所詮私も、その他大勢の中の一人だ。 だから別に、どうだっていい。貴方が誰を選ぼうと、誰が貴方を選ぼうと。
「今日はまた、一段と大人しいですねえ」
情事の後、布団の中で背中から聞こえる声に振り返れば、貴方は私を見つめて呑気に続けた。
「また得意の考え事ですか?」 「どうして分かるのでしょう」 「渓さんのことはお見通しですから」
そうやってずるい言い方をして、そして簡単に世の女性をは侍らせる。優しい言葉で騙くらかして、そのくせ本音は闇の中。甘い愛の囁きも、裏を覗けばいつも虚無。だから私は、あの日貴方を選んだ。だからあの日、貴方は私を選んだ。
「じゃあ何を考えていたか当ててみせてくださいな、睦月様」 「そうですねえ」
ゆったりを首を傾げて、わざとらしく悩んだ素振りを見せてから、貴方は私に覆いかぶさった。そのまま顔を近付けて、すっとその目が見開かれる。真っ直ぐに私を射抜くその瞳から、目がそらせなくなった。
「もう一回、てところでしょうか」 「それは睦月様でしょう」 「おや、バレてましたか」
見開かれた目はいつも通り閉じられて、貴方はくすくすと笑いながら私の髪をそっと撫でた。慣れた手つきが憎い。それでもあんまり心地いいものだから、結局私は抗えなくて、思わず目を細めてしまう。
「渓さんのその顔、好きですよ」
また思ってもいないことを軽々しく口にする。そんな言葉に、私はほだされたりしない。
「私は睦月様のこと、好きじゃありませんけどね」 「生意気な口ですねえ」 「塞いでくださいます?」 「今日は小言を聞きたい気分なので」 「じゃあ何度でも云いましょうか。私は睦月様のこと、別に好きなんかじゃ―――」
貴方はいつも口元を覆ったままの布を乱暴に引き摺り下ろすと、言いかけた私の唇をあっさりと塞いだ。次第に深まるそれは、思考のすべてを遮断していく。馴染んだ感覚に身を預けたまま意識を奪われていると、貴方は私を唇を解放して、また僅かに目を見開いた。そして大人らしい余裕を携えて、悪戯っぽく笑って見せる。
「…小言をお聞きになりたかったのでは?」 「意地を張る姿が可愛かったもので、つい」
そう言って貴方は再び私の髪を撫でる。その指先から伝わる熱には、今日も変わらず気付かぬふりだ。所詮私は、その他大勢の中の一人なのだから。そう、私は特別ではない。それでいて、その他大勢と同じように、特別でもある。
「もう一回、しないんですか?」 「渓さんがご希望であれば」 「睦月様がしたいのであれば付き合いますわ」 「物好きな娼婦様ですねえ」 「睦月様こそ、こんな女を選ぶだなんて、本当に物好きですわ」 「そうかもしれませんね」
貴方の手が、私の肌をすべり落ちてきて、思わず甘い声が漏れた。
「本当に、物好きだ」
少し、ほんの少しだけその声に寂しさを滲ませながらそう呟いた貴方は、すべてを忘れるように私の首筋に噛み付いた。 誰を差しているのかも分からないその言葉の意味を、私は知らないままでいたい。だから私は、貴方を抱きしめながら今日もいつもの言葉をくり返す。
私は、あなたを愛さない。 (この想いがいつか、貴方を苦しめてしまわないように)
2015.08.16
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