私はあの旅で、強く生きて、生きて、生きぬいた。それは本当にたった一瞬だった気がする。でも確かに、多くのものを愛しながら、多くのこと知った。傷付けて、傷付けられて、見苦しいほど必死にもがいて、だけどきらきらと眩しく、美しく輝いた、私の人生の大切な1ページ。

「ケイちゃーん」
「あ、ゼロス」

グランテセアラブリッジの近くの草むらに寝転がっている私をゼロスが呼ぶ。お屋敷にいなかったから、心配して見に来てくれたんだろう。旅が終わっても帰る場所のなかった私を、ゼロスは屋敷に置いてくれていた。

「何してるんだ?こんなところで」
「空を見てたの」
「空?」
「あの青い空に抱かれて飛ぶ鳥たちは幸せだろうなあって」

ゼロスに対して言うでもなく、私はそっとそう言葉にする。ふーん、と適当に返事を返してゼロスは寝転がる私の隣に腰掛けた。

「ねーゼロス?」
「ん?」
「気持ちいいねえ」
「そうだなあ」
「ちょっと前までは気持ち悪い空の色だったのにね。私たちほんとに世界統合しちゃったんだ」
「そうだな。なんかもうずっと前の事のように感じるな〜」
「ね、不思議だね。今まで命かけてたのが嘘みたい」

笑ってそう言う私を、ゼロスがじいっと、穴が開きそうなほど見つめる。なんだか少しむずむずしてしまうから、少しよそよそしく口を開いた。

「…どうしたの?」
「どうだ、体」

珍しく真面目な口調。私は思わず目を少し見開いて、そして笑ってみせた。きっと下手くそなんだろうなあ、と自分の笑顔にケチをつける。

「ま、悪くはないよ。かと言ってよくもないけどね」
「そうか」
「こないだフラノールまで診てもらいに行ったらね、やっぱもう長くはないって」
「…あとどのくらいだって?」
「奇跡的によくもってあと5年。悪ければ1年もつかもたないか」

私がそう言うと、ゼロスはそうか、と言って空を見上げた。しばらくお互い無言だった。ゆるゆるとゆるやかに流れていく時間。私の命の時間は酷く残酷に、でも酷く優しい時を刻んでいく。

正直なところ、本当はいつ死んでも構わなかった。あの最後の決戦の日、ミトスを倒しエターナルソードで世界を統合した私たちは、その後自分達の道を決めて、今それぞれの目的を完遂するために進んでいる。エクスフィアを回収する者、狭間の者への差別をなくそうとする者、世界復興に力を尽くす者。そして冒険という生き甲斐をなくしてひとりこの平和に身を委ねて何もしないでのうのうと生きている私―――。

みんなみたいに未来への目的があって旅に参加してたわけではなくて、生きられる時間が決まってしまっている自分に後悔したくなくて旅をしていただけ。そんな身勝手な私なんかを、みんなは大切な仲間だと言ってくれた。それがすごく嬉しかった、だけどすごく申し訳なくもあった。だって私はただ自分の欲望を満たしたいがために、みんなについて行っていただけなのに。

「そういえば」

ゼロスが思い出したかのように口を開く。

「ロイドくんたち、みんなそろって屋敷に来てたぜ」

今でも時々、みんなは何かに導かれるかのように同じタイミングでゼロスの屋敷を訪れる。それがなぜか凄く自然なことのように思えるから不思議なものだ。それぞれが忙しい中でこうして同じ日に屋敷に集まって騒いで、次の日にはまたそれぞれのこと成し遂げるために動き出す。絆があるから、だなんてことを恥ずかしげもなくロイドは胸を張って言っていた。もちろんその後みんなに散々冷やかされていたけれど。

「あらら、それで呼びに来てたんだ」
「そうそう。すっかり忘れてたぜ〜」

なーんだ、心配して探しにきてくれたわけじゃないんだ、と心のどこかで落胆する。

私はゼロスが好きだ。だからといって告白する気なんて更々ないけれど。だって今の関係に不満があるわけじゃないし、このままでいいと思ってるから。ゼロスの屋敷に住まわせてもらってるから毎日会えるわけだし、お蔭で誰も知らないゼロスのいいところも悪いところもたくさん見られる。どうせこんな体だし、長くは一緒にいられない。それに私なんかに告白されたところで彼を困らせてしまうだけなのは目に見えている。

届かない恋に高望みなんてしない。自由に生きる彼が好きなんだから、それを束縛したいとも思わない。今一緒にいられる、それだけでも私は十分すぎるほどに幸せだから。

「じゃあ早く戻らなきゃね」

立ち上がるゼロスにならって、私も体を起こして立ち上がる。すると一気に視界が真っ暗になった。体から全ての力が抜けていくこの気持ち悪い感じ。音さえもずうっと遠くの方で鳴り響いているようで、違う世界に放り出されたみたいになる。こんなことが起こるようになったのは最近じゃないから慣れっこだけれど、ここ最近は体に異変が起こる回数が特に増えた。それも仕方ないことなんだろうけれど。





「――――……ケイ…ケイ!」
「…あ、ゼロス」

暗闇からゆるやかに開放されたのは、それからほんの少ししてから。ゼロスが横たわる私を支えて何度も私の名前を呼んでいた。迷惑かけちゃったな、と思っていたらゼロスがなんだかおかしいことに気付く。ポタリ、と水滴が私の頬に当たる。私はゆっくりとゼロスの頬に触れた。

「……泣いて、いるの?」

ゼロスは今まで見たことのないような顔で涙を流していた。胸がぎゅっと捕まれたように苦しくなる。

「そんな顔しないで…」
「…ケイが」
「うん?」
「…ケイが倒れたとき、世界の終わりが見えた気がした…」

揺れる声でゼロスは搾り出すようにそう言った。世界を統合して救ったばかりなのに、なんて事を言うのだろうか彼は。

「こわ、かった」

ああ、それもそうか。仲間が目の前で崩れ落ちていくのだから、大層不安にさせてしまったことだろう。それに誰かの前でこんな風に大げさに倒れたのも初めてだった。

「不安にさせちゃって、ごめんね?大丈夫だよ、私まだちゃんと生きてる」
「大丈夫じゃ、ない」
「初めて見たからびっくりしちゃったんだろうけど、よくあることだから」
「…よく、ある?」
「そうだよ、旅をしていたときからずっと。ここ最近は頻度が増したけれど」

そう言って笑う私を、ゼロスは間髪入れずに抱きしめた。体中に広がっていく、ゼロスの温もり。じんわりと心があったかくなっていく。

「…ごめん、な」
「…何が?どうしたの、急に」
「ずっと一緒にいたのに、ケイがこんな状態だったなんて気付きもしなかった…」

情けねぇな、と彼は自分を鼻で笑った。なんだ、そんなことを悔やんでいるのか。別にそんなことを気にしなくてもいいのに。

「気にしなくていいよ。こればっかりはどうしようもないんだから」
「…ケイ…」
「もうね、覚悟は出来てるの。適当に生きて、それからいつ死んでもいいやって」
「…いらねぇよ」
「え?」
「そんな覚悟、いらねぇ」

ゼロスは真っ直ぐに私を見つめてそう言った。私は思わず目をぱちくりさせるばかり。

「そんな寂しい死に方はさせねぇ」
「ゼロス?言ってる意味が…」

分からない、そう続けることは叶わなかった。




「結婚してくれ」




「………………………は?」


たっぷりの沈黙の後、私から発せられたのはとんでもなくマヌケな声だけだった。いきなりのことに頭がまったくついていってくれない。ぐるぐるとゼロスのセリフが私の頭の中で回るばかりだった。

――――結婚してくれ

何を血迷ったことを言っているんだろうこの人は。

「…あの、ゼロス?」
「ん?」
「今自分が何言ったか分かってる?」
「だから、俺と結婚してくれ」

まさかの二度目のプロポーズ。思わずくらりと目眩に似た感覚を覚えた。涙で濡れた吸い込まれそうな青い瞳――この目が私は大好きでたまらない。

「私、もう5年…ううん、もう1年も生きていられないかも知れないんだよ」
「だからだよ」
「どういう意味…」
「俺さまがいないと生きていけないようにする。そうしたら適当に生きるだなんて考えなくなるだろ」
「なにを、」

言ってるのって、そう言いたいのに喉が渇く。気付けばぼろぼろと涙を流していた。胸が苦しくて、でもそれは決して嫌な苦しみじゃなくて、あったかい苦しみ。

そんな私の涙を、ゼロスは少し震える指先でそっと拭った。涙を流しながら優しく微笑む彼は、この世で一番美しいものに思えた。

「泣くなって。俺さまが酷い男に見えるから」
「…だって、」

嬉しいものって素直に言えなくて。だから可愛くない悪態をついてみる。

「ゼロスだって、泣いてる、でしょ」
「ケイが消えるのが怖かったんだ」
「私、ちゃんと、ここにいるよ」

そうだな、と笑いながらゼロスは困ったように微笑んだ。そして私の頬に触れながら優しい言葉を紡いでいく。

「…ケイ、よく聞いててな」
「うん」
「ケイがいつ死んでもいいっていうなら、俺さまはそれで構わないんだよ」
「うん」
「でも適当に生きるなんて許さねぇぜ。旅してた頃のケイは輝いてた。でも今はそれがないから、ずっと悲しかった。どうしてやればいいか分からなくて」
「うん」
「ケイの言葉を聞いて気付いた。ああ生きる意味を見失ったんだって」
「うん」
「だったら俺さまがケイの生きる意味になってやればいい、懸命に生きれるようにすればいい」
「うん」
「照らしてやりたい。ケイの生きる道を」

どうしてこうも彼の言葉はいちいち温もりに溢れているんだろうか。

「…でもね、ゼロス。私、あした、死んじゃうかもしれないんだよ…?」
「じゃあ残された今日っていう時間を死んでも忘れられない一日にしてやる」
「わたし、ゼロスをおいて、さきに逝っちゃうんだよ…?」
「その時はケイが笑って『幸せだった』って言える最期にしてやる。そして俺さまはケイの分まで懸命に生き抜いて、『幸せだった』って言える最期を迎える」

涙が止まらなかった。視界が歪んで、ゼロスの顔もまともに見れやしない。私、今きっと世界で一番ひどい顔で、世界で一番幸せな顔してる。

「私なんかで、いいの?」
「ケイじゃなきゃダメなんだ」
「こうかい、しない?」
「するわけねぇだろーが。絶対幸せになれる」
「ゼロスが?」
「俺も、ケイも」

ゼロスに抱きついて大声で泣くと、ゼロスはぎゅっと強く抱きしめながら、私の頭を何度も何度も優しくなでる。絶対に叶わないはずの私の片想いだと思っていたから、まさかこんな形で実るなんて思いもしなかった。

「…ケイ」

耳元で優しく名前を囁くと、ゼロスはそっと言葉を繋ぐ。

「愛してる」

他の女の子に言うのとは違う、本当に大切な愛してる。ああ、こんなにも幸せでいいんだろうか。なんて、思ってしまうほどに満たされてる心。

「私も、愛してるよ」
「じゃあ返事聞かせてくれよ。…今はまだ指輪なんてないけど、俺さまと結婚してくれますか」

大好きな人に3回もプロポーズされるなんて、なんて贅沢してるんだろうか。

「はい…喜んで」
「…離さねぇから覚悟しとけよ」
「大丈夫、離れたりしないもん…ずっと、傍にいるよ」

お互い涙を流しながら顔を見合わせて笑った。なんだか変なのって、そうだねって。青い空に抱かれながら、私の時間はまた少し進んでいく。あとどのくらい一緒にいられるのかなんて分からないけれど、懸命に生きてやろう。ゼロスと一緒になら、どこへだっていけるような気がするから。

「…帰ったらみんなに知らせないとね」
「ひゃ〜俺さま散々冷やかされそうだなぁ」

立ち上がった私の手をゼロスはしっかりと握った。そして手を繋いで歩いて行こう。二人の人生の1ページを作るために。



(ねぇゼロス)
(なんだ?)
(あのね、こんな言葉じゃ伝えきれないんだけどね、)
(なによ〜?)



幸せをありがとう


(…こちらこそ、ありがとう)

2010.02.04

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