28


シルヴァラントとテセアラ、ふたつの世界が統合されたのだと知ったのは、あの凄まじい光が世界を覆ってから少し後のことだった。

マーテル教会を通じて世界各国にその事実は通達された。ふたつの世界が統合されたことによって、本来あるべき姿に戻ったらしい。最初ゼロスたちは世界を分断すると言っていたのに、気づけば世界を統合していたのだからこちらとしてはびっくりだ。

そして先日、元シルヴァラント領だったイセリアにしいなが和平の使者として向かったと風の噂で耳にした。世界の統合を知ってから、1ヶ月も過ぎた頃だった。


ゼロスはまだ、私の元に帰って来ていない。


救いの塔が消えて、マナの神子が必要ではなくなった世界にはなったけれど、マーテル教会が存続している間は神子の権限は継続しているらしいので、世界を救った後も休むことなく多忙にしているのだろうというのは何となく理解できた。

そんなこともすべて承知の上だけれど、忘れられているような気がして不安になる。フラノールにずっと置き去りのままの私が、すごく惨めに思えた。

忙しないのは分かるけれど、手紙のひとつも寄越さないなんてあんまりだ。世界を救う危険な旅はもう終わりを迎えているのだからその身の危険を案じる必要はないけれど、だからこそ欲張って願ってしまう。はやくここへ帰って来て欲しい。そしてただいまと言って笑って欲しい。おかえりと言って抱きしめたい。大好きなあの温もりに、はやく包み込まれたい。

願いがどんどん膨れ上がるたび、呼応するように私の中の寂しさが顔を出す。すると我慢強かったはずの私の心はあっさり負けを認めてしまって、強くなんていられない。あの頃、ゼロスが私だけを見てくれなかった日々の中なら、5年も堪えられた私の我慢は、一体どこへ消えてしまったのだろう。

ゼロスの愛情と私だけに向けられる温もりを知ってしまってから、強くなった部分もきっとたくさんあるはずなのに、目に留まるのはいつだって私の中の弱さばかりだ。その弱さが増えてしまうと、どんどん自分という存在の価値を見失ってしまう。惨めな気持ちになった。


紅い髪の彼は、一体どこで何をしているのだろう。
私のことなんてもう忘れて、他の誰かと歩んでいるのだろうか。


考えたくもないのに、そんなことばかり考えてしまって嫌になる。卑屈な心は次第に黒く染まってしまって、いずれ悲しみに捕らわれることを私は知っている。だから前向きに、心を強く保っていようと思うのに、なかなかどうして私の強さは無力なものだ。

マイナスの気持ちが降り積もる。今日は天気もよくてこんなに綺麗な青空なのに、打って変わって私の心模様は曇天だ。

「…ばかゼロス」

窓の枠にもたれかかりながら呟いた。相変わらず雪は積もっているけれど、今日は雪の降らない綺麗な空だ。なんだか何もする元気がわかないので、冷たい空気を浴びながら今日はこのまま空模様でも眺めていようかと思った、そのときだった。

コンコンと、扉がノックされて、私は弾かれたように振り返る。さっきまで感情は死んでしまったみたいに悲しみに凪いでいたのに、それが突然動き出す。心臓はどきどきと痛い。


「…ゼロス?」


期待を込めてそう呟けば、遠慮がちに扉が開けられて、ひょっこり顔を覗かせたのはロイドくんと金髪の髪の神子さま――いや、もう神子ではなくなった、コレットちゃんがいた。久々に見るふたりの顔に驚いたのもそうだけれど、期待が大きすぎてつい落胆してしまう。

「お久しぶりですケイさん」
「悪かったな、ゼロスじゃなくて…」

ロイドくんがばつが悪そうにそう言って頭をかいた。会いに来てくれたのは喜ばしいことなのに、失礼な態度で迎えてしまったことに申し訳なくなってしまう。

「ううん、こちらこそごめんなさい。お久しぶりです」
「なかなか会いに来れなくてすみません」

コレットちゃんが歩み寄って来て、その後ろにロイドくんが続く。ベッドサイドの椅子に座るよう促せば、ふたりは仲良く並んでそこに腰を下ろした。可愛い笑顔でコレットちゃんが言う。

「調子はいかがですか?」
「相変わらずです、リハビリは続けているんですけど、足の具合もよくならなくて…やっぱりもう歩けないのかも」
「そうだなんですか…」
「神子さま…コレットちゃんたちは、今何を?」
「私たちはエクスフィアを回収する旅を始めたんです。それで今フラノールに立ち寄ったところだったので、会いに来ちゃいました」
「わざわざありがとうございます。最近、あまり外出もしていなくて、ほとんど人とお話もしてなかったから嬉しいです」

他愛もない会話をしていると、ロイドくんがぱっと顔を明るくした。

「だったら折角だし、外に出ようぜ!今日は雪も降ってないし、車椅子なら俺たちが押すから」
「うんうん!ケイさん、行きませんか?」
「でも、お二人は旅の途中で…」
「別に急ぎの旅じゃないし、折角だからフラノールもゆっくり回りたいしな!それにずっと引きこもってたら、どんどん気分も塞がっちまうぜ」

ロイドくんはそう言うと、少し強引に私を車椅子に乗せた。コレットちゃんは、勝手にしちゃだめだよ、と口ではいうものの、私に防寒具を手渡してくるので外に出るつもりは満々らしい。

やれやれ、と思って思わず苦笑が零れたけれど、確かに引きこもっていたら気分は塞がる一方だ。それに折角ふたりで会いに来てくれたんだから、散歩でもしながらゼロスの話でも聞けたらいいなと思い、なされるがままふたりに連れ出されて外に出た。



外は相変わらず寒かったが、雪も降らず天気がいい日だったので比較的ぽかぽかとしていた。日差しが気持ちいい。外に連れ出してもらって正解だったな、と思う。

「そういえば、しいなが和平の使者になったと聞きました」
「はい。ゼロスが和平の使者を送るよう王様に進言してくれたおかげで、今のところはなんとか上手くいってるみたいです」
「…ゼロスは、元気にしてますか?」
「なんか教皇が失踪しちまった件もあるから、その分教会のこともこなさなきゃで、毎日忙しそうにしてるよ」
「そう、ですか」

確かに随分前に国王に毒を盛っていたことがバレて、教皇は逃げるように姿を消したと聞いていた。世界が統合したばかりで問題も山積みの中、その教皇の分の仕事までこなしているとなると、きっと余裕なんてないのだろう。しばらく会えないことを察して、私は小さく息を吐いた。忙しいのなら、ワガママは言っていられない。

そんな暗い空気を察したのか、ロイドくんは慌てたように提案をする。

「あ、そ、そうだ!あそこ、あそこ行きたい!」
「あそこ?」
「ほら、フラノールの町が一望できるところ!」
「いいね!私も行きたいな!いいですか、ケイさん?」
「もちろん、天気がいいので、きっと綺麗な景色が見れますよ」

年下の子たちにすっかり気をつかわせてしまったらしい。暗い思考は振り払って少し息を吐く。少し急くようにフラノールの町が一望出来る広場へ向かうふたりに向かって、滑らないよう注意しながら、私はその場所へ連れられた。


そして、目の前に広がる光景に絶句する。


広場には、しいなを初めとして、ゼロスが共に辛い旅を乗り越えた仲間たちがいた。その彼らに囲われるようにして、たくさんの真っ赤なバラを両手に抱えた、愛しい人がいる。

髪をきちっとまとめて、きっちり礼装をしたゼロスの視線が私を捉えると、ゼロスはふっと、白い息を吐きながら優しく笑った。

 

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