬はまるで戦闘態勢でも取るように腰を低くして入間の提案を待ち構えている。入間はそんな彼の姿を鬱陶しそうに見やった後に、宣言した。
「……マッサージ」
「はぁ?!」
「だ、だからマッサージしろって言ってんだよ!」
「そ、そんなんでいいの?」
王馬は目をしばたたせながら問いかける。入間は彼の反応に腹立たし気な声で反論した。
「は?今更そんなことできねーとか言わねーよな?」
「い、いや。別に。……普通のマッサージだよね?」
「それ以外に何があるんだよ!!テメーが普段ぜってーやらなさそうなことだろ?!その上オレ様のヴィーナスボディーにタダで触れるんだぜ。全世界の童貞どもが涎垂らして欲しがる権利をテメーは手に入れたってわけだ。どうだ!!オレ様の天才的なアイディアは!!土下座して感謝しやがれ!!」
「いや、いつもタダで触ってるし。それ以上のこともしてるし……」
「……どうだ!!オレ様の天才的なアイディアは!!」
「あ、それで押し切るつもりなんだ。そりゃー勿論、ご主人様の仰せのままに」
王馬はわざとらしく笑いながらスカートの裾を摘み上げる。入間は目をすがめてそれを見つつ立ち上がった。
「言ったな?よし、歯磨いてくるから足を洗って待っとけよ!!」
「それを言うなら首でしょー。まったくもー」
ドスドスと足音を立てんばかりの勢いで洗面所へと向かう入間を見て、王馬は一人ため息をついた。
「なぁんだ。入間ちゃんって意外と健全なんだなぁ……。つまんないのー。もっと恥ずかしいお願いをしてくるかと思ってたのに」
王馬はベッドに腰かけて、時計を見る。時刻は七時を過ぎたところだった。
「ま、いいや。まだ時間はあるしね」
そう言って笑う姿は、最早健気な少女ではなく悪巧みを孕んだ小悪魔のようだったことを入間は知らない。

Tシャツに薄手の柔らかなショートパンツというラフな格好で、入間はベッドにうつ伏せになる。
「おーし、気合い入れていけよ!!オレ様はちょっとやそっとの刺激じゃ満足しねーからな!!」
「いかがわしい言い方だなぁ。じゃあ、触るね?」
王馬が足元に座る気配があり、入間の素肌に触れる。その優しい手つきと高い体温に入間の脚がぴくりと反応した。
「痛かったら言ってね」
そう告げて王馬は脚裏を親指で押し始める。王馬なりにそれらしくしようという心づもりでもあるのか、むやみやたらな動きではなく的確にツボを押さえようとする努力が感じられた。しかし入間は心地よさよりもむずがゆさを感じてしまい、指先にぐっと力を込める。
「どう?」
「な、なんかくすぐったい」
「えー。……あ、ここは?なんか肩こりのツボなんだって」
指の付け根あたりを押され、入間の体に電流のような痛みが走る。
「いっ」
わずかに体をのけぞらせ、口からこぼれるのは痛みを告げる合図。しかし王馬はその手を止めることはない。
「あは。ここ痛いんだ?へぇー」
王馬は入間の言葉を無視してその場所をぐりぐりと押す。入間はほとんど絶叫に近い声を上げて抵抗した。
「あーーーーー!!!!痛かったら言えって言ったじゃねーか!!」
「うん。言ったよ。でもやめるとは言ってないよね?」
「痛い痛い痛い!!!!」
「もう。暴れないでよ」
ベッドを叩き、王馬から逃れようとするもがっちりと脚を掴まれ、罠にかかったかのように動かせなかった。絶叫に次ぐ絶叫と王馬の楽し気な声が部屋に響くものの、最上級の防音壁のためか隣室にすら届かない。そんな絶望的状況でしばらくの間王馬の猛攻に耐え続け、その上逆側の足まで標的にされ、入間はすっかり疲弊していた。
「なんかぐったりしてない?」
「テメーのせいだろうが!!」
「ご要望にお応えしたんですけど」
息も絶え絶えの自分と、飄々としている王馬というまるで立場が逆転した様子に入間の頭には疑問符しか浮かばない。入間は首だけ動かして王馬を睨みつけながら凶悪な言葉を吐いた。
「こ、殺す。絶対殺してやる」
「まぁまぁ。そんな怖いこと言わないでよぉ。今度はそんなに痛くないと思うからさ」
「えぇ?!まだやるのかよ」
「オレとしても入間ちゃんに満足してほしいからね!」
「そこで妙なメイド力を発揮するなって」
入間がため息をつき、ベッドに突っ伏した時脚首に優しい感触が宿った。先ほどまでの攻撃的なものではなく、痛くない程度に力を加減され入間は今度こそ安堵のため息をつく。そのままふくらはぎ、膝裏へと移る指先の動きで入間の体は徐々に心地よさに包まれていく。普段、性行為の時でさえこんな風に執拗に足を触られたことなどない彼女の体には心地よさと同時に熱い疼きも生まれ始めていた。
「ほら、痛くないでしょ?」
「う、うん」
そのまま内腿を優しく撫でられる。愛撫のような手つきに、入間は声を漏らすまいと唇を噛んだ。王馬の細い脚と違う肉感的なそこを優しく揉まれ、入間の脳裏によぎるのは夜ごとの営みへの誘いだった。しかし、これはあくまで入間が命じたマッサージでしかない。粛々と入間の言いつけをこなそうとする王馬に対し、自分だけが欲情しているなどと知られたら恥晒し以外の何物でもないのだ。入間は脳内に住み着いたその欲望を振り払おうと、ベッドに顔を押し付けた。しかし、脚の付け根を触られた途端に入間の努力も水の泡へとなりかける。
「あっ」
「何?」
「な、なんでもねーよ」
「そっか。ねぇ、ちゃんと気持ちいい?」
そんな問いかけにさえ、入間の体は反応してしまう。どうにか拒絶しようと入間は王馬に尋ねた。
「そ、そんなとこまでするのかよ」
「うん。……やだ?」
「や、じゃない、けど……」
完全に拒否しきれない入間の欲望を更に掻き立てる言葉が背後から放たれる。
「じゃあ。もう少し脚開こっか」
「……それは」
「ダメ?」
「恥ずかしいっつーか」
「恥ずかしいの?どうして?」
「ど、どうしてって。分かるだろ」
シーツを掴んで王馬に察してもらおうとするも、返って来たのは期待に反するものだった。
「えー。ちゃんと言ってくれないと分かんないよ。何が恥ずかしいの?」
困ったような声に入間は答えるわけにもいかず、おずおずと脚を開く。部屋着を着ているとはいえはしたないその態勢に入間の頬は紅潮していた。
「ん。いい子だね」
王馬の柔らかい声で、いい子だねなんて言われてしまえば入間は簡単に心を許してしまう。しかし今は入間が主人という立場であるはずなのだ。主導権を握られてはたまったものではないと異議を唱えた。
「は?!なんで下僕に褒められなきゃいけねーんだよ」
「あ。そっか。じゃあこう言えばいいかな」
王馬がかすかに笑う声がする。ひどく楽しそうなその声に、入間は一瞬にして肌が粟立った。先ほどの予想が的中したような、何か含みを持たせるようなその笑い声の後に王馬は言った。
「ご主人様はいい子ですねー」
ご主人様という人を敬う言葉を使っているにも関わらず、その子供をあやすような口調でどこか嘲笑的な雰囲気さえ纏っている。入間は全身がカッと熱くなるのを感じ、震える声で否定した。
「や、やめろよ」
「なんでですか?ちゃんとできたんだから褒めてあげないと。ねぇ?」
「その喋り方やめろって!!気色わりーな!!」
「ひどーい。オレなりに入間ちゃんに敬意を払ってるっていうのに」
そう言いながら王馬は開かれた脚の付け根に指先をあてがう。入間は熱い息を吐き出し、王馬が自分の欲求を汲んでくれるのを期待するが、それは叶うことはなかった。
「ほら、もっと気持ちよくなろうね」
細い指先を押し込んで関節部分を解すような律動を繰り返し、時折すりすりとくすぐるように触れては入間を弄ぶ。あくまでも、入間が命じたことしかしないつもりなのだ。王馬は。一番触れてほしい部分には決して手の伸ばそうとしない。今のままでも、十分に気持ちいい。でも、欲しいのはそれではないのだ。そんな願望を抱いているにもかかわらず入間は必死に我慢をする。口にしてしまえば、王馬の術中にまんまと嵌ってしまうことは既に理解していた。
「こっちもしてあげるから」
甘い声でそう囁いて、反対側の脚にも同じように触れる。王馬の熱い指先が肌に触れるごとに入間の心臓は高鳴る。打ち寄せてくる快楽の波に押し流されないように入間はその身に力を入れるも、我慢しきれずに声を漏らしてしまう。
「ん、うぅ……っ」
「どうしたの?」
「な、なんでも、ない……っ」
「ふーん。……ねぇ、入間ちゃんもっと力抜こっか?そんなに力入ってたんじゃあんまり気持ちよくないでしょ?」
「いや、その」
王馬は何かを思いついたように明るい声を上げ、入間の太ももの上に座ってTシャツを捲りあげる。予想外の行動に入間の思考は追いつかず抵抗する間もなく、キャミソールの中に手を入れられその滑らかな肌に触れることを許してしまう。
「くすぐりってリラックス効果があるんだって。せっかくだからしてあげるよ」
「は?!い、いいって!!」
入間は王馬の変化球に翻弄され、彼の提案が嘘か真実かを問い質すことすら思いつかずにうろたえるばかりだ。王馬はひどく優しい顔で笑って、こう言った。
「遠慮しないでよ。ね、ご主人様」
入間のくびれた腰を王馬の細い指先が滑る。ふにふにとした指の腹が絶え間なく動き入間の柔らかな肌を刺激する。入間はそのこそばゆさに身をよじった。
「ちょ、待て、くっ、うぅ……っ!!だめ、だって!!」
必死に笑いを堪えようとするも王馬の指が脇腹を往復するだけでその決心も打ち破られてしまう。歯を食いしばり、声を押し殺そうとするのにくすぐったさが襲い掛かり、入間はされるがままになるしかなかった。
「我慢しちゃだめだよ?笑うことでストレス発散にもなるって真宮寺ちゃんも言ってたんだから!民俗学的見地から見ても立証されてるんだから、信じてよー」
「う、うそつけ!!ひゃっ、あははっ、もう許してぇ……!!」
「えー。入間ちゃんは何も悪いことしてないのに、どうしてそんなこと言うのー?許してなんて下僕に言う言葉じゃないでしょー?」
許しを請う言葉さえかわされて、入間の体に地獄のような責め苦を施される。呼吸が浅くなり、体が徐々に弛緩していく中で入間は確かに体が疼くのを感じていた。ひとしきり笑わせられた後に。王馬の指先が脇腹から背中へと這っていく。
「苦しくない?これ外しちゃおうか」
入間がわずかに頷くのを見て、王馬はきつく締められた下着のホックを外す。同時にまるで自分の中のタガが外れてしまったかのように、入間は恥じらうことを放棄してしまいたい気持ちになった。ほとんど性行為の始まりを告げるような王馬の行動に、入間の欲求は再び首をもたげる。
「服も脱がして……」
「ん」
王馬は横たわる入間から器用にTシャツを脱がし、下着を取り去る。邪魔するものが何もなくなった素肌が晒されて、何度も見られているはずなのに入間は初めて見られた時のような羞恥心を抱いていた。早く触れてほしい。しかし、素直にそれを言えるほどにはまだ心は解けてはいなかった。
「ほら、オレ様の完熟エロボディーに触りたいんだろ?早く、触れよ……」
「ふふ。入間ちゃんがそうしてほしいなら」
「だから……!!あっ」
それまでのような責め責めしい動きではなく、愛撫をするように背筋をなぞられて入間はわずかにのけぞる。王馬はそれを見てほくそ笑みながら、何度もそこをなぞった。
「ひうぅ……っ」
「背中弱いんだね。知らなかったな」
指先で、時には手のひらを使って背中を愛撫する。入間は最早声を殺すこともなく王馬の行為を受け入れていた。ほどなくして、王馬の吐息が首筋にかかる気配がした。入間がぼんやりとその体と息遣いの近さを感じていると、首筋に柔らかいものが押し付けられる。それは彼の唇だった。入間は恍惚とした息を吐き、首筋に背中にキスが落とされるのを受け止める。愛撫のような波打つような快楽ではなく、瞬間的に火花を散らすような快感が何度も入間の中に生まれて、キスをされる度に小さな声で鳴いた。
「気持ちいい?」
入間が可愛らしい声で肯定するのを聞き、王馬は再び笑う。
「じゃあ、背中にちゅーしながらくすぐってあげるね」
「えっ?!なん、でぇっ!!ひっ、だめ、だめぇっ!!」
「やだなー。元々の趣旨を忘れちゃったの?入間ちゃんがリラックスできるようにくすぐってあげてたんでしょ?体に力が入らなくなるまでくすぐってあげるからね」
王馬は入間の脇に手を伸ばして爪先で窪みをくすぐり始める。敏感な場所をくすぐられ、入間はぎゅっと脇を閉じた。王馬は入間の腕を掴んでそれを阻止しようと𠮟りつける。
「もう!ダメでしょ!」
「だ、ダメはテメーだろ!!このド変態性癖野郎!!もういいってばぁ!いい加減にしねーとマジで殺すぞ!!」
「依頼は最後までやり遂げるって東条ちゃんも言ってたじゃん!オレはその崇高な精神を見習おうと思うね。さぁ、そんな悪い手は縛っちゃおうね」
王馬は腰元でエプロンドレスを結んでいたリボンを解き手早く入間の手を縛り上げる。解こうと手首を動かしても硬く結ばれたそれは解けそうにはなかった。入間は青ざめながら、王馬に向かって叫ぶ。
「誰もくすぐれなんて言ってねーだろ!!おい!ちょっ、誰かーー!!!この人痴漢でーす!!!」
「恋人を痴漢呼ばわりするなんてひどいよ!」
「ひどいのはテメーだろ!え、あ、ひゃうぅっ!そこ、待って、あはははっ、おかしくなるからぁ!!」
背中や首筋に何度も甘いキスを落とされながら、敏感な場所をくすぐられ続け入間の体には汗が浮かぶ。王馬は楽し気な声で入間を責めながら縦横無尽にその指先を動かし続けた。呼吸は乱れ、苦しいはずなのに入間は自分の秘部が濡れ始めてしまっているのが分かって、猛烈な恥ずかしさを感じる。それから王馬が許しを請う声を受け入れてくれるまで、入間はひたすらにその羞恥と苦しみと快楽に耐え続けるしかなかった。

王馬の宣言通り、わずかに指を動かすのがやっとなほどまで脱力しきっていた。荒げた息を整えようと深呼吸を繰り返す彼女の体は汗に塗れ、行為の後を思わせるような淫靡ささえ漂わせている。王馬は入間の拘束を解き背中から降りて、彼女の顔を覗き込んだ。度重なるくすぐりと愛撫じみた動きですっかり蕩けきり口元はだらしなく弛緩してしまっている。
「入間ちゃん、涎まで垂らしてそんなに気持ちよかったの?みっともないご主人様だなー」
王馬のそう言いながら彼女の口元に顔を近づけ、涎を舐め取る。そんな行為をされながらも入間は眼だけを動かして彼を睨みつけた。しかしその眼は今にも涙を流しそうなほどに潤んでいる。王馬はその姿にたじろいで、入間の頭を撫でた。
「……ちょっといじめすぎちゃったかな」
「な、なんで……」
「ん?」
「なんでそんなに意地悪するのぉ」
王馬は入間を優しく抱き起して、彼女と目を合わせた。ずっと隠されていた豊満な乳房が露わになるも、入間はうまく力が入らずに隠せないでいる。
「ごめんね?だって入間ちゃんいじめるの楽しいんだもん」
「死ね……」
「その命令は聞けないなぁ。……オレのこと嫌いになった?」
入間はしばらく俯いていたものの、ほどなくして首を振った。嫌いになどなるわけがない。ただ彼女はひたすらに王馬に主導権を握られ、自分の欲求が叶えられなかったことが悔しいのだ。疼き続ける熱は王馬によってしか満たされない。それを丸っきり無視した彼が腹立たしかった。
「でも、ムカついた。だってオレ様の言うこと聞くとか言いながら全然聞かねーし」
「聞いてたつもりなんだけどな」
「マジで脳みそが腐ってんのかよ」
「じゃあ、どうしたら許してくれる?」
入間はその大きな瞳で見つめられ、面食らう。懇願するような視線に許さないとは言えなかった。
「……ちゃんと、言うこと聞いてくれるんなら」
「勿論!任せてよ!!」
「だから信用できねーんだって」
「ええー!!おっかしいなぁ。オレの秘密結社は信用第一がモットーなのに」
「息するように嘘ついてんじゃねーよ。実際は煩悩第一とかなんだろうが」
「わー。入間ちゃん妙に冴えてるー。まぁいいや。ほら、早く命令して!!」
キラキラと輝く瞳を向ける王馬に、入間は恥ずかし気に俯いて呟いた。
「……キスして」
そんな可愛らしい命令を聞き、王馬は眼を丸くする。しかしすぐに優しい微笑みに変わり、入間の頬に触れた。入間がキスを欲するように唇を舐め、眼を閉じる。王馬はゆっくりと唇を重ねた。ただ唇を重ねるだけの簡単なキス。王馬はそれを何度も繰り返しながら入間の肩をそっと抱いた。
「……もっと」
入間が薄く眼を開き、とろんとした声で要求する。王馬は首を傾げて、どんなキスがいいの?と聞いた。入間はまだ続ける気かという視線を向けるもののその問いかけにきちんと答える。
「舌出して」
王馬はその物言いに薄く笑って、濡れた舌を入間に見せつけるようにする。入間はそんな挑発的な彼を力なく抱き寄せて今度は自分から唇を奪った。そのまま舌を絡め、唾液に塗れた熱い口内を味わい尽くすようにまさぐる。入間の本能に任せるような動きに対し、王馬は入間の整った歯列を丹念になぞって、舌先で口蓋をつつくように撫でた。そのくすぐったさに入間は眼を細めて、喉奥から声を漏らす。互いに離れ、紅潮した肌を見合って二人は笑った。
「本当……エッチなご主人様だね」
「じゃあテメーはド変態の下僕だな」
「にしし。……それなりにお似合いなんじゃない?」
「仕方ねーからそういうことにしといてやるよ」
王馬は入間に抱き着き、耳元で囁く。
「ねぇ。次はどうしてほしい?早く教えて」
「……王馬に触りたい」
「いいよ。入間ちゃんの好きにして」
王馬は自分のスカートを捲り上げ、その不健康的な肌を晒す。その服装のせいで一見少女的に見える王馬だったが、やはり近くでみればその肉体はしっかりと男性的であることを再確認する。意外と筋肉質な脚に触れながら、入間は王馬の顔を見た。しかし、媚びを売るように微笑むその顔は可愛らしく、肉体と表情のギャップにドキリとしてしまう。スカートから伸びる脚もどこか艶めかしく、入間はつい自分と見比べてしまった。入間は自分の体に自信がないわけではない。むしろ有り余るほどの自信を持っているほどだ。ほどよく肉が付いた、官能的ともいえるその脚よりも王馬の方が色っぽく見えてしまう理由をふと考える。王馬がねっとりとした声で、どうしたの?と尋ねてきて入間ははっと気が付いた。それは彼が自分の恋人なのからだと。
恋人だから、こんな馬鹿の極みのような恰好をしていても可愛く思えてしまう。手ひどくいじめられてもときめいてしまう。その細い体にもっと触りたくて、自分にも触ってほしくて、その欲求を止めることができないのだ。悔しいけれど、多分本当にお似合いなんだろうと入間は心の中で思う。悔しくて、多分きっと嬉しい。
「ねぇ。オレ可愛いでしょ?」
「は?な、なんだよ急に」
王馬から唐突にそんな質問を投げかけられて入間は眼をぱちくりとさせる。
「だって今ドキドキしてるじゃん」
「し、してない」
「嘘」
王馬が入間の柔らかい乳房に触り、心臓のある場所に優しく力を込めた。
「ほら、こんなに……」
入間は決まりが悪そうに眼を伏せる。
「か、可愛い、けど。オレ様には敵わねーよ!!」
「うん。知ってる」
王馬はそう言って入間を抱きしめた。
「入間ちゃんの方が、ずーっと可愛いもんね」
「は、な、なんだよ急に。ご機嫌取りか?」
「ううん。本当にそう思ってるよ。だって……」
王馬は入間の耳元に顔を寄せ、低い声で囁いた。
「恋人の女装姿にドキドキしたり、くすぐられて恥ずかしい声いっぱい出しちゃうしさ」
「そ、それは」
「それに。なんだかんだ言いながらちゃんと素直になってくれるところも、すっごく可愛いよ」
入間は耳まで熱が上ってくるのが分かり、思わずぎゅっと眼をつむる。しかし王馬が入間の手を取って、自分の脚に触れさせた。
「ほら。もっと触りたいんでしょ。好きにしていいんだよ?」
「う、うん」
入間は王馬の太ももを撫で、何度も頬や首筋にキスをする。王馬はくすぐったさからか、それとも快感からなのか時折小さく声を漏らした。触り続けるうちに入間の欲は増大し、王馬に更なる命令を下す。
「スカート、もっと上げろよ」
「……本当、エッチだね」
王馬がスカートをたくし上げると、愛用の派手な下着が眼に入った。わずかに濡れ、王馬の勃ち上がったものが下着を押し上げているのを見て入間は舌なめずりをする。
「王馬」
「な、何?」
「どうしてほしい?」
「は?」
「ご主人様にちゃんと教えて」
「ずるいなぁ」
「なんでも言うこと聞くんだろ?」
「……触って」
「主人にそんな言い方していいと思ってんのか?」
「さっきは嫌がったくせに。……触ってください」
入間は意趣返しのようにいい子だね、と笑って下着越しにその硬くなったものに触れる。王馬はその身を震わせて、声を上げた。優しく撫でながら入間は王馬に告げる。
「もう一つ」
王馬が入間の顔を見た。
「……アタシのことも気持ちよくして」
「仰せのままに。ご主人様」
多分、きっと、十中八九、お似合いなんだろう。こんな馬鹿みたいなことに興じられるアタシたちは。入間はそう思いながら再び王馬とキスをした。

**
激しい行為の果てに疲弊した体をベッドに横たえて、二人は天井を見ていた。時刻は既に十一時を回ろうとしていた。入間は気だるい体をどうにか動かし、簡易式の冷蔵庫から水を取り出しながら。ふと思い浮かんだ疑問を王馬にぶつける。
「なぁ。なんで、今日が終わるまでだったんだ」
「え?」
「メイドごっこ」
「……知りたい?」
「そら、まぁ」
王馬は体を起こして脱ぎ捨てたメイド服を見る。
「明日オレの誕生日なんだ」
「は?!早く言えよ!!何にも用意してねーぞ!!」
慌てふためく入間に王馬は笑いかける。しかしそれは純粋な笑みではなく、何か企みを含んだものだった。入間は心がざわめくのを感じ取り、気のせいだと言い聞かせるように水を飲む。
「ありがとう。まぁ、教えてないから当然だよね。でも恋人からのプレゼントは欲しいわけ。だからオレは、入間ちゃんの時間をもらうことにしたんだ」
「時間?おい待て、勝手に決めんな」
「時間をもらうってことは、その間はオレが入間ちゃんを好きにできるってことでしょ。だからー。いろんなお願い聞いてもらおうと思って」
「いや、だから…!!」
「でね!今日恩を売っておけば、優しい優しい入間ちゃんのことだから倍返しくらいにしてくれるかなーって思ったんだよねー」
王馬の笑みが徐々に濃くなる。その顔は最早、悪魔にしか見えなかった。
「ば、倍返しって。だってお前が勝手にやったことじゃねーか」
「うん。でも、タダでやってあげるとは言ってないよね?あれ?勘違いしちゃったのかな?オレが見返りもなしに人に尽くすわけないじゃん」
入間は自分の顔が引きつっていくのが分かった。予感は的中した。王馬が、何の思惑もなしに入間の言うことを聞くなどという提案をするわけがなかったのだ。
「ああ、そうだった」
こいつは、自分の本来の目的を叶えるためならばどんなことだってする奴なのだ。入間は心の中でそう思い、力なく笑う。王馬はそれを見てこう言った。
「明日は頑張ってね。オレの可愛いご主人様」
その奇妙な主従関係が逆転するまで、あと一時間。