「そんなに拗ねないでよ渓」

白子は困ったように眉尻を下げながらそう言って笑う。そんな言葉を言われてなだめられている当の私はというと、なかなか不愉快なままだ。

それも仕方がないと思う。今から少し前、買い物に行った際、おまけで瑞々しい柿を頂いた。夕飯の後に食べようと思ってこっそり隠しておいたのに、私が夕飯の準備をしている間に、なぜか鼻の利く天火に見つかってしまっらしい私の柿は、あっという間に彼の胃に流されてしまった。

もちろん私は激怒したわけだけど、もう柿はない。しかしこの腸の煮えくり返るような怒りは収まらず、曇家の夕食を散々食い散らかしてやった。ある程度食欲が満たされると頂点に達していた怒りも落ち着いてきたものの、柿が食べたかったこの気持ちは満たせない。

食べ散らかすだけ食べ散らかした後、片付けもせずにごろごろとふて腐れていたら、少し呆れ気味な様子でやってきた白子に上記の言葉を言われ、そして今に至る。

「無理、この機嫌は柿を食べるまで絶対に治らない」
「頑固者」
「ふんだ」

ごろごろして白子に八つ当たりしながら、今自分が行っている行為が十分に幼い事だって分かっているけれど、機嫌が直らないものは仕方ない。瑞々しい柿、つやっとしていて、ぎゅっと身が詰まっていそうなほどぷっくりと太った甘そうな柿。もしゃもしゃと嬉しそうに食べていた天火を顔を思い出しかけて、やめた。また苛立ってしまう。

「…食べたかったなあ…」

ぼそっとそう呟いた。独り言のつもりだったし、特に返事が欲しかったわけじゃなかったけれど、呆れたような声色は確かに私に向けられていた。

「さっき散々食い意地はってただろ。天火だって反省してわけだし」
「反省ったって誠意は全然見えなかったー」
「天火は昔からあぁだって知ってるだろ渓は」
「知ってたって腹立たしいもんは腹立たしいの!」
「やれやれ…」

むーっとして白子を睨み上げるけれど、白子にとっては、というより、この曇神社に住んでいる連中にとっては私の睨みなんて痛くも痒くもないようで、私が拗ねたって完全に子ども扱いである。天火の次にお姉さんなのに、最近では空丸にだってはいはいと流されてしまう有様だ。悔しい。

「…だって楽しみにしてたんだもん」
「柿?」
「うん。八百屋のおばあちゃんがいつもありがとうってくれたの」
「いつものことじゃないか」
「…八百屋のおばあちゃんボケちゃってて、普段は私のこと孫娘だと勘違いしてるんだけど、今日はなぜだか私のことをちゃんと私って認識してくれてて、それで『いつもこんなおばあの相手してくれてありがとう』っていう意味でくれた柿なの」

ぽつんと吐き出したセリフから思い出す。自分が自分だと分かってきちんと理解してもらえるというのは、なんて喜ばしいことなんだろう。いつもは孫娘のふりをしておばあちゃんに接しているけれど、今日はちゃんと私のことを私だと思って接してくれた。それが嬉しかった。だから、天火に柿を取られてしまったことも、あのへらへらした謝罪の態度も気に食わない。

「だから楽しみにしてたのにあの馬鹿カニ頭め、あっさり食べてくれちゃって。私はとっても不愉快」
「…なるほど」

そう言った白子の顔なんて、俯いてるから見えやしない。私の気持ちを分かったのかそうでないのかは分からないけど、白子は優しい声で続けた。

「渓」
「なーにー」
「こっちむいて」
「なんで」
「いいから」

言い聞かせるような口調にしぶしぶ顔を上げれば、優しく微笑む白子の顔が私を見下ろしている。綺麗だなあなんてぼんやり思いながら整った顔を眺めていると、白子から思わぬ提案を受ける。

「渓、柿食べたい?」
「へ?そりゃまあ食べたいっていうか柿の分の欲求が満たせないというか…」
「じゃ、こっち来て」
「は?」
「今夜だけ特別」

そう言うと白子は唇に人差し指を当てて笑うと立ち上がった。つられるように私も立ち上がると、こっそりと歩く白子の後ろをついて行った。

しばらく歩いて連れて来られたのは鎮守の森で、夜も深くなってきたからなんだか不気味だ。私はなんだか少し怖くて、白子に引っ付いた。折角の機会なので、ここぞとばかりに引っ付いた。

「ねぇ白子、どこまでいくの?」
「もう少し先まで」

時々鳴く虫の音や鳥の声が妙に響いて、やっぱり怖い。怖いことを理由に白子の袖にしがみつくと、白子は頭上でくすくすと笑った。

「どうしたの渓、今日は随分甘えん坊だけど」
「…私にだって怖いものくらいありますー」
「へぇ、例えば?」
「…今この状況」
「なるほど、それは大変だな」
「そう大変です。なので一刻も早く目的地に到着したいわけです」

ぶつくさ言いながら歩いていると、突然白子が立ち止まって私を見下ろした。

「良かったね、無事に目的地に到着したよ」
「…へ?」
「ほら、あれ」

そう言って白子が指差すほうをまじまじと見つめてみるが、あたりはすっかり暗くてよく分からない

「…よく見えません」
「じゃあもっと近付いて見る?」
「うん」

私は頷いて、白子ともう少しだけ歩き出す。そしてようやく私の目に映りこんだのは、見事に実を付けた柿の木だった。もう辺りは暗くていため、あの神々しい橙色は見ることが出来なかったが、目の前には念願の柿が食べきれないほどに広がっている。私は思わず白子を見上げると、白子はにっこりと笑った。

「満足した?」
「ま、満足どころの騒ぎじゃない…!」

私がそう言えば、白子はおかしそうに声を上げて笑った。こんなところにこんな立派な柿の木がはえているなんて、全然知らなかった。立派なその木をもう一度まじまじと見上げてから白子を見れば、相変わらずの爽やかな笑顔。

「…これ、食べていいの?」
「…そのために連れて来たんだけど?」
「いただきます!!」

私は見事な柿の木に向かって突進した。暗くて色目は良く分からなかったので、出来るだけ大きい柿をむしりとる。取れたてほやほやほ柿を頬張れば、柿の甘みと渋さが口いっぱいに広がる。きっとおばあちゃんがくれたかきはもっともっと甘かったんだろうけれど、自然の強さを感じるこの渋みも案外悪くない。

もしゃもしゃと夢中で柿を食べていると、白子も同じように、のんびりした手つきで柿を選んで口に運ぶ。私は口の中に入れて噛み砕いた柿を飲み込んで、白子に声をかけた。

「…よくこんなところ知ってたね」
「この時期になると時々来るんだ」
「いつから知ってたの?」
「ずっと前から」
「みんなにはずっと秘密にしてたわけだ?」
「そういうこと」

白子は柿にがぶりとかぶりつく。そんな姿さえ妙に様になってしまうのだから彼はずるい。

「じゃあここにつれてきたの、私が初めて?」
「もちろん、天火たちなんて連れてきたら毎日のように食い散らかされて困るだけだ」
「ふふ、それもそうだ」

むしった柿の、最後の一口を食べ終えると、満足感と幸福感で満たされる。天火への怒りもすっかり消えていて、よっぽど柿が食べたかったことを思い知った。

「ありがと白子、大満足」
「もういいの?」
「なんか満たされちゃった」
「渓はもっとがっつくかと思ってたのに」
「…私だって食い意地ばっかりはってるわけじゃないんだよーだ」
「そう?さっき夕飯食べ過ぎたからじゃなくて?」
「おい、怒るぞー」

おかしそうに笑われてなんだか小ばかにされてる気分だけれど、あっという間に満たされてしまって結局怒る気にもならない。欲求をみたすってとんでもなく大事なんだと思い知った。いついかなるときだって、気持ちに余裕というのは必要である。

「また連れてきてね、天火たちには秘密で」
「そんなに分かりにくい場所じゃないからもう一人で来れるだろ?」
「真っ暗だから分かりませんでした!」
「…都合いいな」
「へっへーんだ」

白子はやれやれと行ったように笑うと、じゃあ帰ろうかと言って手を差し伸べた。私は迷わずその手を握る。握り返された手は、私の手よりもずっと大きくて温かい。幸せな気持ちになって、思わず笑みがこぼれる。

「ねぇ、白子」
「ん?」
「白子は私のこと、おじいちゃんになっても忘れないでね」
「…渓もね」
「忘れるわけないよ」

大好きだからね、という言葉は飲み込んだ。
忘れるわけがないと言った後、それに答えるようにほんの少しだけ握る手に力を込めた白子の手を、私も少しだけ強く握り返した。白子への気持ちは、甘くて苦い、まるでこの柿みたいだけど、このままでいいと思えるから不思議なものだ。

一層夜が深みを増す中、また怖いのを理由にほんの少しだけ白子に寄り添って、手をつないで曇神社へのんびり歩いた。そんな秋の日の、優しい夜のお話。



秋の夜とカキノキ
(帰ったら天火たちがとっても怒っていたのは言うまでもない)

2015.03.29

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