一旦修兵の家に荷物を置いてラフな格好に着替えた後、痛々しい蓮華の目元に軽く治療を施して、ガーゼでそっと傷を覆ってやる。蓮華いわく、なにやら棒のようなもので殴られたらしい。眼球に直撃したわけではなく目の真横だったのが不幸中の幸いではあるが、それでも女の子の顔である。跡が残るような傷ではないものの、しばらく腫れは引かないだろう。

修兵は渋い顔をしながら治療をしてやったが、怪我をしている本人はというとへらへらと笑っている。さっきまでの無理をした笑顔ではなく、本当になんてことがないような笑顔だった。開放感と安心感ですっかり気持ちは楽になってしまったらしい。

そうして治療を終えた後、ふたりで晩ご飯の材料を買いにスーパーへ向かった。いつもは自転車で向かうスーパーだが、今日はなんとなく歩いて向かうことにした。

「今日は何食べたいー?」
「ハンバーグ」
「…毎回チョイスが子供だよね、修って」

キャップを被った蓮華が呆れたように言った。

「なんだよ文句あんのかよ」
「別にないけどさぁ…ハンバーグと、他には何か食べたいのある?」
「スープ」
「また…なにがいい?」
「こないだのうまかったからコーン」
「ほんっと子供」
「いちいちうるせーなあ」

け、っと修兵は拗ねたように言った。蓮華はそんな修兵をみて珍しく上品にくすくすと笑った。いつの間にこんな大人の顔で笑えるようになったのかと、修兵はもちろんドキリとするわけで。

そんな修兵の気持ちなどこれっぽちも気付いていない蓮華は、あっと思い出したように声を上げた。

「サラダ作らなきゃ」
「また野菜かよ!」
「毎日食べるんだよ普通は」
「ロックじゃねえな」
「ほんとうんこ」
「だまれ」

修兵がそういうと、蓮華はべーっと舌を出す。そんな顔が可愛かったなんて、修兵は口が裂けても言えないなと思った。

「あ、そういえば明日から朝ご飯も作らないと」
「あーそういうことになるな」
「食材多めに買わないと」
「別に俺のは抜いてもいいぞ」
「…修、いっつも朝食べてないでしょ」
「だったらなんだよ」
「だからそんなにイライラするんだよ。もう、ちゃんと食べなきゃダメだよ」
「…母親か」
「もう母親でも家政婦でも何だもいいよ、朝ご飯ちゃんと作るもんね」

そう言って少し意地になってる蓮華が可愛かったなんて、やっぱり口が裂けても言えないなと修兵は思った。





晩ご飯やら朝ご飯やらそれからお弁当の材料やら、普段よりも多く食材を買ったふたり。蓮華が軽いもの、修兵は重いものを持って、のんびりと夕暮れの道を並んで歩く。修兵の家まではまだ少し遠い。

「…ねえ修」

ぼそっと蓮華が呟いた。

「なんだよ」
「…後悔するよ」
「今更だろ」

まだ申し訳なさが残っているのであろう蓮華は、俯き加減で話を続ける。

「だって…また修、怪我しちゃうかもしれないのに」
「…俺だってあの頃よりもちょっとは大人になったんだから大丈夫だって」
「うん…」
「それに言ったろ、お前は俺が守るって」
「…」
「…ま、あン時は結局守ってやれなかったけどな」
「…そんなこと、ないよ」
「ん?」
「修はあたしをちゃんと守ろうとしてくれた。その気持ちだけで嬉しかったんだよ、あたし」
「そっか」

その後訪れた沈黙。
ふたりとも全く言葉を発さない。

修兵はちらっと隣りにいる蓮華を見下ろす。小さな肩は、まだどことなく不安そうだ。やれやれ、と思いながら、修兵は蓮華の手を握った。蓮華は驚いたように顔を上げる。ガーゼを貼り付けた顔はやけに痛々しい。

修兵は蓮華の顔を見て優しくふっと笑うと、前を向いて言った。

「懐かしいな、なんか」
「え?」
「ふたりで手繋いで歩くの」
「…そうだね」
「お前好きだったもんな、手繋ぐの」
「なんかね、修と繋いでたらね、安心するの」
「ふーん」
「修の手は一番頼れる手なんだから。やっぱり特別なんだよ、幼なじみって」
「…幼なじみ、ね」
「え?そうでしょ?」
「…そうだな」

やっぱりまだまだ頑張らないとダメだな、と修兵は自分に苦笑い。

「…ありがと修」
「何が?」
「修と手繋いでたら元気出た!」

いつものようにニッコリ蓮華が笑う。それにつられて、修兵も笑った。

なんとなく、まだ『幼なじみ』でいいや、と思った帰り道。


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