ふらりと立ち寄ったアルタミラでは、レディースパーティーなるものが開かれていた。リーガルが留守の間、ジョルジュが考案した毎年人気の夜の海辺での大きな規模のイベントだ。

女性客のみ無料のナイトシーパーティーらしく、カップルでの参加や出会い系目的も多いという。食いついたのは酒とイベント好きのケイだった。

「ね〜リフィルさま〜お願い〜」
「行きません。何度も言わせないの」
「お酒が出るからコレットとしいなとプレセアはダメじゃん!リフィルさましか一緒に行けないの!」
「何のためにそんな浮ついたイベントに参加するのよ」
「女性客無料だよ!?お酒も食事もタダだよ!?その上浜辺で夜通し騒げるダンスパーティーよ!?絶対楽しいって!」
「行きません」
「そこを何とか〜!」

アルタミラでとったホテルの共有スペースでのんびり本を読んでいたリフィルを相手に、ケイは必死に食い下がる。リフィルはちっとも乗り気じゃないようで呆れたように溜め息を吐いた。

「ひとりで行ってきなさい」
「えー!?やだやだ一緒に行こうよー!」
「あなたならひとりでも十分楽しめるでしょう?」
「ひとりだと何か心細いじゃん!」
「どうせお酒が入ったらそんなことも忘れてひとりで楽しんでるわよ」
「じゃあそれまで付き合ってよ〜」
「なおさら嫌だわ」

お願い!と言いながらケイはリフィルに抱きつくが、とうとうリフィルは無視を決め込んで本を読むことを決めた。それでもケイはリフィルの頬に擦り寄って懸命におねだりを繰り返す。その様子を眺めていたしいなが、困ったように眉を下げて笑った。

「彼氏に頼めばいいじゃないか」
「…やだよあんなやつ」

しいなの言葉に、ケイは唇を尖らせて拗ねたようにリフィルの肩に顔を埋めた。しいなとリフィルはふたりで顔を見合わせて肩を竦める。

アルタミラに来る途中、ケイは恋人のゼロスと些細なことから喧嘩になって、いまだに仲直りが出来ていない。口をきかなくなるほどの喧嘩になったのは旅を始めてからは初めてのことだったので、周囲も気を遣う場面が多く、正直いい迷惑だった。

「でも仲直りしたいんだろ?だったら誘ったらいいじゃないか」
「…ヤダ」
「意地を張るのはやめなさい。素直に謝って一緒に行こうって言えばいいでしょう?もう長い付き合いなんだし」
「ヤダ!」

頬を膨らませてケイは言った。いつもなら素直に謝るケイがこんなに意地を張るのも珍しいので、理由を問いただすとケイはぽつぽつ口にし始めた。

「だってゼロス、かわいい女の子探しに行くって張り切ってたもん」

その返答にリフィルたちも納得した。ゼロスの女好きは今に始まったことではないが、ノリと勢いだけで発言していることが多いので、ケイも普段は聞き流している。しかし、今回は喧嘩をしているということもあって、ことさらゼロスの態度も気に食わなかったのだろうということは推測できた。

やれやれ面倒なカップルだ、とふたりは思ったが、このままではしばらく仲直りは出来そうにない。そうなると周囲が迷惑してしまうのだ。リフィルは少し息を吐いて、仕方なさそうに本を閉じた。

「何時から?」
「え?」
「そのパーティー、何時からなの?」
「行ってくれるの!?」
「途中で帰ってもいいのならね」
「いいです!全然いいです!ありがとうリフィル大好き〜!」

ケイは目をキラキラさせてリフィルに思いっきり抱きついた。リフィルがケイの背中をぽんぽんとしながら宥めているのを見て、しいなが呆れた様子で笑っている。

「ゼロスには報告しとかなくていいのかい?」
「知らないあんなやつ!」

ぷいっとケイが顔を背けた。今回はよっぽどご立腹らしい。

「じゃあ、予定時刻の10分前にホテルのロビーで待ち合わせしましょう。準備してくるわ」
「神さま女神さまリフィルさま〜!!大好きです〜!!」

リフィルは立ち上がると、ケイにバレないようしいなに一度ウインクしてから立ち去ってしまった。大体のことを察すると、しいなも眉を下げて笑った。ケイはリフィルの思惑に気付きもせず、ウキウキと後から部屋に戻っていく。その背中を見送りながら、余計に拗れないようにと願うばかりだった。






待ち合わせの予定時刻、ケイはひどく不機嫌な顔をしていた。約束どおりリフィルは来てくれたのだが、その隣にはゼロスが立っている。ゼロスもまたケイを見て不機嫌そうな顔をするばかりだ。

「…リフィル、これどういうこと?」
「見ての通りよ、3人で行きましょう」
「ヤダ!それなら私行かない!」
「あら、誘っておいたくせにそんな酷いことするの?」

そう言われてしまうと、しつこく誘った手前ケイは何も返せない。ゼロスも口を開きかけたが、リフィルの言葉を聞いて押し黙った。おそらくリフィルが上手く誘導してゼロスから誘わせたのだろう。ゼロスもガシガシと頭をかいて、それ以上何も言わなかった。

「じゃ、行きましょうか」

悪魔のような微笑みを向けられ、ケイとゼロスは仕方なくリフィルの後に続いて会場に向かった。


浜辺はすでに人で溢れていた。カラフルなライトが海を鮮やかに照らし、重低音が響くノリの良いサウンドが流れている。各々自由に酒を飲んだり踊ったりして楽しんでいるらしい。

場違いなほど重い空気をまとった3人は、浜辺に設置されていたバーカウンターに腰を下ろしてそれぞれカクテルを頼む。会話が一向に盛り上がらない中、リフィルは度数の弱い酒をペロリと飲み終えると、すぐに立ち上がってしまった。

「じゃ、私は戻るわ」
「「は!?」」

ケイとゼロスの声が重なる。リフィルはにっこりと笑みを崩すことなく言った。

「約束したでしょう、途中で帰るって」
「いやいや来たばっかじゃん!」
「そうだぜ先生、まだもうちょっと…」
「約束は約束ですもの」

そう言うとリフィルはひらひらと何かをふたりに見せ付ける。よくみると、それはケイの部屋の鍵だった。

「仲直りするまで、帰ってこなくていいわ」

ケイは一瞬にして青ざめて鍵を探すが、どうやら知らぬ間にリフィルにすられていたらしい。先生という立場の人間とは思えない行為に、ケイは表情を凍らせた。ゼロスも同様の顔をしている。

そんなふたりなどお構いなしに、リフィルは手を振って去ってしまった。残されたふたりはしばらく呆然とその後ろ姿を見送っていたが、どうしようもなくて気まずそうに顔を合わせる。

「…」
「…」

視線がぶつかってしまって、どうにか場をつなげたいし、折角なので楽しみたいと思ったケイが、謝ろうと口を開きかけたときだった。

「ねえあの人かっこよくない?」
「えーでも女連れじゃない、やめとこうよ」
「声かけるくらいいいじゃん」

少し離れたところで二人組みの女の子がゼロスを見ていた。分かりやすく狙っているのが伝わってきて、ケイは思わずげんなりする。ゼロスは薄っぺらい笑顔を貼り付けながらそんな二人組みに手を振った。ケイにはべーっと舌を出している。当然そんな態度にカチンときたケイは、さっさと席を立ってバーを出た。すれ違うように二人組みがゼロスに近付いて声をかけ、楽しげに会話している。

「…なによあいつ」

なんだか泣きたい気分になりながら、ケイはひとりで別の店に入った。部屋の鍵もないし、一向に楽しい気分にはならない。腹が立ったので朝までやけ酒することを決めて、無料なのをいいことにばかばかと酒を飲んでいると、男がふたりケイに近付いて来て声をかけた。

「いい飲みっぷりだねお姉さん、ひとり?」

声色からして、男性二人組みは随分出来上がっているようだった。かなり酒の匂いがする。いつもなら適当にあしらうケイだが、今日はむしゃくしゃとしていたので乗ってやることにした。

「今しがたフラれたところ」
「マジ!?こんなに可愛いのに!?」
「じゃあ俺たちと楽しく飲もうぜ?」
「そうだね!やけ酒付き合って!」

そういうと、ケイは自分だけは無料なのをいいことにテキーラのショットをどんどん頼み始めた。男たちも盛り上がって、ケイにつられて何杯もショットばかりを一気する。

しかし、ケイはそれなりに酒が強かった。男たちはすでに酒が入っていたこともあって、ケイよりもかなりスローペースで飲んでいたにも関わらず、5杯目でふたりとも盛大に倒れてしまった。一方のケイは8杯目のショットを飲み終えてようやくいい感じだ。ふたりが潰れてしまってつまらないな、と思っていると、別の男が今度は3人でケイに近付いて来た。

「お姉さん酒強いね、俺たちと飲み比べしようよ」
「いいよ〜」

ケイはご機嫌な様子で何も考えずそう答えると、再びテキーラのショットを注文する。男3人がかりとケイひとりだったが、それなりにいい勝負を繰り広げ、1時間後に潰れてしまったのはケイだった。男たちもふうっと息を吐く。

「思いのほか強かったな…」
「まあいいじゃん、上玉だよ」
「可愛い顔してエロい体してるもんな」

そういって男たちが下心全快でケイを介抱しようと、ケイを抱きかかえようとしたそのときだった。

抱きかかえようとした男の腕を、ゼロスが後ろから捻り上げる。赤い髪をはらりと揺らしながら、にこにこと男たちを見ているその顔は、笑っているのに笑っていない。

「悪いなお兄さんたち、この子俺さまの連れなんだわ」
「なっ、知るかよ放せよ!」
「やるなら表出ような、まとめて相手してやるから。それとも飲み比べがいい?俺その子より強いけど」
「ふ、ふざけんなよテメエ!」

別の男がゼロスの髪を掴み上げようとしたが、ゼロスはそれをするりと避けると、掴みかかってきた男の腕を捻り上げた。

「俺さま、ここの会長と知り合いなんだよな〜出来れば問題起こしたくないんだけど」
「イテテテテ!放せよ!だ、誰がそんな嘘信じるんだよ!」
「連れてきてやってもいいぜ?ちなみに俺さまゼロス・ワイルダーっていうんだけど、聞いたことない?」

ゼロスが余裕そうにそう名乗ると、男たちは一度その名を噛み締めてからサーっと血の気を引かせた。

「ゼ、ゼロスってまさか…みっ神子さま!?」
「ご名答。んで、そこで酔いつぶれてるのは俺さまの女なんだけど、なんか文句ある?」
「いいいえ!し、失礼しました!」

男たちは逃げるようにそそくさと去っていく。ゼロスは店の店員たちに軽く謝罪をして金を支払うと、ケイの隣に座った。そして呆れたように息を吐く。ケイは意識を飛ばしたわけではなかったようで、睨むようにゼロスを見つめていた。

「…助けるの遅いんだけど」
「俺さまが見てるの知ってて挑発するつもりで酒飲んでたやつに言われたくねえよ」
「ゼロスが悪い」
「はいはい」

ゼロスはケイを抱き上げて背中に乗せると、真っ直ぐにホテルに向かっていく。ケイはそんなゼロスの首に腕を回してぎゅうっと抱きついた。

「…素直じゃねえの」
「どっちが」
「そっちが」
「女の子にうつつ抜かしてるゼロスが悪い」
「そもそも今回の喧嘩の原因はお前だろ」
「私なんにもしてないのにゼロスが勝手に怒ったんだもん」

ケイの言い分に、ゼロスは盛大に息を吐いた。ケイはしっかりゼロスにしがみ付いているものの、拗ねたように何も言わなくなる。

ホテルに着いたゼロスは、自分の部屋に入るとケイをベッドの上に手荒く寝かせて、その上に覆いかぶさった。窓から差し込む月明かりに照らされたゼロスの顔は、拗ねているような、怒っているような、そんな顔だった。

「本当に俺が勝手に怒ってると思ってんの?」
「だって身に覚えないもん」
「そういうとこだぞ」

そう言いながら、ゼロスはケイの服に手をかけた。ケイは慌てて阻止しようとするが、酒が入っているため力いっぱい抵抗出来ず、あっさりと両腕を頭の上に縫い付けられる。

「…お前が他の男に触られてニコニコしてたからだろうが」

ゼロスにそう言われて、ケイは必死に記憶を辿る。アルタミラに来る前、フラノールで迷子になったところを親切に助けてくれたお兄さんが、ボディータッチの多い人だったのだ。親切にしてもらった手前嫌がることも出来なくて、笑って誤魔化していたところをゼロスに発見されたのだが、その後ゼロスにえらく不機嫌に怒られたことを思い出す。

そこまで思い出して、ひとつの答えに辿り着いたケイは、思わずきょとんとしてゼロスを見上げた。

「…それってつまり、嫉妬したってこと?」
「悪いか」
「ゼロスなんていっつも女の子に鼻の下のばしてるじゃない」

ムッとしてケイが言い返すと、ゼロスはうるさいといってケイの唇に噛み付いた。

「俺はよくてもお前はダメなの」

とんだ自己中心的でワガママな発言に呆れて、なにそれ、と言いかけたが、それもまたゼロスに飲み込まれた。つまりゼロスが女の子を探すと言っていたのも、あてつけだったというわけだ。

なんてやつだ、とケイは思って文句を言ってやりたかったが、ゼロスは唇を離すことなくあっさりと口内の自由を奪い取る。そしてケイの呼吸が限界を迎えてからようやく唇を離した。

「なあケイ」
「な、なに…」

肩で息をしながら必死に答えたケイの目の前には、ニヤリと妖しく笑う恋人の姿があった。


「お前が誰のか、もう一回ちゃんと分からせてやる」


潰れるまで飲ませたのも、全部計算されてたのだろうと思うと悔しくなったが、鍵もないし抗う力も残っていなかったケイは、眠れない夜を確信しながら目を閉じた。


今夜は君に食べられる
(仕方ないから、仲直りしてやろう)

2020.03.03


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