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紅い髪の神子が、私の目の前から崩れ落ちていく様を、ただただ眺めることしか出来なかった。オレンジの羽、真紅の髪、体から溢れる真っ赤な血。たった一瞬のことだったはずなのに、それはまるでスローモーションのように思えた。
「…ゼロス?」
崩れ落ちた彼を、小さな声で呼ぶ。まるで初めて立ち上がった赤子のように、よたよたと覚束ない足取りで彼の元へと歩み寄る。私の瞳が映し出している光景はまるで夢みたいで、ふわふわとした感覚が抜けない。
ロイドが己の手を見つめている。彼がその手で、彼を貫いたのだ。ついさっきまですぐ側にいたくせに、どうしてこうなったのだろう。まだ覚醒しきらない頭を必死に回転させて考える。
あぁそうだ、彼が、あの紅い髪の神子が、テセアラの神子、ゼロスが、裏切ったんだ。
彼の元まで辿り着いた私の足は、そこで力を失った。膝からガクンと崩れた私は、彼の側にへたり込んで動けないまま、ゆるゆると彼の頬に触れる。
「…ゼーロス」
いつものように軽い口調で、彼の名前を呼ぶ。すると彼が、ゆっくりと目を開けた。その瞳は光を失いかけていて、本当に私が彼に見えているのかどうかも分からない。
「…ケイ、ちゃん」
「なんでこんなところで寝てるの?風邪ひくよ」
このとき私は、きっと壊れてしまっていた。彼はそんな私の言葉を聞いて、口元をそっと吊り上げる。
「…そうだな、風邪ひいちまうな。ケイちゃん、温めてくれよ、俺さま、今、ちょー寒い」
彼がそう言ったから、私は導かれるように彼の体を抱きしめた。
「ほらゼロス、ぎゅー」
「…」
「あったかい?」
「…あぁ、あったかいぜ」
そう言うと、彼は力ない腕を私の背中に回した。ぬっとりとした私のものではない赤い血が、私の体に染みこんでいく。その血は生暖かくて、彼がまだ生きていることを私に伝えていた。しかし、それが彼の命を奪っていっているのだということもまた、私には伝わっていた。
「…あれぇ、おかしいなあ」
私の瞳から、零れ落ちる液体。
「ゼロスの体…あったかく、なんないよ…?」
声が情けないほど震える。
「どんどん、つめたく、なってくよ…っ」
「…ケイ、ちゃん、」
私の背中に回された彼の腕に、僅かに力が篭る。
「…ケイちゃん、あったかい…な」
「でも、ゼロス、つめたくなってるよ、」
「ケイちゃん、」
彼の声は、優しい。
「…コレットちゃんのこと、よろしくな」
私の親友の名を、彼は口にした。そうだ、私たちは今から彼女を助け出さなければいけないのだ。どうしてこんなに大事なことを忘れてしまっていたのだろう。彼女を連れ去られてしまったのは、今私が抱きしめている彼のせいだというのに。
「…ゼロス、私、わ、私…」
「…ありがとな、泣いて、くれて」
小さな声でそう言うと、私の背中に回された彼の腕から力が抜け、そのまま私の背中を滑り落ちる。
「……ゼロス?」
顔を覗き込めば、彼は薄く笑みをたたえたまま、眠ったように息絶えていた。
「…ね、ゼロス…風邪ひくってば」
彼は答えない。冷たくなっていく彼の体には、まだ生きていたころの名残が残ったまま、消えない。
「…ゼロ、ゼロス……ゼロス……」
揺り動かしても、彼は目を開けない。
「は…はは……」
私は最期まで、彼の心を、救えなかった。
「…………ね、ロイド」
その刃で、彼を貫いたその刃で、
「…私も、殺して」
ロイドを見上げた私は、今までにないくらい穏やかに、笑っていた。
死に際に咲く花
(貴方が死ぬなら、私も死ぬわ)
2012.02.21
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