数日が過ぎたある朝のことだった。 修兵はいつものように蓮華を迎えに行くため、彼女の家に向かってピンクの愛車を走らせていた。 そしていつも通りの時間に蓮華の家に到着すると、いつも通り家の前で蓮華が立っていた。しかし珍しく、深めにキャップを被っている。 「おう、おは…」 おはよう、という言葉は自然と途切れて、修兵は蓮華を険しい表情で見つめた。キャップからちらっと見える蓮華の目元は、何かで殴れらたかのように赤黒く腫れ上がっている。本人は前髪とキャップで隠しているようだがそれが逆に不自然で、より一層痛々しく見えた。険しい表情で固まる修兵を見て、蓮華は困ったように笑った。 「…おはよ」 「…」 「どしたのぼーっとしちゃって。コレ、似合ってる?」 「…お前、顔」 「さー遅刻しないようにしゅっぱーつ!」 あえて明るくそう言って、蓮華は修兵の後ろにまたがった。修兵は何か言おうとして、口をつぐむ。 ――なにかあったらあたしからちゃんと助けてっていうから。お願いだからもうこんな無茶しないで。 あの日の泣きじゃくる蓮華の顔が痛いぐらいに修兵の脳裏に蘇って、何も言えない。蓮華が自分から助けてと言わない限りもう無駄な関与はしない。そう約束したのだから、約束は守ってやらなければならない。 そんな思いとは裏腹に、修兵の胸に湧き上がる感情。 約束を守ることで、本当に蓮華を守っていることになるのだろうか。 「…ちゃんとつかまってろよ」 「ん」 もやもやとした気持ちを抱えたままの修兵はそれだけ言うのが精一杯で、結局それ以上は何も話すことはなかった。 「んじゃな」 「うん、またお昼のときに行くね」 「おう待ってる」 蓮華は顔を伏せたままで修兵に手を振ると、教室へと入って行った。修兵はなんとも言えない表情でそれを見送り、自分の教室へと向かう。 「おす修兵」 「おー」 「…なんだ、元気ねぇな」 「んー…ちょっとな」 「…ま、何かあったんなら深入りはしねぇけど」 修兵の雰囲気で何かを感じ取った恋次は、それ以上は何も言わなかった。 そうして時間がたち、昼休みを迎えた教室は開放感に満ちていて騒がしい。しかし修兵は明るい気持ちにはなれず、ぼんやりと机に突っ伏していた。すると見慣れた姿が教室の入り口で修兵を呼んだ。 「修ーお昼持ってきたよ」 「ん、サンキュ」 声色は明るいが、相変わらず深くキャップを被って俯いている蓮華の表情は伺えない。そこへ恋次がやってきて、蓮華の様子を見て少し眉をひそめた。しかしそれも一瞬のことで、いつも通りニカッと笑って蓮華の頭をポンっと叩いた。 「おう蓮華、お疲れ」 「お疲れ恋ちゃん」 「似合うじゃねぇかコレ」 「そう?ありがと。修は全然ほめてくれなかったんだよ」 恋次と言葉を交わしつつも、蓮華は俯いたままだ。 「ハハッ、センスのねぇヤツだからな」 「おい恋次今のは聞き捨てならねぇぞ」 「よーし飯いくぞー」 そういってつかつかと歩いていく恋次の後を修兵は追おうとしたが、蓮華は立ち止まったままで動かない。そんな蓮華の手をひいて、半ば強引に修兵は蓮華を屋上へ連れ出した。 屋上でおなじみの3人でお弁当を食べていると、またまたおなじみのオレンジの頭の青年がやってきた。 「オッス」 「あ、一護〜お疲れ」 不自然に見えないようにしているのだろう、蓮華はいつも通り明るい声で言う。一護は修兵と恋次の間に座ると、一瞬蓮華の顔を見たが、何も言わなかった。 「また修兵だけ神風の弁当食ってんのか」 「羨ましいか?」 「ちょっとな。つーわけで出し巻きくれ」 「……け、一個だけだからな」 以前のこともあり、修兵は反省しているのか、少し渋ったが蓮華の出し巻き卵を一護にあげた。一護は口をもごもごと動かしながら蓮華に言う。 「んめぇ、俺にも作ってきてくれよ」 「ありがとう、でも作っては来ないよ」 「ケチ」 「べーだ」 キャップのつばで顔を隠しながら、口元だけが見えるように蓮華は舌を出して笑って見せた。そんな蓮華を見つめる修兵の目は、相変わらず険しく、どこか寂しい。 「なぁ神風」 「なぁに?」 「…やっぱりなんでもない」 「なにそれ」 一護は問いかけて、やめた。蓮華はそんな一護のことを笑うと、いつも通りに和やかな昼休みを満喫しようとする。もちろん、顔は隠したままで。 蓮華に変な気を遣わせないようにと、3人もいつも通りの昼休みを演じてみせた。それはとても不自然で、自然な昼休みだった。 そして昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ると、蓮華はパタパタと教室に帰っていく。3人でそれを見送った後、ポツリと一護が呟いた。 「…アイツ、なにがあったんだ?」 「…いろいろ」 気だるそうに答えた修兵はゴロンとその場に寝転んだ。もはや午後からの授業に出るつもりはないらしい。 「…ま、本人もあんまり触れられたくないっぽかったから無駄に詮索はしねぇけど」 「そうしてやってくれ、そのうちアイツからポロッと話すさ、多分」 「了解。んじゃ俺も行くわ、サボりもほどほどにしとけよ」 「おう、お疲れ」 「お疲れ」 そうして一護も去ってゆき、残された修兵と恋次は無言のまま空を眺めていた。 08 |