まるで時が止まってしまったかのように、静かな時間だった。修兵はゆっくりと唇を離すと、真っ直ぐに蓮華を見つめて、寂しそうに笑いながら、もう一度言った。

「…ごめん」

蓮華は丸い目をさらに丸くさせて修兵を見上げている。そして蓮華はなんとか声を振り絞る。

「…修?」
「…ほんと、ごめんな」
「なん、で?」
「ごめん、好きなんだ」

修兵はそっと蓮華の唇を拭った。蓮華は困惑した表情を修兵に向けるばかりだ。

「…いつ、から?」
「もうずっと昔から。多分、ガキの頃からずっと」
「…」
「ほんとはお前が少しでも俺の気持ちに気付いてから言おうと思ってたんだけどな。こんな形でキスするつもりもなかった。だから、ごめん」

修兵はそっと蓮華の頬に手を添えた。蓮華がびくっと震える。そんな蓮華を見て、修兵は悲しそうに笑ってみせた。

「…もうしねぇよ。頼むからそんなにビビんな」
「う…うん…」
「でも好きだって気持ちはじゃねぇから」
「…あの、あのっ、修、あたしね、」

そこまで言いかけて、蓮華は俯いた。一生懸命言葉を探しているらしい。もはや掛ける言葉など見当たらない修兵は、何も言えず俯く小さな少女を見下ろす。無理するな、今のままでいい、そう言ってやりたいのに、このままでいることがつらくてこんな風にキスをしたのだ。一体どんな言葉をかけてやれるのだろう。そう思いながら、修兵は突発的な自分の行動をひどく悔いた。

修兵がそんなことを考えている間に感情がまとまったらしい蓮華は、顔を上げてにっこりと笑った。少し影のある、申し訳なさそうな笑顔だった。


「ごめん修。あたし、修のこと世界で一番好きだけど、やっぱり幼なじみでしかないや」


はっきりとそう言った蓮華。それが蓮華らしくて、そして愛しくて、修兵は笑った。

「くく…はははははは!」
「な、なによ」
「はは…いやー参った、参ったぜ蓮華」
「なにが!」
「まさかここまではっきりフられると思ってなかったからな、いやー惨敗だ」
「な…なんか、ごめん」

蓮華が再び俯きそうになるその瞬間、修兵は蓮華の鼻をぎゅーっとつまんだ。

「った!イタイイタイ!」
「別に謝ることなんてねぇだろバーカ」
「だ、だって!」
「世界で一番好きなんだろ」
「う、うん」
「じゃあそれでいいさ、俺以上がいないってことなんだからな」

修兵は笑った。

「ま、悪いけどそんな簡単に諦めれるような愛情じゃねぇから、精々覚悟しとけよ」
「覚悟ってなにさ」
「いつか絶対ェ俺に惚れさせてやるから」
「わーなんかありえない話だね」
「うるせー」
「あ、またあたしの台詞パクった!」
「いちいち細けぇ女だな」

修兵が笑うと、蓮華もつられて笑った。あまり深刻そうな雰囲気にはなっていない。これが幼なじみの力だろうか。

「…ねぇ修」
「ん?」
「…いつかあたしに、修より大好きな人が出来ちゃったら、修はあたしのこと嫌いになる?」
「…バカ、なるわけねぇだろ。例えばお前に対して恋愛感情なくなっちまっても、大事なヤツってことに変わりはねぇよ」
「ほんと?」
「当たり前だ。それに言っただろ、お前はひとりぼっちにはなれねぇんだよ。俺がいなくなったら、お前が寂しいとき誰が側にいるんだよ。本当にひとりぼっちになっちまうだろ」
「うん、そうだね…ありがと修、大好き」
「…それはお前が俺に惚れてから言ってほしいもんだな」
「じゃあもう言わない」

蓮華は悪戯っぽく笑った。夕陽はもう沈みかけていて、そしてようやく観覧車は地上へ戻ってきた。観覧車を降りると、2人はどちらともなく手を繋ぎあった。

「…修」
「ん?」
「…ありがとう」

そう言って笑う蓮華は、夕暮れが終わりを迎えていく街に飲み込まれそうなほど、綺麗で儚い笑顔だった。修兵は微笑み返すと、言葉を返すかわりに蓮華の手を少しだけ強く握り返した。

街は、夜を迎えようとしていた。


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