雲が晴れ、太陽が琵琶湖を神々しいまでに照らし出したあの日、彼は消えた。今では滋賀にも青空が戻り、人々がより一層明るく暮らしている。

あまり育たなかった作物も太陽の光を浴びてすくすくと育ち、実りある収穫に人々は笑い、それがさらに良い連鎖を生み出す。小鳥の囀りさえ爽やかに聞こえるのだから不思議なものだ。


夜、見上げた夜空には星たちが瞬いていて、青く丸い月が優しく滋賀の地を照らす。薄い雲が流れて、静かに月の前を横切るたびに、月が形を変えているようだ。そんな月が妙に恋しくて、緩やかに手を伸ばしてみるが、この腕は決して届きはしない。

届かない月は、まるで白子だ。
空を掴むだけの私の手のひらは、あの日も白子には届かなかった。

それを思うと、途端に泣きたくなった。天火も空丸も宙太郎も、それぞれ様々な想いを抱えながら、それでも必死に前を向いて生きているというのに、私はここで今も立ち止まっている。心模様は曇り、時々雨。月は見えない。


いつだったか、白子と手を繋いだことを思い出した。なぜ手を繋いでいたのか、どこで繋いでいたのかはまるで思い出せないが、白子は確かに私と手を繋いで、木漏れ日の中を歩いた。あのときはまだ滋賀も晴れ間が広がっていて、大蛇の気配すらなかった。まだ幼い二人の姿が浮かんできて、随分遠い昔の出来事だったことを思い出す。柔らかな木漏れ日は穏やかで温かくて、白子はいつも通り、金城白子の顔で笑っていた。そして私はこんな幸せな日々が続いていくのだと、それが当たり前なのだと、信じて疑わなかった。

もう数え切れない数の言葉を交わし、笑顔も温もりも鮮やかに色づいたまま思い出せるのに、どうしてここに彼の姿はないのだろう。

あの日、彼が崖からゆるやかに落下していった最後の日、金城白子の顔で消えていった瞬間が蘇って、気付けば涙が頬を伝っていた。滲んだ空が歪んでいく。丸い月もぼやけてしまって、もはや形すらよく分からない。そうして今日も後悔に暮れる。どうしてあの時、私の腕は彼に届かなかったのだろう。

白子は、風魔小太郎は、両親を殺した憎むべき存在だ。あの時腕を掴んでいたら、今頃殺意が湧き出ていたかもしれない。けれどなぜか、私の心は今、白子が恋しくて仕方がないと叫んでいる。会いたい、会えない。欲望と現実がくりかえされて、結局私はまだ、あの日から動けないままだ。


あぁ、月よ、青い月よ。どうして彼を連れ去ってしまったのですか。

問いかけたって答えはない。私が日に日に欲張りになったのがいけなかったのだろうか。白子の笑顔も、心も、そのすべてが私だけのものになればいいと、ほんの少しでも願ってしまったからだろうか。私がいい子にしていたら、彼はひょっこりいつもの笑顔で帰ってくるのだろうか。

孤独。
愛する家族に囲まれているにも関わらず、今の私を表す言葉は、それしかない。もう一度笑ってほしい。名前を呼んで、いつものように笑ってほしい。そうでなければ、まっさらな気持ちで明日を迎えることは、もう二度と出来ない。


ふと脳裏によぎったのは、あの日を迎える少し前のこと。
胸の奥にずっと秘めていた想いを伝えようとした私を、白子は止めた。ひどく悲しい顔で笑いながら、それは言葉にしてはならないことなのだと静かに零して、私を強く抱きしめた。

あの腕から伝わった彼の苦しみは、きっと本物だった。そして同じく痛いほど伝わってきたのは、私を大切に想ってくれていることだった。

もうそれで十分だと、私を想ってくれるこの心があればそれでいいと、あの時はそう思っていたのに、どうして今更後悔が募るのだろう。今にして思えば、白子はこうなる結末を予想していたのかもしれない。だから私が想いを言葉にしてしまわないように、白子が想いを受け入れてしまわないように、お互いが傷付け合う未来を嘆いてしまわないように、私の想いを胸の中に閉じ込めたままにしておきたかったのだろうか。せめてほんの僅かにでも伝えておけば、彼のいない世界など知ることはなかったかもしれないのに。


さよなら。
きっとあの最後の言葉を、受け止めることは出来ないのだろう。私はもう、彼の声で慈しむように名前を呼んでもらえることもない。

今夜も静かに零れた泣き声は、満天の星空と青い月だけが聞いていた。



青い月とアンビバレンスな愛
(彼も最後まで、私を好きだと言わなかった。)

2015.04.01

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -