彼女の背中が、いつになく寂しそうに見えたのはきっと、気のせいではなかった。いつも明るくて笑顔の耐えない彼女だが、時折寂しそうにその目を伏せるのだ。そのことに彼は、彼だけは気付いていた。

「ケイちゃん」
「あ、ゼロス」

名を呼ばれれば寂しそうな影は消えて、いつもの明るい彼女の笑顔。彼は少しだけじーっとその顔を見つめると、にっこりと微笑んだ。

「呼んでみただけ」
「なにそれ」
「だってケイちゃん、寂しそうだったから」

彼がそう言うと、彼女はきょとんとして丸い瞳で彼を見つめた。それから少し悩む仕草を見せて、そして困ったように笑う。

「そんなふうに見えた?」
「見えた」
「そっかぁ」

彼女はそう言うと、また目を伏せて寂しそうな顔をする。顔は笑っているけれど、だけどやっぱり寂しそうだ。彼は彼女の元へ歩み寄ると、その頬に優しく触れた。

「ケイちゃんが悲しいときは、俺さまも一緒に泣いてやる」
「え?」

彼女は、視線を彼に向ける。丸くて綺麗な、満月のような瞳だった。

「それにケイちゃんが嬉しいときは、微笑んでやる」
「…」
「もしもケイちゃんが道に迷ってるなら、一緒に悩んでやる」
「…」
「それでも不安なら、もっと言葉を送ってやる」

彼は迷うことなくそう言った。今までこんな風に感じたことなど一度もなかった彼の心は、彼女によって揺り動かされてしまったのだ。情けないほど好きになり、みじめなところなど何一つ言えやしない。ふとしたときに不安になり、心の中は渦を巻く。

誰かを信じることなど出来なかった彼が、彼女だけは信じたくて、そして苦しんだ。今だって彼女を理解したくて、そして苦しんでいる。

「…ゼロス」

彼女の瞳がゆらゆらと揺れた。彼はこのとき気付いたのだ。あぁ、伝えたい思いを、僕は、彼女は、探している。

「ケイちゃんになら、全部やるよ」
「…」
「温もりも、優しさも」
「…どうして」
「ん?」
「どうしてそんなに、言葉をくれるの?」

彼女の頬に触れている彼の手に、彼女はそっと、自分の手を重ねた。二人にじんわりと心地良い温もりが伝わる。

「ケイちゃんにだけはその腕に抱えてる幸せを、失くして欲しくないんだ、俺さま」
「ゼロス…」
「今の俺さまには誇れるものは何にもない。だけど、ずっと側にいたい」
「…」
「それがケイちゃんの幸せに繋がるなら、これ以上の幸せはねぇよ」

彼の言葉が彼女を駆け巡って、溢れ出た感情は涙に変わった。彼女の瞳から涙が零れ落ちるその様子は、満月から星が溢れているように思えるほど、美しかった。

「…じゃあ、側にいて」
「あぁ」
「たくさん言葉を、ちょうだい」
「いくらでもやるよ、ケイちゃんになら」

彼が言えば、彼女は泣きながら笑う。

「じゃあとっておきの言葉をちょうだい」
「とっておき?」
「ゼロスが一番大切な言葉を、私にちょうだい」

彼女が言えば、彼は嬉しそうに笑う。そして彼女の耳元で、とっておきの言葉を囁いた。

「あいしてるぜ、ケイ」

彼女から寂しさが、消えた。



そして僕にできるコト
(君のためなら、言葉はいくつも溢れていく)

2011.10.10

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