相変わらずな昼休みをみんなで過ごしていた。蓮華の顔に貼られたガーゼを見た恋次と一護は、蓮華の気持ちが重くなってしまわないようにブサイクになったなと大笑いして蓮華を怒らせた。怒るといっても、蓮華自身気遣われていることは分かっていたので、結局最終的には笑っていた。いつになく騒がしい、けれどいつになく相手を思いやる気持ちで溢れた優しい時間が流れていた。 そんな中、タイミングを見計らってこっそりと蓮華が修兵に問いかける。 「ねぇ修」 「ん?」 「あたしが修の家にいること、恋ちゃんにはもう言ったの?」 「おう」 「一護に言わなくても、いいの?」 「なんで?」 「だって一護、あたしの顔の傷のことなんとなく察しついてるでしょ」 鈍感のくせにこういうときだけ妙に鋭い蓮華である。いつかばれてしまうことだ、先に知っておいてもらった方が、後々何かあったときに助けてもらいやすい、というのを、過去の事件で学んでいるらしい。 「…察しはついてるだろ、そりゃ」 「…全部話した方がいい?」 「お前がそれでいいと思うなら」 「ん」 どうやらきちんと話をするつもりらしいが、それでも不安は拭いきれない様子の蓮華。無理もない、前回の事件がトラウマになっていることは確かだ。そんな蓮華の頭を修兵はなでて、優しく「大丈夫」と言えば、蓮華は安心したように笑うと、すっと息を吸った。 「あのね一護」 「ん?」 「恋ちゃんはもう知ってるからいいんだけどね、あたし今修の家で住んでるから」 「…え、同棲?付き合ったのか?」 「ちょっとね、あたしの家ややこしくて」 えへへと蓮華は笑う。そして困ったように笑いながら一護に向き合う。 「一護は修や恋ちゃんの大事な仲間だし、あたしも一護のこと大事な友達だと思ってるから、ちゃんと話しときたくて」 「…その傷のことか」 「うん、聞いてくれる?」 「当然だろ」 一護が笑ってそう言ったのを見て、蓮華は少しだけ深呼吸して緊張した面持ちで話し始めた。 「あのね、あたしずっと虐待受けてるの。お母さんから」 「…」 一護は何も言わずにじっと聞いている。 「あたしね、生まれちゃダメな子だったの」 「…は?」 「お母さんって本当に綺麗でね、昔有名なモデルさんだったんだよ。ちっちゃいときからモデルになるのが夢で、学生のときに大親友と一緒にオーディション受けて、お母さんだけが受かったの。オーディション落ちちゃった大親友の人も、お母さんの合格を喜んでた。お母さんは申し訳なく思ってたらしいんだけど、その言葉を聞いたから安心してモデルになったんだって。でも本当はその大親友はお母さんのこと祝福する気持ちはなくて、すっごく恨んでた」 「…虐待してるのにそんな話してくれたのか?お前の母さん」 「ううん、話してくれたのはおばあちゃん。学費とか携帯代とか、おばあちゃんが払ってくれてるんだけど、そのおばあちゃんから聞いた」 蓮華は寂しそうに笑う。 「でもおばあちゃんもあたしのこと好きなわけじゃないんだよ」 「え?」 「お母さんのために、払ってくれてるだけ」 「どういうことだ?」 「…成功して有名になったお母さんなんだけど、大親友だった人はずっとお母さんを憎んでた。そして、事件を起こしたの」 「事件?」 「…大親友だった人が計画してお母さんをだまして、知らない男の人たちにお母さんを抱かせた」 「!」 一護は驚いたように蓮華を見つめる。決して軽くはない話なので、修兵も恋次もちゃちゃを入れずに黙って聞いている。蓮華は少し俯いて続けた。 「お母さんはそのせいで、誰の子かも分からないあたしを身ごもった。もちろんそのことも大きく報道されだんだって。大親友だった人や実行犯は全員逮捕されたけど、お母さんは精神的に病んでしまってモデルをやめたらしい。それでね、何度もあたしを下ろそうとしてたみたい。でも、自分の血が通った子を下ろすことに対しての罪悪感がどうしてもあったらしくて、結局あたしを生んでしまった。そして生まれたあたしは、お母さんにはそんなに似なくて、父親の方に似てた」 ぽつぽつと話す表情は、俯いているので見ることは出来ない。 「お母さんは怒りと憎しみと悲しさをぶつける場所がなくて、とうとうあたしに当たるようになった。有名なモデルだったから、お母さん自身影でコソコソといろんなことを言われてたのもあって、もう耐えられなかったんだと思う。初めて手を上げられたのは幼稚園のときで、おばあちゃんもあたしなんかより娘であるお母さんの方が可愛くて仕方ないから、あたしは耐えなきゃいけないんだって教えられた。もちろん友達はいなくて、側にいてくれたのは、いつだって修と恋ちゃんだけ」 「それで虐待されるのが日常になってたんだけど、あたしが小学3年生のときに、お母さんは自分のすべてを理解してくれる人と出会って結婚した。それがお父さんなんだけど、お父さんはあたしを好かなかった。当然だよね、だって誰の子かも分からないし、お母さんもあたしのこと嫌いだし。それにお父さんはお母さんが大好きだから、大好きなお母さんがあたしを叩くのは仕方がないんだって、ばあちゃんと同じこといってた」 「それから4年生になって弟が出来た。でも弟はすごく体が弱くて、お母さんは過保護になっていつもぴりぴりしてた。そのせいでよくストレスが溜まるようになったみたいで、暴力が酷くなったのはそれから。体中に痣が残るほど何度も何度も叩かれて、おばあちゃんも誰も助けてくれなくて、気付いたらあたしは心も体もボロボロだった。ずっと頑張って耐えてたんだけど、中学2年生になったとき耐え切れなくなって逃げ出したの。修の家に」 そこから先は、修兵も良く知っていた。自分が何より一番関与したときだ。 「事情を知った修兵はあたしを家に帰さなかった。お母さんは怒りを吐き出す場所がなくなって精神を病んでノイローゼになっちゃったの。それから3日もたたずに修兵の家にお父さんが来た。あ、お父さんはアメリカ人と日本人のハーフでね、アメリカで企業をしてる人だから、基本的にはアメリカに住んでるんだけど、お母さんがお父さんに事情を説明してあたしを連れ戻すように言ったの。お父さんは嫌がるあたしを無理矢理連れ帰ろうとしたんだけど、修兵が庇ってくれて、お陰で修兵がお父さんにいっぱい殴られたりして……」 「待てよ、警察行くとか、なんかあっただろ」 一護が口を挟むと、蓮華は悲しそうに笑った。 「先に警察いかれてた」 「は?」 「お母さんたちに」 「え、どういう…」 「修兵があたしを誘拐したって」 「はぁ!?」 「いやー言葉巧みって怖いよね、お父さん頭いいからそういうの得意なの」 「あ…」 「ありえないと思うでしょ?ありえちゃうんだなこれが。母子家庭で単身赴任で家をほったらかしにしちゃう親の家と、両親がいて父親が海外で働いているから母親と祖母が家を守るお金持ちの家庭、警察だってお父さんが言ったこと信じたちゃうよね」 信じられないという顔をして固まってしまった一護を見て、蓮華はやっぱり困ったように笑って続けた。 「で、続きなんだけど、結局あたしは泣きながらお父さんに謝った。怖いと逆らえないってよくいうけどあれって本当にそうで、恐怖心が強いとそれに服従するしか出来なくなるの。家に帰ったあたしは、泣きじゃくるお母さんに殴られた。修のママはこの事件があったせいで、仕事ほったらかしにして慌てて帰ってきてくれて、何も悪くないのに謝罪したり警察の人にもあることないこといろんなこと言われたり…修はお父さんのせいで怪我したのに、娘を守った正当防衛なんていって片付けられちゃって。まぁニュースになることはなくてその場で収まったんだけど、周りからは修と修のママが悪く言われるようになって、ご近所から修たちが孤立していった。だからこの話の本当の被害者は修と修のママなんだけど…」 なんだか話がそれたね、と言って、蓮華は続ける。 「あたしが原因でこんなことになったのに、ふたりともあたしのこと許すどころか何も悪くないなんていってさ、修なんて怪我してるのに、懲りずに次の日わざわざあたしの家まで文句言いに来たんだよ?結局まだお父さんが家にいて、お父さんにあっけなく放り出されちゃってたけど」 ――なにかあったらあたしからちゃんと助けてっていうから。お願いだからもうこんな無茶しないで。 そう修兵と蓮華が約束したのはこのときだ。この日から極端すぎるほど、蓮華は明るくなった。自分が救いを求めてしまったことが原因でこんなことになるのなら、初めから救いなんて求めない、我慢をする、蓮華はそういう風になってしまったのだ。 蓮華がこの約束を取り付けたのは、全部自分のためだということを修兵は分かっていた。泣きながら無茶をするなと懇願した蓮華の顔が忘れられなくて、守りきれなかった自分が腹立たしくて、でもその言葉に従うことしかできない弱い自分があの頃はいて、そんな中でこんなボロボロになってまで守りたいと思えた蓮華への気持ちに気付いてしまったのだ。 「それからも虐待はずっと続いてんだけど、こないだ久々に痣が残るほど殴られちゃって。あたしは怖くて何も言えなかったんだけど、修が助けてくれて、で、こうして家に置いてくれてるの。お母さん一回激しい暴力始まるとなかなか収まらないから」 そこで一旦口を閉じて、蓮華はにこっと、いつものように笑ってみせた。 「っていう、そんな感じ!」 「…」 「それで現在修のおうちに住み込んでまーす」 明るく言う蓮華に何か言おうと口を開きかけた一護だが、一旦呼吸をおいて、多分思っていた言葉とは違う言葉を発することにした。 「あれだな、警察がクソだな」 「まー小さい警察署だしね!」 「で、神風お前、なんでさっさと家でねぇの?」 「んー」 少し眉尻を下げて、でも笑ったままで蓮華は答える。 「お母さんが泣くから」 「は?」 「あたしが家に家にいないと、ストレスたまったお母さんが泣いて、周りに迷惑かけちゃうから。だからほんとは今回も出るつもりなかったんだけど、修に我慢するなって怒られちゃったから意を決して出ちゃってみました」 「…なるほど」 「あと弟がかわいい!弟はあたしに良く懐いてくれてて、10歳違いだから今年で6歳になるんだけど、ほんっとにかわいい!クォーターってずるいよね〜」 極力明るく振舞おうとする蓮華がどことなく痛ましくて、だけど何も言ってやれない。そんな空気を先に破ったのは修兵だった。蓮華の頭にぽんぽんと大きなてのひらを乗せて、蓮華に負けず劣らず明るく言った。 「つーわけで、話を聞いたからには仕方ねぇ。一護にも俺と恋次同様コイツを守る権利を与える」 「なんだそれ、何でお前が偉そうなんだよ修兵」 「よかったな蓮華、一護も守ってくれるってよ」 勝手に話を進める修兵をぽかんと見上げて、蓮華は信じられないといったように言葉を発した。 「…一護、あたしのこと嫌わないの?」 「は?」 「いやだって、普通は…」 蓮華がそこまで言いかけると、一護からその白い額に豪快なデコピンがお見舞いされる。にぶい音が屋上に響き渡ると同時に、蓮華の大きな叫び声も響いた。 「いっっったあ〜〜〜〜い!!」 「馬鹿げたこと言うな」 「へ?」 「そんなんで嫌うか」 「え、でも…」 「それに修兵じゃ守りきれなかったんだろ?コイツひとりじゃ頼りになりそうにねぇからお守りに参加してやる」 「おい待て一護、どういうことだ」 「ついでに言うと俺の存在忘れてるだろお前ら」 一護の言葉に修兵と恋次が食いつくが、一護はあっさりと無視して蓮華の頭をくしゃっとなでる。一護の言葉が信じられないといったように呆然としていた蓮華だったが、嬉しさのあまりみるみるうちに表情を崩して泣き出してしまった。安心したのだろう。修兵はそんな蓮華抱き寄せて、冗談まじりにこう言った。 「おいこら一護、てめぇのデコピンが相当痛かったってよ」 「だからってどさくさに紛れて神風抱きしめんなよ変態69」 「誰が変態だよ!誰が!」 その後すぐにまた屋上に笑い声が響いたのは言うまでもない。 13 |