ケイみたいな人に出会ったのは初めてだ。

「……ロス………ゼロス起きて」

俺を起こす声が聞こえる。もうすっかり聞きなれた声。重たい瞼をなんとかこじ開けると、瞳に写ったのは紛れもなく愛しい人。

「…ケイ」
「おはようねぼすけゼロス」

かすれた声で名前を呼べばにっこりと笑った。ケイの整った美しい容姿にはどんな貴族の美しい娘だって敵わない。俺が片時も離れず傍に置いておきたいくらいなのだから。

「ほら起きて。今日は朝からご公務でしょ?」
「…もうちょっと寝る」
「こーら。起きないとおはようのキスしてあげないわよ」

それを言われては弱い。少し渋ったものの、俺がのそのそと起き上がると、寝癖だらけの髪を優しく梳いて「よく出来ました」なんて言って額にそっとキスを送る。そしてその後ゆっくりと俺の唇にそっとそれを重ねる。幸せな時間。公務なんてほったらかしてこのままでいたいくらいだった。

しかしそう世の中俺の思い通りにうまくはいかない。名残惜しそうに唇を離したケイは、俺の服をささっと用意するとにこっと笑って部屋を出て行ってしまった。

ケイは俺の世話係として雇われたメイドだ。もちろん俺たちは恋人関係にあるのだが、そんなもの公に出来ない。身分の差、それはこの世界ではどこでも気にされるもの。ましてや神子とその世話係だなんて認められるわけもない。考えれば考えるほどに虚しくなってくる。なんで俺は神子なんかに選ばれてしまったのか、と。朝から重い溜め息をつきながら、ケイの出してきたスーツに着替えて部屋を出る。

「おはようございますゼロスさま」

下に下りれば頭を下げながらそう言って笑うケイがいた。それは俺たちが恋人ではなく神子と世話係になる瞬間。いつも苦しくなる。この身分の差さえなければ、ケイはいつまでだって俺と同じ景色を見ていられるのに。

「さ、もう朝食の準備は出来ていますよ。早く召し上がって下さい」
「んー」
「…まだ眠たそうですね?」
「俺さま朝弱いのよね〜」

俺がそう言えば、知ってます、と言ってくすっと笑うケイ。なんて綺麗に笑うのだろうか彼女は。なんてことを思いながらテーブルに腰かけて朝食をとる。温かい紅茶を淹れると、ケイは奥へ行ってしまった。だだっ広いところで一人で食事なんてどうも寂しかったからケイを呼んでみる。

「ケイー」
「はい、なんでございますか?」

パタパタと俺の元へ駆け寄ってくるケイ。小柄な彼女はそんな姿さえも愛らしい。

「セバスチャンは?」
「少し用事で出かけております」
「ふーん…なあケイ」
「はい」
「髪、結って」

食事を取りながらそう言うと、ケイは少しキョトンとしてからいつものように柔らかく笑った。

「お食事の後でもよろしいじゃないですか」
「こんなところで一人で食事なんて寂しいだろー」
「私まだお仕事が山ほど残っていますのに」
「そんなもん後回しでいーの」
「困った神子さま」

ケイは笑うとそっと俺の髪を結い始める。

神子さま―――ズキリと心が痛んだ。

分かってる、ケイだって俺のことを神子扱いしたくないことは。無言で食事を進めると、ケイが俺から手を離した。寝癖だらけだった髪はすっかり落ち着いて、やんわりとまとめられていた。本当に器用なものだとつくづく感心する。

「では私は他の仕事を片付けてまいりますね」

一礼して去って行こうとするケイの腕を俺は思わず掴んだ。ケイは驚いてその大きな瞳で俺を見つめる。

「ゼロスさま…?」
「…」

何も言わず、不貞腐れたようにむすっとする俺を見て、ケイが頭上で呆れたように笑った。そして俺の傍まで来るとそっとかがみこむ。

「…どうしたのゼロス?」

恋人のケイがそこにいた。にっこりと笑って俺の顔をのぞきこむ。

「…ケイ」
「なあに?こんなところ誰かに見られたら私メルトキオから追い出されちゃうのに」
「俺、さ、ダメなんだ」
「なにが?」
「ケイの傍から離れたくない。最近ずっとそんなこと思うんだよ」

そうポツポツと呟くように言う俺の頬を、ケイは両手でパチン!と小気味のいい音を鳴らしながら挟む。状況に頭が追いつかず、目をぱちくりとさせる俺の目に写ったのは、やっぱり笑顔のケイだった。

「ゼロス、私はゼロスのこと誇りに思うよ」
「え?」
「私が失敗して落ち込んでるときだって、いつも懲りずに傍にいて言葉をかけてくれるでしょ。それにね、毎日毎日見てるこっちが辛いくらいにゼロスは作り笑いして…。なのに弱音も吐かずにいつも頑張って耐えてる。本当は神子なんて嫌なのに、神子として頑張ってる」
「ケイ…」
「息苦しいほどのプレッシャーに耐えながら愛想振りまくなんて、私なら絶対に出来ないよ」

ケイは俺の頬から手を離すと、そっと俺の手を握る。

「私ね、そんなゼロスにいつも勇気貰ってるのよ。私の自慢の恋人はこんなに頑張ってるんだから、私も頑張らないとって。…確かに公に公表出来る関係じゃないけれど、私はそれでも幸せよ。こうしてゼロスが弱音吐いたりしてくれて、ああ信頼されてるんだなって思えて」

小鳥が囀るかのような声は、大切に大切に言葉を紡いでいく。

「私だってずっとゼロスの傍にいたいよ。だけどそれが出来ない世の中だもの。堪えて堪えてずーっと堪えたら、恋人として会えた時の幸せは一気に何倍にも膨れ上がるでしょ?」

ね?と笑うケイを、俺はギュッと抱きしめた。あれほど醜く雲っていたはずの心が、少しずつ明るくなっていく。ケイは俺の雲間から差し込む光だった。

「ゼ、ゼロス!誰かに見られたら…」
「ケイ」
「え?」
「ありがとう」

耳元でそう言って、俺はもう一つとっておきの言葉を口にする。もちろんケイは笑いながら幸せそうに、私もって言ってくれた。


「 愛してる 」


神なんて信じやしないけれど、ケイを俺の元へ連れてきてくれた神がもしもいるのなら、そいつには感謝してみてもいいかもしれないな、なんて思いながら俺はケイに口付けた。



LOVE LOVE LOVE
(ほっこり甘く、そまってく、こころ)

2009.01.09
2011.09.20 修正

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