俺さまはとっても不機嫌である。なぜなら俺さまの可愛い可愛い恋人が、最近異常なまでにハグをするのだ。そう、俺さま以外の、野蛮で下品な野郎共と。

ああほら、今日もまた。

「ロイドー!おっはよー!」
「のわっ!…っと、おはようケイ。お前朝から抱きつくなって」
「えへへ〜つい!」

朝っぱらからケイが真っ先に抱きつきに行ったのは、恋人の俺じゃなくて寝ぼけ眼のロイド。いつだって受け止める準備が出来ている俺のところには、来る素振りすら見せない。しかも抱きついた本人は天然なのか何なのか、それがオスの野獣な魂を覚醒させる原因になっているなんて分かっちゃいない(ただでさえこいつらケイを狙ってるっていうのに)。

「あ、ジーニアスもおはよー!」
「あ、おはようケイ!」
「リーガルも、おはよ!」
「うむ、おはよう。今日も元気だな」
「えへへ〜」

続いてがきんちょとリーガルにもギュッと抱きつく。その小柄な体に抱きつかれたら、どいつもこいつも胸がときめくのを、どうやら彼女は本気で分かっていないらしい。

「…ケイちゃん、俺さまにもおはよ〜は?」
「ゼロスも、おはよ!」

腕を広げて抱きとめる姿勢を表した俺に向かって、ケイはニコッと笑いかけただけ(いやまあその笑顔も反則なくらい可愛いけど!)。そしてコレットちゃんやリフィルさま、しいな、プレセアちゃんと、次々にハグをするケイ。

…いよいよ女性陣にまで嫉妬をしだしらしい、俺さま。

「…なあケイちゃーん、俺さまにハグはしてくれねぇの〜?」
「うんっ!ゼロスにはなし!」

太陽みたいに眩しすぎる笑顔で、ばっさり俺を切り捨てるケイ。もちろん、恋人にそんなこと言われたら当然の如く傷付くわけで。

「…俺さましょんぼり、本気で泣きそう…」
「自業自得だもん!」
「へ?」
「さ、朝ごはん朝ごはん〜!」
「あ、ちょ…」

自業自得?一体なんのことやら俺にはさっぱり分からない。態度からするに、(ただの予想だけど、)ケイは俺のことを嫌ってはないと思うし、だから普通に会話はしてくれるんだろうけど、決してある一定の距離から近付いてこない。逆に俺が近付けば離れていくのだ。嫌われてはいないが、何かの理由で憤慨してるかもしれない。

これはなんとかしなければ、他の連中にケイを横取りされかねない。俺さま人生最大の危機!

朝食をみんなで囲む。今日の朝食は、ケイが作った野菜のクリームシチュー。昨日は野宿だったため、宿でゆっくりと食事は出来ないが、ケイの手料理を食べれるなら、別に野宿でもなんでもいいと思ってしまうあたり、すっかりケイにはまってる自分に笑えた。昔はこんなんじゃなかったのにな。

「ロイドおいしい?」
「ああ、すんげぇうまい!」
「えへへ〜嬉しい!」

そして食事のときにまで及ぶケイの可愛らしいハグ。俺なんて今日一度もされていないのに、他のやつらはみんな既に2回以上ハグされている。さすがにイライラもピークを越えるかと思ったときだった。

「あ、ジーニアス、ごはんついてる」
「え、どこ?」
「ここ」

そう言ってがきんちょの頬についたシチューを人差し指で拭うと、ケイは何のためらいもなくその指をペロリと舐めた。その瞬間、ピークを越えるどころか、俺の中のそんなメーターはぶっ壊れた。

「あ、ありがとうケイ」
「いいえ、どういたしま「ケイ、ちょっとこっちこい!」

そう言って俺はケイの腕を掴むと、みんなから離れた場所にケイを連れて行った。呼び止める声も聞こえたが、今の俺にはそんなもんどうでもいい、全部無視。




「…あ、あの、ゼロス?」

しばらく行ったところで、ケイの戸惑う声が聞こえた。食事中にいきなりこんなとこ連れてこられれば、そりゃ戸惑うのも無理はない。無理はないとわかってはいるんだけど、俺の怒りは止められない。

「お前、なんのつもり?」
「なんのつもりって…」
「黙って見てりゃいい気になって、ほいほい他の男に抱きついて」
「別にいい気になってなんか、」
「なに?そんなに俺と別れたい?」
「そ、そんなわけないよ!」
「じゃあなんでこんなことするわけ?」

俺が一通り言い終えると、ケイの瞳はゆらゆらと揺れた。大きな瞳からは今にも涙が溢れ出てしまいそうで、そこでようやくハッとなる。ケイを見下ろしながらそう言った俺は、一体どんな酷い顔をしていたのだろうか。俯いたケイの肩は震えていた。

―――俺が泣かせた。

「あ、えっと、ケイ、その…ごめん俺「ゼロスが、」

言い終える前に、ケイが小さな声で口をはさむ。

「ゼロスが悪いんだからあ…っ」
「え、ちょ、ケイ?」

ボロボロと涙を流しながら言うケイを見て、うろたえることしか出来ない俺。情けないくらいにオロオロとしながらケイの顔を覗き込めば、ケイは赤く充血した瞳で俺を見た。

「…っ、ゼロスだって、ゼロスだってぇ…」
「あの、その、俺がなんか…悪いことしちゃった?」
「そうじゃなきゃ、こんなことしないもん…っ、」

嗚咽交じりの言葉を吐き出すように呟くケイの涙をそっと拭って、優しく優しく声をかけた。泣かせてしまった俺には、そのくらいしか出来ないのだ。

「…ケイ、ごめんな?その、俺が悪いのに怒ったりして、怖い思いさせて…。で、でも俺、自分の悪いとこ分からないから、ちゃんと言って?」

次の言葉を待つこの時間が、無駄に長く感じられるほど、重たい空気に包まれたこの場所。ケイの嗚咽が少し止んだところで、彼女にもう一度「言って?」とお願いしてみる。するとケイはゆっくりと顔を上げて俺の目を見た。こんなときに泣き顔さえ愛しく感じる俺は、本当にバカだと思う。

「……ゼロスはね、」

ケイが今にも消えそうな声でポツリと囁きはじめる。

「私と付き合ってる、よね」
「うん」
「なのにね、付き合い始めてからも、ゼロスは色んな女の人に声かけるから、やきもちやいたの」

頬を赤らめて、しかも泣きながらそんなことを言われ、俺の心臓は大きく跳ね上がる。つまりは嫉妬をしたのだ、彼女は。しかしケイはそんな素振りを見せたことなんてなかった。

「でも嫌われたくなくて、言えなくて、でも本当はすごく嫌だった。ゼロスが女の人の香水の匂いを体に残したまま私にところへくるたんびに、いつもいつも泣きそうになってた。それで、あぁゼロスは私のことなんて好きじゃないのかなって思っちゃって…」

確かに彼女と付き合い始めてからも俺の態度は変わらなかった。それは普段から何も言わない彼女に嫉妬されたくてわざとしてたことだったわけだが、まさかそれが仇になるとは。

「だからね、ゼロスの気持ちを確かめたくて、それでずっとみんなにだけハグハグってしてたの。でもゼロスはそれでも何にも言わなかったから、やっぱり私のことなんて好きじゃないんだって思って…。だけど私は大好きだから別れたくなんかないし、どうすればいいかわからなくて…」

ケイがそこまで言ったところで、反射的にケイを抱きしめた。驚いたような小さな悲鳴は、俺の腕の中へと消えていく。

「…ごめんな、」
「え、ゼロス…?」
「ごめん」

そんなに俺を想ってくれてたのに、傷付けてしまって、

「…ごめんなケイ…」
「ぜ、ろす…?」
「もう他の女のところ行ったりしねぇから、だからあと一回だけ信じて。一回だけでいい」

こんなにも繋ぎとめておきたくなるのは女は初めてで、ただ俺は必死だった。このままケイが離れていってしまったら、きっと俺はますますおかしくなる。

「……本当に、もうしない?」
「しない、約束する」

そう言ってケイの顔を見れば、ケイはその澄んだ大きな瞳を大きく開いて、むすっとした、彼女には似合わない難しい表情で俺を見つめていた。

「……ぜーったいにしない?」
「ぜーったいにしない。そのかわりケイも他の男にハグするのやめて?」
「…そしたらもうしない?」
「うん、そしたら俺ももう他の女にふらふら寄っていかない」
「…私、ゼロスと別れなくていいの?」
「ケイと別れたら俺さま生きていけないって。…愛してるから」

優しく微笑んでそう言えば、ケイは嬉しそうに笑ってくれた。



君だけに愛を
(私もゼロスなしじゃ生きていけない!)

2010.02.06

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