晩ご飯を食べ終え、お風呂も入り終えたふたりは、リビングでごろごろとしながらテレビを見ていた。(もちろんお風呂は別々で入りました。)

修兵の家には、修兵の母親から暇つぶしに、と送られてくるDVDが大量にある。ちなみに修兵の母子家庭で、母親は単身赴任中。滅多に帰らない。

その大量にあるDVDの中から蓮華が見たいと言った映画を選んで見ていた。まだ中盤だが、蓮華はボロボロと鼻を啜りながら大泣きしている。ずっと鼻をかんでいるので、散らばっているティッシュの量が半端じゃない。

「…蓮華、汚ぇ」
「ぐすっ、うるさいなあ…ぐすっ」
「何泣いてんだよ」
「だ、だって…悲しすぎて…ぐすん」

修兵はひとりで3人掛けのソファを占領し、寝転んで見ていた。蓮華はソファの前の地べたに座って号泣している。ゴミ箱が近くにないお陰で、蓮華の前にあるテーブルの上がティッシュまみれである。

「何が悲しいんだよ、作り話だろ」
「でも…ぐすっ」
「ありきたりな話の映画じゃねぇか」

それは親の居ない兄妹の物語。
兄が妹を養うために出稼ぎに行こうと何もわずに忽然と姿を消してしまって、次の日幼い妹が必死に涙を流しながら兄の名前を叫び続けるシーンだった。

「あたしは、ひとりで残されるの…ぐすん、嫌だもん」

蓮華が鼻を啜りながらそう言った。修兵はそんな蓮華の頭をポンポンと優しく撫でた。

「お前はひとりになんかなれねぇんだよ、俺や恋次がいる限りな」
「ぐすっ…うん、ぐすっ」

結局映画の間中、修兵は涙を流し続ける蓮華の頭をずっと撫でていた。



約2時間半の映画も、いつの間にか終わっていた。悲しいことにバッドエンドだった。

成長した妹は兄を捜しに行き、やっとの思いで見つけ出した兄は、大量の借金を妹の名義で残して死んでしまっていた。自殺だったが、大量の保険金が妹の名義で下ろされていた。借金を返せるようにした自殺だったのだ。しかし妹はそのお金を兄の嫁に全て横取りされ、大量に残った借金を返すために過労死してしまう…

というあまりに残酷すぎる話だった。

涼しい顔である意味B級映画だなーなんてことを思う修兵とは打って変わって、蓮華は目を真っ赤に腫らして号泣していた。修兵はそんな蓮華を見て苦笑をもらす。

「泣きすぎ」
「うぇ…っく、だってぇ〜…ぐすっ」
「悲しいな」
「ぐず…うん…っぐすん」
「ほら、もう寝るぞ。目腫れてるけど寝れるか?」
「ぐす…多分、っ…無理…」
「ったく…」

修兵は起き上がると、氷水をビニール袋に入れて、それをタオルで包んだ。それを座り込んで涙を拭く蓮華に手渡す。

「ほらよ」
「ありがと…」
「ついでに傷も冷やしとけよ」
「ん」

目と傷に氷を押し当てる蓮華が、ある程度鼻をすするのをやめたところで修兵が声をかけた。

「落ち着いたか?」
「ん…だいぶ」
「こんな映画作んなってなあ」
「…リアルすぎて悲しい…」
「そうだな、兄妹の物語ってあたりがリアルだな」
「それ〜!ほんとそれ!」

蓮華はビシッと修兵を指差す。興奮して放った言葉だったのだが、その興奮のあまり蓮華の鼻水がたれる。蓮華は恥ずかしがる様子もなく、ちーんっと豪快に鼻をかんだ。修兵はそんな女らしさのかけらもない蓮華をみて呆れたように笑う。

「女が鼻水垂らすなよ、恥ずかしいヤツ」
「いいのー、修だもん」
「…幼なじみ、だもんな?」
「そうだよ」

鼻をかむと、蓮華はへらっと笑った。修兵はそんな蓮華の頭をなでると、寝るかーと言って蓮華を自分の部屋へ連れていく。

「んじゃ俺、むこうの部屋で寝るから」
「修、自分の部屋じゃなくていいの?」
「慣れてない部屋とか嫌だろお前。俺の部屋なら慣れてんだしゆっくり寝れるだろ」
「でも…」
「俺はどこでも寝れるから。だって俺ン家だぜ?別にお前が気にすることねぇよ」
「ん…ありがと」
「ちゃんと冷やしながら寝ろよ。余計にぶっさいくだぜ?」
「うるせー」
「んじゃな、おやすみ」
「……ねぇ修」
「ん?」
「今日だけ…今日だけ一緒に寝てくれる?」

突然、不安そうに小首を傾げながら可愛らしく提案する蓮華。当然修兵はその言葉に固まってしまった。

「…は?お前何言って…」
「お願い!今日だけ!」
「…お前分かってんのか?俺、男だぞ?」
「分かってるよ」
「…襲っても文句言うなよ?」
「幼なじみでチビで幼児体系のあたしなんて襲う気ないでしょ」
「…はあ」

お前がそんなんだから襲えねぇんだよ。
もし理性保てなくなっても俺は責任とらねぇぞアホ。

そんなことを思いながら修兵は大きく溜め息をついた。

「…今日だけだからな」
「やた!修ありがと!」

嬉しそうに笑う蓮華。その笑顔に俺が弱いのを知っててお前はそんな顔しやがんのか?なんて修兵がこっそり思ったのは多分一生蓮華には内緒なのだろう。

修兵がベッドに入ると、続いて蓮華は腕枕を要求してきた。本当に理性を保てなくなったらどうしようと、修兵はそわそわしている。そんな修兵の気など相変わらず気付くことなく蓮華は気持ち良さそうに目を瞑った。瞼の上に冷やしたタオルをそっと押し付けている。

「修の腕枕久しぶり〜」
「そうだな」
「最後にしてもらったのいつだっけ?小学生のとき?」
「覚えてるわけねぇだろそんなの」
「へへー安心するーゆっくり寝れそう」
「…痺れたら無理矢理腕抜くからな」
「うんいいよ、寝ちゃってたらあたし多分気付かないし。じゃ、おやすみ修」
「…おやすみ」

おやすみの挨拶を交わして、修兵はしばらく蓮華の細い髪をずっと撫でていてやった。安心しきっている蓮華からはすぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。修兵がそっとタオルをのけてみても、蓮華は気付かずにすやすやと幸せそうに眠っている。

修兵はじっと蓮華の寝顔を見つめた。
長い睫毛、白い綺麗な肌、柔らかそうな唇、目を瞑っていても分かる可愛らしく整った顔立ち。そんな顔に似つかわしくない怪我があるものの、修兵の理性を壊すためのものなら十分にそろっている。あとは修兵自身との戦いだった。修兵はそんな邪念に流されまいと、さっさと眠るために無理矢理目を瞑った。

可愛らしく、でも苦しそうな声が聞こえてきたのは、そんなときだった。


「…んぅ……しゅう…」


修兵は瞑ったばかりの目を思わず見開いた。見れば目の前で眠る蓮華が眉間にしわをよせて一筋だけ涙を流している。苦しいのか、切ないのか、彼女が今みている夢など知る由もないが、修兵はたまらなくなって蓮華を強く抱きしめた。

「…ここにいるよ」

言いながら涙を拭ってやれば、蓮華の眉間のしわはスッと消えて、またすやすやと幸せそうな寝息が聞こえてきた。

「っ」

夢の中で蓮華はいつも自分に助けを求めていたのだろうか。そう思うとやりきれなくて、衝動的に修兵は蓮華の唇に自分のそれをそっと重ねた。蓮華はまったく気付くことなく眠ったままだ。

「…なーにやってんだ俺は」

修兵は自分をあざ笑うと、罪悪感と共に浅い眠りに落ちた。


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