夜も更けてきた。
修兵はピンクの愛車の後ろに蓮華を乗せて、蓮華の家に向かっていた。背中からはふわぁっとのんびりした欠伸が聞こえる。

「眠いか?」
「んーちょっとだけね。修の背中暖かいから」

蓮華は後ろから修兵の腰に手を回して、修兵の背中に頭を預けている状態だった。傍から見ればカップルのような、兄妹のような、幼なじみのような。

「寝たら振り落とすぞ」
「わ、修ひどい」
「振り落とされたくなかったら寝んなよ」
「振り落としたらもう晩ご飯も作りに行かないし、お弁当も持って行かないよ。それでいいならご自由に」
「……スミマセン」
「よろしい」

なんやかんやでいつも蓮華が一枚上手だ。修兵は適わないなと思いながら、背中にもたれかかる彼女にはバレないように小さく笑った。





そうしているうちに蓮華の家の前に着き、修兵は止まる。しかし後ろから自分を包み込む華奢な腕はほどかれることはない。不思議に思って後ろを覗き見ると、小さくすやすやと聞こえてきた寝息にため息をついた。腕の力が抜けて滑り落ちたらどうするつもりだったんだこいつは、なんて思いながら、修兵は蓮華に声をかける。

「おいこらチビ、起きろ」
「んむぅ…」

蓮華は修兵の言葉が聞こえているのかいないのか、少し身じろぎをしてより一層抱きつく腕に力をこめた。

「……起きろって」
「…やだ、修あったかい」
「ほーう…起きねぇとここで犯すぞ?」
「…そんな気ないくせに」

修兵の言葉に蓮華はようやく顔を上げるが、発言そのものには若干引き気味である。しかし修兵に回していた腕はゆるゆるとほどかれていくあたり、それは困ると心の中では思っているのだろう。

いまだに眠そうな目をごしごしとこすって蓮華は修兵を見上げた。そんな蓮華の頭を修兵はがしがしとかき回す。なされるがままの蓮華だが、小さく抗議の声を上げた。

「…いたい、ヤメテ」
「お子チャマはさっさと風呂入って寝ろ」
「お子チャマじゃないもん」
「お子チャマだろ、まだ9時にもなってないぜ」
「…はあ、やっぱりもう本気で修と住もうかな、めんどくさいし」
「…バカなこと言うな、ほらさっさと降りる」
「むぅ…」

蓮華はぞもぞと自転車から降りると、帰りたくないと修兵に目で訴える。

「…分かってるからそんな目で見んな」
「…」
「何かあったらすぐ連絡してこい、そのときは飛んできてやるよ」
「うん…」
「…なんかあったらすぐに頼れよ」
「わかってる、大丈夫」

そういって蓮華はへらへらと笑ってみせたが、無理をしていることはバレバレだ。修兵は険しい顔で蓮華を見下ろすが、蓮華は相変わらずへらへらと笑うばかりだ。

「ほんとに大丈夫だって、だからそんな目でみないでよー」

いつも通りを装って蓮華は笑う。これ以上は詮索するなという合図だ。引き際がいかに大事なことかを分かっている修兵は、仕方なくため息をついた。

「…わーったよ、じゃあな」
「ん、また明日ね。おやすみ修」
「おう、おやすみ」

修兵は蓮華の頭を優しく撫でると、再び愛車をこいで自分の家へと向かった。そしてひとりきりの帰り道に、思わず漏れた深い溜め息。

「はあーあ」

――――もう本気で修と住もうかな

「……んなこと言われたら自惚れんだろバーカ」

少し欠けた満月を見上げながら、誰に言うでもなく修兵は吐き出した。


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