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ツイッターの王入版深夜の60分一本勝負
「けもみみ」「ドキドキさせないで」に向けて
入間ちゃんが猫耳カチューシャをつける話

王馬に差し出されたものを見て、入間は顔をしかめた。その手には猫の耳のついたカチューシャが握られている。
「なんだよこれ」
「見てわかんないの?猫耳だよ。ねーこーみーみー。入間ちゃんの目って節穴なの?そんな馬鹿みたいなつけまつげ付けるくらいなら眼鏡でもかけた方がいいんじゃない?」
「テメーはいちいち馬鹿にしてきやがって。それをどうしろって聞いてんだよこのチンカス!!」
入間が口汚く罵るのを聞くともなしに、王馬はカチューシャを弄ぶように指先で触りながら答えた。
「オレねー。猫が欲しいんだよね」
「猫だぁ?」
「そう。猫、かわいいでしょ?でも世話するの大変だって聞くし、オレも家空ける事多いから飼えないなーって思って。というわけで入間ちゃんに猫になってもらうことにしたんだ」
「……いやだ」
理解不能。突拍子もない発言をするのには慣れたものだが、これはもう理解不能としか言いようがない。むしろ理解したくない。入間は詳しい説明を求めようともせず、その場から逃げ出そうと後ずさると、踵が硬い壁に当たりさっと青ざめた。ここは人気のない廊下で、まるで逃がさないと言わんばかりに王馬がにじり寄ってくる。
「これは白銀ちゃんが貸してくれたんだよ。これさえつければ私服でもコスプレに変わる最強の記号って言ってたけど……試させてよ」
「ば、馬鹿やろー!!テメーの変態プレイに付き合ってられるか!!」
入間は手に持っていた鞄で王馬を殴りつけ、脱兎のごとく逃げ出した。くぐもった呻き声が聞こえたかと思うと、即座に追いかけてくる足音が続いた。王馬のスリッポンが擦れる音が徐々に近づいてきて入間は必死に逃げる。そんなわけのわからないことに巻き込まれてたまるか、という一心で髪が乱れるのも構わずに走った。後ろから追ってくる王馬は、最初は待ってよとかいいじゃん別になんていう簡単な言葉を口にしていたのだが段々と近づいてくるにつれて、本音をこぼし始めた。
「オレのペットになって一生オレに仕えてよ!!悪いようにはしないよ?たとえば椅子とか足置きとかになってもらうくらいの簡単なお仕事だから!!初心者でも大歓迎!!アットホームな職場ですってね!!」
「それただの家具じゃねーか!!……あっ!!」
普段運動をし慣れない入間の脚はもつれ、体勢を崩してそのまま廊下に倒れ込んだ。荒い呼吸を整える暇もなく、立ち上がってまた走り出そうとした瞬間後ろから制服を掴まれ、ゆっくりと振り返れば王馬が満足げな笑みを浮かべていた。
「捕まえた」
飼い主が逃げ出したペットを捕まえた時のような、そんな軽やかな声だった。

**
「へー。結構可愛いね」
「まぁオレ様に似合わねーもんはねーからな」
王馬の自室に連れ込まれた入間は、猫耳カチューシャをつけられて王馬と共にベッドの上に座っていた。王馬は値踏みするように入間を眺め、手を差し出す。
「……お手」
「それ犬だろ!!」
「猫もするんじゃないの?知らないけど。早くー」
逆らったら酷い目にあわされるのだろうと入間は推測し、おずおずと手を乗せた。猫の様に軽く手を握り、触れた王馬の手は思いのほかごつごつとしていて、彼が男性であることを入間の心に刻み込む。王馬は一人、愉快そうに笑って空いている手で入間の後頭部から首筋を撫でた。それこそ大切な猫を撫でるような、繊細で優しい手つきに入間は目を伏せる。何度も往復するあたたかくて大きな手の感触に、入間はゆっくりと息を吐きだした。
「いいこだね」
「……ば、馬鹿にしてんのかよ。もういいだろ。つーかマジで変態かよ。猫ってそういう意味なんだろ?!このまま夜の猫にもなってよってオレ様を押し倒すつもりなんだろうが!!まだ昼間だぞ!!」
「支離滅裂だよ。ほら、おいで」
両手を広げて入間を誘う。よくテレビやネット上の動画で見る猫のように、ここに来いということなのだろうが入間は途端に気恥ずかしくなり首を振った。それはまるで恋人にするような、甘い行為としか思えなかったから。
「入間ちゃんは今オレの猫なんだよ?……ね、撫でてあげるからおいで」
普段のような激しい口調ではなく、実に穏やかな物言いに入間の心はあっさりと開かれてしまう。そのまま王馬の胸元に擦り寄った。背中を撫でられ、心臓が急速に速まるのを感じる。そのまま王馬の膝に頭を乗せて甘えるように頬擦りして、微笑んでみせれば、王馬は入間の喉元を優しく撫で上げた。優しい指使いで、撫でられて、入間は心地よさそうに目を閉じる。あれだけ嫌だったはずなのに、一度受け入れてしまえばこんなにも気持ちいい。それが王馬相手だからなのか、単純に自分に被虐欲求があるのか入間には分からなかった。
「……鳴いてみて」
「……にゃーん」
王馬に小声で促され、入間は応えてみせる。ふと王馬の顔を見上げれば、困惑しているような、バツが悪いような、複雑な表情を浮かべていた。目のやり場に困っているかのように視線を動かし、何か言おうとして、またやめるというのを何度か繰り返した後に王馬は口を開いた。
「もっと激しく」
「は?」
「もっとに゛ゃあんとかお゛ぉんとか鳴いてみせろよ!!ついでにおねぇさぁん、みーはなでられてうれしいにゃぁんとか言ってみなよ!!一流の猫になりたくないの?!」
「なんなんだよテメー!!」
入間がよく見ている教育番組のマスコットキャラクターの口調を真似する王馬。入間は素早く飛び起きて、王馬を睨み付けた。
「撫でさせろって言ったり、鳴けって言ったり意味わかんねーよ」
「あは。もう飽きちゃった。帰っていいよ」
「はぁー?オレ様の貴重な時間を使わせておいて飽きただと?!じゃあ遠慮なく帰らせてもらうぜ。こういうのは彼女にやってもらうんだな!!テメーみてーな変態性癖のツルショタに彼女なんてできると思えねーけどなぁ!!ひゃっひゃっひゃ!!」
入間はカチューシャを床にたたきつけ、ベッドから降りて部屋を出て行った。王馬はそれを見送って、完全に扉が閉じ切ったところで王馬はゆっくりとため息をついた。床に落ちたカチューシャを拾い上げて耳の部分を触る。
「なんで、ああいうこと簡単にしちゃうかなぁ」
もっと抵抗して、人を呼ぶとか、どうにかしたってよかったのに。猫になれなんて無理な要求を呑んでしまう彼女が愛しかった。瞳を閉じれば、脳裏に浮かぶのは彼女の白い喉元。柔らかい髪。シャンプーの香り。背骨の感触。おいで、と呼んだ時のしなやかな身のこなし。鳴いてみせた時の煽情的な表情。
「……これ以上、ドキドキさせないでよ。入間ちゃん」
誰に言うともなく呟いて、王馬は悔しそうに笑った。