嘘つきは恋愛の始まり
ツイッターの王入版深夜の60分一本勝負 
お題「ひなたぼっこ」に向けて
紅鮭団最終日 入間の気持ちを確かめたい王馬と、それに答える入間の話

十日間。時間にすれば二四〇時間。海外旅行をする人間にとってはもの足りないかもしれない。受験生にとっては貴重な日数。社会人なら十日間の出張はそれなりにストレスだろうね!!
さて、ここで質問 十日間で恋愛をしろって言われたら? 
――無謀だね。無謀すぎる。漫画じゃあるまいし、恋が成立するわけがないよ。

恋愛観察バラエティ 紅鮭団の初日にモノクマにそんな質問をされ、王馬はそう答えた。王馬にとって恋愛は時間をかけ、相手を知り、いいところも悪いところも見た上でそれでも付き合っていけるか考えるものだった。つまり、突発的な衝動で行うものではない。理性的に考えた上で互いの人生を擦り合わせるようにして恋を成就させるのがベストというのが彼の持論だ。それ故に、たった十日で恋に落ちるなどあり得ないと思っていた。しかし現実は存外に美しく、劇的だ。

デートチケットを渡し、行先を告げると入間は目を丸くした。しかし仕方ねーなと言いつつも、王馬が差し出した手を取ったことから別段嫌がっているわけでもないらしい。二人が辿り着いた場所はやわらかな陽の当たる中庭だった。
「こんなところに連れてきて何しようってんだ。外に連れてくるなんて珍しいじゃねーか。……そうか、オメーは外でのプレイに興奮する性質なんだな?」
「はぁ?何言ってんの。相変わらず発想が下品だよねー」
王馬はベンチに座り、怪訝な顔をする入間を隣に座るように促した。
「ひなたぼっこしようよ」
入間は再びきょとんとした顔をして、おずおずと王馬の隣に腰かける。彼女がそんな表情を見せるのも無理はない。これまでのとデート言えばAVルームでの映画鑑賞や、図書館での読書、入間の研究室での発明談義など室内に限ったものばかりだったからだ。王馬はそんな彼女に微笑みかけた。
「外でデートしたことなかったでしょ?最後くらいいいかなーって」
今日は最終日である十日目に当たる。王馬は彼女の気持ちを確かめるつもりでここに呼び出したのだった。

入間美兎は、端的に言えば頭のおかしい人間だった。その見た目の美しさに反し、喋り方は粗暴でなおかつ品がない。発明家としての手腕は素晴らしいもののその発想はいささか性的な方面に偏っている。これで性格が良ければまだ可愛らしいものの、実際は最悪以外の何物でもない。この女だけは絶対にないな、というのが第一印象だった。
恋人を作らなければ脱出ができないという悪条件の下、王馬は一時的な恋人関係を結ぼうと考えていた。 つまり偽装恋愛だ。初日に全員と話し、利害が一致しそうな人間に狙いを定め、モノクマにバレないように話をつける。そこからは十日間てきとうに、恋人らしいことを過ごせばいいだけだ。それが自分にとって最善策だと頭では理解していた。しかし、ゲームはハードモードという心情を掲げる王馬にとってその選択は、つまらないことこの上ないのだった。あの一癖も二癖もありそうな十四人と一体の中から誰かの心を奪うことができたら、きっと素晴らしい快感を得ることができるはずだ。失敗すれば一生ここで過ごすという条件も、人生を賭けたギャンブルのようで王馬の闘志を疼かせた。
ならば難易度が高そうなヤツを選ぼうと気づいた時には思考が切り替わっていた。男女関係なく、いかにも自分になびかなそうな生徒を。そうはいっても、茶柱のような男を極端に嫌う者や、百田のように生理的に気に入らない者は除外される。しばらく考えて王馬は至った。
入間がいい。超高校級が集まっているにもかかわらず、自分以外凡人だと言いたげなあの彼女を篭絡するのはきっと骨が折れるだろう。自分好みのハードモードだ。あの女が自分に従順になるところを見るのもきっとつまらなくない。そう決めた王馬は、入間を落とす計画を立て始めたのだった。
しかし、結果として心を奪われたのは王馬の方だった。彼女の思考が王馬の予想を遥かに超える破天荒なものだったこと、エキセントリックな発明品の数々、王馬の罵倒に対する大袈裟なまでの反応。どれをとっても、王馬が今までに会ってきた人間とは違っていた。つまらなくない、と感じるまでに時間はかからなかっただろう。何よりもデートを重ねる度に彼女が心を開き、その女王様然とした態度が軟化していく様子は王馬の恋心をひどく刺激した。だから、気づいた時には好きになってしまっていた。

「分かったぜ。テメー、ひなたぼっこなんかさせてオレ様をテメー好みに染め上げるつもりだな?!どうせ黒ギャルフェチなんだろ?!初めて見た時から分かってたけどな!!」
「あーあ、分かってたけど台無しだな。まぁ別に、慣れたけどね」
「な、なんだよ。いつもみてーに言い返してこねーのか?……マジで黒ギャルが好きなのか?夜長ぐらい焼けてる方がいいのか?!」
焦った口調で王馬の服を掴んでぐらぐらと揺らす。王馬はそれを特に拒絶もせずに、鮮やかな緑の芝生を見た。
「いやー。なんか、十日間って短かったなと思って」
「……そうだな」
入間は寂し気な口調でそう返し、手を放す。膝の上で硬く拳を握る彼女も、自分と同様に寂しさを感じているのかと王馬は目を細めた。もう最後なのだから、少しくらい甘えても構わないだろうと入間に寄りかかる。一瞬、びくりと入間の体が震えたがこわごわと王馬の肩を抱いた。
「オレさー、ずっとここにいてもいいかなとも思うんだよね」
「は?」
入間の冷たい声があたたかい空気を切り裂く。それは決して嘘ではなかった。ここに閉じ込められてしまえば、入間とずっと一緒にいられる。永久に。
「悪の総統だし、閉じこもってた方が世界のためになったりして……。勿論入間ちゃんも一緒ね。入間ちゃんの技術が悪用されたりして世界が破滅しちゃったら困るでしょ?」  
「何言ってんだよ。まずオレ様の技術がそんな簡単に盗まれてたまるかっつーの」
入間は、王馬を自分の方に向かせて両肩を掴んだ。その細い腕のどこにそんな力があるのだろうか、思いの外力強く肩を掴まれて王馬は顔を歪める。
「こんなところにいつまでもいるわけねーだろ」
「……そっか。そうだよね」
「世界中の童貞共がオレ様を待ってるからな!!発明品も色々試してーしよ。……それに」
入間は一呼吸置き、王馬の目をしっかりと見つめた。王馬はその顔を綺麗だと思う。こんなに美しいのに、その中身は実に愚かしく、汚らしく、人として大いに間違っている。それでもそこが愛おしいのだと王馬は苦笑した。
「それにな。テメーと一緒に外に出て、もっといろんな場所に行きて―んだよ」
「え?」
「だ、だからぁ!!ここから出ても一緒にいるんだろ?そういうつもりでオレ様のことデートに誘ってきたんだろうが。……それとも、全部嘘だったのかよ」
頬を染めて、必死に言葉を紡ぐ彼女の姿はずっと王馬が求めていたものだった。いつの間にか好きになった。心を奪われてしまった。初めのようなゲーム感覚は一切消え失せてしまった。ただただ、純粋に、どうか彼女も自分を好きでありますようにと願い続けた。
彼女の反応から、きっと好きでいてくれると確信していたはずなのに、実際にこんな風に迫られると口を次いで出るのは疑問符だった。
「本当にオレでいいの?」
「テメーじゃなきゃダメなんだよ。……王馬は、どうなんだよ」
「うん。オレも入間ちゃんじゃなきゃダメだ。これは、嘘じゃないよ」
「あたりめーだ!!そんな嘘つかれてたまるか!!……じゃあ、ちゃんと告白しろよ」
その言葉に、王馬は頷いた。
「好き。好きだよ。オレと付き合ってください」
「おう。オレ様の彼氏になるってことは、世界中のオレ様のファンを敵に回すってことだからな!!覚悟しろよ!!」
「にしし。オレは悪の総統だよ?そんなの全然怖くないよ」
王馬は入間の頬に手を伸ばす。いい?と聞くと入間は頷いて目を閉じた。もう一度、好きだよと囁いて唇を重ねる。その瞬間に、王馬は思った。
ああ。現実は美しく、劇的だ。

モノクマはカメラ越しにそんな二人を見ながら最初の日のことを思い出す。
――さて、ここで質問 十日間で恋愛をしろって言われたら?
――無謀だね。無謀すぎる。漫画じゃあるまいし、恋が成立するわけがないよ
「うぷぷ。王馬クンって本当に嘘つきなんだね。十日かけてそれを体現してくれるなんてさすがだよ!!」
楽し気な笑い声が響いたことを王馬は知らない。