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「悲しいね」
彼女は―――ケイは静かにそう言って笑った。
「なにが」
「ゼロスは結局そっち側の人間だったんだなって」
オレンジ色に輝く彼女の羽。
俺が手放した、羽。
「…ゼロスと一緒にデリス・カーラーンに行けると思ってたのに」
「…」
「残念だよ」
ロイドたちがケイに刃を向け、構える。ケイはそれでも微動だにせず、静かに笑ったままだ。身動きが出来ない俺は、ただ真っ直ぐにケイを見つめることだけで精一杯だった。
「私を裏切るなんて、酷いよゼロス」
私たち、とは言わなかった。別にケイにとってはミトスやマーテルや世界再生なんてどうだっていいのだというのが嫌というほど伝わってくる一言。それに気付けないほど生温い気持ちで、ケイを愛したわけじゃない。
「…悪いな、残しちゃいけないもんがあったんだ」
「セレスちゃんのこと?」
「…」
「そっか、やっぱりそうなんだ」
まるで自分に言い聞かせるかのように、ケイは呟いて、俯いた。今なら簡単にケイを倒せるのだろうが、ロイドたちは動き出さない。俺とケイのやりとりを聞くばかりだ。ロイドたちが構えた武器は、ただの飾りのように見えた。
「…永遠なんて、知らなきゃ良かった」
「…ケイ」
「そしたらゼロスのこと、好きになんてならなかったのにな」
「ケイ、」
「ゼロスだったから、ずっと一緒にいたいと思ったのに」
ほんと、残念。
そう言ってケイは顔を上げた。やっぱり、静かに笑いながら。
「やっぱり年を取らない天使なんかより、年を取って朽ちていく人間の方がいい?」
「…そうだな、そうらしい」
「セレスちゃんも一緒に天使になっちゃえばいいのに、一緒にいられるのに」
「…悪い、ケイ」
「……ほんと、永遠なんて嘘っぱちだね」
ケイは静かに笑ったまま、そっと腰に差してある剣を引き抜いた。傍観していたロイドたちが焦るように武器を構え直すが、俺は相変わらずケイを見つめたまま。
「…ロイドくん、ちょっとその武器、しまってくれや」
「ゼロス!?でも…!」
「だ〜いじょうぶだって。ケイは襲い掛かってこねぇよ」
ケイがこの後望むであろう行為が読めてしまうほどに、俺は彼女を酷く愛していたらしい。俺の言葉を聞いて困惑するロイドたちとは違い、ケイはくすくすと嬉しそうに、けれどどこか寂しそうに笑った。
「私のことよく分かってるね、ゼロス」
「あぁ、愛してるからな」
「だったら一緒にデリス・カーラーンに行こうよ」
「…」
「…それは無理、か。ほんと、嘘つきで裏切り者で酷い男」
「そんな俺をコロッとおとしたケイは、罪な女だな」
「でもゼロスの方が重罪だよ。罪は背負ってもらわなきゃ」
「…そうだな」
ケイは羽を広げたまま、ゆっくりと俺に歩み寄る。俺はその場に立ち止まったまま、ケイが側に来るのを待った。
ケイが俺の側まで歩み寄ったとき、俺たちは間髪入れずに抱きしめあった。これが最期だと知っているから、これが最期だと分かっているから。
「ゼロス」
俺の腕の中で、静かにケイが口を開いた。
「キス、して」
可愛い姫の、最期のわがまま。周りに誰がいようと、そんなこと今はもう関係ない。深く深く、奪うように口づけた。
俺がケイを忘れないように、ケイが俺を忘れないように。
抱きしめあったまま、俺はケイから剣をそっと奪う。俺が剣に触れると、ケイは素直にその手を離して俺に剣を委ねた。
「…さよならだね、ゼロス」
名残惜しげに唇を離すと、ケイが俺の大好きな笑顔を向けていた。それはいつも俺に愛を唱えてくれたときに見せる、柔らかくて暖かな笑顔。その笑顔を向けたまま、ケイは悲しいくらいに穏やかな声で、最期の言葉を呟いた。
「大嫌い」
その言葉と同時に、俺はケイの剣でケイの腹を貫いた。最期のキスと同じくらいに、深く、深く。ケイの腹部から止め処なく溢れる真っ赤な血が俺の腕を染めていく。
ケイは悪戯に笑いながら、まるでこれが最期の悪足掻きだというかのように、俺の唇に噛み付いた。それは俺の心までも奪うような、攫うような、可愛らしい、キス。
「…」
唇を奪ってすぐに俺にもたれかかって動かなくなったケイは、俺に抱きついて眠っているだけのようだ。
「…俺もお前なんて、大嫌いだ」
君は最期まで意地っ張りだったから、俺も最期まで意地を張るよ。命が終わりを迎えたら、そのときはきっと、空で逢えるから。そしたら意地なんて捨てて、思いっきり愛を叫んでやろう。そしてプロポーズでもしてやろう、俺たちが再びめぐり逢えるであろうあの空で。
生まれ変わったら、一緒になろうな。
そしたら君はきっと、今よりもっと幸せな顔で、笑ってくれるだろうから。
「…さよなら、ケイ」
最後に流れた涙は、君だけのもの。
オレンジの天使
(僕が君に捧げた羽を、君は空へ預けに行った)
なんか唐突に浮かんできたから何も考えずに書いてしまった。
2011.10.03
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