02


「来週の学園祭、天火が来るから」

秋らしい風が吹くようになった。昼休み、無駄に広い教室で兄と弁当を囲む。教室が無駄に広いのは、ファッション科が全部で11人しかいないからだろう。しかもそのうちの9人は女だ。俺は兄の計らいもあって、クラスメイトと仲良くやれた。生まれて初めてちゃんと友達を持った気がする。女子の比率が多いこともあり、完全に女子がクラスを牛耳っていたわけだが、少人数だったため非常に仲が良かったのが幸いし、家からは遠かったものの学校には毎日楽しく通えていた。学校が楽しいなんて、やけに不思議な感覚だった。

「あのうるさいヤツか」
「楽しみにしてるってさ」

曇天火は、兄が養子に言った親戚一家の長男だ。年は俺達より一つ下で、いつも下品な笑い声を上げている。学校が兄の家の近くだから、よく曇家にも泊めてもらっていたので、曇家の三兄弟とももう顔見知りだった。一癖も二癖もあるような連中だったが、兄の事を本当に家族のように大切にしているのがよく伝わってきたし、だからこそ兄も曇家が大切なんだろいうということは、もうこの身をもって体験済みだった。

「あ、あとあいつも来るよ」
「あいつ?」
「お前がオシャレになったきっかけの子」

出し巻きたまごを口に放り込みながら、ああ、と返事を返す。俺の写真を見て、俺みたいなやつを綺麗と言った兄の友人のことを思い出した。その兄の友人のありとあらゆる言葉がきっかけとなり、俺はこうしてファッションというものに目覚め、その上高校にまで通っているのだ。顔も名前も知らない相手を恩人と呼ぶのは気が引けるが、とにかく俺が兄の友人たちの中で一番会いたいと思っていた人だ。

「一体どんなやつなんだ?」
「ん?んー天火みたいなやつだよ、思ったことは何でもかんでもはっきり言うし、いつもうるさいし、その上口は悪くて、どこか抜けてる。でもいいやつだよ」
「…」
「良く言うと素直で自由、悪く言うと無神経で自分勝手、そんな子」

なんだか当初の想像から大幅にイメージがズレたような気がしたのだが、それはそれでいいのだろうか。とりあえず怪訝な顔をしたままで兄を見つめていると、兄は俺の顔を見てくすくすと笑った。

「仲良くなれるよ、絶対」

どことなく意味深な兄のセリフに、俺はすぐに言い返す。

「俺はまったくそんな気がしない」
「そんなこと言いながら天火とだって仲良くやってるだろ、大丈夫だよ」

兄はそう言いながら弁当を平らげると、お前も楽しみにしてなよ、とだけ言ってさっさと席を立った。そしてとても自然にクラスの女子の輪の中に入っていく。兄は男女問わず誰とでもああやって仲良くやっているし、他クラスに友人も多くいるのだが、俺は兄とクラスメイト以外に友人はいなかった。女子の群れに紛れた兄の背中をぼんやりと眺めていると、一人の女子が俺の視線に気付いて手を振ってきた。

「小太郎もさっさと食べちゃいなよー!今からみんなでトランプするから!」
「…ババ抜きはやらん」
「大丈夫、ババ抜きは小太郎が弱すぎて面白くないから今日は神経衰弱です!」

クラス全員で神経衰弱をして盛り上がるのかどうかは果たして不明だが、結局は輪の中に入りたくて、俺はさっさと弁当を食べ終えた。来週に控えている学園祭に、少しの期待と不安を滲ませながら。



そうして訪れた学園祭当日。うちの高校はチケット制になっていて、チケットを持っていない人は入れないようになっている。ファッション科は三年になると手作りの衣装でファッションショーを行ったりするのだが、一年と二年の間は展示物だけのため、展示用の衣装を完成させたあとはほとんどやることがない。その上、一年はまだ出店も出せないので、展示を見たりショーを見たりしながら自由に遊びまわっているばかりだったが、イベント事とあってそれなりには楽しい。

…こんなことで楽しいという感覚を味わったのは、十六年間生きていてこれが初めてだったわけだが。

昼時、俺達は分担して先輩がやっている出店に顔を出し、たこ焼きや焼きそばなどの食べ物やタピオカなどの飲み物をごっそりと買い、それを持って食堂のテーブルに広げてパーティーっぽい感じで食べることにした。わいわいと騒がしくやっていると、おもむろに兄が携帯を取り出して、メールボックスを開く。

「天火からか?」

俺が尋ねると兄は頷いた。

「ああ、ちょっと迎えに行って来るよ」

兄はクラスメイト達にも一言告げると、曇天火を迎えに行ってしまった。その間も広げた食べ物を取り合いながら、俺達は楽しくパーティー風の昼食を楽しんだ。五分もかからないうちに戻って来た兄は、曇天火を連れて来た。

「おー小太郎!こないだぶりだな!」
「うるさいカニ頭」

相変わらずの馴れ馴れしい男にいつも通りの悪態を返していると、突然聞きなれない可愛らしい声が聞こえた。

「おー小太郎!こないだぶりだなー!」

驚いて声の方を見ると、一人の見知らぬ女が立っていた。黒髪の癖のないボブヘアーに、すらりとした長い足。身長は兄とほとんど変わらないくらいに高いのだが、かなり線は細く、いわゆるモデル体系のためスポーツマンのような威圧感やごつさは感じない。へらへらと笑うその顔には薄くメイクが施されているものの、モデルのような体に似合わないくらいに幼い顔付きがやけに印象に残る。それでいて少しエスニックな雰囲気を漂わせているから、なんとなく不思議でちぐはぐだ。きっと彼女は、一般的に見て特別可愛いわけでも、特別美人なわけでもない。だけどなぜか、目を逸らせなかった。

見知らぬ女の登場に俺が固まっていると、俺の反応を見た女もきょとんとして固まってしまった。が、すぐにぐるりと兄を振り返って、ムッとした顔で言い放った。

「ちょっと白子、全然ノリ合わないんですけど」
「当たり前だろ、はじめましてなんだから」
「ここは私に合わせて『おー久しぶりー!』とかなんとか言うところだと思うんだけど」
「そんなノリについていけるの天火くらいだよ」
「白子だってついて来れるくせに何言ってんの」

てきぱきとした様子で文句のような言葉を並べた後、兄に向かってちゃんと紹介してよと言いだした。兄も笑いながらはいはいと言うと、そこでようやく固まったままの俺を見た。

「小太郎、これがお前にオシャレさせたほうがいいって言った俺の友達、渓」
「はじめまして、いろいろ話は聞いてるよ〜」

へらへらと笑いながら、渓と呼ばれた女は俺に向かってひらひらと手を振る。笑うと頬が上がり、すっと目が細くなる。細められた目からは鋭さを一切感じさせない上に、目じりが下がってより幼く見えた。あまりにも隙だらけな目の前の女を俺はただただ見つめたままで、きっと口を開けっ放しにしていたのだろう。兄は不思議そうに首をかしげると、俺に言った。

「どうかしたか?」
「お、」
「お?」
「女……?」

俺が思わずそう口にすると、兄の友人―――渓は、え、と声を漏らした。

「あれ、ねぇ白子、私男に見える?やばい?やばい?」
「身長は女子と名乗るには規格外だね」
「それは存じてますけど、あんたが言うとただの悪口にしか聞こえないのが不思議だわ」
「でもスタイルはいいよ」
「やだありがと!」
「胸はないけど」
「はいコロスー」

慣れ親しんだような会話が目の前で繰り広げられて、俺はやっぱり固まるばかりだ。そんな俺に助け舟を出したのは、やれやれといった様子の曇天火だった。

「なぁ、小太郎固まってるけど」

その言葉に俺の硬直もとけ、夫婦漫才のようなものを繰り広げる目の前の二人もぱっと俺の方を見た。渓は俺の顔をしばらくじっと見つめたあと、無遠慮にずいっと顔を近づけてきた。こんなことをされたこともない俺は、思わず身を引く。まっすぐに俺の顔を見つめたまましばらくそうしていた渓だったが、突然ふっと表情をやわらげた。

「なんだ、やっぱり綺麗じゃん。腹立つなあ」
「は…?」
「あーあ、私ももっと可愛く生まれたかったなー」

そう言いながら渓は俺から顔を遠ざける。まったく腹立たしくなさそうな口ぶりでそういうと、笑顔のままで俺に右手を差し出した。

「渓でいいよ。はじめまして小太郎」

まるで導かれるように、俺は差し出された右手を握り返す。細く長い綺麗な指が、俺の手のひらに絡みつくように握られる。少しひんやりとしていた。薄い手のひらは少し力を入れてしまったら潰れそうだ。ぼうっとした様子で渓を見つめていると、突然くすくすと笑う兄の声が耳に入って、反射的にそちらに視線を向ける。

「そんなマヌケな顔見たの、生まれて初めてだよ」
「……うるさい」
「仲良くしてやってね、お互い」

兄はそう言いながら再びイスに腰掛けて、広げられた食べ物の前に座る。

「ほら、天火と渓も食べなよ」
「お!たこやき!」
「私やきそばもーらいっ!」

兄が俺の右隣に座り、その隣に曇天火が腰を下ろす。そして渓は、なんとことないように俺の隣に座ってやきそばに手を伸ばすと、それを嬉しそうに口いっぱいに頬張った。兄と天火が盛り上がっているところに、口にものを詰め込みすぎてリスのような顔になっている渓も平気な顔で紛れ込み、二人はあっという間にクラスメイトたちと仲良くなってしまった。特に渓は女子だということもあったのだろう、連絡先まで交換し、すでに遊ぶ約束までし始める始末だ。

俺はそんな光景を、ただ驚いたままで見つめる事しか出来なかった。渓の唇からは、まるで魔法のように次々と言葉が零れ落ちる。頭の回転ははやいくせに、少しバカで抜けているのは話を聞いていればすぐに分かった。ただ、一人でもべらべらとうるさいくらいに喋る姿には、よく口が回るものだと感心してしまうほどだ。

そして渓は、ずっと笑っていた。本当に楽しそうに、ずっと。
何が面白いのかも分からないようなことにさえ反応し、すぐに笑顔を見せる。表情もころころ変わって愛嬌がり、リアクションもいちいち大きいので、見ていて飽きない。

気付けば俺は、わいわいと盛り上がるその場で何も言葉を発することなく、完全に渓に視線を奪われていた。恋愛云々には疎い俺だが、それが一目惚れだということは、直感で理解していた。

ひとしきりテーブルが盛り上がり食事も終えた後、渓は天火と共にもう少しぶらぶらと見て回ると言って、一足早く行ってしまった。無意識のうちにその背中を見送っていると、いきなりクラスメイトの一人が俺の顔をのぞき込んで、にやにやと笑い出した。あまりに急なその行動に驚いて固まっていると、そのクラスメイトが口を開く。

「ねぇ、渓のこと、見すぎ」
「!!」

言われてから視線を動かして周囲を見れば、そこにいたクラスメイトたち全員が俺を見てにやにやと意味深に笑っている。そろりと兄に視線を寄越すと、兄も口元でにんまりと弧を描きながら、まっすぐに俺を射抜いていた。

「ふぅん」
「……なんだ」
「惚れた?」
「なっ!?」
「惚れたんだろ?」
「ほ、惚れてな、」
「とうとう恋を覚えたか」

兄は愉快そうにそう言うと、まるでこの状況を楽しむかのように目尻を下げて楽しげに声を出す。

「まさか相手が渓だとは想像もしてなかったけど」
「……」

その発言が嘘だということは、直感的に理解した。兄は最初から、きっと予想していたはずだ。俺はずっと、自分の事をオシャレしないのはもったいないと言った兄の友人に密かな興味を抱いていて、それが男だと思いこんでいた。しかし蓋を開けてみればそれはなんとも愛嬌のある女で、屈託なく笑い、無愛想で火傷まみれな俺の顔を見ても警戒することも怯える素振りも見せない。初対面でそんな風に接してくる女は渓が初めてで、それがなんとも心地よくて、なんだか嬉しくて、むず痒い。俺がそう感じてしまうことを、兄は直感的に理解していたのだと思う。双子というのは時に恐ろしいものだ。

「……うるさい」

そっぽ向いてそう答えるのが精一杯で、それ以上は何も言えなかったが、やけに顔が熱いことだけは自分でも分かる。クラスメイトたちの冷やかしの声と、からかうような兄の視線がひどく痛かった。どうにか赤い顔を落ち着けようと考えるものの、浮かんでくるのは渓の笑顔ばかりで、結局熱は余計に温度を増すのだった。


 ● ●


「じゃあ白子、今日はありがとね」
「ああ、渓と天火もわざわざありがとう」
「楽しかったぞ!」
「ならよかった」

学園祭が終わり、俺と兄は渓と天火を見送りにやってきた。二人は兄と仲良く談笑し、あれやこれやとうるさいくらいに騒ぎ立てる。そんな様子をぼんやりと横目で見ていると、ふと渓と目が合った。俺の顔を見てにっこりと笑った渓に、一瞬にして心臓が跳ね上がる。

「小太郎も今日はありがと」
「あ、ああ」
「今度みんなで遊ぼうね!」

渓はそう言ってまた笑うと、曇天火と共に手を振ってに賑やかに去って行った。どんどん小さくなっていく細く華奢な背中から目をそらせずにいると、バシンと肩を叩かれてはっとする。見れば、兄がにんまりと笑いながら俺を真っ直ぐに射抜いていた。

「見つめてたいのは分かるけど、そろそろ戻らないと怒られるぞ」
「言われなくてももう戻る」
「ふぅん?見つめてたこと、否定はしないんだ」

楽しそうにそう言った兄をじろりと睨みつけると、兄は臆することなく笑うばかりだ。

「そうそう、今度渓達とカラオケ行くんだけど、お前も来る?」
「……なんで俺が」
「今度はみんなで遊ぼうって、渓言ってただろ?」
「何で聞いてるんだ」
「渓の声はよく通るから、聞こうとしなくたって入ってくるんだよ」

それはまあ、分からんでもない。確かに渓の声はよく通る上に、ボリュームもでかい。俺が言い返せずに視線を彷徨わせていると、兄がくすっと笑って言った。

「で、行くの?行かないの?」

誘うようなその言葉に、今までの俺ならむっとして行かないと言っていたに違いない。しかし、あの笑顔がそれを遮らせる。また会いたいと、そう思わせる。

「行く」

赤い顔をしながら小さな声でそう答えた俺を、兄は嬉しそうに見つめて笑った。


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