「ふ〜んふふ〜ん♪」

陽気に鼻歌を歌いながら、ケイちゃんは俺さまの膝で寝転んで、花飾りを作っている。

「ケイちゃん、もういい加減戻ろうぜー」

旅の途中、黄色い花が一面に広がる綺麗な場所に出た俺たちは、とりあえずここで野宿することになった。到着したのは昼すぎだったが、荷物の整理だったり、溜まった疲れを癒すための休息だったりと、それぞれ明日動けるように準備が必要だったので、今日は早めに落ち着いてのんびりと過ごすことになったのだ。

ロイドくんとコレットちゃんとがきんちょは荷物が纏まった後、すぐに出かけて行き、リーガルとプレセアちゃんは今夜のご飯の準備。しいなとリフィルさまは疲れを癒すために、ゆっくりとしている。

俺はというと、ケイちゃんに連れ出され、みんなから随分離れた場所まで来ると、膝枕を要求され、そしてこんなことになってしまっているわけだ。

「まだ戻らないよ〜」
「だってもう夕方だぜぇ?」
「いいじゃんいいじゃん」

ケイちゃんはここに着いて俺の膝の上に頭を乗せた瞬間、すぐに深い眠りについて、俺さま放置プレイ。目覚めたかと思うと、いきなり花飾りやらなんやらを作り始めて、一向に俺さまを解放してくれない。

「いやいやケイちゃんは楽しいかもしれないけどな、俺さまもうなんかぐったり…」

ケイちゃんからのお誘いということでわくわくして着いてきたのはいいものの、ここで何時間も膝枕を延々としていただけの俺さまは、別に楽しくもなんともない。むしろ妙な疲れが溜まっていくばかりだ。

「ゼロスの膝って硬いねぇ」

楽しそうに花飾りを作りながらケイちゃんは言った。

…それは何時間もここで膝枕させてるケイちゃんが言っていいセリフじゃないでしょーよ…。

「…じゃあもうそろそろ膝枕しなくてもいいんじゃねーのー?」
「だーめ、もうちょっと」

矛盾だらけの言葉を聞くと、もうそれを正そうという気力すら奪われる。俺は諦めてため息をつくと、ケイちゃんの柔らかな髪を梳いた。

「髪なんて触られたら気持ちよくてまた寝ちゃうよ」
「さすがにそれは勘弁…」
「ふふふ」

ケイちゃんは楽しそうに言うと、突然むくりと起き上がった。

「じゃ、ゼロスの番ね」
「へ?」
「だから、交代」

そういうとケイちゃんは俺を押し倒し、自分の膝に俺の頭を乗っけた。

「いーよ、寝ちゃっても」
「え、あの、いや、」

かーわいいケイちゃんの膝枕なんてもうたまらないわけだが、いろいろわけが分からず混乱する俺さま。

「あ、お腹すいたんなら先にみんなのとこ戻ってご飯食べて、それからまた二人でここに戻る?」
「え、いやまあ、何でも…」
「それならまだここでいいよね、ご飯は夜中に二人でこっそり何か作って食べよう」

にっこりと可愛らしい笑顔で言われれば、それ以上なにも言えるわけもなく、俺はケイちゃんの膝から空を見上げた。夕暮れが迫る、青と赤を混ぜ合わせた空は、とても綺麗だけれど、不気味にすら感じる。

「―――きれいだねぇ」

ケイちゃんの声が俺の頭上から降ってくる。きっとこの空に、ケイちゃんは美しさのみを見出したのだろう。

俺はケイちゃんのように純粋な人間ではない。歪みを持った人間だから、この空を不気味にすら思うのだ。

ケイちゃんは穢れなどない純白な人間だから、俺は時々彼女が遠くに感じる。美しさや愛しさをばかりを写すその瞳が、もしも悲しみに染まったら彼女は壊れてしまうんじゃないかと、よく思う。

「…そうだな」

少しずつ少しずつ、青が霞み赤が力を増す空を見上げて、彼女の意見を肯定する。

「ほんと、きれい」

そう言うと、ケイちゃんは俺の髪を優しく梳いた。ふと目を合わせると、ケイちゃんはその澄んだ瞳でまっすぐ俺を見つめて、微笑んでいた。

「…ケイちゃん?」
「ゼロスってほんとに、きれいだよね」
「…は?」

思わず聞き返してしまった俺を見て、ケイちゃんはその顔いっぱいに幸せの色を散りばめるように、笑った。

「うきうきしたゼロスも、暇そうなゼロスも、欠伸してるゼロスも、眠そうなゼロスも、真っ直ぐ空を見つめるゼロスも、ぜんぶ、きれい」

微塵も俺を疑わないその瞳は、嘘偽りなく俺を綺麗だと言う。内心で黒いものが渦巻いて、影を帯びて、いつだって人を疑うことしか出来ない俺を、きれいだと言う。

「そりゃそうでしょ〜が。この麗しきゼロスさまが綺麗なのは当然、ってな〜」

おどけて笑ってみせると、ケイちゃんの顔から笑顔が消えた。

「でも今、嘘の顔してるゼロスは、全然きれいじゃない」

空を赤が覆い始め、青はその色を手放そうとしている。ケイちゃんの表情も赤みを帯びて、まるで返り血を浴びているかのように見えた。

それすら、美しいと思った。

「ゼロスのね、ふとしたときの本当の顔が好きなの」

ケイちゃんは俺の頬に触れる。草と土と花の香りがする彼女の手は、少しひんやりとしていて心地よかった。

「すごくきれいなのに、いつもどこか寂しそうで消えちゃいそうな、不安定なゼロスの本当の顔が、だいすき」

ケイちゃんは柔らかく笑うと、少しだけ俺の頬を撫でた。まるでここにいるのを確かめるかのように、撫でた。

「消えないでね」
「え?」
「嘘のゼロスが本当のゼロスを飲み込んだら、本当のゼロスは消えちゃうでしょ?」
「…」
「だから、消えたりしないでね、ちゃんと、ここにいてね」

それはまるで、俺の全てを肯定するかのような、温かくて、重たい言葉。
返事が出来ないでいる俺は、情けなくも泣きそうだった。

「…泣きたいときはね、泣いていいんだよゼロス」
「…」
「私もっと本当のゼロスが知りたいの、見たいの」

泣きたいときはそばにいてあげたいの。

ケイちゃんはそう言うと、俺の視界を華奢な両手でそっと遮った。いつの間にか青を支配して真っ赤になった空も、ケイちゃんの両手で見えなくなる。

「……こりゃまいったなぁ」

俺はたまらず、少しだけ、本当に少しだけ、いつぶりだか分からない涙を流した。そよ風が頬をなでて通り過ぎる感覚と音、そしてケイちゃんの温もりだけが、俺の全てに響き渡る。

「…今日はごめんね、ゼロス」

俺の視界を遮ったままのケイちゃんが言った。

「私ね、ゼロスの本当の顔がもっと見たかったから、いっぱい一緒にいたかったから、今日はこうして連れ出しちゃった」

だから、ごめんね。

ケイちゃんはそういうと、俺の視界を解放して僅かに濡れた頬をそっと拭った。そして俺を覗き込むと、幸せそうに、目いっぱい、笑った。

「ゼロス、きれいだよ」
「…ケイちゃんには敵わねぇけどな」

俺は起き上がって、ケイちゃんと向き合った。ケイちゃんは少し乱れた俺の髪や服を軽く整えて、衣類に付着した乾いた土を優しく払った。

その手を止めてケイちゃんの頬に触れると、きょとんとした表情でケイちゃんは俺を見た。いつだって丸い目が、いつもより丸くなっている。

「なあケイちゃん」
「なあに?」
「惨めな俺でも綺麗だと思うか?」
「みじめ?」
「ボロボロになって泣きじゃくって逃げてばかりの俺でも、綺麗だって言えるか?」
「いえるよ、きっとそんなゼロスはかわいいんだろうねぇ」
「……かわいい?」
「大丈夫、私がゼロスを守ってあげるから」

なんとなくちぐはぐな会話の後、ケイちゃんは突然俺の胸に飛び込んできて、俺をきつく抱きしめた。

「綺麗なものに怯えて、それと比べちゃうからゼロスの中で嘘のゼロスが出来上がっちゃうんだよ」
「…」
「だからね、そうなったときに本当のゼロスが泣いたり逃げたりしたくなっちゃうの、弱虫ゼロスになっちゃうの。でもそれって仕方ないことだよ」

だって、人間だもん、と何の迷いもなくケイちゃんは言い切った。

「人間は弱い生き物だと思う、だから助け合って生きていくんだと思う。弱虫な自分が本当の自分なら、それはそれでいいんだよ」
「…ケイちゃん」
「惨めなゼロスだって受け入れてくれる人間、きっとたくさんいる。もしも誰もいなくったって、私は全部認めてあげる」

だから、大丈夫。

抱きしめる腕に力を込めるケイちゃん。俺は彼女を抱きしめ返すことすら出来ないでいた。その細い肩に顔を埋めると、ケイちゃんの匂いがした。

生きているからこそ感じられる、彼女の匂いがした。

「………ケイちゃん」
「んー?」
「悪ぃ、肩、貸してくれ」
「うん、いいよ」

ケイちゃんは俺の頭を優しく撫でた。今まで与えられてこなかった愛情とか、温もりとか、そのすべてが今、俺の中に、俺だけに注がれて、ただそれだけなのに、涙が止まらなかった。

声を上げることもなく静かに泣く人形のような俺を、ケイちゃんは何も言わずに抱きしめ続け、俺の頭を撫で続けた。

気付けば空を黒が覆い始めていた。それを遠く霞む意識の中で感じながら、俺は温もりの中で幸せな眠りについた。




温もりの中で
(そこは君が包んでくれる僕の居場所)

2011.08.07

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