今日も空は、あの日と同じように、高く、広い。

「ケイ〜」

軽いノックの音が聞こえ、仕事を終えたゼロスが部屋に入った来た。私はベッドに横たわったままそっと頭だけをゼロスに向けた。

「…お疲れ様」
「うへぇ〜もうご公務なんてこりごりだぜぇ〜」
「相変わらず忙しいのね」
「とりあえず山は片付けたけど、俺さまもー無理、明日は休む、決めた」
「ふふっ、ホントつくづくダメ人間」

ベッドに腰かけ、だれるゼロスの髪から柔らかな匂いがする。いつもなら髪を梳いてやるのに、今日はもう、梳けない。ゼロスが少しだけ眉をひそめた。私はそれを見てみぬフリ。

とりあえず起き上がろうと試みたけれど、やっぱり自力では起きられないらしい。…ああ、なんだ、そういうことか、と納得する。

―――タイムリミットだ。

そんな私の背中を、ゼロスは何も言わずにそっと支えて起き上がらせた。そのまま彼に優しく抱きしめられる。

「…元気ねぇな、ケイ」
「んー、そうね、そうかも」
「体、ダメか」
「うん、もう、ダメ、だね」
「…そう、か」

余命は持ってあと5年という宣告を受けたあの日から数えて、今日はちょうど7年目。夫ゼロスとの間に子どもを授かり、子を産むことは不可能と医者から言われていた中で、なんとか難産を乗り越え、娘を出産した。娘は今年で3歳になる。

子どもを産めば体がそれに耐え切れず、私は死ぬとまで言われていた。それでも産むと決めたとき、ゼロスはそれに応え、支えてくれた。彼の支えがあってこそ、私はここに生きていて、さらには子どもを授かる事も出来たのだ。

とは言っても、出産を終えてから体の悪化するスピードは早まり、すぐに寝たきりになった。歩く事も出来ない、食事もまともにとれない、母乳も出なかった為幼い娘にはやれなかった。

不甲斐なくて悔しくて悲しくて、ここで寝転がることしか出来ない私。そんな私をゼロスはただただ愛してくれる、必要としてくれる。そんな私を娘はママと呼んでくれる、抱きしめてくれる。愛しくて優しい、だからここが私の居場所で、ここが私の生きる場所、生きた場所。

「…なあケイ」
「なあに?」
「愛してる」
「…急にどうしたの」
「へへ〜」

へらへらと笑いながら私を見つめて、そして優しく唇にキスを落とす。短いキスを、長い時間をかけて、何度も何度もくりかえす。

―――ゼロスはきっと分かっているんだ。

彼は私以上に私のことを理解している。私はもう体の微々たる変化や悪化にも気付けないほど、神経が弱ってしまっていた。そんな私の体のことを、医者より娘より、誰よりゼロスが理解している。

そして誰よりも理解しているからこそ、誰よりも辛いのを、私は理解している。ごめんねゼロス、ごめんね。

「…皮肉なものね、運命って」

彼のキスが少し納まったころ、私はそっと口をつむいだ。

「……なにが?」
「わかってるくせに」

意地悪な人、私がそう言えばゼロスは困ったように微笑んで、額に優しくキスをした。

「…悲しい未来なんて誰も望んじゃいねぇのにな」
「私ダメな母親ね、あの子に何もしてあげれてないのに」
「そんなことねぇよ、アイツはちゃんとケイを愛してる。…この先もずっと」
「…そうだといいな」
「そうに決まってるだろ」

優しく微笑む彼の声はいつになく優しかった。
―――そしていつになく悲しかった。

「…ねぇ、ゼロス?」
「ん?」
「私ね、凄く幸せなの」
「そうか」
「生きてて、良かったなあって、思うの」
「まあ俺さまがいたからな」
「そうね、そうだね」

笑う私の髪をゼロスは優しく梳いた。温かくて大きな彼の手が、私は大好きだ。

「愛してるよゼロス」
「俺も」
「ずっとね、ずっと、愛してる」
「…俺も」
「ずっと待ってる」
「…あぁ」
「だからね、泣かないで…」

そんな顔、しないで。

必死に彼の頬に触れようと腕を伸ばしたいのに、動かないこの腕が憎い。ゼロスはそれに気付くと、私の手を自分の頬へと触れさせる。本当に彼は私のことをよく分かってるなあと、少しだけ感じる優越感。

「ずっとゼロスを愛してるからね」
「…俺もケイを愛してる、ずっと」
「ゼロス、」
「ん?」
「私、あなたのお蔭で、本当に幸せだった」

そう言って、私は笑った。きっととても幸せそうに。

「…光栄です、俺のお姫さま」
「ふふふ…。ありがとう、ゼロス…」
「…なぁケイ」
「なに?」
「…さよならは言うなよ」
「…ん…」

ああ、だんだん意識が薄れていく。

「…あのね」
「うん?」
「そらがね、あの日みたいに、きれいなの」
「…あの日?」
「ゼロスが、けっこんしようって、いってくれた日」
「あぁ…そうだな、あの日も綺麗だったな」
「ねぇゼロス、なまえ、呼んで」

私の名前を、いつものように。

「…ケイ」
「それでね、わらって」

そう言えばあの日と同じように、涙を流して笑うゼロスがいた。やっぱりそれは、世界で一番美しいものに見えた。そしたら彼はその美しい笑顔で私の名前をそっと、歌うように囁いた。嬉しくて、涙が一筋、私の頬を流れる。

「…ありがとう」
「…よく頑張った、ゆっくり休め」
「ん…おやすみ、ゼロス」
「…おやすみケイ」

またねって。



そして優しいキスをして
(私の世界は静かに終わりを告げた)
(これは私の望んだ、ハッピーエンド)




本当に愛する人に送り出してもらえる最期であれば、それってすごく幸せなことだと思うし、幸せな最期だと思う。

2010.02.04

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