結構すごい量があったにも関わらず、鍋は雑炊まであっと言う間になくなってしまった。照り焼きも大好評だったので、蓮華は嬉しそうだ。蓮華が片づけをしていると、今度は修兵が手伝い始めた。さっきの蓮華の結婚発言に、随分過敏に反応を示したらしい。リビングでまったりとしていた恋次と一護が、それを見てこっそり笑う。

「じゃ、あたし鍋洗うから、修はテーブル拭いて」
「ん」

修兵は言われた通りテーブルを拭いていく。そのとき、一護がギターを弾き始めた。それに蓮華が反応する。

「あれ、一護ギター弾けるんだ」
「一応な。もうベース弾き出して長いから、そんなに弾けなくなったけど」
「でもすごいじゃん」

一護がてのひらのコードを弾きはじめると、修兵が笑った。

「なんだよ、全然弾けてるじゃねぇか」
「これ簡単だからな」

テーブルを弾き終えた修兵が布巾を洗う。そしててのひらを歌い始めると、それに合わせて蓮華がハモる。そのとき、突然ギターの音が止まった。不思議そうな顔で、修兵と蓮華が一護を見る。一護と恋次は、驚いたようにふたりを見ていた。

「え、なに、どうしたの一護」
「もしかしてそこのコードど忘れしたとか?」

蓮華と修兵が言うと、一護は首を横に振って言った。

「そうじゃなくて、今ハモったのって…」
「あ、あたしだよ。音ズレてた?」
「いやそうじゃなくて!」

恋次が興奮したように立ち上がる。

「蓮華、お前もうこれのメロディー覚えたのか?」
「うん、歌詞はまだだけど」
「ハモりはいつ覚えた?」
「え、それってメロディー覚えたら勝手に出来るもんじゃないの?」

蓮華は不思議そうに首を傾げる。恋次はぶんぶんと首を横に振った。

「いやいや!出来るもんじゃねぇって!絶対音感とか相対音感とかいろいろいるって!俺はハモりとかできねぇ!」
「そうなの?でも私いつも修の歌聴いてハモってるよね」

蓮華が修兵に言うと、修兵も頷いた。

「だよな」
「だよな、じゃねぇぞ修兵!」

恋次が言う。

「お前すげぇことだぞそれ!」
「そうなのか?なんか蓮華がハモったりうたったりって日常茶飯事だからなんかそれが当たり前だと思ってた」
「ああああほかお前は……!じゃあお前、歌詞覚えてないような曲のメロディーすぐに覚えられるか?それに合わせて、あんなに綺麗にハモれるか?」
「…いや、まあ、そういわれてみれば確かに、無理だと思う」

だろ!?と恋次は興奮冷めやらぬように言った。
鍋を洗い終えた蓮華は、修兵と一緒にふたりのもとへ行く。

「…蓮華、お前他に何歌える?」

恋次の問いに、蓮華は少し考えた。

「んー、修たちの曲は全部うたえるよ。他にもいろいろ」
「よし」

そう言うと恋次は一護からギターを取り上げて、修兵たちの十八番の曲を弾き始めた。ちなみにこれは余談だが、恋次はドラムだけじゃなくてギターもベースもピアノも弾ける多彩な人物である。

「これ、歌えるな?」
「うん」
「よし、歌ってみろ、本気でな」

恋次が言うので、不思議に思いながらも蓮華は歌い始めた。小さな体から発せられるとは思えない力強く確かな音を導く歌声に、修兵と一護は思わず聞き入った。地声とファルセットの使い分けも上手く、ビブラートの利かせ方にはセンスが光り、抑揚のつけ方も申し分ない。さらには腹式呼吸まで出来ているあたり完璧である。わりと激しい歌だが、それを蓮華なりに力強く歌いあげ、一曲丸々歌い終えると、恋次が豪快に笑った。

「おいすげぇな蓮華!お前、うちのボーカルになれよ!」
「えー絶対やだー。あたしプロなんて目指してないし」
「勿体ねぇ、せっかくいいもん持ってんのによ」
「音楽は大好きだからね。でも別にステージなんて立ちたくないし」

はっきりとそう言って断る蓮華の隣で、修兵が言った。

「…なんかお前がすごいってあんまり思いたくねぇんだけど、俺」
「思わなくていいよ、すごくないもん」
「でもお前今本気でうたったろ」
「うん」
「俺の前で本気でうたったこと、今まであったか?」
「別にないなあ、修に合わせてちょっと歌うくらいだったから」
「だろ。でも俺、今お前の本気の歌声聴いてちょっと鳥肌たった、素直に」
「ほんと?えへー照れるなー」

恥ずかしそうに、蓮華は頭をかいた。
そこで一護が蓮華に問いかける。

「神風、お前なんか楽器弾けるのか?」
「一応ピアノは弾けるよ。独学だから自信ないけど」
「「なに!?」」

この発言に驚いたのは修兵と恋次である。蓮華がピアノを弾けるだなんて、まったく知らなかったのだ。

「お前なんでそれ言わなかった!」

恋次の問いに、蓮華が不思議そうに首を傾げる。

「え?言わなきゃダメだった?」
「そりゃ聴きたいって思うだろ普通!」
「でも独学なんだってば。全然自信ないの」
「いいじゃん、聴かせろよ」
「えー」

渋る蓮華に向かって、修兵は言った。

「お前、俺に言ったよな、失敗したっていいんだって。俺たちはいま純粋にお前のピアノが聴きたい。上手いとか下手じゃなくて、すっげー聴きたいんだよ。だから弾いてみせろって」
「…そういう言い方ずるいなあ」

蓮華は少し困ったように笑うと、失敗しても笑わないでね、と言いながらリビングにあるアップライトピアノに腰掛けた。修兵の母が趣味でピアノを弾いていたので古くからある、年季の入ったアップライトピアノだ。

「…んじゃあ一曲、弾き語りさせてもらいます」

照れたように蓮華が言うと、3人は歓声をあげる。蓮華は少し息を整えると、ピアノでイントロを弾きはじめた。

ピアノが紡ぐ音色は、とても優しくて、綺麗だ。そして蓮華が歌い始めたのは、イーグルスの名曲、デスペラード。



デスペラード、目を覚ましたらどうだい
もう長い間フェンスの上に腰掛けてるね
頑固者だね、君は
自分なりの理由があるのはわかるけど
君が楽しいと思っていることが
本当は自分自身を傷つけているんだよ

ダイヤのクイーンを引くだなんて
場合によっては君は負けちゃうんだよ
ハートのクイーンが一番いい手なのを知っているくせに

ボクにはいいカードと思うのが
テーブルに並んでいるのに
君は手に入らないようなのしか狙わないんだね

デスペラード、君はもう若くないんだぜ
節々が痛くなって腹が減ると家に帰るんだね
そして自由になりたいからだって、そう、そう言う人間もいるけどね
君ってこの世を一人ぼっちで歩いている囚人さ

冬になると足が冷えるだろ?
雪も降らないし太陽も輝かない
夜も昼も区別がつかなくなっている
気持ちの高ぶりも落ち込みもなくなっている
感情がなくなるっておかしなことじゃないか

デスペラード、目を覚ましたらどうなんだい
さあ、フェンスから降りてゲートを開けなよ
雨が降っているかもしれないけど虹だって頭の上にある
誰かが君を愛してくれるようにしなよ、遅くならないうちに



複式呼吸ができていることもあるのだろうか、英語の発音まで美しい蓮華の歌声は、3人を惹き付けて離さない。

―――まるで女神だ。

さっきの力強い歌声とは違い、優しい声で歌う蓮華を見ながら、修兵は素直にそう思った。


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